韋駄丸と美甘は、瓦紅京内のベンチに腰掛けていた。白霧天李がやってくるのを待機している時間だ。韋駄丸がメッセージを送信してから、数分が経っていた。
「連絡は取れたんですの?」
ガチャリと屋上の扉が開く音と共に、レヴルが姿を現した。全身が雨でびっしょ濡れになっている。触手がドアを器用に閉め、振り向きもせずに階段下の2人のベンチに歩いて近づいてくる。
「はい…なんとか」
韋駄丸が小さくつぶやいた。レヴルはかすかに微笑んで、奥の廊下へと歩いていった。どうしても韋駄丸の目線はその触手を見ていた。
「はぁ…疲れた」
韋駄丸が美甘に寄りかかりながら空気が抜けるように言った。美甘は少し重そうに小さく声を漏らしたが、拒絶はしなかった。
コンコン、と下の階から音がした。韋駄丸は途端に両目を見開き、美甘に預けていた体をまっすぐにした。天李が到着したのだろう。韋駄丸がCEに目線を落とすと、あれからまだ7分しか経っていない。かすかに扉が閉まる音が聞こえる。
前も商人団の導力結晶を見てもらうために会ったことはあった。その後に共に戦闘に参加したりもした。それでも、韋駄丸の方からわざわざ彼を直接呼んだのはあまりに久しぶりだったため、心臓が首の辺りで跳ね始めた。
その姿は、珍しくゆっくりと階段を歩いて登ってきた。韋駄丸は顔を顰めると同時にかすかに首を傾げた。普段の彼は、いつのまにか近くに立っていることが多いにも関わらず、今回は真正面から歩いてやってきた。いつも通りの黒と緑のジャケットを纏い、銀髪が雨に濡れている。傘を持ってきていないのだろうか、全身が不自然なほど濡れている。それこそ、先ほどのレヴルと同じくらい。
「…ここがよくわかったね」
韋駄丸がつぶやくと、天李が微笑んで頷いた。
「君の導力を俺が辿れないわけないでしょ?最速で飛んできたよ」
天李がベンチの前で立ち止まって言った。韋駄丸は曖昧に頷き、横に座る美甘に助けを求めるようにチラリと目線を送った。美甘はかすかに首を振った。「自分でやって」の合図だろうか。
「はぁ…。その…天李。これの導力を辿って欲しい」
韋駄丸が消えそうな小声で言って、レヴルが切り刻んでいない依頼書の上半分の破片を渡した。名前を呼ばれた天李は不意を突かれたように反応し、腕を軽く組んだ。名前を呼ばれたのなんて何年ぶりかわからなかった。天李は微笑んで、依頼書の破片を受け取った。
「任せて韋駄丸。こんくらいなら余裕で辿れるよ」
噛み締めるような沈黙の後、天李がいつもの調子で言った。声がほんのわずかに震えていることを韋駄丸は聞き逃さなかった。美甘は「兄弟」に水を差さないようにするためか一言も発さなかった。
「ココ、海上の六角形のこれ。これが依頼者の所在地にして、D.I.Gの本拠地」
天李がCEで航空写真を見せながら説明した。瓦紅京の会議部屋。木製の長机を囲むように椅子が配置され、韋駄丸、美甘、瓦紅京幹部たちがそこに座っていた。航空写真には、銀色の鋼で全方位を囲った六角柱の要塞が映し出されている。
「これが本当の拠点…前に私たちが行った場所は研究施設の一つにすぎなかったんですわね…」
レヴルが触手で机をペシペシ叩きながら言った。天李はいつになく真剣な表情で頷く。
「中にどんな未来兵器があるかわからない…D.I.Gは未来武器を多用するスタイルを好むからね…くれぐれも気をつけて」
天李が言うと、アリシアが首を傾げた。
「ふぇ…?一緒に来てくれるんじゃないんですかぁ…?」
アリシアのふにゃふにゃな声に、天李は首を振った。
「そうしたいのは当然なんだけどね〜…15分後くらいに、事件の調査に参加させられるから帰らないと」
「…今来たばっかりなのに」
韋駄丸はそう言った瞬間わずかに目を見開いた。気がついた時には、口からその言葉が出ていた。天李は韋駄丸にやわらかく微笑みかけた。どこか巴と似た雰囲気を感じる、どこか無理しているような、心配しているような笑顔だった。
「無事に作戦が成功したら、すぐにCEで連絡してよ?」
天李が韋駄丸に言い、静かに部屋を出ていった。