某は催眠術師である。名前は田中太郎   作:ジントニック123

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思ったよりシリアス? になってしまった。


魔法少女おじさん 殴理体園 江賀雄 -後編-

 

 

 田中太郎は催眠術師だ。

 しかし当然の話ではあるが、生まれた時からそうだった訳ではない。

 筋こそ良かったものの、たった数日で会得出来るような天才の類ではなかった。

 

 故に彼には未熟極まりなかった修業時代があって。 

 斜に構えた生意気極まりないクソガキだった黒歴史があって。

 ちょうどその頃は催眠戦争末期にして最大の戦いがあった時期だった。

 

 ―――目を瞑れば今でも思い出す。

 

 達人級(マスタークラス)を超えた怪物にして神の領域へ足を踏み入れた神話級(ゴッドクラス)催眠術師たちの姿。

 師匠とその仲間たちが奮戦しているのにロクに出来る事もなかった自分。

 その中でたった一つ成した行いも、とてもではないが胸を張れたものではなかった。

 

 だから、あの時も後ろで傍観者をしているのが精一杯だった。

 

『何歳になっても夢見るのはいいよ、夢を追いかけるのだって全然構わないと思う。

 けどさぁ、好き勝手やって人の夢壊すのは駄目じゃん絶対。

 だって夢を護るのが魔法少女だもん』

 

 傷付き、ボロボロになって。

 相棒のマスコットや多くの仲間さえ失って。

 幾多の魔法少女おじさんに囲まれてなお、立ち上がり続けた最弱無敵の魔法少女。

 

 その小さな背中は絶望に沈んだ多くの人間を奮い立たせた。

 理不尽に抗い、不条理に噛み付き戦い続ける事を思い出させた。

 そして―――。

 

『そもそも―――おっさんが魔法少女とかキモイキモイ超キモイ!!

 お父さんくらいの人がそんな恰好しないでよトラウマになるのよぉおおおおっ!!!!』

 

 田中を含め、その言葉を聞いた者たちは全員同意した。

 

 誰しも夢を見るのは自由だが―――叶えては駄目な夢があるのだと。

 

 

「マジカル☆アクセル!」

 

 名乗りが終わる前に江賀雄は催眠で強化された脚力を以て地面を蹴っていた。

 0から100への超加速、身体への負荷は想像を絶するが無視する。

 

 催眠術師を相手にするなら奇襲が望ましい。古事記にもそう書いてある。

 なにせ、対象を認識した時点で催眠をかける事が出来るのだ。

 悠長に姿を見せてから戦うのは愚の骨頂でしかない。広辞苑にもそう書いてある。

 

「マジカル☆シールド!!」

 

<マインドシールド起動―――カウントスタート>

 

 そのセオリーからすれば江賀雄は既に詰んでいるが―――何事にも例外はあるものだ。

 彼が手にするスマホ一体型棘付き棍棒(モーニングスター)もその一つ。

 正式名称は「催眠アプリ搭載型マジカル近接戦闘兵装74号」

 催眠おじさん七人衆の頂点にして原点、催眠王最大の宿敵。

 通称「催眠神羅万象孕ませおじさん」が作成に協力した催眠兵器である。

 

<60―――59―――>

 

 巷にばら撒かれている粗悪品(デッドコピー)とは異なり、これに搭載された純正の催眠アプリには様々な付属機能(オプション)が搭載されている。

 例えば死体を一時的に操作するネクロマンシー機能。

 そしてこの敵対的な催眠から使用者を護るシールド機能だ。

 

 無論、どんな催眠でも完璧に防げるようなものではない。

 相手の力量にもよるが達人級以上であれば数分が限度。

 田中が相手の場合は僅か1分しか持たないとスマホの画面は告げている。

 

「1分で決着(ケリ)をつけよう!!」

 

 つまり、この1分で全てが決まる。

 

 

 

「当然弾きますなぁ―――っ!」

 

 対する田中もそれを承知していた。

 名乗った時点で全身麻痺、重量百倍、感覚全喪失の3コンボを決めたが動きは止まらない。

 

 多少は効いているかもしれないが誤差の範囲だろう。

 流石は神話級催眠術師謹製の催眠兵器というべきか。

 問答無用で突破するとなれば師匠並みの力が必要だ。

 

 だから―――己もセオリーに則る。

 

 ―――自己催眠(マインドセット)

 ―――肉体性能限界突破(オーバードライブ)武技模倣(パペットマン)

 

「破ッ!」

 

「魔ッ!」

 

 強度の跳ね上がった鉄拳と棘付き棍棒(モーニングスター)が激突した。

 その際発生した衝撃が店内を蹂躙し、弾けた大気が穴だらけの陳列棚やレジを吹き飛ばす。

 こっそり逃げようとしていた店長も巻き添えで弾けつつ、次々と打撃が交差していく。

 

 催眠が効かない者同士の戦いは白兵戦によって決着するべし。

 

 古来より続くある種の作法であり、合理的な選択だ。

 ウィキペディアにもそう書いてあるからそうなのだ。

 格闘漫画のような意味不明な理屈ではないだろうか。

 

「破ッ! 破ッ!! 破ァアアアアアアッ!!!!」

 

「魔ッ! 魔磁ッ! 魔磁狩流ゥウウウッ!!!!」

 

 秒間数十発の攻撃を打ち合い、なお互いにクリーンヒットは無し。

 精々手足の皮と肉が削れ多少出血する程度。

 命に届かせるには到底足りず、時間を置けば催眠により回復するだろう。

 

 すなわち膠着状態―――だがそれは互角を意味しない。

 

<33―――32―――31>

 

「―――ッ」

 

 江賀雄には制限時間がある。

 あと30秒ほどで彼の護りは突破され、催眠は容赦なく突き刺さる。

 敗北の足音がもうすぐ傍まで来ているのだ。

 催眠術師と催眠アプリ使い……その差がここに顔を出してきた。

 

「どうするでありますかぁっ閃光の魔法少女おじさん!」

 

「勝って終わるに決まっている!! 正義は我らにあり!!!!」

 

 天秤は既に傾きつつある。

 このまま何事も無ければ順当に田中が勝利する。

 覆す術を江賀雄は持っていない。

 

 そう―――。

 

 

 

『BOKU副社長―――DEATH!!!!』

 

 

 予期せぬ伏兵が現れなければ。

 

 

 

 

 副社長―――弩羅獲紋が無事だったのは単純に認識されていなかったから。

 

 見張り役として偶然外にいた事で催眠アプリの強制停止に巻き込まれずに済んだだけ。

 あまりに小さ過ぎて網に引っ掛からなかっただけの話。

 遠回りして店内に侵入し、匍匐前進で近づいても気付かれないレベルの塵芥である。

 

 そしてだからこそ、この瞬間に最大の力を発揮する。 

 

『BOKU副社長DEATH!!』

 

 脳裏に―――脳というかスマホのストレージ―――過るこれまでの軌跡。

 

 江賀雄と共にヘッドハンティングを繰り返し、邪魔な生首を警察宛てに送り届けた日。

 イマイチ性能が悪くて使い物にならないボディをバラシて売ったあの日。

 武装ヤクザと極道警察が手を組み、表と裏から挟撃を行ってきた絶体絶命なあの日。

 

 共に過ごした時間は然程長くない。

 出会いだってどちらかと言えば最悪だった。

 けど、ここで全てを燃やし尽くす事に躊躇いは一切存在しなかった。

 

『BOKU―――副社長DEATH!!!!』

 

 弩羅獲紋は強制停止される前に、田中を後ろから羽交い絞めにしてスマホのバッテリーを放電する。やや型落ちとはいえ核融合炉である。人間一人を感電死させるにはお釣りがくるレベルだ。

 

「ッーーー!」

 

 無論、催眠で強化された田中を殺せるほどではない。

 ほんの数秒肉体を痺れさせて動きを封じる程度。

 それが代償に消し炭となった弩羅獲紋が成せた事。

 

 そして―――その数秒があれば十分過ぎた。

 

「ありがとう弩羅獲紋……っ!」

 

<5―――4―――3―――>

 

 感謝と共に、棘付き棍棒(モーニングスター)を肩に担ぐようにして振りかぶり“溜め”を作った。

 打ち合いを続ける中では出来るはずもない大技の準備。

 始まりの仲間が作ってくれた最後のチャンス。

 

「これが……絆の力だ!!!」

 

<2―――1―――>

 

 それは「閃光の魔法少女おじさん」と謳われた最大の理由にして象徴。

 炎や水を操る催眠(魔法)を捨て、身体強化だけに特化した故の絶技。

 あまりの速さにスマホ画面の残光しか見えなかったから付けられた名前。

 

 その名も―――。

 

 

「マジカル☆フラッシュ!!!!」

 

 

 棒立ちとなり無防備な田中の頭へ、閃光の如き鉄槌が落とされた。

 

 

 

 

 

 

「―――終わりであります」

 

 そして、頭に叩きつけたはずの棘付き棍棒(ステッキ)が粉々となって散らばった。

 まるで夢から覚める時間を告げるように。

 

 魔法(催眠)が解ける。

 

 

 

 

「マジカル☆浸透勁……某の知る最弱無敵の魔法少女が編み出した絶招であります」

 

「簡単に言ってしまえば、打ち合いつつ相手の催眠兵器を内側から破壊する技です」

 

「最後の一撃を繰り出した瞬間、貴方の相棒に蓄積されたダメージが限界を超えたのですよ」

 

「ああ、知らぬのも無理はない。これを彼女が考案したのは貴方が刑務所に送られた後だ」

 

「そして貴方がどれだけ魔法少女を気取ろうが、その力の源は催眠によるものでしかない」

 

「故に、それを失ってしまえば貴方はただの無力なおじさんに戻る」

 

「もっとも、動きを模倣しても某ではかなりの数を打ち込む必要がありましたがね」

 

 なので正直ギリギリでした、といい笑顔で言い切った田中を江賀雄は呆然と見つめていた。

 

 状況はもう確定した。

 多重催眠による拘束を受けた上、肝心要の力を失い、痛いコスプレをしただけのおじさんに成り下がった江賀雄に成す術はない。

 かろうじて出来るのは口を開くだけ。

 それでも言葉が出ないのは、命より大切な魔法のステッキを失ったからか。

 

「最期に何か言い残す事は?」

 

 田中が一歩前に出て江賀雄と目を合わせる。

 最初と同じように路肩に転がるゴミを見る目だ。

 これまで何度も江賀雄たち魔法少女おじさんが浴びて来た目だ。

 

 ―――そして思い出す。

 

 かつての戦い。

 催眠王の傍でこちらを睨み続けていた学生服の少年。

 未熟ながら催眠による精神操作から木偶の棒(一般人)を守り続けていた小童。

 その面影が、眼前の青年と重なった。

 

「…………………………………………何故だ」

 

 しばらくの沈黙を破り、江賀雄が口にしたのは疑問だった。

 

「何故、私たちは魔法少女になれない?

 何故、私たちは否定されなければならなかった?

 何故、私たちは男で大人だからというだけで認められなかった?」

 

 零れるのは夢から現実に引き戻された中年男性の悲哀であった。

 

 夢を追いかけるのが罪なのか。

 性別や年齢だけで夢を否定されなければならないのか。 

 大衆の総意は少数派の願いを簡単に踏み躙っても良いのか。

 

 そんなものを認めたくなかった。

 

 ならば、世界を変えてやろう。

 胸を張って生きられる世界を作ろう。

 自分たちが世界の主流となってやろう。

 

「私たちは魔法少女だ……誰が何と言おうと絶対に」

 

 それこそが、魔法少女おじさんたちの原動力であった。

 

 

 

 

 

 

「いやだからって強盗殺人その他諸々重犯罪オンパレードとかふざけんなカス。

 魔法少女名乗るなら相応の振る舞いしてろやクズが。

 自分たちだけの世界に酔っ払ってんじゃねえよボケ。

 ○○りたいならどっかの山奥に引っ込んでろ蛆虫……であります」

 

 

 

 

 

 田中は罵詈雑言でぶった切った。思わず素が出てしまうほどに。

 こいつらの蛮行でどれだけの被害を被ったかを知る者として当然の反応であった。

 

「催眠術師なんてやってる某が言えた事ではありませんがね。

 人様に迷惑をかけて、それを何とも思わん時点でアウトでしょう。

 やっちゃいけないラインはあるし、それを簡単に踏み越える輩が多すぎて嫌になる」

 

 この世界は酔っ払いばかりだ、と生前の師は言っていた。

 だからこそ、自分を律して最低限の一線を守らねばならないと自らに定めた。

 タガを外し、衝動のままに生きる畜生以下の存在になってはならぬと戒めた。

 

 己は催眠術師である―――しかし外道に非ず。

 

「そして、てめえは殺す価値も無いであります。

 ―――後は地獄の閻魔様に今の妄言を言っておいてください」

 

 追加の催眠で口を塞ぎ、そのまま放置してスーパーから出た。

 うめき声のようなものが耳に届くが、大した意味も無いので意識から外す。

 もう頭の中にあるのはこれからの事だけだ。

 

「書類書くの面倒でありますなぁ……でも書かないと仏頃さんが殺しに来ますし……」

 

 これだけの催眠を許可なく使えば処刑待ったなしであるが、催眠おじさん七人衆の関係者に対してはであれば限定的に行使が許される。

 書類を提出する時、仏頃は自分が殺したかったと言うだろうなと思いながら百メートルほど歩いて。

 

 

「……あ、今日の夕飯どうしよう」

 

 

 呟くと同時に、地対地ミサイルがスーパーに直撃し大爆発。

 何もかもが吹き飛ぶ光景を背にして、今日は外食でいいかと思うのであった。

 

 

 




用語解説

◎「催眠おじさん七人衆」
かつて世界を滅ぼしかけた神話級催眠術師の集団。
七人衆とは言っても脱退や死亡、追加メンバーもいて実際は七人以上存在した。
彼らとの戦いである「催眠大戦」によって人類の総人口は3割にまで減少している。
なお、このうちの一名が当時中学生だった田中によって倒されている。

◎「催眠神羅万象孕ませおじさん」
七人衆の頂点にして原点。催眠王の最大の宿敵。
とある目的で地球を孕ませようとしたが、催眠王に阻止され相打ちとなる。
催眠アプリを始めとした催眠兵器の開発者でもあり、彼の残した作品は現在でも社会に影響を及ぼしている。

◎「催眠魔法少女おじさん」
おじさんでも魔法少女になれる事を証明したかった催眠術師。
一時期は魔法少女=おじさんという認識になるほど影響を与えた。
最期は最弱無敵の魔法少女に討たれて死亡。配下も後を追うか刑務所に入れられた。

◎「最弱無敵の魔法少女」
純正の魔法少女が敗北し姿を消す中で、ただ一人戦い続けた少女。
魔法少女としての才能はほぼ皆無で身体強化さえ使えないレベル。
不屈の精神と鍛え上げた武術を以て魔法少女おじさんと渡り合った。
現在は魔法少女協会の現会長を務めるが、人員不足で引退出来ないのが悩み。
子供たちの夢を壊さない為、出動時は仲間に頼んで子供の姿に見えるよう幻影をかけて貰っている。
田中とは戦友であり偶に連絡を取る仲。

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