——市立みどりが丘小学校。
どこにでもある普通の公立小学校だ。
登校すればチャイムが鳴り、算数と国語があり、給食があって、掃除がある。
ただひとつだけ、全国の他校と決定的に違う点がある。
それは――
全校児童が《バトル・オブ・キッチン》に取り憑かれているということだ。
昼休み、校庭。
ベンチに腰を下ろした子どもたちが一斉に端末を構える。
「炎帝シェフ・カルボナ VS サイバー栄養士・ミレナ!!!」
実況(という名の放送委員)の声が上がる。
まるで甲子園のような熱気。
観客(という名の生徒)たちはタッパーに詰めたご飯を抱え、
画面をおかずに白米をかき込んでいた。
「勝者——5年3組、炎帝シェフ・カルボナ使い! 田所レン!!!」
実況を務める放送委員が喉を震わせて叫ぶ。
「うおおおおお!!」
「レン先輩、焦がしてるのにカッコいいー!!」
「レン先輩のカルボナの火入れ、魂が乗ってる!」
観客からは割れんばかりの声援が飛んだ。
なぜそんなに盛り上がるのか、誰も知らない。
だが、ここでは《バトル・オブ・キッチン》が強い者が真の優等生とされる。
勉強も運動も関係ない。
米の上に立つ者が、この学園を制す。
それがこの学校の日常だった。
転校生、現る。
「転校生の佐久間リクくんです。」
担任の声とともにドアが開いた。
教室のドアを開けた少年は、
フライパンの油の匂いも知らないであろう、普通の小学生だった。
だが彼は、致命的な一言をこぼしてしまう。
「えっと、ボブキチ?
ぼく……あんまりゲームとか、やったことなくて。」
(※ボブキチ=バトル・オブ・キッチンの通称)
教室が凍りつく。
黒板のチョークがポトリと落ちる音。
そして——爆発。
「なにぃぃぃ!?!? ボブキチやったことない!?」
「うそだろ!? 義務教育だぞ!?」
「大丈夫か!? 親に禁止されてんのか!?」
「だって……料理とか、難しそうで……」
「ゲームだよ!?」「でも難しいんでしょ!?」「でもゲームだよ!?」
教室がパニックになる。
ボブキチとの邂逅。
「いいかリク! この学校じゃ、給食よりボブキチが大事なんだ!」
そう言って手を差し出したのは、
3組のムードメーカー・マコト。
「これはただのゲームじゃねえ。」
マコトが端末を渡してくる。
「ボブキチは、魂の料理だ。」
「……ゲームでしょ?」
「そう思ってた時期、俺にもあった。」
マコトは神妙な顔で言う。
「勝ったやつは、全校のヒーロー。
負けたやつは、給食で味噌汁を減らされる。」
「え、それ校則違反じゃない?」
「知らねえ。けど現実だ。」
「俺が教えてやるよ! 真空包丁僧・レンゲをな!」
放課後、初バトル!
校庭のリング(という名の砂場)では、5年生たちのバトルが続いていた。
リクは呆然と立ち尽くしている。
マコトが顔を驚愕に染め絶叫する。
「おい、リク! お前……もしかしてチュートリアルも知らねえのか!?」
「チュートリアル?」
「料理の道の初歩中の初歩だ! この世に生まれたらまずチュートリアルだぞ!!」
「でも……ぼく、まだこのゲーム始めたばかりで包丁ライセンスも持ってないんだ。」
「マジかよ……バブちゃんなのか!?」
(※バブちゃん=ボブキチ初心者の通称)
——そして始まるチュートリアル戦。
リクの初期キャラは「家庭科室のモブシェフ・タカシ」。
ただの白エプロンで、初期装備もおたましかない。
「リクー! おたまは武器じゃない! スキル発動だ!!」
「え、どのボタン!? 湯気で見えない!!」
「R2で炒める! L1で尊敬を表す!!!」
レンゲの包丁が無音で走る。
リクは目をつむり、思わず叫んだ。
「いけぇっ! タカシの……おたまスイング!!!」
——パァン!!
奇跡的にコンボが決まり、AI審査員・ユウトの声が響く。
《お子様味、うまい。星三つ。》
勝利。
観客がどよめく。
マコトは興奮を隠せなかった。
「まさか初戦でユウトを笑わせるとは……! お前、ただ者じゃねえ!」
「え、なんで……?」
「お子様味は一番難しい評価だ! ピーマンを克服した証!!」
その日から——彼は呼ばれるようになった。
「転校生リク、ピーマンブレイカー!」と。
「面白いじゃねえか。」
リクの勝利を陰から見ていたのは6年生・堂島カイ。
使用キャラは、沈黙の給食主任・オオタ。
配膳だけで勝つ最強の男。
彼の後ろには、「給食委員連合」と呼ばれる6年生チームが控えていた。
「あいつはいつかこの俺に並ぶだろう。
この学園最強の、この俺に!!」
一陣の風が吹く。
堂島は不敵に笑っていた。
トーナメント、開幕!
一週間後。
体育館に巨大なスクリーン。
全校集会ならぬ——味覚会。
「よぉぉく聞けぇぇぇ!!!」
マイクを握るのは、学園を支配する6年生チャンピオン。
給食主任ミスター・オオタ使いの堂島カイ。
「この大会で優勝した者が、校長と戦う権利を得る!」
歓声。
炊飯器が同時にスイッチオンされる音。
白い湯気が体育館を満たす。
リクは拳を握った。
「ボブキチなんて、ただの遊びだと思ってた。
でも……みんな、本気なんだな。」
マコトもまた、武者震いがとまらない。
「ああ。飯は命だからな。」
そして伝説へ。
リクは厳しい戦いを潜り抜け、ついに決勝へと勝ち進む。
リクのおたまタカシ vs カイのオオタ主任。
実況:「さあ、バブちゃんからピーマンブレイカーへと彗星のように駆け上がった5年代表・佐久間リクの家庭科モブシェフ・タカシが、学園最強、6年堂島カイの給食主任・オオタと激突します!」
AI審査員:篠ノ目老人が呟く。
《これは……実家の味だ……。》
観客が泣きながら白米をかき込む。
リクはあらん限りの声で叫んだ。
「まだだ! タカシ、焦げを恐れるな!!」
——だが、これ以上の火入れはフライパンが燃える。
誰もがそう思った時、リクの指先が光の速さで動いた。
「おたまリベリオン・焦がし覚醒モードッ!!!」
実況:「なんと、タカシの中に炎帝カルボナの魂がぁぁ!!!」
AIユウト《ケチャップ、おいしい。》
勝者:リク。
体育館が爆発するような歓声。
堂島カイは腕を組み、静かに笑った。
「面白い……。校長にたどり着くのは、やはりお前だったか。
俺を超えたんだ。どこまでも駆け上がっていけ!」
最終バトル、校長戦。
校長・篠ノ目源十郎。
使用キャラは漁港の哲学者・サバタロウ。
ステージは夕暮れの海。
校長がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「料理とは……人と人をつなぐ波だ。
お前の味を、私に見せてみなさい。」
言葉の重圧がリクを襲う。
だが、リクの闘志は決して消えることはない。
「ぼくの料理は——友だちの味だ!!」
炎、潮、湯気。
会場全体が真っ白に包まれ、担当したAI審査員では審査不能に。
最後に大御所たる犬AIが現れ、尻尾を一度だけ振る。
《審査結果:ごちそうさま。》
勝敗はつかなかった。
だが、全員が笑って炊飯器を開けた。
「勝者はいません! でも今夜のご飯は、最高です!!!」
実況の言葉が、すべてだった。
エピローグ。
夕暮れの校庭。
リクが言う。
「ボブキチってさ、勝つより……食べたくなるゲームだね。」
マコトが答える。
「ああ、そうだな。腹減った。帰って飯にしようぜ。」
空には、炊飯器から流れる湯気のような雲が浮かんでいた。
ナレーション:
「——そして彼らは、食べ続ける。
焦がしても、煮詰まっても、
それでも、生きるという味を探しながら。」
続きません。
《バトル・オブ・キッチン》の詳細は感想欄をご覧ください。