「…………は?」
視界に飛び込んできたのは、あのパープルグレーだった。
瞬きしても、嫌なパープルグレーは剥がれ落ちてくれない。それよりも改札に入ったはずが改札から出ており、一吹はぽかんと駅前の景色を一望する。浮遊する壺に入った異形、切り揃えた前髪で顔を隠しながらも大口を開いた子供の異形、羽根の生えた小人の異形……悪夢よりも鮮明なありさまに、たじろぐこともできずに一吹は立ち尽くした。
「ちょっと、邪魔ですよ!」
「あ、すみません……」
後ろを緑色の不定形が通り過ぎる。現実離れした光景に、恐怖もすっかり忘れてしまう。
「悪夢……?」
「いえ、違いますよ――試しに頬でもつねってみますか?」
「⁉」
声のした先はすぐそば、足元にまで迫っていた。しかし安堵とは別の意味で、一吹の心をかき乱す。
「『サニタス』……⁉」
「はい。ぴょんは健康管理用AIのサニタスでございます」
答えたウサギは、アプリ内で見たマスコットキャラクターの姿をしていた。ブルーグリーンの瞳で、腰からは懐中時計を下げている。
「『なんでスマホアプリが現実に?』と言いたげなお顔をされていますね。その説明の前に、心拍数が急上昇しています。ただちに深呼吸をして落ち着かれることをオススメします」
すー、はー……すー、はー……。
目が回りそうだったが、少し深呼吸するだけで落ち着いてしまうのは人体の不思議だった。とりあえず押さえた胸の感触も駅前の尋常ならざる雑踏も、全部本物らしいことは察しがついた。ひとまず邪魔にならないように端へと移動する。
「サニタス、これは一体……」
「一つ一つ丁寧に解説しますね。ではまず、『ここがどこなのか?』から……ここはもう一つの理館学園都市、言わば『ウラリカン』とも呼ぶべき場所です。今風に言えば『異世界としての理館学園都市』とも呼べるでしょう」
「『ウラリカン』……」
「疑ってらっしゃるのも当然です。御覧のとおり、普通であれば入ることのできない領域です。そもそもここは、人の心の神魔に似た部分が『シャドウ』という存在になって生活しています。『では何故そんな場所に入れたのか?』……この疑問を解消していきましょう」
サニタスの言葉は淀みない。つらつらと説明を述べていく。
「スマホをご確認ください。『
「え、俺はさっきアンインストールして……あれ、」
再度確認すると、先程と同じ場所、同じ形でパープルグレーのアイコンは画面内に鎮座していた。
「これは『ウラリカン』に入るために必要な、フリーパスアプリのようなものだと思っていただければ相違ないでしょう。こちらはとある素養を持つ方の端末にのみインストールされるアプリであり、ぴょんも存在としては同じようなものなのですが……そのことに関しては、一旦後回しにしましょう。一度に説明されてはイブキ様もお困りになるでしょうから」
「大分分かってきたけど……なんでみんなマスクをつけてるの?」
一吹が転入してきてすぐであるとおり、季節は春だ。花粉症と言われれば納得に足るが、それにしては互いの距離感――ソーシャルディスタンスを異様に気にしているように見られた。まるで、いつかの感染症を気にしているかのような……。
「!」
単なる喧噪とは異なる金切り声が響き渡る。途端に駅前は殺気立った。