屋敷の壁に張り付いた死霊は音を立てず韋駄丸を睨んでいるように見える。目のない顔が彼の方を向いて、首を小刻みに揺らしている。
「あんま積極的に襲ってこなそう。ぱぱっと処理しちゃお」
巴が妖刀を抜きながら横の韋駄丸に話しかける。韋駄丸は無言で頷き、刀を構えて死霊の方へ歩き出した。
瞬間、死霊が壁に食い込ませていた多腕を離して韋駄丸の方へ飛びかかった。ガキャンッと鈍い音と共にその爪が咄嗟に構えた韋駄丸の刀に当たる。
「ッ…」
死霊はそのまま床に降り立ち、その爪が高級そうなカーペットに大穴を開けた。死霊は体制を変えて今度は巴の方へ弾丸のように飛び上がった。
「跳躍力が高い…!」
巴が妖刀に導力をこめながら思わず呟く。死霊の爪が想定よりずっと早く目の前に迫っていた。巴はするりと相手の攻撃と同じ方向に回転して攻撃を受け流し、相手の足の2本を鋭利な噛去でまとめて斬り落とした。
死霊はギイイイイっと金属を引っ掻くような不快な声を上げて床に転げ落ちた。バランスを崩したのだろう。黒い動物のようなそれは床でジタバタともがいている。
「ふぅ…」
ひとまず相手の戦闘能力は失わせることができたらしい。韋駄丸が巴におもむろに近づいた。巴は人間に見せるのとはまるで別人のような冷たい視線で死霊を見下ろしている。韋駄丸は死霊の前でしゃがんで、醜悪なそれを刀で一刀両断した。
「達成…かな。早かったね…」
韋駄丸が呟き、巴が頷いた。妖刀噛去がパチンッと音を立てて鞘に収められる。韋駄丸はぼーっと考えていた。この人の妖刀…どこかで見た覚えがあるような…。巴は気絶した依頼者をゆすって起こそうとしている。
「まぁ!10万…」
「落ち着いてください!もう死霊は狩りました!」
10分ほど経って、ようやく目を覚ました依頼がパニックになって叫んだ。巴がなだめようとしている。見たことないくらい焦っている。
結果的に協会本部へ戻ることができたのはそれから40分も後だった。
「はぁ…疲れたかも」
韋駄丸が溢すように呟いた。巴は無言で少し俯いた状態で頷く。もうすっかり昼で、空腹感も強くなっていた。きっと今頃協会の食堂は賑わっている頃だろう。
「昼食でも摂って元気だそ!」
巴が元気付けるように言った。あんただって無理してるくせに…。
「!」
刹那、巴が韋駄丸を押し倒した。
「…ちょ」
韋駄丸が口を開こうとした瞬間、巴がその手で口を塞いだ。ほぼ拘束に近いような姿勢で2人は協会へ続く森の中の道で突っ伏した。
「…いる」
巴が本当に小さい声で呟いた。韋駄丸はすぐに察した。高危険度な「ナニカ」がすぐそばに迫っているに違いない。
巴は韋駄丸の肩のあたりを掴んで、整備された道の左右にある木の影へ引き摺り込んだ。そのわずか数秒後、黒いマントを纏った人物が足早に道の奥から現れた。顔をすっぽりと覆い隠したフードの額の部分には、黄色い目のようなマークが刻まれている…間違いなく秘密結社ヴェールの人物だ。
韋駄丸は考えを巡らせていた。俺らを追ってきたのか…?この前のヤツらは全員BLUELINEに捕まったはず。まだ残党がいたのか…?
フードの男は2人が隠れている木の前で立ち止まってこちらを素早く見た。
「なぜ隠れる?」
男が威圧的な声を発した。巴は動揺したかのように僅かに目を見開いた。
「何かまずいことでもあるのかな…?あぁ…そういえば先日我々の拠点に押し入って人質を開放しにきた『正義の協会員』がいたな」
男がゆっくりと近づいてくる。韋駄丸はチラリと巴の顔を見るが、すぐに理解した。打つ手なし。巴は蒼白とした顔で硬直していた。
「何か関係でも…あるのか?」
男が太い木に触れられるほど近づき、その手に導力が集束された。