アコニは血を吹き出してその場に倒れた。モスプリオの尾がずるりと肩から抜かれ、ゴシックな服が赤黒く染まっている。
「アコニ…!!!」
神狩が咄嗟にアコニのそばにしゃがみ込んだ。出血がひどく、華奢な彼女はすでに失血で気を失っているようだ。神狩は自らの和服の袖を焼き切り、アコニの肩に押し当てた。その布もジワジワと赤く染まっていく。
「アコニちゃん!!」
巴が自らの怪我も気にせず駆け寄った。
「巴…アコニを頼む。まだ助かる…!俺はこいつを…焼き殺す」
神狩が立ち上がって刀を構えながら言った。
次の瞬間には、モスプリオが目にも止まらぬ速度で神狩に接近していた。
「!」
モスプリオの尾の薙ぎ払いが放たれ、圧倒的なパワーで弾き飛ばされる神狩。咄嗟に突き刺した刀でダメージになるほどの衝撃は抑えたものの、テントからかなり離れた死霊狩り本部の入り口付近まで飛ばされていた。
(好都合…これで巴やアコニがターゲットから外れる…)
神狩は刀に火炎を灯して相手を睨む。自分のことを気にする余裕など今の彼にはない。ただ目の前の死霊に対する静かな怒りで立っていた。
「どうにも不思議なのだが…人間はなぜ同種が傷つくとそれほどまで取り乱す?」
モスプリオが静かな声で言った。神狩は質問の意味を一瞬理解することができなかった。目の前の存在は言葉も会話は通じるが、何か根本の認識が違う生物だと再認識させられた。
「…なぜって…今お前が言った以上の理由はないだろ…」
神狩が燃える刀で相手へ斬りかかるが、モスプリオの尋常ではない速度の前になんなくかわされた。モスプリオはわずかに首を傾げて神狩を見つめている。
「それは…同種だから、という意味か?」
モスプリオがツメを振り上げながら言った。神狩は相手がツメを振り下ろすよりも早く近づき、刀で斬り上げた。ザッと鋭い音を立てて、相手の右腕が斬り飛ばされた。鋭いツメの生えた腕が砂利道に落ち、重い音を立てた。
「ッ…急にずいぶん速度を上げたな」
モスプリオが呟くように言った。あまり痛みは感じていないらしい。そもそも死霊は人間と同じだけの痛覚はあるのだろうか。緊張感の絶えない状況にも関わらず、神狩の脳内にはそんなことが浮かんでいた。モスプリオはぐっと上体を上げるような挙動をして、細長い尾を構えた。
「哀れな死霊に教えてやる…人間は他者を尊重し、他者のために怒ることができる生き物なんだよ…!」
神狩がモスプリオに正面から突っ込んだ。モスプリオの鋭い尾が即座に空気を切り裂きながら神狩に振られる。神狩は足を両方とも吹き飛ばされる寸前、地面を力強く蹴って宙へ飛び上がった。刀を覆う炎のゆらめきが穏やかになり、刃を綺麗に包んだ。まるで刀身が黄色く光っているかのよう。神狩と、『赤炎操法』の気持ちが通じ合ったらしい。
神狩はそれを素早く振り、空中で一回転して地面に降り立った。
「ッ……他生物の感覚はよくわからん…」
背中を大きく切り裂かれたモスプリオがつぶやいた。傷口は焼け爛れたように赤く熱を持ち、蒸気のような音を立てている。
「言葉だけが理解できたところで、心を通じ合わせることはできない…」
神狩が相手を見下ろしながら言った。死霊の白い姿はじわりと徐々に形を崩し、空気中に溶けて消えていった。