88 大雨の中の依頼
あれから3日後、韋駄丸は無事に退院した。負っていた傷が無能力者による打撃のみだったため、回復も早かったのだ。韋駄丸は病室を出て巴に会いに行こうとしたが、すでに彼女は朝から任務へ出かけたらしく姿が見えなかった。
韋駄丸は軽くため息を吐いて、特に当てもなくエントランスを見渡していた。もはや見慣れたその場所も、今日は雨に濡れて違った雰囲気を醸し出している。壁から天井にかけての青いガラスを雨粒が滑り落ち、サーっと静かな雨音が絶えず響いていた。天井や床の白いライトが眩く光り、いつもにも増して明るく見える。空は朝からずっと暗く、時間の感覚を失ってしまいそうなほどだ。こんな天気なので、普段は任務へ向かう協会員の多くも外へ出ていない。おそらく巴とあの謎の毒々しい少女は、それでも共に任務へ出かけたのだろう。多分美甘も一緒…。
「…何してんの?」
突然声をかけられ、内心驚きつつも真顔で振り返る韋駄丸。そこにいたのは、見慣れた青緑の尾。目線を少し下に落とすと、床に埋まった美甘がこちらを見上げている。
「美甘…確好屋に戻らなくていいのか…?」
韋駄丸の問いかけに両目を閉じてだるそうにため息をつく美甘。
「はぁ…別にいいっしょ。あそこいてもどーせ暇だし」
韋駄丸はポケットに入っていたチョコレートの箱を開き、一粒を美甘の手に握らせた。
「ん…」
「…俺は依頼に行く。美甘も来てもいい…っていうか来てほしい戦力的に」
韋駄丸から受け取ったチョコレートをパクッと口に放り込み、一切表情を変えないまま床の中から薙刀を取り出す美甘。
「えぇー…この雨ン中を…?はぁ…まいっか。ん」
「リハビリがてらね…」
韋駄丸と美甘はゆっくりと依頼受付に向かって歩きながら会話した。その時、韋駄丸の手に何かが押し付けられた。
「その依頼、緊急らしい。やっておいて」
仕事が雑で有名な依頼受付のヤミマが、クリップボードに留められた一枚の依頼書を韋駄丸の手にねじ込むように持たせていた。
「言葉足らずすぎるでしょ」
美甘が尾でヤミマの足を振り抜いてすっ転ばせながら言った。床に倒れ込んだヤミマはすぐに起き上がり、美甘を見下ろす。
「いってぇ…それどころじゃないんすよこっちは。西方の砂漠で商人団の一団の首領が遺体で発見…ってそんなことを話してる時間もないんすよ、失礼します!」
ヤミマがバタバタと慌ただしく走って、階段を駆け上がっていった。会議室にでも向かうのだろう。
「…あんなのにそんな重要な仕事渡すのどうなん…」
美甘がつぶやいた。韋駄丸は、ヤミマに押し付けられた依頼書をじっと見つめている。内容はこうだ。
『北の崖に切り立った館に潜む怪物の討伐依頼』
北の村の少し上の岩山地帯にある館付近で、人が消える事件が起こっている。館の住民はみな怪物と形容するに等しい存在で、無差別に人を襲う凶悪な存在である。すぐに皆殺しにしていただきたい。報酬は同封した。
報酬金:28万ジェナ
「…28万?正気?」
美甘がつぶやいた。とてつもない大金を目前にした人間の反応とはとても思えないほど薄い。韋駄丸はそれを怪しげに見つめている。
「討伐、じゃなく皆殺し、か…」
「…なんか随分物騒って言うか、私怨感じるって言うか」
美甘の言葉に韋駄丸も頷く。どちらにせよ、人命が危ない予感を感じる
「美甘…行く」
「ん。余裕」
2人はそれぞれの武器を持ち、エントランスを出て行った。