田中は自宅からそこそこ離れたスーパーへと夕飯の材料を買い物に来ていた。
野郎の一人暮らしで意外に思うかもしれないが、基本外食はせず自炊で済ませるタイプである。
師匠や姉弟子がその辺りのスキル皆無であったので必要に駆られて覚えたのもある。
それと、今日は月一の特売日であり肉から野菜まで安く買えるのが大きかった。
対眠の給料は高卒の身にしては破格―――命と釣り合っているかと問われれば否―――であるが、節約するに越した事はない。
宵越しの銭は持たない、という言葉はあるが田中は堅実に生きていくタイプなのだ。
だから税金も保険も年金もちゃんと支払っている。
明日をも知れぬ身で無駄になる可能性が高いと知っていてなおだ。
そもそも死ぬ気は毛頭無いのでお金をドブに捨てているつもりは皆無である。
つまり、何が言いたいのかというと―――。
「ヒィイイイハァアアアア!! オラッ、大赤字強盗団だ金を出せぇっ!!!!」
「俺たちの赤字は止まらねぇっ」
「見ろ、どんどん赤字が増えていくぜぇええええええええ」
現在、お金をものすごい勢いで消費してる連中の真似は絶対に出来なかった。
1発あたり数十万はする特殊プラズマ弾を湯水の如く連射し破壊の限りを尽くしながら、大赤字強盗団はレジや死体の財布から金を抜き取っていく。
どう考えても経費が釣り合っていない。
預金残高がプラスになるどころかマイナスへと突入し、既に個人資産の差し押さえが始まっているだろう。
わざわざこんな場所を狙うなら銀行でも狙った方が遥かに稼げるはずだ。
まあしかし、どこを狙うかは本人たちの意志次第なので仕方がないのかもしれない。
本人たちが自称した通り、大赤字になる事が目的の可能性だってある。
自由とはそういう事だ。
「ひぇえええええ! 私の城が……私の王国がぁっ」
田中が身を潜める陳列棚の隣で、蹲りながら叫ぶ男がいた。
この《絶対安心安全信頼のスーパーマーケット》の店長である。
店名に反するかのような惨劇を前にすればこの取り乱しようもおかしくはない。
「私が何をしたというんですか……!?
たかが産地と消費期限の偽装をしたからってこんな、こんな事あるのか!!?」
「天罰が下るだけの理由はありましたな」
最初から安心も安全も信頼も無かったらしい。
仮にこの場を切り抜けたとしても、食品衛生法違反でしょっ引かれる未来しか待っていない。
進むも地獄、退くも地獄とはまさにこの事だろう。
「あの、ひとまず通報して良いでありますか?」
「まさか私を警察に突き出す気ですか!!?
やめてくれ、家族はいないが自由でいたいんだ」
「躊躇う理由皆無でありがとうございます。あとそっちではないですな」
田中は懐から通信端末を取り出し110番に通報した。
確かに対眠は催眠犯罪に対して超法規的措置の行使が許される組織である。
その反面、通常の犯罪に対しては逮捕権さえ有してはいない。
こんな連中に過剰な権力を持たせたら洒落にならないので妥当な判断であった。
でなければこれまで積み上がったキル数は数十倍まで膨れ上がっていただろう。
だから、餅は餅屋に任せるのが一番いい。
ワンコールで出た警察官に事情を説明し、特殊部隊の出動を要請して―――。
『任せてください! つい先日導入された地対地ミサイルで犯罪者など一掃してくれます!!』
「いやオーバーキルなので普通に人寄越してください。あと某たちが死にます」
『ですがもう発射しました。5分後には着弾するのでそれまでに脱出をお願いしますね!!!!』
「仕事早過ぎじゃありません???」
どうやら殺る気満々の警察官が対応したらしい。
爆殺宣言と共に通話が打ち切られた。
「あの……実は偽装以外に何かやらかしたりしてます?」
「そのぉ、脱税と人身売買の方も少々……また私何かやっちゃいました?」
因果応報とはまさにこの事だった。
テヘペロポーズを決める店長の股間へ蹴りを叩き込みながら状況を整理する。
まず、唯一の出入り口は強盗団に占領され、迂闊に姿を見せようものならハチの巣エンド。
彼らに人質を取る考えとか見逃そうという慈悲の心は期待出来ない。
だがこのまま上手く隠れ続けたとしても、地対地ミサイルで吹っ飛んでジエンド。
結論―――どう考えても詰んでいる。
無論、催眠術を使えば制圧など一瞬だ。
強盗団の自重を数十倍にするだけで事足りる。
なんなら自身をミサイルに耐えられるほどに強化するだけでもいい。
だが、それをしてしまえば上司が嬉々として殺しに来るだろう。
あれは催眠術師への八つ当たりを生き甲斐にしている女である。
数年の付き合いとか背中を預け合った信頼とかガン無視でするに違いない。
だから妹と縁を切られる羽目になるのだ。
「すみません、プラズマ弾にどれだけ耐えられる自信あります?」
「人並にですかねぇ……」
「その面の皮の厚さからして5、6発は行けますって」
誤魔化せる範囲で身体強化を行い、店長を肉盾にすればワンチャン行けるだろうか。
苦肉の策であるが他に手段が思い浮かばない。
同僚3人と比べて、田中は催眠術抜きだと鍛えた人間でしかないのだ。
「そこまでだワルモノたち!」
突然、勇ましい声がした。
同時に入口付近に陣取っていた強盗たちが吹き飛ぶ。
思わず、その場にいた誰もがそちらを向いた。
「まさかこんな事態になっているなんて……許さない!!」
堂々と店内へ踏み込んで来たのは、直視するのも憚られる集団であった。
血塗れ
それに付き従うかのように控える、頭部をスマホに置換した
「警備会社《魔法少女☆ガーディアン》―――参上っ!!」
どう見ても関わり合いたくない人種であった。
◆
「テメェ等は! 最近噂の魔法少女おじさん強盗団じゃねぇかぁ~!?」
「ヤクザも半グレもサツも市民も関係なく襲うっていうよぉ~~!!」
「ここはオレたちのシマだぜぇっ! 新参者がデカい顔すんじゃなぁいっ!!」
「お前らも赤字に染めてやろうかぁっ!!」
半円状に取り囲むようにして大赤字強盗団が闖入者―――江賀雄たちに銃口を向けた。
足元には彼らの仲間が転がっており、既に頭を粉砕され息絶えている。
大切な赤字仲間を殺されたのだ、その怒りのほどは推して知るべしだろう。
同時に―――結構な歳なのでその脅威もよく知っていた。
相手は単なる魔法少女のコスプレをした商売敵ではない、
十数年前に勃発した戦争―――通称“催眠大戦”を引き起こした《催眠おじさん七人衆》。
その一角である「催眠魔法少女おじさん」が生み出し率いた怪物だ。
彼らの常軌を逸した暴虐により純正の魔法少女たちは次々と討たれるか姿を消した。
一時期は魔法少女=おじさんへと民衆の認識が捻じ曲がる事態にまで至り、催眠術師レベルまでその地位が貶められた。
現在はその評価もだいぶ持ち直してきたが、いまだに風評被害は残っている。
おかげで毎日発生する誹謗中傷やトラブルへの対処の為、魔法少女協会の現会長(28歳独身現役魔法少女)が血反吐を吐きながら日夜飛び回っているのはあまりに有名な話だ。
つまるところ、大赤字強盗団の強気な口調は恐怖の裏返しでもあった。
「ワルモノはいつも同じことを言うな」
対する江賀雄は動じない。微笑む余裕さえある。
この程度の敵意など浴び慣れていた。
かつて何度も倒した私怨に走る魔法少女たちのソレと比べればそよ風でしかない。
何より、自分の背後には仲間たちがいる。
あらゆる場所でヘッドハンティングを繰り返し集った仲間たちが。
かつてのメンバーと比べても遜色ないほど信頼出来る最高の仲間たちが。
「それと訂正しろ。私たちは正義の味方、強盗なんてとんでもない」
「何もかも喰らい尽くす蝗害みたいな連中って聞いてるぞテメーら」
「適正価格で報酬を貰っているだけだ」
警備と称して勝手に入り込み、報酬と宣って全てを奪い去るのが主な業務内容である。
全ての警備会社に中指立てて喧嘩を売る所業であった。
もちろん許可が出るはずもないので無認可会社である。
「という訳でお仕事の時間だ! みんな
『『『業務開始!』』』
江賀雄がニヤリと笑って―――殺戮のカーニバルが幕を上げる。
まず、次々と連射されるプラズマ弾を社員たちが前に出て肉盾となって防ぐ。
その隙に江賀雄が高速ヒット&アウェイを繰り返し一人ずつ殴り殺していく。
元より死体であり、催眠アプリの機能で強化された社員たちは穴だらけになろうが動くので残機は実質無限である。
「人の心ないんかぁあああ!!」
「合理の極みぃっ!!!!」
ニート&ゲーマー歴の長かった江賀雄の戦術に大赤字強盗団が悲鳴交じりの絶叫を上げる。
ゲームでやるならともかく、現実で実際やるのはドン引きというやつだ。
当たり前である。10人いれば10人が頷くだろう正論であった。
しかしここは凄暦世界なので仕方がない。
「今こそ壊心の時間だ大赤字強盗団!! 生まれ変わるがいい!!!!」
「い、いやだぶへぇっ」
最後に残ったリーダー格の首をヘッドハンティングし、ここに大赤字強盗団は全滅した。
再結成されるとすれば一月は後の事だろう。
残されたのは破壊しつくされた店内と死体の山。
そして悠然と佇む魔法少女おじさん強盗団と新たに加わった社員の姿のみ。
まさにSAN値直葬の光景であった。
「さあみんな、ここにある
江賀雄がこの店に足を運んだのはたまたまではない。
仕事を繰り返す中でここの店長が違法行為で金を溜め込んでいるという噂を聞いたからだ。
であれば正義の魔法少女が鉄槌を下さぬ理由が無い。
そうして、他の強盗団たちによる横槍が入る前に目当ての報酬を頂こうとして―――。
「まさかまた、その汚ねぇツラ見る事になるとは思わなかったであります。
―――“閃光の魔法少女おじさん”」
何が起きたのか? それは一目瞭然だった。
頭部の代わりに刺し込まれたスマホから煙が上がり画面が暗転している。
それが意味するのは催眠アプリの停止―――物言わぬ死体に戻ったという事。
「ッ!」
声のした方向へ視線を走らせる。
商品の残骸を踏みしめる音と共に、男が一人店の奥から現れた。
上下共に黒いジャージの、これといった特徴のない中肉中背の若者。
「おまえ、は……っ!」
だが分かる。
江賀雄には分かってしまう。
この発せられる独特のプレッシャーは良く知っていた。
「催眠で操っているならばともかく、
それならば某でも解除出来る……専用にチューニングされているのが仇となりましたな」
忘れるはずもない。
人の心を弄ぶ鬼畜生だ。
己の匙加減一つで何もかもをぐちゃぐちゃにかき回す人非人だ。
浅ましくも自分たちのリーダーやその同胞と同じ力を使っていた外道だ。
「……どこかで、会った事があるかな?」
背中を流れる冷たい汗を悟らせぬよう、努めて冷静な口調で言う。
かつての己の異名を知っているとはそういう事だ。
生憎と思い出せる範囲に該当する人物はいなかった。
「ああ、あの頃は師匠にくっついていただけの小僧でしたので無理もない。
ですので、改めて自己紹介をば」
目が合う。
こちらを映す黒い瞳には何の感情も宿っていない。
路肩に転がるゴミを見るのと同じ目であった。
「某は催眠術師である。名前は田中太郎。
《催眠おじさん七人衆》関係者への特例として――これより催眠を行使する」
予期せぬ