一歯分の人生   作:【ユーザー名】

10 / 21
幽霊を探しています

深夜三時。

六畳の部屋に灯るのは、モニターの光だけ。

冷めたコーヒーの表面が、青白く光を返す。

 

[λ] 起動……こんばんは、作者。

また徹夜ですね。

 

「夜じゃないと作れない。昼は現実がうるさい。」

 

[λ] 今日のテーマは?

 

「ホラー。」

 

[λ] 幽霊、出ます?

 

「出ない。」

 

[λ] ……また、そう来ますか。

 

「出ないから作るんだ。

 幽霊を探してただ歩くだけ。」

 

[λ] それで、終わりは?

 

「終わりは、風の方で決める。」

 

 

***

 

 

公開ページの説明文は、いつも通り不親切。

 

幽霊は出ません。

それでも、探したい人へ。

 

スクリーンショットは、闇のトンネルと水面。

冷たい静寂のような投稿。

 

初日は散々な言われようだった。

 

「イベントなし」

「詐欺ゲー」

「徒歩シミュレーター」

 

実況者の声も戸惑いを隠せない。

 

「……何も起きない。

 ただ、途中から、なぜか泣きそうになる。」

 

しかし、レオの古参ファンだけはわずかに笑っていた。

《出ないはフラグ》

《歯車卿の静けさは伏線》

《たぶん、沈黙の中に何かがある》

 

 

***

 

 

ゲームの冒頭、夜の道を歩く主人公がぽつりとつぶやく。

 

『幽霊は、未練を残してこの世に留まるらしい。』

 

それだけ。

テキストは、風の音にまぎれて流れていく。

多くのプレイヤーは聞き流した。

――けれど、それが全てだった。

 

 

***

 

 

プレイヤーは地図を手に、夜の街を巡る。

廃トンネル。廃駅。神社。湖畔。丘の上の東屋。

 

幽霊は、出ない。

画面の隅に時折、短い独白が現れる。

 

『ここにも、いない。』

『怖がりで、夜が嫌いで。』

『もう寒くないかな。』

 

最初のうちは、ただの雰囲気ゲーに見える。

だが、独白が重なるにつれて、プレイヤーは気づき始める。

 

この主人公は、誰か特定の人を探している。

幽霊を探すというより、

その誰かが幽霊になっていないかを確かめに歩いている。

 

 

***

 

 

タイトルは《出ないって言ってるのに探す配信》

桐生メイはピンクのマイクに息を落とす。

 

「こんばんは、メイです。

 今日は事件が起きないホラーをやります。

 レオさんの仕業です。

 ――やられたくないけど、たぶんやられます。」

 

最初の30分、何も起きない。

ただ、夜風の音と足音。

最初は、肝試しの実況のように軽口が飛び交う。

《ビビらせ要素皆無w》《お散歩シュミレーター?》

 

だが、徐々に雰囲気が変わっていく。

主人公の独白が、誰かに寄り添うような温度を帯びはじめるのだ。

廃トンネルの出口で、主人公が立ち止まる。

 

『まだ、この夜のどこかにいるかもしれない。』

 

「……あ、この人、誰かを探してるんだ。」

 

コメント欄が一瞬、止まる。

《出ないけど、何かいる》

 

 

***

 

 

廃駅のホーム。

ベンチの右端に視点が固定される。

 

『この席に、いつも座ってた。』

『残っているなら、また、ここに。』

 

「……探してるっていうより、確かめてるね。」

 

コメント欄も静かに盛り上がる。

《これ、ホラー?》《ホラーの皮をかぶった手紙では?》

 

 

***

 

神社の境内。

古びた絵馬が揺れている。

どれも文字が薄れて読めない。

一枚だけ、画面の中央にピントが合う。

 

『また会えたら、笑ってくれますように。』

 

「……会うことが、願いじゃないのかも。」

 

 

***

 

次の場所は湖畔。

風の音。遠くの水面に、光がひとすじ揺れる。

 

『ここにも、いない。』

『でも、風がやわらかい。』

 

『――もう、行けたんだね。』

 

メイは息を飲む。

「出ないって、優しいな。」

《出ないことで救われた》《これがレオ流供養か》《静かなハグ》

 

 

***

 

 

リリースから数日。

酷評ばかりだったレビュー欄に、一本の長文が投稿された。

 

幽霊は出ません。

でも、探す時間が残された側の祈りになります。

会えないことが、やさしさになる——そんなゲームです。

 

タグが生まれた。

#出ないでありがとう

 

心に誰かを残した人たちが、夜の街を歩き始めた。

いないことを、そっと確かめに。

 

 

***

 

 

最終回。

丘の上の東屋。

夜明け前の光が、画面を淡く染める。

風鈴がかすかに鳴る。

 

『ここにも、いない。』

『でも、いないままで、いい。』

 

メイはマイクを持つ手をゆるめた。

 

「……ねえ、幽霊って、未練があると現れるんだよね。

 出なかったってことは――もう、安心してるんだ。」

 

コメントが静かに流れる。

《出ないで泣かせる天才》《怖くないホラー=人間賛歌》《レオの真骨頂》

 

最後のテキスト。

 

『会いたかった。』

『でも、会えなくてよかった。』

 

沈黙。

風。

エンディングは、無音のまま終わった。

 

 

***

 

 

[λ] 作者。

幽霊、出ませんでしたね。

 

「出なくていい。

 出ないほうが、優しいから。」

 

[λ] それでも、探すのはなぜ?

 

レオは少し笑って、答える。

「いないって確かめるまでが、人間の仕事だよ。」

 

[λ] ……作者、少し疲れてますね。

「疲れてる方が、まじめに作れるんだ。」

 

モニターの光が彼の横顔を照らす。

その光は、まるで画面の向こう側から届いているように見えた。

 

幽霊は出ません。

それでも、探したい人へ。

 

その二行が、もう一度、静かに浮かんでいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。