韋駄丸と美甘は互いの腕に掴まりながら、広い階段を登っていく。濡れた靴が一歩踏み出すたびに、ベシッと湿った音が響いた。これだけの雨にもかかわらず、館の中には足跡の一つすらない。
「やっぱ誰もいないんじゃないの?」
2階の廊下に上がり終えた美甘がつぶやく。韋駄丸は無言で頷いたが、暗闇で何も見えないことを思い出して軽く曖昧な声を出した。2階の廊下にはいくつもの扉が並び、今にも消えそうなランプがチラチラと点滅している。ランプがぼんやりと廊下を照らし出し、階段を登ってすぐの壁は、奥の中央ホールを見下ろすことができるようくり抜かれて木製の手すりが設置されている。
「何やってんの」
刹那、聞き覚えのない声が聞こえ、2人とも即座に振り返った。手にランプを持った人影が、2人が見ていたのと反対側の廊下に立っていた。美甘と韋駄丸は各々の武器を構えて警戒体制に入る。
「はぁ…あのさ、侵入者はそっちなんだけど?なぁに襲われた、みたいな顔してんのよ」
ランプの人影が毒々しい声で言って近づいてきた。紺色と黒のセーラー服に身を包んだ少女に見える。韋駄丸はチラリとその顔を見てわずかに後退りした。少女の顔は、何も印刷されていないかのようなまっさらな狐の面で覆い隠されていた。
「なんか用があって?そうじゃないならまとめて明日の夕飯に出してやってもいいけど」
少女がランプをガンッと乱雑に手すりの上に置いて、そこにもたれかかった。黒髪がふわりと揺れるが、感情は一切断定できない。
「…協会…宇宙平和協会の隊員で、捜査のために…」
韋駄丸が小声で言った。美甘がちらりと韋駄丸の目を見て頷いた。流石に「依頼で皆殺しにするために来た」など言えたものではない。美甘は足首をずずっと床に沈めて薙刀をガションと肩に担いだ。
「…この館はなんなんだ」
韋駄丸が言った瞬間、少女が恐ろしい速度で韋駄丸を蹴り飛ばした。
「ぐッ…!」
韋駄丸は後ろに飛ばされ、たった今登ってきた階段の真ん中くらいに体を打ちつけた。
「韋駄丸くん…!?急に殺意むき出しすぎんでしょ」
美甘が階段を塞ぐようにサッと両足を開いて武器を構える。少女は突き出していた拳を下ろし、美甘を顔の無い仮面でじっと見つめる。
「私有地ここ。不法侵入って言われてしばかれてもまじ言い訳できないかんね」
少女が格闘家のように腕をシュバっと素早く構えて立った。韋駄丸はその場で起き上がった。リハビリでくるような任務ではなかったのかもしれない。じわりと痛む横腹を抑えて、ゆっくりと階段を再び登った。
「さっさと言って。協会が何の用なわけ」
「…この周辺で人が消える事件が起こってると聞いた。館には怪物が住むとも」
韋駄丸が銀の剣を抜いてつぶやくように言った。少女は組んでいた腕をわずかに緩め、再び手すりに寄りかかった。
「……まさかとは思うけどそれ私らのこと?」
「わからない…依頼書にはそう書いてあった。だから捜査に来た」
韋駄丸が美甘の前に立ちながら言った。美甘は素早く息を吐いて薙刀を下ろした。沈黙。しばらく外を降る雨の音だけが響いた。
「…ま、いいや。好きに捜査すればー…ちょっとでもこの館ぶっ壊したり傷つけたりしたら殺すから」
少女がランプを持って、2人に背を向けて廊下の奥へ消えて行った。
「…許された?」
美甘がつぶやいた。韋駄丸が曖昧に頷き、剣をケースにしまった。住人は実際にいた…それもおそらく人間だろう。
「だから怪物と「形容するに等しい」と書いてあったのか…」
韋駄丸がつぶやく。
「依頼者はこの館について俺らよりもよく知ってるっぽい…詳しく調べる方がいいと思う」
韋駄丸の声に美甘も頷いた。わずかなランプの光に、その輪郭がぼんやりと浮かび上がっている。
「…いこ」
美甘が歩き出し、それに続いて韋駄丸もこの不気味な館のさらに奥へと進み始めた。