巴は目の前の少女を呆然と見つめた。
「拘束は…」
「あの人が解いタ!」
案の定な返答が返ってきて、巴は膝から崩れ落ちた。状況を全く理解していない神狩が歩み寄り、巴とアコニを交互に見た。アコニは人懐こく擦り寄ってくる。
「ノーカルさん!!!」
巴が屋敷に叫ぶ。アコニがギョッとしてぴょんと飛び退いた。庭から顔を出したマッドサイエンティストは、アコニを見るなり驚きの表情を見せた。
「ダメだろ勝手に外に出たら!」
ノーカルがそう言いながら走って近づいてくる。両目が眩しそうに細められ、下駄のようなサンダルがガリガリ音を立てた。ノーカルは巴と神狩の横を通り過ぎ、アコニに一直線に駆け寄った。
「だってつまんないもん〜…」
「次の開発を始めたいんだ、導力に異常がないか入念にチェックしてくれ!」
表情が完全に死んだアコニの両腕を掴んでブンブン振り回すノーカル。巴と神狩が呆気に取られてそれを見ている。ノーカルはアコニを助手のように扱うつもりらしい…。色々と言いたいことを全て込めて巴は深くため息をついた。
「…とりあえず連れてってください」
「エ〜!暇なのヤダー!!」
アコニが必死に頭を振る。ノーカルが巴に微笑みかけて、アコニの袖を掴んで屋敷へ引き摺って行った。
「なんか…大変なんだな…?」
神狩が巴に呟く。死霊狩り本部へ向かって2人は街外れの橋を歩いていた。足場の木の板がギシギシと音を立てる。
「…まさかあの人がアイツをうちに置いておくとは…」
巴がため息をつく。ノーカルの屋敷、すなわち巴の居住地でもある。そんな場所にあの神出鬼没な毒々しい娘を匿うなど、考えただけでも意識が飛びそうだった。
「あー…ひとまず任務行って忘れよ?」
かなり無理に元気付けるように言う神狩。
「うん…ありがと」
巴が返事をした頃には、すでに死霊狩り本部が見えていた。木製の柱に焦茶色の布をかけたようなシンプルなテントが、いくつも建ち並んでいる。道は軽く舗装された程度の砂利道で、柱が高く複雑に組み上げられた木製の司令塔も存在した。当時の最先端技術で作られた基地だった。
「神嵜隊員、喜烈隊員、ちょうどいいところに」
テントの一つから1人の隊員が声をかけた。胸ポケットに挟んだ紙には、『戦術管理職・アビシャ」と書いてある。彼は役職名通り戦術を考案したり、任務内容を思案したりする人物の1人だ。当時は依頼制ではなかったため、彼は現代でいう依頼受付である。
「任務ですか?」
神狩がアビシャに尋ねる。アビシャは頷くような俯くような動きをして、紙に描かれた何かのスケッチを見せた。
「この死霊が村一つを滅ぼしたと…現在討伐隊の人手が足りない故、君達にも参加してほしい」
巴が息を呑んだ。少なくとも10人は殺されているということになる。スケッチに描かれた姿は、黒い蝶のサナギのように見える。
「蛹…ですか。羽化したらやばそうですね」
「ああ…なんとしてでも奴が羽化する前に倒すんだ」
アビシャが机をぶん殴った。