塔が空から落ちてくる世界で、機動兵器に乗る傭兵やって生きてる   作:梅酒わいん

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69話:死出

 荒野の風を切る音がする。

 

 

 遠くから爆発音が響き、砂埃と消炎の匂いがコックピットに満ちる。

 ヒルダとアルマが虚巨人(ギガース)と戦っている姿が見えた。

 戦いが終わるまでに、合流は無理だろうな。

 

 右腕部からの流血によるエネルギー減少とアラートが鳴り響く。

 鬱陶しい。警報を切り、邪魔な警告表示もモニタから除外する。

 レーザーダガーは生きているようだが、右腕は稼働に問題があるな。

 使えるかどうかは怪しい。

 

 

 額から汗が流れ出てきた。気持ち悪いな。

 滴り落ちる汗を手の甲で拭う。

 

 

 鮮烈な色をした赤い汗──いや、血だな。

 

 

 先程の一連の攻撃で頭部のどこかが切れているらしい。

 興奮と集中で痛みを全然感じてない。まだ俺は生きてるか?

 手の甲の血を舐めて苦みを確かめる。生きてる。よし。

【クロスガード】の慣れ親しんだ操縦レバーを握り直した。

 再び、戦鬼(トロール)と正対する。

 

 

 

 荒野の風を裂く音がする。

 

 

 

 ビュンビュンと。戦鬼(トロール)は大気を切り裂き続けていた。

 先程から戦鬼(トロール)は大棍棒の柄の鎖を掴み、振り回している。

 その膂力、握力、指先の正確な操作により戦鬼(トロール)本体は微動だにしていない。

 だが、振り回すその"分銅"の動きが速すぎて大棍棒が太い線にしか見えない。

 

 このタイミングなら射撃も当たりそうだが、あいにく放り投げてどこにあるかわからない。

 ま、その事を考えても仕方がない。戦闘プランはほぼ決まっているのだ。

 まずこの一撃をどうするかだけに掛かっている。

 

 

 

「問おう」

 

 

 

 大棍棒を振り回しつつ、王は俺へと語りかけてきた。

 一方的に会話を断ち切りやがった上に質問かよ。自分勝手この上ないな。

 

 

 ──ンだよ、こちとら流血で時間がないんだ。時間稼ぎのつもりか?

 

 

「そのような緩やかな決着は望んでおらん。

 刹那だ。一瞬の煌めきこそが我が存在意義の全てだ。

 我に残された時は無い。もはや再起を待つ猶予もないだろう」

 

 

 ゴブリンの王は、寿命が短い。

 荒野のゴブリンたちは神経接続の手術をろくな設備も無しに行う。

 ただでさえ短い寿命が削られると聞くし、理性を獲得した王達は更にその"残り時間"が短い。

 だから、現れるたびに数年暴れまわり、ぱたりと死んでしまうらしい。

 

 

「故に問う。"神の元へたどり着く方法"を知っているか?」

 

 

 ──何を言っているんだ、お前は。

 

 

「ふん。それすら知らぬか。無知蒙昧よな。貴重な時を取らせた。征くぞ」

 

 

 王は、ゆっくりと散歩でもするかのように俺へと距離を詰めてきた。

 戦鬼(トロール)が、まるで機械に意思があるように首をごきりと動かし、関節を緩めた。

 

 

 ──来る──!

 

 

 

 跳躍。

 

 

 

 王は鎖を緩め、空中から斜めに一閃した。

 だがその攻撃は想定内だ──!

 

 

 シャードブースターとホイールで急速前進、身体を低くし、手を地面に付きながら回避!

 今まで居たその場所を暴風が通り過ぎて風圧により石礫が装甲で弾かれた。

 俺は横薙ぎ、投擲、空中からの攻撃の三択を予測していた。

 身体の弛緩を観測した時点で空中からの攻撃だと判断できた。

 事前に操作をはじめていたため、いくら攻撃速度が早かろうが回避は容易い──

 

 

「よもやこれで終わりと思うまいな!」

 

 

 "足指"。

 振るわれた鎖を戦鬼(トロール)は足の指で掴んだ。

 

 それにより、ただ俺達を通り過ぎて行くだけだった鎖の軌道を強引に変えた。

 回転の軸が変わり、短くなった鎖が円の軌跡を変えて再び襲いかかってくる。

 二撃目の速度が、想定した遥かに早い──だが!

 

 一撃目にくらべはるかに威力が低下したその一撃──元より受け止めるつもりだ!

 

 左巨腕で右肩の稼働盾を"引きちぎる"。

 ちぎり持った盾と右肩の盾、その二枚で何としてでも止める!

 

 

 衝撃。

 

 

【クロスガード・ブレイズ】の巨体が浮かび掛けて、体勢が崩れそうになる。

 シャードブースターで制動。脚部を地面に食い込むように踏ん張り、地面を割れながら耐える。

 両方の盾が破砕し、砕けている右巨腕部から循環液が吹き出た。

 

 だが、この一撃は止めた──!

 

 

「それを止めたところで、嬲り続けるまでよ!」

 

 

 ──そもそも、止めなきゃ話にならねぇんだよ!

 

 俺は王の着地寸前に左巨腕に持った盾をぶん投げた。

 適切に着地しただけならば、直撃するその一撃──は当然のように回避された。

 戦鬼(トロール)は足を大きく広げ、両手を地面に付き、身体全体を低く接地するように着地した。

 そうすることで、盾が命中する軌道から逃れ、真上を通り過ぎていった。異常な柔軟さだ。

 

 ──だが一瞬、時間を稼げた!

 

 俺達は戦鬼(トロール)が投げた大棍棒を持った。

 そう、単純なパワーだけならば疑似三基構成機の圧倒的出力を持つ【クロスガード・ブレイズ】の方が上!

 武器を、奪う──!

 

 

 巨腕を大きく引き、鎖を引っ張った。

 

 

「ぬぅ──! 小癪な!」

 

 

 着地に手を使ったせいか、王は鎖を一瞬手放していた。

 そのため、抵抗なく俺の元まで手繰り寄せることに成功──!

 ついに武器を手放したな。

 

 ──”点火(イグニッション)"──

 

 炎を纏え【クロスガード・ブレイズ】!

 過剰エネルギーを解放し、全身に暴れ狂う焔を纏う。

 この一合を過ぎればカラッケツになるが、どのみち長くは持たないんだ。

 

 全賭けさせてもらうぜ!

 

 両足のホイールを全速力で機動。

 一瞬砕けた大地を掴み損ねたホイールは空転し、すぐさま地面を削り進む。

 燃え盛るエネルギーが熱を帯び、二条の燃え盛る轍を大地に残しながら、全速で王の元へ駆けた。

 

 今の一瞬の空転の隙間により、王は立ち上がり体勢を整えた。

 待ち構えるつもりか。だが、武器は無い。

 迎え撃つ全力打撃が無いだけで、こちらがとれる行動の幅が大きく広がる。

 

 あちらとしても逃げることは出来ない。

 冷静冷徹に考えると王がこの近接戦闘に付き合う理由は無い。

 適当に射撃攻撃を繰り返せば俺の稼働限界が来て一方的に敗北するだけだ。

 

 

 だが、王は、王自身がその判断を許さない。

 

 

 王には”矜持”がある。

 ここで引くことはやつのプライドが許さないだろう。

 

 

 その覇道──利用させてもらうぜ!

 

 

 王は低く構えた。手を前に中腰──受け止めて投げるつもりか。

 俺としても、右巨腕が使えないため複雑な鎖の操作は不可能だ。

 こちらとしては奪った大棍棒はただ振り降ろすことしか出来ないだろう。

 

 振りかぶり、タイミングを狙う。

 加速。大地を燃やし削り接近する。

 王はさらに深く腰を落とし、構え、待った。

 

 その集中は俺にも伝わる。

 全ての挙動を見逃さぬ、と。目で語った。

 

 限界まで引き絞れ、モーメント力を最大にしろ。

 みしみしと身体が唸る。パワーを貯めろ。

 大棍棒にその膂力の全てを回せ。力の解放を待て──!

 

【クロスガード・ブレイズ】が吠える。

 

 機体制動。エネルギー。体勢。武器。

 その全てが噛み合い、そしてその全てが──!

 

 

 

 

 

 ブラフになった。

 

 

 

 

「なっ」

 王は驚愕した。

 俺が何かしたわけではない。

 いや──

 

 

 俺は、何もしなかった。

 だが、それはつまり。

 

 

 爆速で走る【クロスガード・ブレイズ】を止めなかったということだ。

 

 

 その巨体を止めることをせず。

 速度を緩めることをせず。

 進路を変えることもせず。

 

 

 虚を突かれた王は、その突撃を避けることは出来なかった。

 

 

「ガハァ──!」

 

 

 正面衝突。

 

 

 互いの装甲が弾け飛ぶ。

 シャードブースター全開。

 疾走による加速度に推力を足す。

 巨体を構築する重量。それによる”押し潰し”だ!

 

 王よ。お前は強い。

 “野生”の本能と、それを従える”王”としての冷徹な理性。

 その二つが矛盾なく混ざり、お前を成立させている。

 

 だが──”戦士”としては経験が足りなかったようだな!

 泥臭い戦いなら、俺のほうが遥かに強い!

 

 振りかぶる体勢で左巨腕を固定。”接続(リンク)”を外す。

 ”両手”で組み付き、押し倒す──!

 こちとら合体機だ。

 腕部装備は使えないが【クロスガード】本体の両腕でもその位はできる──!

 そのまま車輪を回し前進。

 

「ぐぉぉぉぉ!」

 

 推力により無理やり押し倒すことに成功した。

 地面に擦り付けて削ってやるよ!

 がりがりと砂埃を舞い上げながら戦鬼(トロール)の背面を地面に押し付け続けた。

 

 

「離れろ下郎──!」

 

 

 離すかよぉ! ここからが本番だぜ!

 

 

 

「貴様──まさか!」

 

 

 そのまさかだ!

【クロスガード・ブレイズ】から発した過剰エネルギーの奔流を直接叩きつける!

 

 

 

 全身に纏ったエネルギーの奔流で砕け散りな!

 

 

 

 ──弾 け ろ ぉ(バースト)!──

 

 

 

 戦鬼(トロール)を掴んだまま、燃え盛るようなエネルギーが弾け飛び──

 両者を巻き込みながら爆発した。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 衝撃。

【クロスガード】の右腕がちぎれ飛び、弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 大量の警告表示と共にアラートが鳴り響く。

 爆発するエネルギーの本流の閃光で視界は塞がったままだ。

 

 なんだ、何が起きた──!?

 

 

 視界が晴れる。

 ノイズで乱れるモニタの所々が欠けている。

 しかし、敵の姿を確かに映した。

 

 

「──こふっ。勅命に従わぬ愚か者どもめ!

 邪魔しおって──だが、その忠誠。確かに受け取ったぞ」

 

 

 全身がボロボロになった戦鬼(トロール)が見える。

 片足を引きずりながらも再び立ち上がり、その雄々しき姿が顕在であると示した。

 そして、その場に崩れている大鬼(ホブゴブリン)が二機──!

 

 妨害された──!

 

 

「”ケチ”が付いたな。決闘の邪魔をされた。

 無粋な結果になったが──愚者どもの忠誠を謗ることは許さぬ」

 

 王は転がり落ちている大鬼(ホブゴブリン)の盾の裏から手斧を拾った。

 そのまま、足を引きずりながら俺たちへと近づいてきた。

 

 

 俺は──ダメか。【クロスガード・ブレイズ】は動けない。エネルギー切れだ──

 

 

 

「【御使い】よ。これで決着のようだな。言い残すことはあるか」

 

 

 

 王は斧を振りかぶった。

 動けない俺にトドメをさすらしい。

 

 

 

 言い残すことか。そうだな。

 

 

 

 お前には部下が居たが──

 俺には仲間が居るってことくらいかな。

 “合図”は送ったぜ。じゃあな。

 

 

「何──まさか!」

 

 

 

 閃光。

 

 

 遥か遠く、高みから光条が迸った。

 王は反応したが、足がうまく動かない。

 戦鬼(トロール)はその一撃を避けられなかった。

 光線は胴体に直撃し、そして。

 

 

 

 貫いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 爆発(バースト)は、過剰エネルギーを全部放出する切り札だ。

 それは、即ちそのまま【クロスガード・ブレイズ】が動けなくなった合図にもなる。

 その時は助けてくれって言っておいて正解だったな。

 

 

 コテツの【グラスホッパー】が放った竜型光熱砲(ドラゴンブレス)の一撃で、戦鬼(トロール)の胴体は貫通し、腰部から上半身が、後ろへと千切れ落ちた。

 

 

「──どうやら、敗北。そして死が訪れるようだな──」

 

 

 コックピット部分は無事だったようだが、戦鬼(トロール)は神経接続だ。

 ちぎれ落ちたダメージを体内に食らった王は、もはや息も絶え絶えだ。

 

「天に唾を吐いたところで自身に降り注ぐだけ、か。難儀よな」

 

 ──ずっと思ってたけど、お前、やたら語彙力が豊富だな。

 

 

「元は学者だ」

 

 

 ──そうなのぉ!?

 ちょっと意外すぎる経歴だ。どんな経緯があったんだ。

 

 

「”脳”を廃棄物に弄られこのザマよ。我々はあの”鉄くず”どもと同類、というやつだ」

 

 

 ごほごほと水が籠もった声がした。吐血音。

 

 

「顔を見せろ【御使い】。冥途への土産に持って行く」

 

 

 冥途ってどこだよ。まぁいいぜ。お前を倒した顔を見ていきな。

 俺はコックピットを開けて、その姿を晒した。

 

 

「ふん。はは、”雛”か。ははは。耄碌したな。ははははははは」

 

 

 ちょっと待て。その呼び方どこで──

 

 

「貴様と話すことはもうない。”死”を堪能させよ」

 

 オイ。

 最後の最後まで自分勝手だな。

 

 

「当然だ。”王”、故にな」

 

 

 そうして王は、コックピットを開けて、手を天へと伸ばした。

 細く、脆く、まるで皮と骨だけかのような儚く、血に濡れた手だった。

 

 

「おお、天よ。我ら見守りし、月の女神たちよ。我が命を導き給え──」

 

 

 そして、その手は何かを掴んだかのように閉じ、そして力なく落ち、二度と動かなかった。

 

 

 

 

 空には青い月、赤い月、欠けた月。三つの月が静かに佇んでいた。

 

 

 




決着!強すぎてどうしようかと思った。
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