「巴チャン〜!美甘チャン〜!」
飛空艇にふわりと降り立った2人を見て、デッキに上がっていたアコニが叫んだ。不意打ちで名前を呼ばれた美甘はビクッとして、巴に降ろされたままの勢いで床に半身を沈めた。巴は片膝をついてガクッと崩れ落ちる。あれだけの速度で飛行した試しは未だかつて商人団が確好屋に侵入した時だけだった。肺に鉛が入ったように息が重い。
「よくやった2人」
拙悟が大股で近づいてくる。首から紐で下げた懐中時計を片手に持ち、もう片方の手は眼鏡に添えられている。その眼鏡には、炎に包まれてゆっくりと落ちていくドレッドノートの姿が映っていた。
アコニが、2人に抱きつくこともできずにその場で跳ねている。拙悟が胸ポケットから通信機を取り出して離し始めた。
「こちら拙悟。対象の殲滅に成功した。輸送車は無事に安全圏へ抜けることができたか?」
巴は残った力を込めて立ち上がり、美甘の方へと歩いていった。意外にも美甘はあまり肉体的には疲れていないらしい。1人分の体重を抱えて限界速度で飛行した巴と比べるのも野暮かもしれないが。
「…お疲れ様」
美甘がそっぽ向きながら小声で言い、巴の前に膝をついてしゃがんだ。瞬間、巴の中に張り詰めていた何かがぷちりと音を立てて切れた。そのまま美甘の背に倒れ込む巴。
「美甘チャン貢献しててズルイ!」
アコニがぴょーんと高く跳躍すると、美甘はわずかにふっ、と笑う。その長い尾と両手で巴を背負い、ゆっくりとデッキのハシゴへ向かって歩いていく。アコニがペロペロキャンディを舐めながら後を追いかけた。
「神嵜妖…誅暦593年で『最強』を冠する戦士、ね」
青年の声が聞こえた。神嵜妖は腰に身につけた妖刀に指一本触れず相手の前に立っている。金色の目が夜の闇にキラリと光り、紺色のショートヘアーが風に揺れた。
それは巴が暮らしていた200年前よりもさらに古の世界。400年前の情景だった。地面はあまり整備されておらず土が剥き出し、家はどれも小型で木製だった。目の前の青年は、ピンクと紫のオッドアイと黒いコートを纏い、当時の世界に全く合わない出立ちをしている。
青年は目にも留まらぬ速度で妖に接近し、透明な衝撃波のような何かを打ち出した。妖はすでに相手の上空に飛び上がっており、見えない衝撃波がさっきまで妖が立っていた場所の土と後ろの家屋を跡形もなく吹き飛ばした。
「ほう…!随分速い」
妖が青白く光る妖刀を構え、目にも留まらぬ早さで斬撃を打ち込んだ。青年は咄嗟に突き出した腕でそれを停止させようとするが、それよりも早く斬撃が左腕を斬り飛ばしていた。
「ッ…!」
青年は左腕を庇いながら後ずさる。妖は刀をすでに収め、青年の方にゆっくりと歩いてくる。青年の後ろには川が広がり、まさに背水の陣。
「彼奴の残党か?貴様」
妖が静かな声で聞く。青年は冷や汗と矛盾する笑顔で口を開いた。
「その通り…私はあの方の忠実な『従者』だよ」
巴は目を覚ました。胸を手で抑えると、心臓が高鳴り息が切れている。その目には視覚的情報は一つも入ってこない。たった今見た夢、あるいは過去の情景について、思い出そうとするほど分からなくなる。
「巴チャン〜どしたん?」
馴染み深いアコニの声が聞こえ、巴はそちらを向いた。未だ飛空艇の中だった。夜の闇がだんだんと鮮やかな青に変わり、もうすぐ夜明けなのだとわかった。操縦室には3号機が座り、瞬き一つせず運転を続けている。セリス、威牙、シリンダはすでにボックス席で眠りにつき、右には自分にもたれかかって眠る美甘がいた。巴は顔を流れる冷や汗を拭い、ソファから立ち上がった。疲労のせいであんな夢を見てしまったのだろう。きっとそうだ。