「巴チャン!!」
幻聴が聞こえた。巴は両目を固く閉じたまま、深い眠りと暗い意識の合間を彷徨っていた。あの猛毒娘の声。その声は近くて遠い記憶の彼方にしか存在しないのか…。聞こえたように思った声が脳内で何度も繰り返し再生されるようだった。
「巴チャン!!チョット!?起き…イッテ!」
再び声が聞こえた。それは記憶の音ではなく、現実からの声だと気づいた。巴はわずかに目を開けた。目の前のベッドで、アコニがジタバタしていた。医者は困り果てて、とりあえず頭を撫でて落ち着かせようとしている。
「肩がイッタイ!」
巴は涙を流しながら立ち上がり、駆け寄った。
「お、巴チャン。おはヨ」
アコニが巴に笑いかけながら言った。この少女はことの重大さを全く理解していないらしい。
「アコニちゃん…」
巴がアコニの両手をギュッと握りながら搾り出すように言った。アコニはカクンと首を傾けた。
「そんなに心配しなくてダイジョーブだよ…」
アコニが困惑したような、照れたような、むず痒そうな表情で言った。巴はただ、その細い手に突っ伏して泣くことしかできなかった。
「エエエエエエ!?200ネン!?!?マジなん!?」
巴の説明を聞いて、ようやく自分が置かれた状況を理解したアコニは絶叫した。巴が落ち着かせようと手を握る。
「じゃあ今って…」
「…誅暦1001年」
巴が答えると、アコニは放心…というよりフリーズしたように中途半端な笑顔のまま停止した。何か考えているようにも、何一つ考えていないようにも見える。上に吊るされたオレンジのライトがアコニのドクロ型の半透明の髪飾りにあたってキラキラと反射している。
「巴チャンは、一年前に解放されたってこと?」
アコニが突然言った。巴は目線をアコニに戻して、こくりと頷いた。
「…じゃあ巴チャンって私より年上になってるってコト!?イヤアアア!」
アコニがツインテールをブンブン振り回す。確かに、200年前は2人とも16歳だったが、アコニだけ一年遅れて解除されたため、彼女は巴とは違っていまだに16歳のままだった。
「…ふふっ」
巴が思わず吹き出した。やはりこの少女は型破りだ。封眼で過ごした途方もない200年間は、終わってしまえば取るに足らないことなのだろう。200年間、絶えず治ることのない肩の傷に痛めつけられてきただろうに。
「…200年経っても死霊はいるノ?」
不意にアコニが静かな口調で言った。巴の表情からすぐに笑顔が無くなった。
「マ、そうだよネ〜…ちょっと期待してたんだけどナー」
アコニが言った。気まずい沈黙が流れる。日はすでに昇り、いやでも激務だったここ二日間を思い起こさせた。
その時、放送がかかった。
「神嵜巴隊員、会長室まで来てくれ」
それは紛れもなくカーフの声だ。何も知らないアコニが巴をぽかーんと見つめている。巴はアコニから離れたくなかった。
「行かないノ?」
アコニがつぶやいた。巴は袖で涙を拭って、気合を入れるように軽く息を吐いた。
「ううん…行ってくる」
巴はアコニの手をギュッと握ってから、部屋からゆっくりと出ていった。