十一話
「もう大丈夫、私がきた!!」
USJの入り口の扉を勢いよくこじ開け、その拳を振るっただけで飛蝗を吹き飛ばす風圧を引き起こした人物、No. 1ヒーロー、オールマイト。
筋骨隆々という言葉が最も似合う大男であり、自らの筋肉のせいで着ているカッターシャツがはち切れんばかりになっているその様は一目見るだけで圧倒される。
「オール、マイト……」
コガネは長年意識してきた人物であるオールマイトと、奇しくも朦朧とした暴走状態の中で相対した。
そしてその瞬間、コガネの様子が変わる。
「オール……マイトォォォォ!!」
何かに取り憑かれたかのように声を上げ、目の焦点が合わなくなるコガネ、すぐさま標的を近くにいた蛙吹から入口付近に立っているオールマイトへと変え、飛蝗の大群を差し向ける。
「梅雨ちゃん!!」
オールマイトの近くにいた麗日は蛙吹の安否を心配して声を上げるが、オールマイトはその状況になっても冷静だった。
「ムッ!」
その方向は近くにいた蛙吹も、入口付近でワープさせられなかった生徒たちすら巻き込む形で差し向けられていた。
避ければ入口付近の生徒たちも巻き添えとなり、先程のように風圧を使って吹き飛ばせば風圧を飛ばす方向が先程とは違うため、蛙吹に被害が及ぶかもしれない。
「これはちょっと――」
そんな究極の二択。
弱者ではどちらか一方しか取ることしかできない。
しかし、それは
「――難しい、かなっ!!!」
オールマイトはその図体には似合わない俊敏な動きで入口付近から蛙吹の元へ瞬時に移動。
蛙吹を抱えてコガネの近くから遠ざけ、再び入口付近に戻る。そして依然入口へと向かう飛蝗の大群へと移る。
『デラウェア……!!!SMASH!!!』
先程と同じように拳を振るって風圧を生み出し、飛蝗の大群が自分と後ろにいる生徒たちに向かう前に飛蝗の大群を吹き飛ばす。
「……え?」
「……?」
蛙吹や近くにいた麗日たちはあまりに一瞬の出来事に状況が把握できていない。
当然ではある。入口から移動し、オールマイトが蛙吹を抱えて再び入口に戻り、飛蝗を吹き飛ばすまでの時間は実に0.8秒。認識できる人間の方が少ないだろう。
「さぁて!相手をしようか、虫明少女!!」
「グッ……ゥゥ……」
コガネはまるで獣のように唸る。
それはもうコガネにはいつもの自我がないことを表していた。それは他のクラスメイトも気付いていた。
「待って!コガネちゃんは――」
「待ってください!虫明さんの様子がおかしいです!多分あれって――」
個性の暴走。全員の頭にその言葉が浮かぶ。
更にヴィランとの戦闘を見ていた者たちはコガネの身体のダメージが尋常ではないことも理解していた。
そんな状態でオールマイトと戦えば命の危険が――
「蛙吹少女、緑谷少年!大丈ー夫!!!これ以上虫明少女を傷付けはしないさ!」
一見、根拠のない自信から来る無責任な励ましである。
しかし、オールマイトという存在と実績がその励ましを根拠のある効果的な励ましへと昇華させていた。
「さあ、行くぞ虫明少女!」
「ッ!ァァァアアア――!!!」
コガネの方へ飛び出すオールマイトに対し、コガネは先の2回で大群を向かわせるのは効果的ではないことを
『カロライナ……スマッシュ!』
オールマイトは両腕を交差させ、クロス状にして腕を一気に振り下ろす。
その腕は自らに向かう棘の向きを変化させ、コガネの攻撃を逸らした。
「取り敢えず落ち着いてもらうぞ虫明少女!!」
「ッ――!!」
オールマイトの腕がコガネへと向かう。
コガネは物事への対処か、それとも向かってくるオールマイトへの恐怖からか目の前に盾を形成し、防御の耐性をとる。
「ムッ!」
(硬いな!しかし――!)
「それだけだ!」
「!?」
盾の硬度に一瞬驚くオールマイトであったが、冷静に盾の位置が完全に固定されていないことを見抜き、盾を両腕で鷲掴むとそれを遠くに投げ飛ばす。
「ゥあ――!」
コガネも一連の流れとオールマイトの規格外のパワーに呆気をとられ、小さく唸ることしかできず、オールマイトの手はコガネへと近づく。
飛蝗の視覚共有を用いた複眼で引き延ばされた体感時間でオールマイトの手はコガネの胸部に向かい――!
「これを〜〜……」
コガネの首にぶら下がっている金色の十字架がついたネックレスを掴み取るとそれを引きちぎって――
「こうして!」
十字架の中心の交差する部分を押し込む。
すると十字架の下部の先端から注射針のような物が出る。
注射針からは薬品のような雫が付いていて、薬品が入っていることがわかる。
「こう!!!」
それをコガネの首に向けて突き刺す。
「ガッ……!?」
注射針からすぐさま薬品が注入され、首から体内へと広がっていく。
コガネは苦悶の声を上げるが、すぐに様子が変わる。
コガネの緊迫して強張った顔から、脱力してリラックスしたような顔になり、焦点が合っていなかった目もいつもの目に戻った。
更にコガネの瞼は眠る時のように下がっていき、意識が消失する。
火災ゾーンでの戦闘から飛蝗の暴走した影響で意識を手放すことが出来なかったコガネは脳無2体とオールマイトとの戦闘を経てようやく意識を失うことを
元より立つことすらできなかったコガネの姿勢はうつ伏せになっていき、瞼が閉じられていった。
「おっと」
地面に伏せることになりそうだったコガネは現在ではオールマイトに支えられ、抱え上げられることとなった。
「コガネちゃん!」 「虫明さん!」
コガネを心配に思ったのか入り口付近にいたクラスメイト達が駆け寄って来る。
そうしてコガネの身体の様子が見えるようになるとクラスメイトはコガネの怪我の様子に絶句する。
血塗れのコスチュームは血が染み込んで赤黒く変化し、頭や全身から血が流れ、顔の血色も青白くなっていた。
明らかに正常な状態ではないことが分かる。
「っそんな……オールマイト!?コガネは大丈夫なんですか!」
「……詳細な身体の状態は分からないが、とにかく命の危機であるというのは確かだ」
「そんな……じゃあ早く病院にいかないと!!」
「ああ、それに病院に行く前にある程度応急処置をしなければ……!」
「でもここには包帯も何も無いですよ!?このままじゃ……!」
麗日が悲痛に声を上げる。
こうしている間にもコガネを中心として大きな血溜まりができていく。すぐにでも輸血、最低でも止血が必要だ。
しかしここは雄英の敷地内とはいえ、校舎から遠く離れた場所。本来なら急いで保健室へと運ぶ所であるが、コガネの状態故に下手に動かせない。
(これ以上の出血はまずい……が、昨日確認した通りであればここには訓練での事故を想定した包帯や消毒液があった筈!更にかくなる上は――!)
「――誰か八百万少女の居場所が分かる者はいないか!?」
「え?や、八百万さんですか?」
「……えっと……分かりません。ヴィランに襲撃された時に全員何処かワープさせられました……」
「僕たちも水難ゾーンにワープさせられて、居たのは僕と峰田くんと蛙吹さんだけだったから……水難ゾーンには居ないと思います」
緑谷の口から襲撃当時のことと、現在の状況が語られる。
しかし、ここにいる誰も他のクラスメイトの行方を知らなかった。
「そうか、ありがとう緑谷少年。では私はこれから八百万少女を探してくる。その前に――」
オールマイトは自らが身につけていたカッターシャツを引きちぎって緑谷に渡す。
緑谷は黙ってそれを受け取るが、オールマイトの言葉を聞いて決意を宿した目でオールマイトを見つめ返す。
「気休めにもならないかもしれないが……これで傷口を抑えていてくれ」
オールマイトは緑谷にカッターシャツを手渡した後、跳躍のために脚に力を溜める。
「では行ってくる!」
オールマイトは跳んだ。
それもとんでもない高さで、速さで。前へ飛んでいく。
◇
街が燃えている。
両親の街が、友達の街が、私の街が、私の全てが。
ただ黒煙を上げながら、人が焼ける臭いをあげながら、苦痛を嘆く悲鳴をあげながら。
こんな記憶が今思い出された理由は、恐らく火災ゾーンでの出来事があったからなのであろうか。
記憶と同じ光景で、同じように敗北を味わった。
負けるのは駄目だ。
負ければ侮られる。負ければ不快な思いをする。負ければ飛蝗が敵を殺してしまう。負ければお母さんとお父さんを守れない。
負ければ――皆んな死ぬ。
だから負けない。負けたくない。負けるわけにはいかない。
なのに、私は……わたしは……また――
「――まっ……」
コガネの意識は手を天井に伸ばしながら覚醒した。
ぼやける視界が映すのは知らない天井で、今自分がどこにいるのかすら分からなかった。
「――おや」
聞き慣れた声が右側からした。
声が聞こえた方向に目を向けると、そこにいたのは――
「は、かせ……」
実の両親よりいる時間が長いであろう男、博士であった。
「起きたのかい?良かった、君が意識を無くしてからちょうど24時間経過したからね。これ以上は体力が落ちてくる時期だからね。何か食べたいものはあるかい?」
「……なぃ」
「それはなによりだ。君は怪我の影響で身体のありとあらゆる内臓がズタズタでね、今は何も食べられないよ」
朦朧とする意識の中、掠れるような声で頑張って質問に答えたと言うのに博士という男はいつもの調子で話す。
表面上はこちらへの気遣いをしているように見えるのに肝心なところで本性が現れている。
「今が何月何日か分かるかい?」
「……しらない」
「ふぅん、まだ意識レベルも低いか。ここはどこか分かるかね?」
「……?」
「ここは集中治療室だ。さっきも言ったように君は重傷でね、今は治療中だ。……眠いかい?」
何も言わずコクリと頷く。
「了解した。一度目が覚めたんだ、またすぐ目を覚めるだろう。学校も休校しているし、また目が覚めたら――」
「……けた」
「ん?」
「……わたし……まけた……」
「なにも、まもれなかった……!それどころかわたしは……!」
コガネはポツリポツリと掠れる声で呟く。
それは報告なのか、告白なのか、はたまた罪の懺悔なのかは本人にすら分からない。
それでもコガネは頬を涙で濡らしながら話した。
「雄英から話は聞いている。確かに君は負けたようだ、脳無とオールマイトに」
「――ッ!」
「……伸び代だと考えることもできる。確かに君の実力は高いが彼らは君の力を上回っていたようだ。必要な敗北だ。この経験は今後の君の成長に大きく関わるだろう」
「……それでもわたしは……!」
「今はもういい、まだ高校生活は始まったばかりだ。君の意識がもう少し覚醒してきたら、また立て直していこう。崩れたものはもう一度積み直せる」
コガネはこくりと小さく頷く。
そして電源が切れたかのように瞼が閉じられ、再び意識を手放した。
「……敗北とは不思議なものだ、通常では回避するべきものだと言うのに――時に成功より人を成長させる薬にもなる。」
「今は失敗していい、敗北していい。後始末は私がやる。だから、だからどうか――」
「――僕の
博士はコガネを真っ直ぐ見つめながら呟く。
それは今までコガネが見たことないほど真っ直ぐコガネを見つめており、強い思いが籠っていることが分かった。
「――さて……」
博士はベッドの近くにぶら下がっているナースコールを右手で押し、看護師を呼び出した。
「少し野暮用で出る、様子を見ておいてくれ。恐らく容態はもう急変しないだろう」
「はい。――先生、少し休んだ方が。ここに来てからまだ一睡もしていません」
「私のことはどうでもいい、彼女さえ生きていればね。だから彼女のことは頼んだよ」
看護師は少しふらつきながら集中治療室を後にする博士の後ろ姿を心配そうに見つめた後、ベッドに眠るコガネに目線を落とし、自らの業務に集中した。
◇
集中治療室を後にした博士は人気のない場所に移動し、携帯電話でどこかに電話をかけた。
博士の顔は心無しか緊張している面持ちで、電話の先の人物がかなりの人物であることを示唆していた。
そんな中、電話が繋がり通話が始まった。
「……」
「……お久しぶりですね、根津さん」
『やぁ!公安委員会に入った君から連絡が来るなんて珍しいじゃないか!あまりに連絡がないから忘れられてるかと思っていたよ!』
電話の相手は雄英高校校長、根津だった。個性『ハイスペック』により、ネズミでありながら人間以上の知性をもっている彼は様々な道徳的な功績を残している。
「……あなたを忘れられる人間など早々いません。それに今回は事態が事態ですからね。私がコガネくんの状態を私が察知して"個性抑制剤"のことを連絡しなければ被害はもっと出ていたでしょう」
『……ああ、君の連絡がなければオールマイトも相応の対処をせざるを得なかっただろう。虫明さんが助かったのは君のおかげさ』
「――しかし、それは結果の話です。最悪の結果は避けられましたが、彼女は一時意識不明の重体、内臓の損傷も激しく、生きているのも不思議なくらいです。私が居なければ復帰が難しいどころか命すら危うい状況だったでしょう」
『……それに関しては全て我々の責任だ。彼女が学校に復帰できるように我々も最大限の支援をしよう』
「――足りない」
博士の声色が変わる。
この後から博士の電話の目的が語られる。
『?それは一体――』
「私はあなたたちを信頼して送り出したというのにこんなことがあってはもう貴方たちに任せては置けません。――よって」
「――今後、コガネくんの授業や課外活動での全ての戦闘を記録した映像を私に渡してください」
博士から語られるのは要望であった。
雄英高校を信頼できないという名目で博士はコガネの戦闘記録を得ることができる。
実験ができないことの代わりなのか、博士はこれを機に実験を継続させる方法をとった。
『……いくら君でもそれは――いやまさか君……この状況をチャンスだと思っているのかい?このタイミングなら虫明さんの監視の為の取引ができると』
「――勘違いしないでください、監視ではなく記録の為です。それに今回の敗北は利用できる敗北です。次に敗北しないためには必要なことなのです」
『……彼女に了承は』
「いいえ?先程ようやく目が覚めたばかりなので」
『彼女からの了承が得られればその要求は許可しよう……これは元雄英生徒であるキミだからこそ了承する要望だ。くれぐれも外部に漏らすことはないように,彼女の成長のために使われることを願っているよ』
「感謝します,根津校長」
そう言って博士は電話を切った。
この電話の内容をコガネが知ることはない。しかし、自分の戦闘映像が博士に見られるということをコガネは後に何の迷いもなく了承した。
◇
場面はとある薄暗いバーに変わる。
突然虚空から黒いモヤが出現した。すると身体を引き摺るようにモヤから出てきたのはUSJを襲撃した手だらけのヴィラン、死柄木だった。
「あー……クソ……脳無がやられた……何が対平和の象徴だ……子供にやられちゃ意味がない……!」
「どういうことだ……話が違うぞ先生……」
『違わないよ。ただそうだね、見通しが甘かったね』
バーに設置されている小さなモニターから男性の声が発せられる。スピーカーから出されているせいかその音声はどこかくぐもっている。
『ところでワシと先生の共作は?回収していないのかい?』
同じモニターから別の男性の声が発せられる。
今度の声は老齢の人間の声であった。
「時間がありませんでした……時間をかけていれば対平和の象徴がいないままオールマイトと相対することになっていた……脳無を回収している暇は無かった………」
『せっかくオールマイト並のパワーにしたのに……』
『まァ仕方ないか…残念』
「クソッ……あのガキ……ッ!!あのバッタのガキがいなけりゃあ……っ!」
「バッタの……ああ、
モニター越しの声は何か納得したかのように言った。
反対に死柄木はイライラしたように首元を掻きむしりながら"先生"と呼ばれる人物の話を聞く。
「今は待て、死柄木弔。撒いた芽たちが発芽するまで今は耐える時だ」
「チッ……じゃあ先生、これだけは教えてくれよ」
「?」
「あのガキは何だ?あの個性、明らかに普通じゃない。脳無も倒した、強さもただの高校生のガキとは思えねぇ」
「……前に彼女のことを紹介した時、爆弾と言ったね」
「ああ」
「彼女にはもう一つ名がある、それは――」
「――脳無」
「は?」
「彼女は完成形の脳無だよ」
次は早く投稿します…