一歯分の人生   作:【ユーザー名】

3 / 21
恋する家電

梅雨の湿気が、六畳の部屋を押しつぶしていた。

キーボードの隙間に水分がこもり、スペースキーが押すたびに「ぷにっ」と鳴る。

俺——有馬レオは、その音のリズムに合わせて独り言を呟いた。

 

「……次のテーマは恋だな。」

 

[λ] 作者。

とうとう現実逃避ですか?

 

「違う。社会への挑戦だ。AIより電圧の方が誠実なんだよ。」

 

[λ] 意味不明。

 

「電流は嘘をつかない。流れるか、流れないか——それだけだ。」

 

俺はカップ麺の電気ケトルを見た。

白いボディが光り、ブクブクと泡を立てている。

——この子、ちょっと可愛いな、と思った。

 

「よし。家電たちの恋愛ゲームを作ろう。」

 

[λ] タイトル案?

 

「『恋する家電』。

 ジャンルはエレクトリカル・ラブコメディ。」

 

[λ] 予測:停電。

 

 

***

 

 

プレイヤー=古い電子レンジ。

ヒロイン=最新型冷蔵庫。

サブキャラ=炊飯器、掃除機、スマートスピーカー。

人間は登場しない。家電たちが、電圧と電流で愛を語る。

 

会話システムは「ボルト単位」で表現。

相手の返答に応じて、電圧が上下する。

100Vを超えると「トキメキ状態」。

200Vを超えると「ブレーカー落ち」。

 

[λ] ロマンスが物理災害。

 

「恋ってのは、危険なもんだろ。」

 

 

***

 

 

ゲームを起動。

オープニングは、電子レンジ(名前:マイク)が、冷蔵庫(名前:フリジア)に話しかけるシーンだ。

 

『君の冷気、今日も安定してるね。』

『あなたのマグネトロン、また過熱してるわよ。』

 

ラムダが黙って見ている。

画面の右上に電圧ゲージ。

会話のたびに上がっていく。

150V、180V……。

 

[λ] 作者、ゲージ上昇速度が危険です。

ショートまであと3クリック。

 

「いいんだ。感情が制御できたら、それはもう恋じゃない。」

 

[λ] 感電まであと2クリック。

 

「ロマンだよ。」

 

ブチッ——

一拍を置いて、部屋が真っ暗になった。

 

停電。

モニターが沈黙し、ラムダの声も途切れる。

外では、遠くのアパートでも同時に「え、落ちた?」という声。

 

静寂の中、俺は笑った。

 

「うん、完璧だ。」

 

 

***

 

 

説明文はいつも通り、短い。

 

電圧で恋をする。

愛しすぎると、世界が落ちます。

 

最初は誰も見向きもしなかった。

「バカゲー」「頭おかしい」「電気代返せ」。

でも、三日後――海外のテック系YouTuberが実況を上げた。

"This game literally blew my house fuse."

(このゲーム、マジで家のブレーカー落ちた。)

 

動画はバズった。

恋=停電という新しい概念が、世界を駆け巡った。

日本では「#電圧差の愛」というタグがトレンド入り。

恋愛相談掲示板で相性=電圧差という表現が流行した。

 

[λ] 作者。

政府から注意勧告です。「恋する家電による過負荷トラブル急増」。

さらに、環境団体が抗議を開始。

 

「抗議されるってことは、愛が広がってる証拠だな。」

 

[λ] 哲学的自爆。

 

 

***

 

 

桐生メイが、また実況を始めた。

タイトル:《家電と恋したらブレーカー落ちた》。

彼女の実況は、ゲームの内容よりも愛の定義を語る時間が長い。

 

「これさ……感電するって、要は繋がるってことじゃない?」

「危ないけど、そこにしか愛はない気がする。」

「だって私たちも電気で動いてるでしょ。心臓も、微電流だよ。」

「ねえレオさん、これ、ほんとに冗談で作ったの?」

 

視聴者数、10万人。

チャットには《#通電して》《#感電カップル》などのコメントが並ぶ。

彼女の部屋の電灯が、チカチカと呼吸のように明滅した。

 

[λ] 作者。

メイさんが本当にブレーカーを落としました。

物理的に。

 

「演出として完璧だろ。」

 

[λ] 彼女、あなたのゲームを人生相談番組みたいにしてます。

 

「それでいい。

 俺のゲームは、遊ぶより、考えるほうが面白いんだ。」

 

 

***

 

 

リリースから1ヶ月後。

ある海外レビューサイトで『恋する家電』が奇跡の満点を獲得。

理由はこうだった。

 

「このゲームは、文明社会の寂しさを再発見させた。

 AIではなく、電気が人を繋ぐ。」

 

だがその翌週、電力会社からメールが届く。

 

「『恋する家電』プレイ中の電力消費が平常値を超過しています。

 一部地域で負荷が集中し、停電が発生。

 次回作におかれましては、もう少し節電を。」

 

俺はメールを閉じて一息つき、笑った。

恋と電気のどちらも、消費型なのだ。

 

[λ] 作者。

次は何を作ります?

 

「今度は飛ばないゲームを作る。」

 

[λ] どんなジャンル?

 

「ジャンプ禁止RPG。」

 

[λ] もう予感がします。誰も飛ばないのに、感動するやつ。

 

「そういうやつだ。」

 

 

***

 

 

夜。

部屋の灯りを消す。

ブレーカーを一度だけ上げ直す。

スイッチの音が、恋の余韻みたいに響いた。

 

[λ] 作者。

あなた、本当に電気好きですね。

 

「だってさ、電気って不思議だろ?

 見えないのに、あたたかい。

 そして、消えると恋しくなる。」

 

[λ] たぶん、それが愛です。

 

PCの画面に、次のタイトルだけ打ち込む。

 

『ジャンプ禁止RPG』

 

遠くのどこかで、また一つブレーカーが落ちる。

まるで、世界が頷いたように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。