巴は細かく振動する飛空艇の屋根に立っていた。前方には空中に静止する艦隊上位死霊ドレッドノート。そして目の前には、三体の人間大の死霊。それはドレッドノートが打ち出した配下だった。
「死霊を召喚…?いや、体内に収納していたストックを放ったのか」
拙悟が意外にも冷静に様子を観察した。
「よしシリンダ、出番だ!」
拙悟の声に、ぴょんっと立ち上がるシリンダ。白い髪がふわっと跳ねる。
「ボクの出番?やったぁ〜!」
「この飛空艇に降りてくる奴らを一掃してくれ」
拙悟の言葉に頷いてハシゴを駆け上がるシリンダ。
ジャキッ!
巴の妖刀に斬られ、すぐに消滅する配下死霊『ドレッドフォロワー』。
「単体はそんなに強くないけど…」
巴の言葉に、薙刀で串刺しにして死霊を倒した美甘も頷いた。前方のドレッドノートの砲塔からは、恐ろしい量のドレッドフォロワーが発射され、足を収納した飛行形態で次々飛空艇へ飛びかかってくる。またしても二体が、両足を展開した戦闘形態に変形し飛空艇の屋根に飛び降りた。
その瞬間、死霊二体が何かに衝突されて吹き飛ばされた。
「ばいばーい!」
二体の死霊は飛空艇から落下し、遥か下の荒れ果てた砂漠へ落ちていった。先ほどまで死霊がいた場所の床には赤い焦げ跡が2本、線路のように残っていて、その先に立っていたのはシリンダだった。
シリンダ・シャミール、その能力は『ヒートエクスプレス』。水を消費して地上を高速走行する。ただし、両足が地面から離れた瞬間、その能力は発動できない。
「シリンダ…さん…?」
「飛空艇の守備はボクに任せといて!キミらはアレに飛び乗る!」
シリンダが耳を疑う発言をした。巴が見ると、目の前の幼い容姿の人物は、両目をライトのようにキラキラと輝かせて立っている。その靴からプシュンと排熱音が響いた。
「アレって…?」
巴が、背後から襲ってきたドレッドフォロワーのミサイルのような二発の弾頭をかわしながら聞き返すと、シリンダは喜劇の仮面のような笑顔を浮かべて前方400メートルあたりに浮かぶ、巨大な銀の戦艦がごとき死霊…ドレッドノートを指差した。
「アレだよ!遠距離から撃つより近距離で撃つ!その薙刀も近接なら刺さるかも」
巴は言葉を失った。嫌な予感が的中した。
「いや…飛び乗るって言ってもどうやって…」
美甘が薙刀を素早く肩に担いで近づいた。シリンダは首を傾げる。
「協会員さん、飛べるんじゃないの?」
ひゅうひゅうと大量のドレッドフォロワーが降り注ぐ飛空艇の屋根の上、巴は美甘を抱き上げるような姿勢で縁に立った。後ろではシリンダが、両足の靴に装備した車輪で滑るように駆け回り、飛空艇に降りてきたドレッドフォロワーたちを蹴散らしている。
「行くよ」
「…ん」
巴はその瞬間、強く床を蹴って宙へ飛び出した。美甘の両手を巴ががっちりと掴み、吊るすような形で空気の中へ投げ出された。眼下には白い砂漠が広がっているが、美甘は前しか見ない。両足に挟んだ赤い薙刀が宙を裂き、流星のように残像を残した。
「あの2人がドレッドノートに向かったか…!総員、援護だ!」
飛空艇内では拙悟が指示を出していた。美甘が振り返ると、飛空艇がガシャンと音を立てていくつもの銃火器を剥き出しにしていた。
依然、ドレッドフォロワーたちは鈍く青白い光を放ちながら弾丸のように飛空艇へ向かっていく。すでに何体ものドレッドフォロワーが巴と美甘の横を通り過ぎていった。
(韋駄丸くん、絶対に帰るから…!)
巴の心に、その気持ちが強く溢れ出た。念じたというよりも、本能的な叫びがそう言っている。つい1日前までは、病室でアコニや美甘と平和に過ごしていたという事実が、今はとても信じられず遥か昔の出来事に感じられた。
「巴ちゃん!」
美甘の声で巴は我に帰り、目の前から飛んできたドレッドフォロワーを素早く横に移動して避けた。
「あっぶないって…わたしいること忘れないでよ?」
美甘が風の音に負けないようにいつもよりも少し声を張って言った。巴は真剣な表情で頷き、さらに前方の戦艦めがけて飛んでいった。
その時、後ろからズドドドドと音が響く。飛空艇が銃火器を撃ち始めたらしく、赤い閃光弾が何発も巴たちを追い抜いていった。それらの何発かはドレッドフォロワーに直撃し、どぱんと花火のような爆発を起こした。そのとき巴は気づく。ドレッドノートが両翼を素早く広げ、巨大な大砲のような発射口をこちらに向けていた。
「まっずい…!」
次の瞬間には、その巨大な穴から空気を揺らすような砲撃音と共に、ピンク色に光る光弾が大量に発射された。
「くっ…!」
巴は回避を図るが、あまりにも光弾が多い。隕石群に自分が突入したかのように、大量の光弾がこちら、そして飛空艇へと飛んでくる。回避しきれない。光弾の眩しさと絶望的な光景に、巴は思わず目を閉じた。
ボンッ!!
重い音が響いた。巴が薄目を開けると、その眼前に見覚えのある水色のシールドが展開されていた。巴の動きに合わせてぴったりと付いてくる。巴が咄嗟に後ろを振り返ると、威牙が両手をこちらに向けて飛空艇のデッキに立っていた。
「…巴ちゃん!」
美甘が気合を入れるように言った。ドレッドノートまでの距離は残り30mほどだ。巴はギュッと歯を食いしばり、最高速で飛行を始めた。いくつもの光弾が目の前の青いシールドに当たり、ガンガンと音を立てた。シールドには徐々にヒビが入り、いつ砕け落ちてもおかしくはない状況だ。このシールドが壊れれば、同時に飛空艇をコーティングしたシールドも破れる。巴は素早くドレッドノートめがけて飛び続けた。美甘は両足と尻尾で薙刀を突き刺すような構えを取り、最速の一撃を叩き込む準備をしている。
「あそこ!船首についてる人型の部分!そこを狙ってください!」
巴の内ポケットに入れた通信機から、セリスの声が響いた。巴はターゲットを目視し、ふわりと上昇した。残り10m…7m…3m…そして…
ドキュウウン!!!
巴が美甘から手を離し、超高速の勢いのまま飛ばされた美甘の薙刀が、ドレッドノートの船首の三角形の頭部を吹き飛ばした。頭の部分が粉々になり、美甘はそのままドレッドノートの甲板のような部分に薙刀を突き刺して着地した。巴は飛び続け、三発の貫通斬撃を巨体に撃ち込んだ。
その途端光弾の連射が停止し、内部から爆発音が響いた。美甘が甲板から薙刀を抜き、胸元を押さえて深く息を吐いた。巴がすぐに横に降り立って手を差し伸べる。
「行けたの…?」
「それはすぐわかる!」
巴が半ば強引に美甘の腕を掴み、再び引き上げるように飛び立った。美甘は遠ざかっていく真下の死霊の姿をじっと眺めていた。その巨体の後方がドオンという凄まじい衝撃音と共に爆発し、その爆発が連鎖するように徐々に全体へ広がっていった。大量の爆弾が配置されたビルのように、その姿は驚くほど早く業火に包まれていった。
「…ありがと。危うく黒焦げになるとこだった」
美甘が呟くと巴は脱力した微笑みを浮かべて、ゆっくりと近づいてくる飛空艇に向かって飛んでいった。