韋駄丸と美甘は、館の2階の廊下をぐるりと回ってみた。雨が打ち付けてだらだらと流れ落ちる窓が壁に設置され、館内はひどく薄暗い。小部屋の数もかなり多いらしい。
「…見切れないよこれ」
美甘が小声で弱音を吐いた。韋駄丸は静かに頷いた。
「マジで捜査してんだ、見つかったの?『怪物』」
いつのまにか後ろに立っていたまっさら狐面の少女が挑発するように言い、思わず韋駄丸は飛び上がった。少女はランプをどこかに置いてきたらしく、手ぶらで怠そうに立っていた。半袖セーラー服がどう考えても今日の天気に不釣り合いだった。
瓦紅京幹部、霧牟(キリム)。
「この館…他に住人は…?」
韋駄丸が壁の柱に寄りかかる霧牟に尋ねる。霧牟は狐面の下で小さく笑った。
「そりゃあいるに決まってるでしょ。数十人規模」
霧牟が狐面に手を添えながら言った。韋駄丸は困惑した。話を聞けば聞くほどわからなくなる。美甘の方に目線を送ると、美甘もこちらを見つめ返して首を振った。
「…館の周辺で人が消えたと書いてあった」
「この前すっ転がってた旅人?上にいるけど」
霧牟が片手で上を指差した。韋駄丸は剣のケースをギュッと握り、考える。霧牟の口ぶりは、事件というよりも保護のような言い方に聞こえた。
「すみません…お連れしましょうか…?」
突然またしても知らない声が廊下の奥から響いた。美甘と韋駄丸が素早く振り向き、霧牟はゆっくりと顔を向けた。金髪と青いドレスの少女が、手にした箒で床を掃きながら立っていた。
「いいってアリシアちゃん。別にそんなことしなくても誤解解けそうだし」
霧牟が箒の少女に声も張らずに言った。アリシアと呼ばれた少女はお辞儀して、その場を足早に去って行った。
「あれも住人か」
「あれって言うな。アリシアって子、私と同じく瓦紅京幹部」
霧牟が壁をぐいっと押した反動で真っ直ぐ立ちながら言った。
「瓦紅京ってのは…」
「あのさぁ…質問攻めにするなら私じゃなく家主とかさぁ…」
霧牟が面倒くさそうに言った瞬間、空気が裂けるようなヒュンッという音が響いた。韋駄丸は咄嗟に廊下の奥からさっきを感じ取ってジャンプした。
ギチッ…
「……!」
そうしなかった美甘は、あっという間に黒い帯のようなもので口元と腰のあたりを縛り付けられて、床から引き摺り出された。韋駄丸が地面に降り立ち、ケースを投げ捨てるように剣を取り出して帯へ斬りかかる。しかしそれよりも早く帯が廊下の奥へと縮んでいき、韋駄丸の斬撃はヒュンッと宙を切った。韋駄丸が目線を奥に向けると、上の階から階段を降りて、黒いドレスを纏った女性が現れた。
赤い目がギラギラと光り、両手を後ろにまわした落ち着いた姿勢のまま美甘をギロリと見つめた。口元には笑みが浮かんでいる。何よりも異常なのは、そのスカートの内側と背中から、黒くツヤのある触手のようなものがいくつも伸びている。そのうちの一つが美甘を縛り上げ、品定めするように見つめていた。
「あら、半竜ですの?」
女性があっという間に触手を解き、美甘は赤いカーペットの上に放り出された。すぐに韋駄丸が駆け寄り、剣を構えて立った。
彼女は瓦紅京幹部にして事実上のNo.2、レヴルだった。