夕方、六畳の窓から入るオレンジ色の光が、机の上のコードに反射していた。
有馬レオは、キーボードを叩きながら呟いた。
「人間は、なぜ飛びたがるんだろうな。」
[λ] 作者。
あなた、『恋する家電』で停電を起こしました。
いま飛ぶのは危険です。
「だからこそ、飛ばないをテーマにするんだ。
タイトルは——『ジャンプ禁止RPG』。」
[λ] 不穏。
「いいんだ。禁止って言葉には、想像を呼び起こす力がある。」
***
操作はシンプル。
左右移動、会話、そしてジャンプボタン。
ただし説明書に明記されている。
『ジャンプは禁止されています。押した瞬間、あなたは死にます。』
だが、地形は凹凸だらけ。
段差が続き、明らかに飛ばないと進めないように見える。
そして、あらゆる場所でNPCたちが囁く。
「上に行きたい? でも、飛ぶのは悪だよ。」
「地面があるじゃない。なぜ離れたがるの?」
[λ] 作者。
これはメッセージゲームですか?
「ちがう。誘惑のゲームだ。」
***
ゲームを起動。
フィールドの上に、小さな人型。
足元には「Press A to jump」のチュートリアル表示。
でも、Aを押したら死ぬ。
俺は、押さない。
キャラがトコトコと歩く。
段差の前で止まる。
少しだけ、空を見上げる。
[λ] …押したくなりますね。
「だろ?」
[λ] 作者、あなたは悪魔です。
5分が過ぎた。
足音が乾いた木から湿った土へと変わる。
影が少し伸び、傾斜の向きが変わる。
音楽が流れ出す。低いピアノ。
角を曲がると、地面が滑らかに傾斜して——段差を回り道できることに気づく。
「そうだ。飛ばなくても、行けるんだ。」
小さな成功感が胸を満たす。
だが同時に、ずっと指先が疼いていた。
Aボタンを押したい。
人間は禁止に弱い。
***
公開文は、一行だけ。
飛ぶな。
初日は低空飛行。
だが三日後、誰かがスクリーンショットを投稿した。
「このゲーム、飛ばないでクリアできるのか?」
「いや、途中で押したら死んだ」
「地面が優しいって言葉、初めて信じた」
SNSで少しずつ広がった。
実況者たちが挑戦を始めた。
タイトルタグは #ノージャンプ縛り。
けれど実際は、それがルールそのものだった。
***
桐生メイの配信タイトル:《飛ばない勇者、24時間チャレンジ》。
「ねぇ……何も起きないんだけど。」
「敵もいない。会話も少ない。
でも、歩く音がすごく優しい。」
チャット欄:《押せ》《押すな》《飛べ》《地面最高》。
メイは笑って、静かに言った。
「人生って、飛びたくなる瞬間だらけでさ。
でも、地面が好きって言えるの、
すごく……大人な気がする。
足裏で、物語を読んでる感じがする。」
その瞬間、画面の空が明るくなった。
遠くに、終わりの門が見える。
メイがゆっくり歩く。
ジャンプしない。
門をくぐる。
——スタッフロールが流れた。
【Congratulations: You never jumped.】
(おめでとう。あなたは飛ばなかった。)
【And still, you moved forward. You trusted the ground.】
(それでも、前へ進んだ。あなたは地面を信じた。)
チャットが一斉に流れる。
《泣いた》《地面尊い》《回り道でもちゃんと進めた》。
***
レビュー平均4.7。
コメント欄には奇妙な感想が並ぶ。
「ジャンプしないRPGなのに、心が浮いた。」
「人生にも飛ばない選択肢があっていいと思った。」
「最後に出た“Trust the ground.”、あれ刺さった。」
[λ] 作者。
これ、教育機関から問い合わせが来ています。
道徳教材として採用したいと。
「……マジで?」
[λ] マジで。あと、企業の研修にも。
無駄にジャンプしない新人を育てたいらしいです。
「それはちょっと違う気がする。」
[λ] でも、あなたのゲームはいつも誤用されるのが魅力です。
「誉めてんのか、それ。」
***
深夜。
俺はモニターの前でAボタンを見つめていた。
試しに、押す。
画面の中の勇者が宙に浮いた。
次の瞬間——光になって消えた。
そして、一行だけメッセージが出た。
【You may jump. Just remember the ground that waits for you.】
(飛んでもいい。でも、帰ってくる場所を忘れるな。)
電源を落とした。
ラムダが静かに呟く。
[λ] 作者。
次はどんな地獄を作ります?
「セーブしない地獄。」
[λ] タイトル?
「『セーブしないでください』。」
[λ] バグと哲学の融合ですね。
開発地獄、確定。
「だろうな。」