塔が空から落ちてくる世界で、機動兵器に乗る傭兵やって生きてる   作:梅酒わいん

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19話:衝突

 俺の心は虚無に包まれ、深い闇へと落ちていった。

 絶望に蝕まれたその魂が洗い流される機会は、もう訪れることは無い。

 もはや慟哭すら口に登ることはないだろう。それほどまでに俺の脳は諦観と虚脱心に支配されていた。

 

「酒は嗜まぬ」

 

 そっかー!

 これは今日はダメな気がしてきた! 諦めよう!

 リザードマンは俺の事を深く観察し、正対した。

 

「童と思ったが、戦場に身を置く者だな。失礼をした」

 

 隠してたわけじゃないが、流石戦闘種族。見抜くか。

 どうも、傭兵をしているカラスってものだ。お名前を伺っても?

 

「東の大密林より参った。氏族は語れん。産まれてからハレーと名乗っている」

 

 ”世界の果て”出身か。それだけで確実に強者と分かる。

 大密林。そこは、スクラップとの戦いの激戦区だ。

 要塞街が所属している、都市間同盟地帯はこれでもかなり塔の比率がゆるい地域だ。

 新しく落ちてきた塔以外は一通り制圧されており、街のための資源へと変えられる。

 

 対して、湿地帯や海といった地域の塔は、手つかずになっていることが多い。

 理由はシンプルに、ギアがその地域に入るのが苦手だからだ。

 

 大密林。水気の酷い湿地と密林が果てしなく続き、全貌を掴む者は居ない。

 スクラップが溢れ、完全体のドラゴンに出会うことすら珍しくない。

 この場合産まれは大密林”内部”であり、要塞街のような巨大な城壁はまず存在しない集落出身であるのだろう。

 つまり、そのような環境でスクラップからの襲撃を平然と退けられるような集団を母体とした人物が、産まれを恥じずに語ったことから相応の勇者であることが伺えた。

 

 リザードマンは嘘をつかない。

 虚言を語る必要が無いからだ。

 言葉を交わすより、武のほうが遥かに雄弁であり、虚実はないと考えられている。

 そして、その”血”はなによりも真実を語る。だそうだ。

 だから、その出身地は真実なのだろう。

 ハレーと名乗ったリザードマンは俺を観察し続けて、口走った。

 

「童、いや。カラスと名乗ったか。オレは貴殿を理解したい」

 

 げっ。

 うぇぇ、マジかよ! すげぇ嫌だ!

 これあれじゃん! 噂に聞くリザードマンの”味見”じゃねーか!

 “食べるべき”武人と見られた相手に対して、その武が本物かを知るための儀式。

 ほんの少しの出会いでその力量であると判断されたのはむしろ光栄なくらいだが、本当にやめて頂きたい!

 

「一手のみでよい」

 

 目の前の蜥蜴は俺の言葉を無視し、武人としての顔を剥き出しにした。

 一切の動きはない。そう。この通路から現れたときから彼は、ほぼ一切動いていない。

 

 それだけでこれだけの混沌を巻き起こしているのだ。

 なんでこんなことになってるんだ? 一瞬疑問に思いつつ、俺は考えた。

 やだなー。力比べとか趣味じゃないんだよな。

 だが。

 

 逃げると思われるのは癪に障るな。

 

 戦士としての俺の中のプライドが、逃亡という選択肢を邪魔しまくった。

 俺は戦いに身を置いている者が好きだ。

 どのような経緯であれ、真剣にその身を捧げている覚悟には敬意を示すべきだ。

 リザードマンなんてその最たるものだ。無作法はしたくないな。

 自分から面倒を選び取り、俺は戦士ハレーの要求に答えた。

 

 一手だけでいい?

 

「如何にも。無手なら無手、武器なら武器でお相手する」

 

 なら無手で。護身道具くらいは持ってはいるが、戦闘に耐えうる代物ではない。

 下手な技巧は悪手だな。リザードマンは”対人”にも秀でている。愚策でしかないだろう。

 そして、この人物はそんなものを求めてはいない。

 

 実直に、真っ直ぐ、ど真ん中を、ぶん殴るのが礼儀だな。

 

 俺は構える。目の前の武人も構えた。

 彼に回避するなどという無粋な真似は存在しない。

 街の喧騒も遠い、この暗い路地裏で。戦士二人が対峙する。

 俺は全力で拳を振りぬく選択をした。相手は小型スクラップを平然と倒す相手。

 

 

 ”ブチ壊す”つもりで殴りかかる。

 

 

 そして礼儀と言わんばかりに、俺の拳に合わせハレーも拳でぶち抜いた。

 2人の拳から衝撃が発生し、空気が路地裏を切り裂いた。

 

 

 痛っっっってぇ。

 鋼鉄でもぶん殴ったかのような硬質な感触だった。何で出来てやがるんだ。

 手、折れたかな。いや、ヒリヒリするが大丈夫だろう。俺は特別頑丈なんだ。

 だけど今日はギアの操作はしたくないくらいには痛い。

 あちらさんは、この衝撃で全く何も傷ついて居ないかのように平然としていた。

 嘘だろ。俺の全力だぞ。

 

「見事。このような地で、貴殿のような戦士に出会えるとは僥倖だ。旅をして良かった」

 

 ご期待に沿えてなによりだ。でも”喰わないで”くれよ。

 

「我らが同胞でなきものにそのような事はせぬ。戦場で死すれば話は違うがな」

 

 ハレーは粛々と語った。

 さも当然と言わんばかりだったが、なかなか背筋が凍る話だ。

 先程から味見、だとか喰う、だとか食に纏わる表現をしている。

 これは、ほぼ比喩表現無しの事実である。

 

 

 リザードマンには”人肉食”の文化がある。

 

 

 それは信仰によるもので、強者の血を取り入れることで、自身を高みに導こうとするリザードマン独特の風習である。今、俺はそれに値する存在と見られている。

 戦闘種族であるリザードマンの武人にそう見られたのは光栄とも言えるだろう。”強さ”の指標として扱われている文化圏も存在しているらしい。だが、実際にその対象として見られると、ちょっと怖すぎる。

 拳の痛みと状況の困惑で戸惑っている俺を通り過ぎ、商業セクターの奥へとハレーは歩いていった。

 

「次は戦場で相まみえよう」

 

 いやです。

 月の女神よ。愚かな俺を見ているのであれば願いを叶えたまえ。

 できればこれを最後の出会いとしたい!

 

 

 *

 

 

 珍しくタコ野郎の友人を紹介された。

「紹介するやでー。こちら友達のハレーはん。見ての通り、リザードマンや!」

「またあったな、戦士カラス」

 

 願いは叶わなかった。会いたくなかったなぁ!

 

「なんやカラスはん、ハレーはんと知り合いやったんか。サプライズのつもりだったんに損した気分やわ。ま! ええやろ! そしてこれや!」

 

 カーゴキャリアの前で、タコ野郎がドヤ顔で腕を広げてお披露目していた。

 俺達は第五セクターの外縁部付近の、カーゴキャリア用のドッグにまで来て見物している。

 タコ野郎的にはマジで自慢だけのつもりらしい。

 

「どうや! ついに買うたで! 我が社専用カーゴキャリアや!」

 

 フェンス越しのドッグに鎮座する、無駄に巨大な貨物車両群だ。

 新造艦らしい金属の匂いが漂っている。かなりの大型船だな。

 この前、塔を攻略した時に乗ったものは小型だったが、それより二周り大きいものだ。

 ただ、どうも構造からみて戦闘力よりも積載量を重視した設計らしい。

 うん。やっぱりデカいなぁ。ギアだけで十機は搭載できそうだ。

 

 新造船を一目見ようと、商人たちや他街の貴族、その護衛として雇われたであろう他街の見知らぬ傭兵どもも集まり、新造船の見物とその旅路への祝福をしに来てくれていた。

 そういえば、彼らもそろそろ出発か。今集まっているのは、この前攻略した塔の落下を伝えに来てくれたカーゴキャリアの一団だった。後でちゃんと挨拶しておこう。

 

 そういえばスルーしそうになったが、我が社ってなんだよ。起業してんのか。

 傭兵やめて商人にでもなるのか。いや、冷静に考えたら、タコ野郎は商人みたいなメンタリティをしているのだから、むしろ傭兵をやっていた今までの方が不思議だったな。

 

「なに言うてんねん! 副社長の座はカラスはんのために空けとるやで!」

 

 えー。いやです。

 タコ野郎とはドライなビジネスパートナーで居たいんで、ご遠慮願いたいですね。

 横で見ていたハレーもカーゴキャリアを観察しながら、ぼそりと呟いた。

 

「無骨だな。しかし広く、生物も輸送出来るとなれば、鎧陸海老《ロブリャ》を生きたまま輸送できそうだ。あれは美味い」

 

 タコ野郎がハレーの呟きを拾って応じた。

 

「当然やん。ハレーやんを雇うのに生ロブリャ必須なんやろ? なんと! コンテナ三つ分の飼育スペースを確保してるやで!」

 

 嘘やん。副社長待遇で誘った割に、俺よりハレーの意見しか聴いてねぇのかよ。

 あと友達って本当だったのか。タコ野郎がここまで忖度しているのを初めて見た。

 ハレーはギラついた目をわずかに細め、空気を刺すような気配を漂わせて断言した。

 

「戦士カラスよ。このナマモノとは奇縁ではある。しかし友ではない」

 

 おい、タコ野郎。友達じゃねーってさ。

 ナマモノ呼びって。むしろ嫌われてないか。何したんだよお前。

 

「ま、ええやろええやろ!? これで他の街との交易もワイ主導でやれるやで! ってことでカラスはん! ここにサインよろしゅう!」

 

 俺の言葉を無視して、タコ野郎は俺によく分からない契約書を持ち出してきた。何を書くんだよ。保証人のサインは親父から絶対に書くなと遺言で言われているんだ。

 俺は見なかったことにして腕を組んだ。

 

 *

 

 ちょっと他の街の傭兵や商人達に挨拶して、互いの情報共有を終えた。

 どこぞの街が新しく開墾した、傭兵を利用した結果見捨てられた街が滅んだ、傭兵団が徒党を組み街を簒奪した、そんな情報や噂話を色々と聞けた。他の街の情報は入りづらいからな。なかなか有意義な時間だった。

 ハレーはその間、喋らずに座り込み瞑想を続けていた。

 明らかな異物として存在しているのに、そこに居て当然と言わんばかりの自然体で座っており、ハレーの奇行を咎めるものはついぞ現れなかった。

 

 そうして、一休みしていたらコツコツと硬質な足音が響いてきた。

 

「ははは、どうやら休憩中だったようだね。これは要塞街としても最大級のカーゴキャリアだ」

 

 振り向けば、ヴァレリアン卿が部下を引き連れて立っていた。

 穏やかな空気を纏いつつ、騎士としての厳格さを持ち込み、場の空気を引き締めた。

 嫌な空気だ。厄介事を持ち込んできたような、そんな雰囲気がする。

 

「さて、要塞街、いや出資者の一人として君たちにお願いしたいことがある」

 

 卿の視線が俺に向けられる。

 わあ、なんか巻き込まれる予感がするぞ。

 

「今回の戦場の跡地を偵察に行って欲しい。色々と厄介な噂話を聞いていてね」

 

 今回の戦場の、か。不可解な話だ。

 わざわざそんなことをしなくても騎士サマの立場ならば勝手に耳に入ってくるだろうに。

 何故、わざわざ傭兵を派遣してまで現場の検分をしなければならないんだ?

 

「私と立場を同じくする者たちは、新参の領主程度に話す口などないというのだ。あれ以降全く情報が入ってこない。どうやら、自ら目と耳を動かさねばならないらしい」

 

 やれやれ、とでも言いたいような卿は困ったような演技をして戯けてみせた。

 嘘だろ。この期に及んで派閥争いが続いているのか。

 "高貴な"方々は、なんというか、その。愚かなのか?

 

「そう。そして皆も疑問に思っていると思うが、"ゴブリン程度"であれほどの被害が出るのはおかしい。例え”王”が居るとしてもだ。何かしら要因があるのだろう。それを探ってきて欲しい。しかし、騎士としても領主としても人員の派遣が難しくてね──―」

 

 穏やかだが、少し疲れた声でヴァレリアン卿は語る。

 確かに、騎士サマは今の立場を奪い取ってからまだ10日も経過していない状況だ。

 人員の掌握に時間がかかっているのだろう。人を動かせないというのも理解できる状況だ。

 

 しかし、偵察任務か。

 なんだか嫌な予感しかしないが、どうやら避けられそうもない。

 

「悪い"噂"を聞く。軽々しく口にすることも憚れる内容だ。口を漏らして街に流言が飛び交うことは避けたいのでね。確かめねばならない」

 

 俺の口はそこそこ硬いと思うんだが。実績は充分だぞ。

 というか情報の出し渋りはしないでくれよ。それだけで面倒になる。

 騎士サマは続けて言った。

 

「先入観を与えたくない。カラスくん、そしてハレー殿。君たちに、その目で確認して来て欲しい」

 

 お。ハレーもご指名と来たか。

 つまり、リザードマンを使う必要があるほどの任務である、そのような認識があるらしい。

 これは偵察任務などでは無い。相当に危険な内容になりそうだ。

 騎士サマの言葉に対し、ハレーは微動だにせず目を瞑り、淡々と答えた。

 

「応じよう。外様故に参戦を許されなかったが、元より戦場の匂いを嗅ぎに行くつもりではあった。不穏な風がここまで漂ってきている」

 

 リザードマンの”勘”も何か感じている。か。

 これは本当に、この戦争で”何か”があったのは確定だな。

 そして、ヴァレリアン卿はその"何か"を探っている。

 ほぼ答えは出ているという目線だが、確定情報がほしいのだろう。

 

 別に偵察程度なら構いはしないが、俺が今使える機体は偵察向きじゃない重装型のAGしか使えないぞ。足が欲しい。このカーゴキャリア動かすのか?

 

「輸送用の簡易キャリアを貸与する。通信装置と人員も含めよう。壊さないでくれたまえよ?」

 

 あのめちゃくちゃ壊れやすいやつ?? やだよ、修理費払わねーぞ。

 俺が口を尖らせている横で、ハレーは腕を組んだまま無表情に頷いた。

 

「オレは構わん。戦士カラスとは違い、徒歩でも問題は無い。合わせよう」

 

 ヴァレリアン卿は薄く笑みを浮かべた。

 

「頼もしい。正直、君たち以外に任せられる人材はいない。いや、任せたくないと言うべきか。あとタコくんはこちらで借りるよ」

 

「はいよはいよ~。騎士サマ色々してくれたからな。ロハでええやで」

 

 タコ野郎の衝撃の一言。

 ロハ? 聞き間違いか? 確かそれタダ働きって事だよな?

 えっ何? お前、あのガメツさはどこへ行ったんだ。明日、街に塔でも落ちてくるのか?

 背筋がぞわぞわする。気持ち悪いな、絶対何か企んでるだろ。

 

 タコ野郎を個人的に使うことから察するに、本当に自由に動かせる手駒が少ないんだろうな。騎士サマの深い苦悩が見え隠れする。政治的に不利になりそうなもんだが、傭兵を重用している状況からして、全く手が足りないのか。仕方がねぇなぁ。

 未払いのものも含めて報酬はかなりふんだくるぞ。いいな。

 

「了承しよう。ああ、それとだ。カラスくん」

 

 なんだよ。

 

「君が帰還次第、騎乗する機体は用意しておくよ」

 

 もうなんかあること前提じゃねーか。

 情報を出し渋るなって言ったばかりだろうがよ。

 

 結果的にいえば、この時感じていた俺の悪寒も、タコ野郎の打算も、騎士サマの予測も、ハレーの直感も的中していたことになる。

 

 ただ、最悪よりはマシだった。

 なにせ戦いは、既に終わっていたのだから。

 

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