塔が空から落ちてくる世界で、機動兵器に乗る傭兵やって生きてる 作:梅酒わいん
艦で補給と修理をしながら一日が経過した。
嵐の音に紛れて塔の状況はわからないが、たまにグレネードの派手な爆発音が響いている。
中々に激戦がくりひろげられている繰り広げられているらしい。途中で製造しやがったな。
たまに塔の外まで瓦礫が落ちてくるため、塔の下でゆっくりすることは難しい。
撤退して正解だと思う。まぁそもそも俺たちは上層の塔が制覇された後、すぐに深海行きだ。
深海へ潜るために準備はいくらしても足りない。そして傭兵仕事は体力勝負だ。
だから俺とセレネは、仮眠を取ってから飯をかきこんで英気を養っていた。
「一週間もお義姉様と過ごすことになりますからね〜」
遭難前提で話し続けるのやめて頂きませんこと? やだよ俺。
俺は触腕どもの洗脳技術に抗える自信が無い。
海から上がったあとに、俺の脳が
やはりタコ野郎の種族はどれだけ可愛かろうが邪悪。それを深く心に刻み込んだ。
そうして、わりとゆっくりしているところ、突然艦内に放送がかかった。
荒い嵐の音。外からの通信を経由してだろう。ガタゴトと通信機を操作している音がした。
『これで後方と話が繋がるのか。感謝する』
低く、カサついた声が響いた。
『オレはハレーと名乗っているものだ。この領域の全員に告ぐ。警戒しろ。何かが動く。すぐだ』
通信はそれだけで切れた。
ハレーの声による放送が【ラッキースター】の全エリアへと届いた。
嵐の音すら聞こえなくなった。
そして瞬時に艦全体が慌てて動き出し始めた。
──セレネ! 早く【ガトリングヒュドラ】に乗れ! 走れ!
咄嗟に俺はセレネに声をかけて走り出した。
「 えっ? お義姉様!? どうされたんです? 」
混乱したまま走り出した俺に追従したセレネは疑問を口に出した。
──上位傭兵の勘は一旦無条件に信じろ! 傭兵の不文律だ! 機体に乗り込むぞ!
「っっは、はい!」
傭兵は学が無いやつらばかりだが、バカばかりじゃない。
全員が塔とスクラップ相手の戦いに明け暮れ、生き残っている歴戦の戦士たちだ。
実戦で培った経験値と、幅広い知識から状況の違和感を察知することに長けている。
嫌な予感がする、なんか気持ち悪い、行きたくねぇ、等の感覚はその経験値からくる警鐘だ。
だから俺達傭兵にとって"勘"は、物事を判断する材料として、充分かつ重要な情報になる。
最上位傭兵ともなるほどの戦士で、かつ戦場に立っている状況なら──
その精度はちょっとした未来予知に等しい。
俺も感度がキレッキレの時はかなりの精度で出来る。安定はしないけどな。
だが今回警告した人物は、一生を戦いに捧げているような種族なのだ。その事実は重い。
『総員聞いたな! 戦闘配備だ! "あの"ハレーの警告だ! 前回を思い出せ! 死ぬぞ! 』
ハンサムが叫んだ。良かった危機感の共有ができている。助かる。前回何があったんだよ。
アグリノールでの戦いでもハレーに恩があるって言ってたな。
ハンガーに辿り着くと作業班が【ガトリングヒュドラ】の補給パイプを外し終えていた。
大急ぎで現場は混乱していたが、しかし全員澱みなく動いている。
修羅場と激闘に慣れてる良い作業員たちだ。
──お前ら身体を固定しておけ! 乗れるやつはライトフレームに騎乗! 死ぬなよ!!
警告の重さを正しく理解している作業員達は、俺達の搭乗準備が整ったことを確認し散開した。
【ナルワール】の姿は無い。昨日はほぼ戦闘していなかったからな。甲板だろうか。
いつでも出撃出来るようにハンガーのハッチが開かれ、嵐の世界を視認した。
塔が立っている。それを観察するかのように高所で【トライヘッド】が空を眺めていた。
俺とセレネが搭乗した時点で【ガトリングヒュドラ】の心臓は暖まっていた。
危機の襲来を喜ぶかのように多頭竜の二十八の瞳は鈍く輝き、顎をケタケタと鳴らして嗤った。
──喜ぶんじゃねぇよ。何がどうあれこれから激戦が確定してるんだ落ち着け。
セレネが起動のセッティングを手順よく進め、各首のエネルギーを注入し調整していく。
喉元まで活力を注入され、震えるように身悶えながら、カロロロロと小さく喉声をあげた。
その暴威を吐き出す瞬間を今か今かと待ちわびているような、そんな声だった。
嵐はまだ止まない。
*
俺達はいつでも行動出来るように甲板に移動した。
そして、その時は、数呼吸の静寂の後に来た。
塔の内部まで引かれた通信線。荒いノイズと共にその声は届いた。
『 コアが無ぇ! 繰り返す! コアが何処にもねぇ!! 』
聞き慣れた飲んだくれ傭兵団のドワーフのリーダーの絶叫が響く。
『 総員引けぇ! 罠だ!! ここは塔じゃねぇ! 生き残れ! 脱出しろ!! 』
冷静な副官の叫び声が、掠れた放送となって俺達に届いた。
『 ックソ! 囲まれた! ッ、お前は!!!
トリガーハッピーが操る砲音のノイズが放送を乱し、一時的に声が途切れた。
静寂。
『 ──【天使】の"名乗り"ですか。はは、どうやら僕たちの悪運もこれまでですかね 』
一泊の間を置いて、狂った司祭が異教の使徒を見て、諦めを含んだ静かな呟きを拾った。
直後、海上のプラントに突き刺さっていったはずの塔が、破裂するように崩落した。
*
塔が下部から崩壊していった。
ガラガラと瓦礫が落ちていき、地面から引き剥がされていく。
その崩れ方は奇妙だ。物理現象として有り得ない。
向こう側が見えるほどの空洞が空いているのに、塔がその姿を維持し続けている。
いや違う。正確に表現しろ。下部は崩れた。目視ですら空洞が見える、地面に繋がっていない。
つまり。
塔が、浮いている。
『来るぞ。上も、下もだ』
低いリザードマンの声。嵐の中、空を見上げ続けた彼は槍を持ち、体勢を低く構えた。
分厚い雲が、ほんの少しだけ薄まり、雷が弾けた。
そして暗い空を裂き、雷光でその異様の姿が現れる。
奇妙で、バカみたいに大きいオブジェクトが雲の中に存在していた。
それは下に向けた四角錐の形状をしており、先端部分に塔が突き刺さっている。
横の幅だけでも採掘プラントより少し小さいくらいの超巨大な物体が、空に浮いていた。
そして、その側面に、巨大な、船よりも巨大な目が、俺達を見下していた。
『【ピラミッド】』
ハレーの声が響く。あのオブジェクトの名前か。
あれがどんな存在かはわからない。だが、あの目からは知的生命体への敵意しか感じない。
そして、船が大きく揺れる。
『海中! 何か居るぞ!! デカい!! 大型スクラップなんてサイズじゃない! "船"だ!!』
同じく甲板に居るハンサムの叫び声が響いた。
ハンサムが見つけられているくらいに大きいならば、俺にも簡単に見つかるハズだ。
だが俺の目には海中は黒く、嵐で濁った姿しか晒していなかった。
「お義姉様! 違います! 視界の中にいる海中の"黒いもの"全部です!!」
セレネの声がコックピットに響く。そしてその姿をやっと視認することが出来た。
甲板から見える視界一杯に広がっていた、黒い影の全てが、そいつだった。
海中の黒が、その身をよじる。最低でも【バスティオン・キャリア】と同格。
いやそれよりも確実に大きい。あまりにも大きすぎて、見つけることが出来なかったはずだ。
『【バハムート】』
リザードマンの祭司が呟いた。意味はわからない。恐らく海中に居る巨大な影のことだろう。
それは海中を揺蕩うように、俺達の全てを囲むように旋回していた。
意思は見えない。だが、しかし、視線を感じる。確実に俺達を見ている。
誰も声を発しなかった。戦場で静かに嵐が吹いている。
風は叩きつけるように機体を撫で、雨は装甲を叩き、雷鳴は荒々しく轟いた。
どちらからの合図もなかった。
緩やかに。
死闘が始まった。
ついに100話まで来ました。皆さんご声援ありがとうございます!
一年近く連載することになるとは思いませんでした。これからもご贔屓にお願いします。