「D.I.Gの本部の場所はわかるのか…?」
韋駄丸がリコルに問う。雨が打ちつける屋上に美甘と韋駄丸、それから瓦紅京幹部の4人が立っていた。韋駄丸と違い、瓦紅京幹部たちは傘すら持たず雨を全身で浴びている。黒い石レンガの床に雨が降り注ぎ、溝に水が溜まっていた。まだ昼だとはとても思えない。
「いいえ、私たちには。協会員さんとの協力を決めたのもそれが理由です」
リコルが平然と言った。銀髪と黒いドレスを雨粒が流れ落ち、流麗な雰囲気を纏っている。
「…特定は協会の力を借りるってこと?」
美甘が顔だけを出して言った。彼女は雨を避けて、またしても床にほとんど埋まっていた。リコルが頷く。
「…とは言ってもどうやって探せば…」
韋駄丸がつぶやいた瞬間、1人だけそれが可能な人間を思い出した。最悪の心当たりが。
「……導力の残痕さえあれば辿れるやつは知ってる」
韋駄丸が声のトーンを落として言った。特にどこを見るわけでもなく屋上の端を見ると、レヴルが触手をいっぱいに広げて雨を浴びているのが目に入った。
「…連絡入れます」
韋駄丸が小声で言い、先ほど登ってきた屋上への階段を下っていった。美甘が後を追ってくるのが音でわかる。パチンと傘を閉じ、CEの画面を見つめて深呼吸した。
(4年ぶりくらいか…CEで話すの)
CEの画面には、準一級隊員にして韋駄丸の実の兄、白霧天李とのチャットが表示されている。彼の『導力を視認する』能力なら、依頼書に付着したわずかな導力から依頼者を特定し、その場所を辿ることくらいできるだろう。
直近の会話は四年と三ヶ月前らしい。韋駄丸が友人に裏切られて襲われ、天李が咄嗟にその友人を殺してから、一言もやりとりをしていないということになる。それ以来、韋駄丸は兄の存在をひたすら憎み、嫌ってきた。兄だということすら認めずにきた。
「…連絡したぁ?」
美甘があくびを噛み殺しながら言った。韋駄丸は咄嗟に首を振ると、美甘が呆れたように目を細めて韋駄丸の周りを回るように移動し始めた。韋駄丸は実の兄に、なんと送ればいいのか全くわからなかった。協力してくれるかもわからず、何より協力してもらうのが悔しい。
「…遅くない?なんかあった?」
美甘が痺れを切らして韋駄丸に言った。美甘のジト目が見透かすように韋駄丸を見ている。韋駄丸は震える息をふーっと吐き、美甘にCEの画面を見せた。
「…一応兄なんだけど…前の出来事で気まずい」
韋駄丸が言った。彼はずっと誰かに相談したかったのかもしれない。言葉が口をついて次々と出てきた。美甘なら余計な詮索せず聞いてくれるだろう、という信頼もあったのかもしれない。韋駄丸は自らの過去に起きた出来事について、かいつまんで美甘に説明した。
「ふーん…」
全て聞き終わると、美甘が静かに言った。韋駄丸は何故だか高鳴る心臓を押さえながら、屋上へ続く階段のすぐ下に設置してあったベンチに腰を下ろした。美甘の目線が自分へ向いているのがわかる。
「…まあ複雑っちゃ複雑だけど…普通に連絡してもいいんじゃないの?」
予想外の回答に韋駄丸は美甘を見る。
「…前も商人団との戦いの時共闘してたじゃん。連絡された側も嫌な気はしないでしょ」
「共闘は…してない」
美甘の言葉を即座に訂正する韋駄丸。美甘は「はいはい…」と首を振った。
「だって別にお兄さん、韋駄丸くんに怒ってるわけでもないんだし。あとはあんたがどうするか次第…じゃないの」
美甘が韋駄丸の横に腰掛けながら言った。韋駄丸は美甘の顔を横目でチラリと見る。彼女の青緑色の目は、いつも通りの冷淡さと興味なさげな雰囲気が浮かんでいる。そしていつも通り、さも当たり前のように言葉を発する。
「はぁ…わかった。ありがとう美甘」
韋駄丸がCEを改めて持つ。美甘は無言で韋駄丸に寄りかかってその画面を見ている。
協力して欲しい
たったそれだけの短文。韋駄丸がチラリと目線をやると、美甘が小さく頷いた。韋駄丸は震える呼吸を隠すように息を止めたまま、送信ボタンに触れた。音を立ててメッセージが天李に送信された。
「はぁ………」
韋駄丸が思わず吐息を漏らすと、美甘がわずかに口角を上げた。
「そんな緊張すること?」
「いや緊張というか…」
ポコンッ。
天李から返信が返ってきた音がした。
りょーかい。すぐ向かう
の2単語が画面に表示されていた。韋駄丸は深くため息をつく。肺に残った息全てを吐き出すように。
「やっぱ大丈夫じゃん」
美甘がまっすぐ座り直し、韋駄丸の顔をじーっと眺めた。複雑な感情で座り込んだままの韋駄丸。美甘はそれを見て少し微笑んだ。