I need you 作:花筏
あと数話で4月は終了となります。
時刻は19時30分を過ぎた頃。閉館まで30分もない図書館には、司書以外の人は一人もいないはずだった。竜胆以外に、もう一人の生徒がいたのだ。しかも、何故かオオスメの本を紹介されることになった。
「これなんてどうでしょうか?米澤穂信先生の『氷菓』です。舞台が日本の高校なので、世界観が想像しやすい作品だと思います。アニメ化もしているので、楽しみ方が豊富な作品だと思いますよ」
「ほー」
「これも初めての方には優しい作品ですね。東川篤哉先生の『謎解きはディナーの後で』です。主人公とその執事の掛け合いがシリアスな展開を中和してくれるので、非常に読みやすい作品だと思います。こちらはドラマ化と映画化もしているので、掛け合いがより面白くなっていました」
「へー」
「これは少々刺激が強いですが、今村昌弘先生の『屍人荘の殺人』は、今紹介した二つとは違うタイプのミステリーですね。パニックホラーにも近いミステリーですが、中々刺激的な作品でした」
「はー」
「あの⋯⋯⋯⋯あまり興味がなかったでしょうか?」
相槌を打つことしか出来ない竜胆に、不安気な視線を向ける椎名。大した返事も出来ていないせいで、誤解されてしまったようだ。
「興味がない訳じゃないんだよ。要望通りミステリー作品をいくつか教えてもらったし。けど、結局どれにしようか迷いそうでどうすればいいのか分からなくなってさ」
「それは⋯⋯盲点でした。悩んでいる人に一気にオススメするのはよくありませんでしたね。申し訳ないです」
「紹介そのものは助かるから、謝ることはないけど」
僅か数分でいくつかの本を持ってきた辺り、一ヶ月も経たずに図書館の構造を理解しているようだ。紹介からも、できるだけネタバレを抑え、本が好きなのがよく伝わってくる。
(どんだけ本が好きなんだ⋯⋯)
「二つ聞いてもいいでしょうか?」
「⋯⋯⋯⋯どうぞ」
身長の関係上、椎名が下から覗き込むように竜胆の瞳を見つめている。なんというか、行動そのものはあざといのに、まったくあざとさを感じ取れない。
ひとまず椎名からの質問を手で促すと、椎名は改まった様子で聞いてきた。
「ありがとうございます。樋口くんは何故こんな時間に図書館に来ようと思ったのでしょうか?この時間帯には殆ど人は来ません。返却期間がギリギリの人が慌てて来るくらいです」
「趣味が欲しかったんだ。学生らしい趣味で、メジャーな趣味と言ったら読書になったんだよ。ホントはもう少し早く来るつもりだったけど、色々あってこんな時間になった」
「なるほど⋯⋯趣味を探しの一環で読書を選んだんですね。ではもう一つ、何故ミステリーを希望したのでしょうか?本にもジャンルは複数あります。ミステリーの何処に興味が?」
「前に、『そして誰もいなくなった』っていう原作のドラマだか映画をテレビで観たんだよ」
「アガサ・クリスティ先生の代表作の一つですね。私もドラマを拝見しました」
「多分俺が初めて見たミステリーだったんだけど、ストーリーは面白かったし、俳優たちの演技も良かった。最終的には満足のいくドラマではあったけど、一つだけ納得がいかなかったんだ」
「⋯⋯納得ですか?」
「そう、納得。俺の中でのミステリーのジャンルは、フィクションの中でも限りなく現実に近い世界観の作品だけだと思ってた。
そのせいもあってか、『そして誰もいなくなった』の犯人の手口に納得がいかなかったんだよ」
犯人が童話の歌詞通りに人を殺していく設定そのものは良くても、実際に順番通りに、特定の殺害方法を実行するのはとても無理がある。特に最後の自殺なんて、相手依存の気がしてならないのだ。
「樋口くんの言いたいことは理解出来ました。ミステリーにおいて特に重要なトリックに納得が出来なければ、悶々としてしまうのもわかります」
「否定しないんだな⋯⋯」
てっきり、何も知らない初心者が名作を批評したことをよく思われないと思っていたが、むしろ肯定されてしまった。
「仕方のないことだと私は思いますよ?ミステリーを読み慣れていれば気にしないようなことでも、本を読み慣れていない人からすれば違和感に思うことは、よくあることですから。
本に限った話ではなく、全てのフィクションに同じことが言えるので、気にすることはないと思います」
「そっか⋯⋯そういう、ものか」
「はい、そういうものです」
納得?した竜胆とゆっくり頷いた椎名との間に、自然と沈黙が降りる。しかし不思議と気まずく感じる沈黙ではない。どちらかと言えば、笑いそうになるような不思議な感覚だ。
「でも、なんだかとても嬉しいです」
「嬉しい⋯⋯なんで?」
「周りに読書を趣味にされている方がいないので、こうして作品について語り合うことがなかったんです。樋口くんがしっかり作品に向き合っていたからこそ、楽しくお話することが出来ました。
ありがとうございます。樋口くん」
「お礼を言われるようなことをしたつもりはないけど。まぁ、どういたしまして」
はにかむように微笑む椎名からお礼に、どう返して良いのか分からずにひとまずお礼を受け取る。今まで会ったことないタイプに、竜胆は困惑していた。
「そういえば、ミステリーって言ったら海外の作家をイメージしてたんだけど、何で国内の作品ばっかだったんだ?」
「外国の作品は翻訳の都合や文化の違いから、表現方法や舞台が分からずらい場合があるんです。慣れていればなんとなくで分かりますが、初心者であれば国内作品の方がオススメなんです」
「あーそういう」
そこまで考えつかなかった竜胆は、椎名からの説明に納得する。文体のみの表現では、情景などは本人のイメージに依存する。日本人の作家ならそこら辺のイメージがしやすい場合が多いわけだ。『氷菓』とかは高校が舞台なわけだし、とりわけ分かりやすい。
「その、今日はもう閉館時間ですし。樋口くんの好みの傾向が分かってきたので、また明日一つに作品を絞って紹介してもよろしいですか?」
「そこまでしてくれるのか?」
「私としても、読書仲間が増えるのは嬉しいことなので、勧誘も兼ねて紹介させてください」
「じゃあ、お願いする。放課後にまたここで良いよな?」
「はい、一番奥のテーブルの席で待っています」
時刻はあっという間に20時となり、図書館は閉館時間となった。竜胆と椎名は寮まで道を歩きながら雑談を交わし、帰路につくのであった。
翌日、高育では他の高校などではないプールの授業が4月からあった。最初はクラスメイトも困惑していたが、室内で行われる温水プールなため、授業そのものは好評であった。
珍しい日程のプールに慣れてきた頃、2階の席から休んで見学していた竜胆に話し掛ける生徒がいた。
「ねぇ樋口くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「網倉?いいけど、何で?」
竜胆が網倉と話したのは、入学式の後のカラオケ以来だ。普段はあまり接点がなく、こうして話し掛けてくるのは珍しい状況と言える。昨日の神崎の件もあったのでそのことかと予想したが、網倉の口から出たのは、予想もしていなかったことだった。
「実はさ、昨日樋口くんが夜遅くに女子と二人でいたって噂が昨日の夜から流れてるの」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
心当たりは勿論あるが、それにしても昨日の今日で噂になって広まるとは、特殊な閉鎖空間は噂を広めるスピードでも速めるのだろうか?
そんな現実逃避は置いておいて、気になるのは何故、具体的にどんな噂なのかだ。今聞いた話だけでは、ポジティブな噂なのかネガティブな噂なのかも分からない。
「もしかして、ホントだったり?」
「答える前に、詳細が聞きたいんだが。何でそんな噂が広まったんだ?」
「学校の匿名掲示板に、樋口くんが女子と二人でいる話が出たのが最初らしいよ?この時期は恋愛系の噂は広がりやすいから、今朝には結構広がってたかな」
網倉によると、学校生活に慣れ始めたこの時期に話される話題と言えば、やはり恋愛系の話らしい。誰がカッコいいだとか、誰がキモいなどの話題は鉄板だ。
女子も男子も、考えることはあまり変わらないようで、男子だけのクラスチャットではクラスで誰が可愛いのかの話が盛り上がっていたのを思い出す。その時は一之瀬という結論が出た気がするが、今話している網倉も結構人気だったはず。
そんな新生活ならではの流行りに、竜胆は巻き込まれてしまったようだ。道理で渡辺が今朝からソワソワしていると思っていたが、恐らくコレが理由なのだろう。
「そんなに早く広がるのか?一緒にいただけでこれじゃあ、彼女でも出来たらとんでもないことになりそうだな」
「う〜ん、この学校だからっていう理由以外にも理由はあると思うけど」
「というと?」
「樋口くんって、ちょっとした有名人なんだよ?」
「は?」
有名人になった覚えなどないし、問題行動を起こして悪目立ちした覚えもない竜胆は、網倉の言葉が信じられずに首を傾げる。
「入学式の次の日に、生徒会の副会長と睨み合っている所を見たっていう話が二年生の間で有名なんだって、それが部活の先輩経由で一年生にも伝わってるの」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
またしても見覚えのある話だった。別に睨み合った訳ではないのだが、噂に尾ひれがついたのだろう。上級生経由であれば、噂が広がるのが遅かった理由も分かる。
「どっちも心当たりアリって感じだね」
「尾ひれはついてるけどな、昨日女子といたのと入学式の次の日に生徒会の副会長と会ったのは本当」
「もしかして、付き合ってたり?」
「いや、昨日会ったばっか」
興味津々の様子の網倉の質問に投げやりに返すと、そこまで期待はしてなかったのか、あまり驚いた様子はなく『そりゃあそうか』という反応だ。
「ちなみに、何で二人でいたの?」
「偶然、図書館で会ったってだけ。後は帰り道が同じだから一緒だったからで、要は場の流れ」
「初めて会った相手と帰り道が同じだからって、一緒に帰るかな?」
「帰るだろ、少し前まで話してた相手とわざわざ別れて帰るのか?」
そんなことをする理由が理解出来ない竜胆はないと断言するが、網倉には疑問に思う行動だったようで、予想を述べ始める。
「さっきも言ったけど。人間関係が構築され始めたこの時期は噂が立ちやすい訳で、特に男女の話は年中話される話題だから、尚更噂になっちゃうの」
「そこもあんまり理解出来ないけど、まぁどうぞ」
噂どうこうへの共感は出来なかった竜胆だが、話が進まないのでこれ以上深掘りせずに話を聞く。
「女子だったら、そういう噂に気を付けて行動すると思うけどな〜。ちょっとした噂で人間関係が変わることだってあるし、特に誰が付き合ったかどうかで、友達から嫌われたりする場合もあるから」
「それは俺のことが好きな女子がいないと成立しないだろ」
網倉が言ってるのは多分アレだ。A子が好きだったB男が友達のC子が好きだという噂が広まった時に、A子がC子を虐めたりする話だろう。
B男がC子を好きとは限らない噂でも、A子が鵜呑みすれば事態は拗れていく。本当ならもっと酷いことになりかねない。
まぁ、恐らくそんなことが起こることにはならない。そういうのはサッカー部のエースとかのモテる男の話であって、竜胆は本人に分かるような、あからさまにモテるようなことにはなっていない。
「今のは一例ね。でも、二人で帰るのはこの学校ではやっぱり目立つよ」
「網倉が恋愛脳になってるだけじゃないのか?」
「それは⋯⋯ちょっとあるかも」
一瞬否定しようとした網倉も、少しの間の後に渋々肯定する。網倉に教えるつもりはないが、椎名は噂とかを気にするような人間には見えなかった。そもそも椎名が噂そのものを認識しているのかどうかも怪しい。
いや、もしかしたら一之瀬みたいにクラスの中心かもしれない。
(あのマイペースな感じでコミュ力抜群とか、流石に想像できねぇ⋯⋯⋯)
「話は変わるけど、樋口くんっていつも水泳の授業休んでいるよね」
「よく知ってるな。俺は話し掛けられるまで、網倉が今日見学してたことに気付かなかったのに」
「最初の授業からずっと休んでたら、流石に分かるよ。みんな気を遣って聞いてないみたいだけど、聞いても大丈夫?」
竜胆は軽い探りを入れたつもりだったが、真面目に受け取られた挙句に苦笑されながら返されてしまった。勝手に警戒した竜胆が馬鹿みたいである。
「事故で怪我した傷跡がグロいから、他人に見せたくないんだよ」
「そうなんだ、そんなに気にしなくてもいいと思うけど」
「多分、網倉が思ってるより数倍はグロいから、ドン引きすると思う」
中学に入ったばっかりの頃、何も気にせずに水泳の時間に脱いだ時に、酷くドン引きされたのを覚えている。元々孤立気味なのもあってか、ヤバい奴だと敬遠されたのは懐かしい記憶だ。
「酷い怪我を心配しても、ドン引きなんてしないよ。本人が気にしてるなら尚更!」
「その気持ちはありがと。でもこれでいいよ、見せる理由もないし」
「樋口くんがそれでいいなら、強要はしないけど。何か会ったときは力になるから」
恐らくだが、網倉の本題は水泳の授業を毎回休んでいた俺への心配なのだろう。正確には、網倉だけではなく他の生徒の心配もあるだろうが。
クラスの中から網倉が代表して、俺に聞いたのかもしれない。渡辺や一之瀬ではないのが気になるが、この様子なら共有してもらった方が都合が良い。
「傷跡を見せたい訳じゃないけど、傷跡があることを隠してる訳じゃないから、他に話しても気にしないでいいぞ」
「⋯⋯あれ?もしかして気付いている?」
「何が?」
「あ~、う〜ん。何でもない」
竜胆が気づいてるのではないかと思った網倉は、焦った様子で聞いてくるが、竜胆は白を切った。そのことを察したのか、気不味そうに言葉を濁して網倉は黙る。
「ところで、何で網倉は休んでるんだ?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯それ、聞いちゃう?」
呆れた様子の網倉の言葉に、地雷を踏んだことを竜胆は察してしまった。すぐさま顔を背けて、消え入りそうな声で一言だけ呟く。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんでもないです」
竜胆「今日のゲストは、普通枠として渡辺何とかさんです」
渡辺「紀仁な!酷くね?俺たち友達だよな?しかも普通枠ってひでぇ」
竜胆「そうは言ってもな。原作で登場したけど、それ以降大した活躍がないせいで印象薄いだろ?」
渡辺「否定出来ないけど、そこまで言うか?これでもPVで登場したし、表紙にもなったんだぜ?」
竜胆「そもそもBクラス自体影が薄くて、全体的に扱いが酷いじゃん。神崎もあんな調子だし」
渡辺「俺たちだって頑張ってるんだ。三年生編だって、きっと活躍があるって!」
竜胆「退学が活躍シーンにならないといいな」
渡辺「怖っ!縁起でもないこと言うなよ。ていうか、他の人の時とキャラ違くないか?」
竜胆「他の奴はキャラが濃すぎて、自然とツッコミになるんだよ。今しかボケられないんだ」
渡辺「それ⋯⋯遠回しに俺のキャラが薄いってことだよな?泣きたくなるんだが⋯⋯」
竜胆「笑えばいいと思うよ」
渡辺「パロディの仕方雑すぎだろ!もう適当になってるじゃん!」
竜胆「次回、好きの反対は無関心。では嫌いの反対は何か?」
渡辺「俺たち、この作品で活躍するよな?」
竜胆「⋯⋯⋯⋯⋯⋯原作次第ってことで」
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