元気な1人とふらふらな2人は、先ほどのコースターのあるビルの2階の喫茶店で一息ついていた。
「こういう街って感じの要素もまだあるんだな」
韋駄丸がつぶやいた。外の賑やかな声もここならガラスに遮られて聞こえない。まだ昼なはずなのに、天井に太陽光が遮られているので外は夜のように見える。
「あのさぁ…初めからここに連れてきて欲しかったんだけど」
美甘が対面の席に座った巴に向かって言った。責めるような口調ではないが、明らかな疲弊を感じる。
「ご、ごめん…」
「はぁ…ま、もうだいぶマシになったからいいけど」
申し訳なさそうにする巴に淡々と返事する美甘。韋駄丸には、自分にめちゃくちゃ寄りかかって座っている彼女はマシになっているようにはとても見えなかった。
突然シュンッという音と共に、テーブルの中央の部分がスライドして開いた。韋駄丸はわずかに体を傾けてその様子を見つめる。テーブルの内側から、先ほど巴が注文していたクレープが現れた。
「すご、なにこれ」
「輸送システム〜」
巴がニコニコしながらそれを手に取った。好物らしい。
「なんか食べないの?」
「…だいじょぶ」
美甘が答え、ようやくまっすぐ座った。巴の姿をじーっと見ている。韋駄丸は無言で外を眺めていた。さっき乗ったローラーコースターが波打つようなレールで道を挟んで向かい側の建物の上を走行している。
「…誰かなんか喋ってくんない?」
ふと美甘がつぶやいた。尻尾だけが椅子に沈んでいる。黄色い落ち着く照明が頭上で揺れる。
「気になってたんだけどさぁ…その刀何なん?遊びに行くのに邪魔じゃないん?」
美甘が巴の腰の刀を指差した。白い鞘と金色に縁取られた柄が独特な存在感を放っている。確かに、韋駄丸が思い出せる限り巴は常にそれを帯刀している。
「これかぁ…長くなっちゃうけどいい?」
巴が例の刀に手を添えた。苦笑いのような珍しい表情。
「…別に嫌ならいいよ」
美甘がほとんど囁くように言った。巴はその刀の鞘を左手でがっしりと掴んでいる。
「全然大丈夫…」
巴は深く息を吐いた。
「あのねぇ…私、200年間封印されてたんだ…」
巴がいつもの笑顔で言った。
「…は?」
韋駄丸が思わず聞き返す。巴は吹き出す。
「ふふっ…そうなるよね。私が生まれたのは784年。大変な時代だったんだよ?」
いつもの調子で続ける巴。韋駄丸は思考停止してただ聞いていた。美甘は相変わらずのジト目で、何を考えているかの予想がつかない。
「私そこで死霊狩りをしてたんだけど…16歳の時にね…封印器具に囚われちゃった。その器具ってのが捕まえた対象を200年拘束して、その期間を終えると外からのみ開けることができる、っていうタイムカプセルみたいなもので…」
巴が明らかな愛想笑いを浮かべながら続ける。
「一年前、誅暦1000年。運良く開けてもらえたの」
巴が再び息を深く吐く。笑顔は徐々に薄くなり、過去を懐かしむような表情が浮かぶ。
「それでこの刀は私の先祖…神嵜妖(カムサキアヤ)が使っていたもの。本当は50年ごとに子孫に継いでいくものだったんだけど…私が200年も持ってることになっちゃうんだよね」
巴が再び思い出したように微笑んだ。美甘は突然韋駄丸の方をチラッと見た。韋駄丸はどう返せばいいかわからなかった。
「その封印器具、中に入ってる間は絶対死ねないし導力も枯渇しない。歳も取らないし傷も治らない…不思議なのが、器具の中にいたときは果てしない時間に感じていたのに、器具から出た瞬間『あっという間だったな』…って思ったことかな」
巴が付け加えた。オレンジの照明が変わらず三人を照らしている。
「はい、過去話おしまい!そんな顔しないで」
巴が2人を交互に見つめる。
「…いやそんな顔するなって…無理に決まってるでしょ」
美甘が口を開いた。表情に困惑を感じる。
「…巴ちゃんは200年前の時代に生まれたけど、封印器具で200年閉じ込められて、この時代に来たって話?重すぎない?」
巴の表情が少し強張った。
「…誰かに言うの初めてかも…そんな私でも、友達でいてくれたりする…?」
韋駄丸は思い出したように息を吐いた。呼吸をすることを忘れていた。
「…そんなん当たり前でしょ」
あまりに拍子抜けな言い方。韋駄丸はごく当たり前のようにそう言った。その横の美甘も欠伸しながら頷く。巴は思わず俯く。200年前の仲間がどうなったかは定かではない。きっととうの昔に寿命で死んでいるだろう。それでも、自分にはまた新しい仲間ができた。巴は強く実感した。
「…休めた…次の場所とかないの…?」
美甘が横目で巴を見ながらつぶやいた。韋駄丸も少し微笑みながら巴へ目線を送る。巴はいつもの笑顔で顔を上げて、頷いた。
三人はその後もジャクショップを楽しみ、協会前に着いた時にはすでに日が暮れていた。紫色の空が辺りを不思議に照らす。
「…じゃ。楽しかった」
美甘が無表情のまま2人に言った。背後にはいつも通りな協会の白い拠点。美甘は軽く手を振って地面へ潜っていった。
「…俺も楽しかった。こんな楽しんでいいんだなってくらい」
韋駄丸が巴に静かな声で言った。巴は不意を突かれたような表情をするが、すぐに満面の笑顔になる。
「それならよかった…!またどっか行こうね!」
韋駄丸は少し微笑んで頷き、自室へと戻っていった。巴はその後ろ姿をいつまでも見つめていた。