「“D.I.G”…?何かの組織か…?」
韋駄丸がつぶやくと、美甘が「わかんない」というように首を振った。レヴルがぽいっとクリップボードを放り出し、触手で韋駄丸と美甘の肩に触れた。
「ええ、テロ組織ですの…あいつらが実験台にしていたクロソイドたちを私たちが助けてから目の敵にされてるようですわ」
レヴルが言った。韋駄丸は目を逸らしながら考えた。例の依頼書は、テロ組織が気に食わない組織を潰すために事実無根の内容をでっち上げたものだと確信した。
「じゃあさ…逆にその組織潰せばいいんじゃない?」
美甘がサラッと言った。韋駄丸はギョッとして美甘の方を見たが、すぐに戦力は自分と美甘だけではないと思い出した。レヴルが触手をにゅるにゅる動かして、クリップボードを粉微塵にしている。霧牟は露骨にだるそうな立ち方になっていた。
「…ならリコルちゃんに相談しよ」
出し抜けに霧牟が言い、ゆっくりと階段の方へ歩き始めた。韋駄丸が振り返った時にはすでに、レヴルは反対側の廊下に姿を消していた。
「…リコルってのは…」
「さっき言ってた家主。瓦紅京の設立者」
霧牟がこちらに顔すら向けずに言った。美甘は不安そうに韋駄丸のすぐ横にピッタリくっついて歩いている。韋駄丸は彼女を安心させようと、箱から一粒のチョコレートを取り出してその手に握らせた。美甘はチラリと韋駄丸を見て、すぐにぷいっと窓の外を向いた。いまだに雨が降り続き、窓が滝のようになっている。
不意に霧牟が立ち止まり、一つの扉を指差した。
「リコルちゃんは多分ここ」
霧牟が扉の横にバンッと音を立ててもたれかかった。
「話したいならそうすれば…」
霧牟の言葉に韋駄丸は頷き、扉の綺麗なドアノブをつかんだ。美甘は感情の読み取れない顔で韋駄丸を見ている。かちゃりと柔らかい音がわずかに響き、ドアがゆっくりと開いた。
部屋の中は案の定薄暗く、それほどの広さもない部屋だった。こちらに向かって配置されたデスクの上には小さな電気スタンドと、その奥の壁には一面に本棚が設置されている。天井には数匹のコウモリが留まっている。人の姿はない。
「誰もいな…」
「リコルちゃーん…客が話すことあるって」
霧牟が誰もいない部屋に向かってテンションの低い声で言った。美甘が横目でそれを見ている。
「そのようですね…不躾ながら様子を伺っていましたよ」
空間から声が響いた。
「…?どこに」
韋駄丸が思わずつぶやく。姿の見えないリコルはふふっと上品に笑った。
「私のことはお気になさらず。D.I.Gに攻め込む、というお話でしたよね。私も同行させていただきます」
声と共に、無数のコウモリが天井を離れて空中の一箇所に集まった。ドアの外からも数匹が弾丸のように飛び込み、フォンッと独特な音と能力の気配と共に、銀髪のショートヘアーと黒いドレスの女性が姿を現した。デスクの前の床にリコルは立ち、大きく肩から生えた紺色の翼を広げた。
「コウモリに分離する能力、ですか」
韋駄丸がつぶやくと、リコルは真っ黒な目を細めて微笑んだ。慈悲深さと同時に、獲物を狙う捕食者のような容赦のなさを感じるミステリアスな瞳だった。
「ええ。皆すでに集まっています。あの組織を壊滅させるまたとないチャンスとお見受けしました」
リコルが音もなくゆっくりと部屋の扉へ歩きながら言った。
「…またとないチャンス?」
美甘がつぶやくと、くるりと振り返ったリコルはさらに口角を上げた。
「自分が有利だと思っている者ほど狩りやすい存在はありませんからね」
韋駄丸が彼女の圧にたじろぎ後ずさる。リコルはすぐに扉の横にかけられた装飾を指で直しながら言った。
「半竜を捕らえ、実験体にするなど言語道断です。協会員さん、本来我々は外部勢力との共闘はあまり致しませんが、今回はどうぞよろしくお願いしますね」
リコルが黒い羽を大きく広げてお辞儀した。