秘密結社ヴェールの男が、白いグローブをはめた手で木の幹に触れた。
「…」
巴は相変わらず蒼白な顔で微動だにしない。韋駄丸は木を挟んで目の前に立っている男がそれほどの強豪には思えなかった。知覚するのはそこまでうまくはないものの、導力の量自体はそれほど多くないような気がする。
「こっちから来ることをお望みかな?」
草を踏み締める音がする。韋駄丸は静かに刀に手をかけて鞘から抜いた。
瞬間、ギシッと音がして木が大きく揺れた。
「!?」
我に返って息を呑む巴。木は根こそぎ引き抜かれ、土の破片がバラバラと飛び散っていく。そして地面から完全に抜かれた樹木は、見えない何かに吸い込まれるようにはるか上空へ吹き飛んでいった。
男の姿が目の前にある。地面につきそうなほど長い黒いマントを纏い、顔はフードがすっぽりと覆い隠している。額の部分には黄色い目のマークが無機質に張り付いている。
「やはり協会の者か?」
男がくぐもった声で静かに問う。巴は刀に手をかける。横目で韋駄丸が見たその手は僅かに震えているように見えた。
「…だとしたら何が目的だ」
韋駄丸が巴に代わって口を開いた。男はまっすぐ前に伸ばした手を下ろすことなく静かに佇んでいる。
「今はただ静かにしてもらうこと、かな…事は円滑に遂行したいだろう。互いに、ね」
男の冷め切った声が答えた。韋駄丸は考える。ヴェールも何かを計画しているのだろう。あの拠点にあった、街を上から見たような図と何か関係があるのだろうか。
この場で殺し合うのは得策ではない、と思った。ここは協会の本部の付近にある街の第三市街地へつながっている道だ。市街地での混乱は避けたい。
「さて。そちらに交戦意思がないことくらいわかる…こちらとしてはいい人材に巡り合ったわけだ」
「…何を求めている」
韋駄丸が警戒したまま男に問う。男は僅かに腕をさらに前に出し、静かに言った。
「何もするな。我々と関わるな。今はそれだけかな」
男は囁くように言うと、素早く身を翻してその場から去っていった。草を踏む音が森の奥へ消えていく。
「…助かった…?」
韋駄丸が微妙な声を漏らす。巴は無言で首を振った。
「…何か計画があるみたいな話し方だったよね…あと口止めとして殺さない理由はわからないけど、計画遂行まで静かにしててほしいみたいだったね」
巴が言う。韋駄丸はチラリと巴の顔を見る。この短時間で相手の言動を簡潔にまとめている。やっぱコミュ力がすごい、と思った。
「…マジでアイツの言うとおりにする?」
「そりゃもちろん…会長に連絡しよ。ヴェールはあんな組織だもん、信用に値しないよ」
巴が即答した。韋駄丸は軽く息を吐いて頷いた。
「うん…なんというか…やばそう」
2人は駆け足で協会へと向かっていった。