正体不明の『ブローカー』というあだ名を持つ彼女は今日も、お金を求める人々に仕事を斡旋していく。
「……ふぅん?覚悟はあると言うんだ。じゃあ、仕方ないね。私は唯の仲介人、『ブローカー』に過ぎないからさ」
カラン!カラン!っと、開かれた扉に付けられた鈴が来客を告げる音を響かせた。
正四角形の間取りに、可能な限りカドを潰すように配置された戸棚からは掃除が行き届いていないのか、来客と共に舞い込んだ風により微かな埃が舞い上がる。
「んぁ?」
目覚まし代わりとなったのだろう最も、入り口から離れた場所にある高級そうな木製の事務机に突っ伏していた人物は間抜けな声を出すと、眩しそうに目を細めてつつ来客を視認すると緩慢な動きで立ち上がり、身体をゴキゴキと小気味良い音を響かせながら伸ばす。
「ンッ、あー、効くぅぅ……さてさて、ようこそこの様な場末の事務所に。余程、お仕事にお困りの様だ」
来客の困惑を他所に男とも、女とも取れる声を出しながら差し込む明かりの元へハイヒールの音を鳴らし歩く。
陽の光とは違う人工の光によって、浮かび上がる人物の顔色は健康的から程遠く目元にはくっきりとクマが浮かび上がっているのだが、辛うじて仕事しようという意思の現れか口元は薄い赤色で彩られ、着崩した黒いスーツを纏っていた。
黒と白が入り混じる長い髪を揺らす『彼女』の頭上には、無数の円が内側へと続いていくヘイローが黒く輝いており、少しだけ彼女を異質な存在に感じさせる要因となっている。
「どの様な仕事が好みかな?レジ打ち、庭掃除、交通誘導、警備員、介護補助……まぁ、大体の仕事はあると思うよ。ん?こんなブラックマーケットにある『案内所』が普通すぎて逆に怪しいって?あはは、それを言われちゃったらおねーさんは別の案内をしなくちゃいけないんだけど……」
来客の疑問を至極当然だとケラケラと笑った彼女は、スーツのポケットを叩きモノが入っているのを確認すると部屋の中央にあるソファの背に腰を預け、先ほど確認したライターと煙草を取り出し火を付ける。
未だに差し込む人工の明かり以外に光のない部屋に小さくて、か弱い赤い光が灯るのと同時に白い煙と煙草独特の匂いが来客の鼻をつき、小さな咳を溢してしまう。
「あぁ、ごめんね。もしかして煙草の煙苦手だった?でもまぁ、慣れた方がいいよ。別の案内はコレとは比べ物にならないくらい臭くて辛いから。その代わり、お金の払いは良いけどね。そこはおねーさんが保証してあげよう」
謝罪を口にしておきながらも、彼女は煙草の火を消すことはなく来客が顔を顰める程の匂いを出す煙草の煙を美味しそうに吸い続ける。
「……ふぅん?覚悟はあると言うんだ。じゃあ、仕方ないね。私は唯の仲介人、『ブローカー』に過ぎないからさ」
ソファから腰を離した彼女は目の前にある戸棚のガラス戸を開けると、暗さが気にならないのかペラペラと何枚か巡っていき、その書類の山から三枚ほど引き抜くと煙草の匂いを纏ったまま来客の方へと歩み寄り書類を差し出した。
「私が貴女に与えられる選択肢はこの三つだけ──さぁ、好きなのを選びな」
黒猫を思わせる金色の瞳が来客の瞳をじっと見つめる。
彼女の名前を誰も知らない、ヘイローがある事から何処かの生徒ではないかと噂をされているが愚かな好奇心に釣られたものは答えを得る事なく、不幸に見舞われ真実はいつも暗闇の中。
分かっているのは『ブラックマーケットの外れに事務所を構えていること』と『仕事を斡旋してくれること』のみで付けられたあだ名が『ブローカー』という事。
そんな噂を頼りにこの事務所にやってきた来客は煙草の匂いすら忘れ、ごくりと唾を飲み込み書類を一つ選んだ。
後日、この来客がとある学園で栽培が試みられているラフレシアの栽培場で熱心に働いている姿が目撃されるのだった。