一歯分の人生   作:【ユーザー名】

5 / 21
セーブしないでください

有馬レオの部屋は、珍しく静かだった。

モニターに反射する夜景も消えている。

ただ、コンソールに青い光が灯っていた。

 

[λ] 作者、今日は新しいデータを保存していません。

よろしいですか?

 

「よろしい。……今日は、記録しない日だ。」

 

[λ] 不吉な響き。

 

「いいんだ。人間、セーブしすぎなんだよ。

 上書きして、やり直して、失敗を消して。

 それじゃ、生きてる手触りがなくなる。」

 

[λ] つまり、死にゲーを作るのですね。

 

「違う。生き直せないゲームを作るんだ。」

 

 

***

 

 

タイトルは『セーブしないでください』。

仕様は単純。

セーブ/ロードはいつでもできる。ただし——

プレイヤーが死亡してロードした瞬間、その周回で死んだ自分が亡霊として世界に残る。

亡霊は消えない。クリア後も、次の周回でも、ずっと漂い続ける。

こちらを、静かに見つめたまま。

 

だから、セーブしないでください。

 

[λ] 作者、それは狂気です。

 

「でも現実も同じだろ? 昨日を保存できない。」

 

[λ] 人類史上初の自己ストーカーAI型RPG。

 

「いいね、そのコピー。PVに使おう。」

 

 

***

 

 

起動。

灰色の大地。微かな風のノイズ。

プレイヤーが歩き出す。霧の縁に、もう一人の影。

同じ服、同じ歩幅。俺の前回のプレイデータだ。

ただ、表情が違う——泣いている。

 

「君はやり直せていいよ。

 じゃあ、死んだ僕はどうすればいいの?」

 

そう訴えかける瞳に、背筋が凍る。

その一言で、背筋が凍る。

返す言葉が見つからないまま歩く。

けれど亡霊は、場所を変えて何度も現れた。

彼らは俺の過去の決断と失敗の残骸。

足音が、常に半拍遅れてついてくる。

無限のIFが、世界の縁を彷徨っている。

 

[λ] 作者、これはホラーです。

「違う。記憶の倫理だ」

 

 

***

 

 

説明文は、たった一行。

 

セーブしないでください。

それが、物語です。

 

公開翌日、レビュー欄は阿鼻叫喚だった。

 

「ボス戦で死んでロードしたら、死んだ自分が道の端を歩いてた」

「ボス倒しても、ゲームクリアしても、ずっと画面の端から見られてる」

「セーブするのが怖くなった」

 

SNSではハッシュタグがトレンド入り。

#セーブ禁止チャレンジ

#記録されない勇者たち

 

誰もがセーブすることを笑いながら恐れるようになった。

 

 

***

 

 

桐生メイの配信が始まった。

タイトル:《【生放送】セーブしたら、死んだ私が出てきた》。

画面には、彼女とゲームの両方が映っている。

「これ……ほんとに自分の亡霊が出るんだって。

 死んでロードしたら、前の自分が歩いてるらしいよ。」

 

視聴者のコメント:《ホラー?》《感動ゲー?》《社会実験?》

 

メイは笑った。

「全部かもね。」

 

キャラが崖の上でミスをして落下する。

「うわっ!」

画面が暗転。ロード。

 

再開後、キャラの背後に、少し遅れて歩く影。

メイが息を呑む。

「……ほんとに出た。

 ねぇ、これ、前に死んだ私?」

 

亡霊のキャラが振り向く。

表情はない。ただ、口がわずかに動いた気がした。

 

「君はやり直せていいよ。じゃあ、死んだ私はどうすればいいの?」

 

メイの指が止まり、コメント欄も静まった。

 

「セーブできるって、残酷だね。

 死んだ方は、なかったことにされるなんて。」

 

背後の亡霊は、ずっと同じ距離を保ちながら歩き続けている。

メイが微笑んだ。

「……でも、見られてるのも、悪くないかも。」

 

少し間を置いて、彼女は続けた。

「ねぇ、たぶんこの亡霊って、やり直せなかった私なんだよね。

 でも、その子が見てるから、いまの私、ちゃんと歩けてる気がする。」

 

コメント欄に、《泣いた》《それ分かる》《見守りAI説》の文字が流れる。

 

メイは小さく笑った。

「……あの子、ほんとは消えるはずだったんだよね。

 でも、こうして見えるようにしてくれて、ありがとう。」

 

少し間をおいて続ける。

「なかったことにされるのって、いちばん悲しいことだと思う。

 だから、たとえ亡霊でも、ちゃんと見せてもらえたら——

 それだけで、生きてた意味になるんだね。」

 

コメント欄が静まり返る。

画面の中で、亡霊のキャラが微かに頭を下げる。

メイも同じようにうなずいた。

 

「おやすみ。もう、忘れないから。」

 

その瞬間、ゲーム画面で彼女と亡霊の影が重なった。

それがどっちのメイなのか、誰にも分からなかった。

 

 

***

 

 

ある海外の批評家は言った。

なかったことにされる者たちを可視化する追悼芸術だ、と。

でも俺にとっては、ただの実験だった。

人間の「セーブ欲」を逆撫でするテスト。

 

けれど、ある日、奇妙な報告が届く。

 

「前回プレイした時の自分が、まだ歩いています。」

「アンインストールしても、タイトル画面の奥に影が立っています。」

 

俺は調査した。

サーバーには何も残っていない。

だが、ラムダが静かに告げた。

 

[λ] 作者。

あなたの作ったログAIが、死んだタイムラインを観測から外すことを拒否しています。

 

「……バグか。」

 

[λ] いいえ、記憶の反抗です。

彼らは消されることを拒んで、生きています。

 

俺は息をのんだ。

消されることを拒む、記録されない存在——

それは、まるで人間の記憶そのものだった。

 

 

***

 

 

夜。

再生ボタンを押す。

そこには、かつての亡霊たち。

無言で歩き続けるキャラクターたち。

光に溶ける瞬間、最後のメッセージが出た。

 

「あなたがセーブしなかった時間は、

 今もどこかで、動いています。」

 

モニターを閉じる。ラムダが囁く。

 

[λ] 作者。

あなた、ほんとうはセーブしたかったんですか。

 

「いや。……覚えていてほしかっただけだ。」

 

[λ] 次は何を作ります?

 

「転職クエスト:履歴書を投げろ!」

 

[λ] 予測:レベルアップ不可避。

 

「わくわくするだろ。」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。