5分後、美甘が韋駄丸のいるフロアに戻って来た。韋駄丸が腰を下ろしたソファの足元からずずっと見覚えのある姿が現れた。
「非常階段っていうかハシゴみたいなのは下まで続いてる。一個下の階」
「行くか」
美甘は頷くと移動し始める。彼女の周りの床が少し粘り気を持った水かのように跳ねた。
「そこ」
美甘が床から出した手で窓の向こうを指した。窓の向こうはちょっとしたベランダのような部分がある。緊急時用の脱出ルートらしい。さすがは高級オフィス、重要な社員を安全に逃すための設備が整っておるようだ。韋駄丸は窓の淵を掴んで力を込めるが、びくともしない。開かない設計なはずはないが…。
「…あいつがロックしたんかな」
美甘がずるっと窓に近づきながらつぶやいた。
「ま、だから何って話…!」
次の瞬間には美甘が例の薙刀を力づくで窓に突き刺した。強化ガラスがミシリと音を立てて揺れた。美甘はそのまま薙刀をぐりぐりと回転させてガラスの穴を広げている。バリバリと破片が飛び散り、ひび割れが広がっていく。
ガシャアン!
突然ガラスが粉々に砕け落ちてベランダのような出っ張りとオフィスの床が破片まみれになった。韋駄丸は小さく頷き、ベランダを覗き込む。ベランダといっても20センチほどの足場がはみ出しているだけのようなものだ。遥か下には地上が見え、風もかなり強い。しかし韋駄丸は巴やロォジアに捕まって飛ばされることも多かったので、その光景には慣れつつあった。
「…あれが非常ハシゴか」
韋駄丸が呟く。足場の端に確かに銀色のハシゴが吊るされるように垂直にかかっていた。地上まで続いているらしい。
「うっわ、寒…」
いつのまにか横にいた美甘がつぶやいた。韋駄丸はすでにハシゴに片足をかけていた。銀色の鉄骨のような頼りないハシゴが、体重をかけるごとにギィと鳴った。
それから地上へ着いたのは5分も後だった。17階とは打って変わって地上は暖かい。太陽光が差して風も少ない。やはり地表が一番…美甘は半分地底だが。
「はぁ…怖…」
いつもより深く地面に潜っている美甘。よほど地面に安心しているようだ。
「…あの館へ行こう」
韋駄丸が言う。おそらくグレファルは、2人が脱出したことも知らずに改造死霊を準備しているだろう。美甘は一際深くため息をついてずるっと地上へ上がった。2人は街のはずれ、木々が生い茂る中へ走っていった。
館の2階、グレファルは実験室にいた。隠し部屋のようなもので、知らなければ入り口がどこかわからないようになっている。
(まさか協会に通報されるとは…暇な市民もいたものだ。さっさとここを出てどこか誰にもバレない場所に新しい拠点を築くとしよう…)
グレファルは銀色のホイル紙のようなもので包まれたカプセルのようなものや、大量の導力結晶などを大きなスーツケースに乱雑に突っ込みながら考えた。誰にも邪魔されない場所…いっそのことあの組織の拠点にでも受け入れてもらおうか。
バリィッ!
「!?」
激しい音と共に、隠し部屋の扉が蝶番ごと吹き飛んだ。扉を隠していたはずの本棚もろとも、である。
そこに飛び込んできたのは韋駄丸と美甘、そしてあの黒いスーツの男性。
「クソどもが…!」
グレファルは状況を理解して歯を食いしばる。美甘はあくびをしながらその薙刀をヒュンと振って、付着した木の破片を吹っ飛ばしていた。韋駄丸が剣を構えている。
「それにしてもよくこの場所が…」
韋駄丸が少しずつ近づいていく。グレファルはスーツケースを持ったまま後退りする。
「観念しろ」
韋駄丸が言い放った。