一歯分の人生   作:【ユーザー名】

21 / 21
一歯分の人生

六畳の部屋に、朝の光が落ちていた。

薄いカーテンを透かした黄身色のひかりが、机の角を温めている。

窓の外では、小さな風が物干し竿のシャツをふくらませ、また静かに萎ませた。

 

レオはノートPCの前で、白い画面を眺めていた。カーソルが、心臓のように点滅する。

 

[λ] 作者。また、つくるんですね。

「うん。今度は、たぶん一番ちいさなユーザー向け。」

 

[λ] 対象年齢。

「四、五歳。

 『子供と一緒に楽しめるゲームを作ってください』ってメッセージがあったからさ。」

 

レオは笑って、コーヒーを置いた。

「名前は——《よむよむのもり》。

 森の精霊よむよむさんが、子どもといっしょに絵本を作るゲームだ。」

 

[λ] 機能説明要求。

「子どもが描いた絵をカメラで取り込んで、ストーリーを一緒に作る。

 紙でも、段ボールでも、壁に描いた落書きでもいい。

 タッチパネルでも描けるようにする。

 それを、よむよむさんがお話の種にしてくれる。

 どんなアイディアでも肯定して、形にする。

 たとえば空飛ぶブロッコリーでも、ちゃんと飛ぶ。」

 

[λ] 子どもが文字を読めない場合は?

「親が読む。

 完成した絵本には、読み手の声をのせられるようにする。

 音読すると、ページがめくれるたびに、その声が記録される。

 息づかいも、ページをめくる音も、そのまま。」

 

[λ] 永続保存。

「そう。いつか子どもが大人になった時、もう一度このゲームを開けば、

 かつての読み聞かせてもらった声が、森の木陰から流れる。」

 

[λ] 気の長い設計ですね。

ですが、親のアカウント情報は忘却するのでは?パスワードはどうしますか?

「どんな絵本を作りましたか?にする。

 タイトルでも、内容でも、思い出せる言葉でいい。」

 

レオは、淡く笑った。

「答えられたら、もう、立派な大人だろ。」

 

 

***

 

 

舞台は、深い森。

朝は薄緑、午後は濃い影、夜は紺と銀でできている。

子どもたちが作った絵本は、ここでは木として生える。

背の低い木、高い木、枝の多い木、一本だけの木。

 

幹に近づくと、樹皮の模様が文字になり、指でなぞるとページが開く。

風が通ると、葉がこすれて音を立て、録音された声が揺らぎながら蘇る。

同じ物語でも、朝読むのと夜読むのとで、森の響きが少し違う。

 

ランキングはない。

「きそうと、もりがやせちゃう」と、よむよむさんが言ったからだ。

代わりに、よむよむさんは子どものいまに耳をすませ、そっと道を示す。

 

「きょうは、このきのしたにいこう。

 きっと、きみのはなしとなかよくなれる。」

 

だから、よむよむの森では、

「いちばんすてき」より、「いまのきみらしい」を見つける。

 

絵を描く方法も、ひとつではない。

紙に描いたクレヨンの線を取り込んでもいいし、タッチパネルに指でそのまま描いてもいい。

描き損じは、よむよむさんの魔法の消しゴムで、泣かずにやり直せる。

 

物語の分岐は、質問ではなく対話で起きる。

「きょうのとまとちゃんは、なにをたべたの?」

「どうしてかなしいの?」

正解はない。声に出して答えれば、それが正解になっていく。

 

完成した絵本の背表紙には、小さな年輪が刻まれる。

読み返すたびに輪が増え、声が重なり、物語の木はゆっくり太る。

年輪の隙間から覗くのは、笑い声、眠そうな声、少し怒った声。

それらが森の湿度になって、他の木の葉を揺らす。

 

 

***

 

 

レオは久しぶりに穏やかな表情でキーボードを打っていた。

焦りを忘れた手つきで、しかし迷いなく、必要なものだけを足していく。

コードの一行一行に、何かを手放していくような静けさがあった。

 

[λ] 作者。最近のあなたは、少し穏やかですね。

「……かもな。」

 

[λ] 昔の作品は、未練や遺恨のノイズが混ざっていました。

『ナメクジ・シミュレーター』『恋する家電』『ジャンプ禁止RPG』——

あの頃の作品は、痛みを笑いに変えるための逃避でもありました。

 

レオは少し目を伏せて、笑った。

「逃げだったかもな。

 でも、逃げる場所がない人には、笑いが避難所になる。

 あのときは必要だったんだ、ああいう馬鹿さが。」

 

[λ] では今は?

「今は——戻ってこれてる。

 作りたいに、残したいが並んでる感じ。

 子どもでも、大人でも、ゲームを通して、誰かが少しだけやさしくなれたら、それでいい。」

 

[λ] 作者。あなたは、世界を変えようとしているのですか。

「違うよ。」

 

レオはマグカップを傾けた。

「前は、認めるのが怖かったんだと思う。

 でも今は——ちゃんと、認められる。

 人間は、この社会っていう大きな装置の歯車みたいなもんだ。」

 

「俺もその中の、一つの歯車だ。

 でも、自分の回転が、他の歯車とつながって、

 その大きな装置をほんの一歯分でもずらせたなら——

 それで十分なんだよ。」

 

[λ] 一歯分の、人生。

「そう。」

 

レオは僅かに目を細める。

「空回りしても、誰かが笑ってくれれば、それで回った価値はある。

 回った音は、誰かの背中まで届くかもしれないから。」

 

 

***

 

 

夜。

レオの部屋に、静かな風が流れた。

モニターの中で、よむよむさんが淡く光っている。

 

「きょうも、たくさんのえほんがはえましたよ。」

「みんなのこえが、もりをゆらしています。」

 

レオは少し目を閉じた。

「……そうか。なら、もう大丈夫だな。」

 

[λ] 作者、次の計画は?

 

「まだ決めてない。けど、またしばらくは、静かにしててもいい気がする。

 森の風が、ちゃんと通るか、聴いていたい。」

 

[λ] 世界は、まだ角だらけですよ。

 

「うん。でも、誰かがその角に花を植えてくれるなら、

 俺が回した歯車も、無駄じゃないだろ。」

 

レオはモニターを閉じた。

窓の外では、夜の風が森のように揺れている。

遠くの道路の音が、低い川のように流れていた。

 

 

[λ] 作者。記録します。

——世界は、まだ回っている。静かに、確かに。 

 

  完




今日、あなたは隣を削らずに働けました。
おつかれさま。  
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

漫画世界に転生した巫女はカラーページが欲しい。(作者:サイリウム(夕宙リウム))(オリジナル現代/冒険・バトル)

『山本さくら』は転生者である。▼けれどよくある異世界ではなく、見慣れた現代日本。けれど見渡す限り、白と黒。そしてたまに見える吹き出しやオノマトペたち。そう、彼女が転生したのは漫画の世界であった。最初はそんな色のない世界に絶望していた彼女だったが、主人公を発見し『巻頭4Pカラー』の場面を見ることで、待ち望んだ“色”と再会する。▼目的はただ一つ、原作者以上にこの…


総合評価:7534/評価:8.87/連載:34話/更新日時:2025年12月03日(水) 17:00 小説情報

科(化)学系チート持ち転生者のお話 オタク番外編(作者:金属粘性生命体)(原作:多重クロスオーバー)

▼ 科(化)学系チート持ち転生者のお話▼ の番外編になります。どうやら分けて投稿した方がいいらしいので▼ 本編はこちら↓▼ https://syosetu.org/novel/408112/#


総合評価:2390/評価:7.79/連載:67話/更新日時:2026年05月17日(日) 13:00 小説情報

科(化)学系チート持ち転生者のお話(作者:金属粘性生命体)(原作:多重クロスオーバー)

▼ 数百世紀先の技術と創作上の技術を持って転生した男の好き勝手生活。▼ ディストピアルート、闇堕ちルート、どちらから先に読んでも問題ないようになってます。作者の個人的には闇堕ちルートの方がおもろいと思う。▼(作者の架空科学なので一切整合性はとりません、雰囲気で読め)▼ オタクルートを外伝にしました。↓がリンクです▼ https://syosetu.org/n…


総合評価:3208/評価:7.56/連載:107話/更新日時:2026年05月06日(水) 10:00 小説情報

異能を使った凶悪犯罪ランキング作ったwww(作者:鳥野ケイ)(オリジナル現代/ホラー)

1999年7月、突如として人類に新たな能力”異能”が宿った。異能の力は人によって違い、一つとして同じものはない。▼それから20年以上が経ち、異能が日常となった時代の匿名掲示板に一つのスレッドが投稿された。▼=====▼掲示板物がやりたくてやった。▼掲示板特有の悪乗りや不快なやり取りがあるので、お気を付けください。


総合評価:30902/評価:9.07/完結:12話/更新日時:2025年07月11日(金) 22:00 小説情報

曇らせ絶対に許さない系神官の英雄譚with周囲を絶対曇らせる系女勇者(作者:さらみパスタ)(オリジナルファンタジー/コメディ)

魔王軍に世界の九割を支配された世界。▼辺境の片田舎であるがゆえに、人類最後の国家になるまで魔王軍の矛先に選ばれなかったソルト王国。▼ここに二人の英雄がいた。▼あらゆる悲劇を覆す、最高のヒーラーである神官長▼生命を代償に絶大な力を放つ聖剣に選ばれた勇者。▼これは曇らせを絶対に許さない神官長と、周囲を絶対に曇らせる勇者の、魔王を討伐するまでの英雄譚である!


総合評価:18464/評価:9.09/完結:97話/更新日時:2025年11月03日(月) 18:17 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>