「大変お待たせいたしました」
例の黒スーツの男性が館のドアから姿を現した。
「…いいですか」
韋駄丸の曖昧すぎる発言に男性は頷いた。彼の後ろにはグレーの軍服のような服に身を包んだ女性が立っていた…いや、沈んでいた。床の一部が黒い水のようになっていて、彼女の腰から下はそこに沈んでいた。刃が半透明な赤い薙刀のような武器を担いでいる。そして腰の辺りからは青緑色の装甲のような鱗に覆われた細長い尾が見える。
「彼女は美甘(ミカモ)。確好屋からの派遣従業員です。今回は彼女が主人の場所へ案内します」
男性が頭を下げた。美甘と呼ばれた女性はあくびをしながらドアから外へ出た。相変わらず下半身は地面に沈んだまま、である。まるで地面が水になっているようだった。
「…えっと、よろしく」
「行こ」
美甘が食い気味に返事をして韋駄丸の方は見向きもせずに移動し始めた。韋駄丸が館の方を見ると、男性が顔を上げてドアを閉めるところだった。韋駄丸はとりあえず美甘の後を追いかけて歩き始めた。
「はぁ…だる」
美甘が退屈そうに言った。一応この人もあの男の人と同じく雇われて主人に支えてる立場…であってるのか?
韋駄丸がそう思うほど目の前の人物は愛想もやる気もない。しかし韋駄丸にとってはグイグイ来られるよりはこちらの方が落ち着くのでありがたかった。巴は例外である。
「こっちに主人がいるのか?」
「ん。主人の会社があっちの町に」
美甘が無表情のまま答えた。尻尾が動き、地面からとぷんと音が聞こえた。
「なんか会社の結構上の方の立場らしい。何してるのか知らないけど」
韋駄丸は美甘がじーっと横目でこっちを見ているのを感じた。歩いているうちにいつのまにか街に出ていたらしい。日差しがかなり強い。街の市民は普通に生活しているようだ。
「…日陰行かない?」
美甘が呟く。韋駄丸は美甘の方を見る。目を合わせるのは苦手だが、必要なことしか言わない彼女との会話はラクだった。韋駄丸は頷いて街路樹の陰へ逸れた。美甘があくびしながら韋駄丸の横へすーっと移動してきた。
「わたしさぁ…暑いのちょー嫌いなんだよね。だるすぎ」
「分かる…主人の会社は冷房が効いてるといいけど」
絶妙に噛み合う2人は共に街の奥に向かって進んでいった。
「ここだったはず」
美甘があるビルの前で止まった。銀色にガラスがテカテカとして、太陽光をギラギラと反射している。近づいただけでいかにも暑そうな高層ビルだ。
「主人ってどんな人?」
韋駄丸の問いかけに美甘は黙って考えているようだった。青緑色の尻尾の先ががパタパタと動いている。身長は韋駄丸よりも低いが、巴よりは高そうだ。
「わたしも外から雇われただけだからよく知らないんよね…はぁ。なんか市場管理?とかやってるやつっぽい」
平然と主人を「やつ」呼ばわりしている。
「市場管理…まいいか。行こう」
韋駄丸の言葉に美甘も頷き、2人はオフィスビルへ入っていった。