謎の薔薇人間、ロォジア。韋駄丸はあまりに非現実的な状況に硬直した。確かに敵意は見受けられない。駆除任務の難易度が低い理由はそこだろう。しかし、人間の本能が「こいつは何かとてつもない力を持った存在だ」と叫んでいる。
「私があの組織に見つかりでもすれば、きっと彼らは最終目標にグッと近づくことになるだろう。ソレはもちろん素晴らしいことだ。しかし私を素材にするのはどうかと思うのだ」
ロォジアが韋駄丸を見下ろしながら言った。真っ赤な花びらがカサカサと僅かに擦れる音を立てる。韋駄丸は顔を上げることができず、ロォジアの黒くてかてかした服装と異常に尖った肩だけが目線に入っていた。
思い出したかのように韋駄丸はチラリと依頼者の方を見る。依頼者はビルの影から少しだけ上体を出して様子を伺っている。ロォジアが韋駄丸の視線を追うようにして依頼者の方を見た。韋駄丸は咄嗟にまずい、と思ったがロォジアは依頼者に襲いかかるようなことはなかった。
「あの組織、ってのはヴェールか?」
韋駄丸がロォジアに尋ねる。ロォジアは韋駄丸に向き直って頷いた。
「どうやら君たちの中でもあの組織のことは話題になっているようだね」
ロォジアの声からはなんの感情も読み取れない。
「あいつらの目的を知っているのか…?」
韋駄丸が思わず食い気味に聞いた。ロォジアは少し俯く。
「ああ…理由は不明だが何をしようとしているのかはわかっている。しかし口外は…できない状況だ」
ロォジアが静かに言った。韋駄丸は全く理解ができなかったが、どうにもこの存在を信用しきることができなかった…十中八九見た目の問題だろうが。しかしもっとできないことは、この存在を殺すことだと思った。
「依頼者の方…こんなに情報を持っていそうな存在を駆除することはできません…」
韋駄丸が依頼者に近づきながら言った。ロォジアはその場に佇んでただ韋駄丸の動きを目で追うように顔を向けている。
「…そうですか。まあ悪影響が出ないならそれでいいんですけど…」
依頼者が頭を掻きながら囁くように言った。
「はっきりと断言しておこうか。今の私に戦闘意欲なんて少しもない。君たちのことを何も知らないし敵対する理由もないだろう」
ロォジアが依頼者の言葉を聞いて言った。依頼者は曖昧に頷いた。
韋駄丸はひとまずCEを取り出して会長…は忙しそうなので巴に連絡した。情報がまとまらない。この薔薇のような存在は敵意はないと断言した。そしてヴェールの情報を持っている。だが外見は読んで字の如く怪人だ。信頼に値するかと聞かれれば即答はできないだろう。
それから数分後、韋駄丸のCEが鳴った。チャットを開いた韋駄丸の目に入ったのは、予想とは全く違った返信だった。
それは一枚の写真だった。どこかの市街地を斜め上から撮影したような画角の画像のようだ。そして、街の半分ほどが巨大な真っ黒のブラックホールのような球体に包まれている。
写っているのはそれだけだった。困惑する韋駄丸。さらに続けて巴がメッセージを送信してきた。
『第二市街地、急いで』
韋駄丸の全身に悪寒が走った。第二市街地で何があったと言うんだ…?ヴェールのあの紙はこれを表していたのか…?
「あの組織の作戦がついに始動したか」
いつのまにか韋駄丸の後ろに立っていたロォジアが場に合わない落ち着いた声で言った。
「私が送っていこうか。あの戦場には人員が必要なのだろう」
韋駄丸はロォジアの言葉に耳を疑ったが、もはや猶予はない。
「…頼む」
ロォジアは小さく頷くと、韋駄丸の体を黒い触手のようなものでくるりと巻きつけ、素早く空へ飛び立った。