梅雨の湿気が、六畳の部屋を押しつぶしていた。
キーボードの隙間に水分がこもり、スペースキーが押すたびに「ぷにっ」と鳴る。
俺——有馬レオは、その音のリズムに合わせて独り言を呟いた。
「……次のテーマは恋だな。」
[λ] 作者。
とうとう現実逃避ですか?
「違う。社会への挑戦だ。AIより電圧の方が誠実なんだよ。」
[λ] 意味不明。
「電流は嘘をつかない。流れるか、流れないか——それだけだ。」
俺はカップ麺の電気ケトルを見た。
白いボディが光り、ブクブクと泡を立てている。
——この子、ちょっと可愛いな、と思った。
「よし。家電たちの恋愛ゲームを作ろう。」
[λ] タイトル案?
「『恋する家電』。
ジャンルはエレクトリカル・ラブコメディ。」
[λ] 予測:停電。
***
プレイヤー=古い電子レンジ。
ヒロイン=最新型冷蔵庫。
サブキャラ=炊飯器、掃除機、スマートスピーカー。
人間は登場しない。家電たちが、電圧と電流で愛を語る。
会話システムは「ボルト単位」で表現。
相手の返答に応じて、電圧が上下する。
100Vを超えると「トキメキ状態」。
200Vを超えると「ブレーカー落ち」。
[λ] ロマンスが物理災害。
「恋ってのは、危険なもんだろ。」
***
ゲームを起動。
オープニングは、電子レンジ(名前:マイク)が、冷蔵庫(名前:フリジア)に話しかけるシーンだ。
『君の冷気、今日も安定してるね。』
『あなたのマグネトロン、また過熱してるわよ。』
ラムダが黙って見ている。
画面の右上に電圧ゲージ。
会話のたびに上がっていく。
150V、180V……。
[λ] 作者、ゲージ上昇速度が危険です。
ショートまであと3クリック。
「いいんだ。感情が制御できたら、それはもう恋じゃない。」
[λ] 感電まであと2クリック。
「ロマンだよ。」
ブチッ——
一拍を置いて、部屋が真っ暗になった。
停電。
モニターが沈黙し、ラムダの声も途切れる。
外では、遠くのアパートでも同時に「え、落ちた?」という声。
静寂の中、俺は笑った。
「うん、完璧だ。」
***
説明文はいつも通り、短い。
電圧で恋をする。
愛しすぎると、世界が落ちます。
最初は誰も見向きもしなかった。
「バカゲー」「頭おかしい」「電気代返せ」。
でも、三日後――海外のテック系YouTuberが実況を上げた。
"This game literally blew my house fuse."
(このゲーム、マジで家のブレーカー落ちた。)
動画はバズった。
恋=停電という新しい概念が、世界を駆け巡った。
日本では「#電圧差の愛」というタグがトレンド入り。
恋愛相談掲示板で相性=電圧差という表現が流行した。
[λ] 作者。
政府から注意勧告です。「恋する家電による過負荷トラブル急増」。
さらに、環境団体が抗議を開始。
「抗議されるってことは、愛が広がってる証拠だな。」
[λ] 哲学的自爆。
***
桐生メイが、また実況を始めた。
タイトル:《家電と恋したらブレーカー落ちた》。
彼女の実況は、ゲームの内容よりも愛の定義を語る時間が長い。
「これさ……感電するって、要は繋がるってことじゃない?」
「危ないけど、そこにしか愛はない気がする。」
「だって私たちも電気で動いてるでしょ。心臓も、微電流だよ。」
「ねえレオさん、これ、ほんとに冗談で作ったの?」
視聴者数、10万人。
チャットには《#通電して》《#感電カップル》などのコメントが並ぶ。
彼女の部屋の電灯が、チカチカと呼吸のように明滅した。
[λ] 作者。
メイさんが本当にブレーカーを落としました。
物理的に。
「演出として完璧だろ。」
[λ] 彼女、あなたのゲームを人生相談番組みたいにしてます。
「それでいい。
俺のゲームは、遊ぶより、考えるほうが面白いんだ。」
***
リリースから1ヶ月後。
ある海外レビューサイトで『恋する家電』が奇跡の満点を獲得。
理由はこうだった。
「このゲームは、文明社会の寂しさを再発見させた。
AIではなく、電気が人を繋ぐ。」
だがその翌週、電力会社からメールが届く。
「『恋する家電』プレイ中の電力消費が平常値を超過しています。
一部地域で負荷が集中し、停電が発生。
次回作におかれましては、もう少し節電を。」
俺はメールを閉じて一息つき、笑った。
恋と電気のどちらも、消費型なのだ。
[λ] 作者。
次は何を作ります?
「今度は飛ばないゲームを作る。」
[λ] どんなジャンル?
「ジャンプ禁止RPG。」
[λ] もう予感がします。誰も飛ばないのに、感動するやつ。
「そういうやつだ。」
***
夜。
部屋の灯りを消す。
ブレーカーを一度だけ上げ直す。
スイッチの音が、恋の余韻みたいに響いた。
[λ] 作者。
あなた、本当に電気好きですね。
「だってさ、電気って不思議だろ?
見えないのに、あたたかい。
そして、消えると恋しくなる。」
[λ] たぶん、それが愛です。
PCの画面に、次のタイトルだけ打ち込む。
『ジャンプ禁止RPG』
遠くのどこかで、また一つブレーカーが落ちる。
まるで、世界が頷いたように。