一歯分の人生   作:【ユーザー名】

19 / 21
まるっと

朝のニュースは、今日も同じ言葉を繰り返していた。

「SNS疲れ」「誹謗中傷」「炎上」「不適切発言」。

画面の中の誰もが、誰かの言葉を責めていた。

レオは、冷めたコーヒーをすすりながら、ぼそりとつぶやいた。

 

「……みんな、SNSで正しいことを言おうとしすぎなんだよ。

 だから疲れる。だったら、最初からみんなアホのテンションにしてしまえば、

 誰も正しさでマウントを取れない。」

 

[λ] 作者、朝から穏やかじゃありませんね。

「穏やかにするためだよ。

 SNSの問題は、言葉が伝達手段であることだと思う。

 SNSは、人間にはまだ早かったんだ。

 どうせ誤解されるなら、最初から別の言葉にしてしまえばいい。」

 

[λ] つまり、意味よりも温度を優先する、と。

「そう。批判の文化もいいけど、批判ごっこに変換してから言えば、

世界はもうちょっと穏やかになる。」

 

レオはノート端に小さく書き足す。

《まるっと》——すべてをまるく翻訳するSNS。

 

 

***

 

 

『まるっと』の仕組みは単純だった。

 

ユーザーがどんな言葉を投稿しても、

画面の端でユーザーの《ぽよアバター》が「ふむふむ」と頷き、

やわらかい言葉に翻訳して投稿する。

変換の瞬間だけ、文末がふわりと膨らむ。

 

「怒ってる」「ムカつく」「世界が腐ってる」

そんな言葉も、投稿後にはこう表示される。

「胸がもわっとするぽよ〜」

「へとへとぽよ〜、でも生き延びたぽよ〜」

「空、ちょい曇りぽよ〜」

 

写真に写る人は全員ユーザーのぽよアバターに置き換わる。

フォローは登録できるがフォロワー数はどこにも出ない。

「いいね」の代わりに小さなお菓子が舞い、

食べすぎるとぽよアバターはお腹を押さえて笑う。

 

「もう食べられないぽよ〜」

 

またお腹が空くまで、しばらくお菓子はおあずけだ。

 

 

***

 

 

公開初日、反応は散々だった。

 

「気持ち悪い」

「ぽよ語とか終わってる」

「議論にならない」

「ぬるま湯SNS」

 

レビューは星1が並び、

あるニュース番組は思考停止SNSと帯をつけて冷笑した。

 

[λ] 作者。社会実験というより社会事故です。

 

「いいんだ。

 これは怒りを翻訳して丸めるテスト。

 最初は嫌われて当然だ。」

 

 

***

 

 

数日後、桐生メイが《まるっと》を取り上げた。

タイトル:《【実験】ぽよ語になるSNSやってみた》。

リングライトの反射がモニターに揺れ、メイは眉を少し上げる。

 

「これ、すごいんだよ。

 どんな言葉も、ぜんぶぽよぽよした感じに翻訳されるの。」

 

試しに投稿してみる。

「もう無理!」

投稿後の画面には——

 

「今日はがんばったぽよ〜」

 

メイは目を丸くした。

「……いや、ちょっと違うけど、優しいな。」

 

コメント欄はツッコミで波立つ。

《草》《平和すぎて逆にこわい》《怒りが蒸発する》

 

メイは指をキーの上で止め、ゆっくり言葉を選ぶ。

「これじゃ本当に伝えたいこと、伝えられないかもしれない。

 怒りとか悲しみって、ちゃんと形にしないと届かないじゃん。

 翻訳って、やさしいけど、削るんだね。」

 

数秒、コメントが止まる静けさ。

やがて彼女は画面の丸いキャラたちに視線を落とし、声を和らげた。

 

「……でもさ。

 それでも、誰かが怒らなくて済むなら、

 それも一つの伝え方なのかも。

 偽物でも、あったかい方がいい夜だってある。」

 

配信の最後、メイは小さく笑った。

「疲れたら、伝わらなくてもいい場所に逃げるのも、悪くないかもね。」

 

 

***

 

 

その日を境に、まるっとのアクセス数が少しずつ増えた。

爆発的ではない。けれど確実に、静かに。

 

昼間は相変わらず既存のSNSで怒号が飛び交い、

夜になると、同じ指が少しだけ力を抜いて、まるっとに戻ってくる。

 

「怒るの、ちょっと疲れたぽよ〜」

「今日も誰かと戦ったぽよ〜」

「まあええやんぽよ〜」

 

深夜一時、タクシーの後部座席。休憩室の隅。バス停のベンチ。

画面の隅に小さなお菓子のアイコンがぽつぽつ灯り、すぐ消える。

学生、会社員、主婦、匿名の誰か。

現実では争っている人たちが、同じぽよ語で話すと、不思議と敵意が薄まった。

 

[λ] 作者、これ……逃避の装置ですね。

 

「うん。でも、人間には逃げ場が要るんだ。

 正論だけで生きてたら、心が乾く。

 言葉の避難所って、あってもいいだろ。」

 

 

***

 

 

識者は批判を続けた。

「『まるっと』は言葉狩りをしている」

「思考を麻痺させる麻酔装置だ」

「批判は社会の免疫だ。翻訳は抗体反応を遅らせる。」

 

だが同時に、ある新聞の片隅に小さな記事が出た。

「過労や誹謗中傷でSNSを離れていた人たちの間で、

静かに『まるっと』が広まりつつある。」

 

レオはその記事を見て、笑った。

「SNSが世界を丸くするなんて嘘だ。

 でも、丸めた言葉の中で、人間が少しだけ笑ったなら、それで十分だと思う。」

 

[λ] 作者。

 

「伝わらないままでも、優しくできるなら、それでいい。

 まるっとは、理解をやめて、共感のふりをする装置だ。

 でも、ふりでもあたたかいなら、悪くないだろ。」

 

 

***

 

 

夜。

サーバーの画面で、ぽよたちが小さく会話していた。

誰も勝たず、誰も負けない。

ただ、丸い言葉をぽよぽよと転がしている。

 

「おやすみぽよ〜。

 きょうも、だれも怒らなかったぽよ〜。」

 

レオはモニターを閉じ、ラムダに言った。

 

「……世界はまだ角だらけだけど、

 疲れた人が帰れる丸さを、一つくらい置いといてもいいだろ。」

 

[λ] 作者。

それでも伝わらない世界を、受け入れるんですね。

 

「伝わらなくても、誰かが笑ったなら、それで充分だ。

 正しさは明日もやり直せる。今夜のやさしさは、今夜しかない。」

 

モニターの中で、ぽよたちがゆっくり頷いた。

世界の片隅で、静かなまるさが呼吸をしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。