貞操逆転世界で体液がエリクサーになってしまった男の話   作:あろみんと

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第2話「守るための選択」

 

 

 

 路地裏の隙間から街道を眺める。あの女は仲間を連れてくると言ったが、いったいどれ程かかるのやら。

 

 思い返すのは店に来た借金取りの女。あの人の力量は凄まじく感じた。剣を下ろした時に、とんでもない気迫があったのだ。

 

 まだ5日しか経っていないがあのおどおどした大人しめの店長じゃまず抵抗できないだろう。

 

 借金の額にもよるが金がないと分かったらどうなるか。店の備品を取り押さえられる? いや、そんなものでは済まないだろう。きっと建物、土地ごと奪われるはずだ。そういったことに慣れてそうな手合いだった。

 

 拳をグッと握りしめる。表情に力がこもりあいつら、そして自分を連れて逃げた意気地なし女への怒りが溢れる。

 

 ――せっかく見つけられた居住と職場なのに……!

 

 フィルネスは店長のことが好きだ。もちろんそれは恋愛的でなく人間としての意味で。

 会って間もないのは間違いないが、それでもあの人は良い人だ。行き場の無かったフィルネスに居住と職場をくれた。

 

 この世界の女は下心で手を差し伸べてくる。だが店長は違うのだ、きっと心からの良心で助けてくれている。

 

 だからフィルネスはそんな店長に報いたい。こんなところで立ち止まってはいられないのだ。

 

 フィルネスは足元の割れた小瓶を見やる。その中身はとてつもなく高価なもの、それは間違いないが、ある事情からフィルネスにとっては小瓶代の方が痛い。安くない出費ではあるがまだストックがある。

 それをあいつらに渡せば大人しく帰ってくれるだろう。問題は――そのストックが2階にあるということだ。

 

 フィルネスは唇を噛み締めた。

 

(戻るしかない……!)

 

 割れた小瓶の破片を見つめる。手に取ると、鋭い欠片が指先に触れた。かすかに血が滲むが、それどころではない。

 

(借金取りの女に見つからないよう取りに行けば――)

 

 フィルネスは意を決して立ち上がった。

 

 路地裏から街道へと一歩踏み出す。周囲の目を気にしながら、店へと向かって歩を進める。

 

 だが、視界の端に何かが映った。

 

(あれは……?)

 

 店の前に立って周囲を見渡す筋骨隆々の女、ガナザ。彼女は相変わらず大剣を肩に担いだまま、店の前で苛立たしげに足を踏み鳴らしている。

 

「クソが……あの女、どこ行きやがった。逃げやがって、絶対に殺してやる!」

 

 彼女の声が通りに響く。フィルネスは思わず身を縮めた。

 

(まずい、あの女がまだ店の前に……。でも、行かなきゃ。上に戻らなきゃ!)

 

 フィルネスは奥歯を噛み締め、建物の裏手に回り込む。幸い、この店には裏口がある。厨房に繋がる勝手口だ。

 

(頼む、開いててくれ……!)

 

 ドアノブに手を掛け、そっと回す。ギィ……と小さな音を立てて扉が開いた。

 

(よし……)

 

 厨房に滑り込む。店内は静寂に包まれている。ガナザはまだ前にいるらしく、こちらには気付いていないようだ。

 

(今のうちに……!)

 

 フィルネスは足音を殺して、階段へと向かう。2階の自室まであと少し――だが、

 

「おい、そこのテメェ。どこ行きやがる?」

 

 背後から響いた声。

 ギクリと体が硬直する。振り返ると、そこにはガナザが立っていた。

 

 その鋭い眼光が、フィルネスを捉えている。フィルネスは冷や汗をかきながら、愛想笑いを浮かべた。

 

「い、いやー、ちょっと裏口の鍵が壊れてないか確認してただけですよ! ほら、最近泥棒が増えてるって聞くじゃないですか?」

 

 ガナザは大剣を肩に担いだまま、フィルネスを睨みつける。

 

「……泥棒ねぇ?」

「そ、そうそう! この前もね、うちの店の前ででっかいネズミが走っててさ! これがもう、めちゃくちゃ大きくて――いや、あれはネズミじゃなくて、もしかしてネズミ男だったのかも? あはは!」

 

 自分でもわけの分からないことを言って必死に笑いながら、ゆっくりと後ずさる。

 

 ガナザの目が細まる。

 

「……俺を馬鹿にしてるのか?お前、さっき店長が庇ってたガキだろ?」

「え、あー、いや、あれは……! ただの客です! そう、ただの! 店の従業員なんかじゃなくて、たまたま居合わせただけの!」

 

 ガナザの表情が険しくなる。

 

「ふざけんなよ。お前が一番金になりそうだって言ったはずだろ?」

「な、なんのことですか? 俺なんか全然金持ってないし、借金まみれで――」

「借金まみれのガキが、そんな高そうな服着てるかよ?」

「えっ、これ? いやいや、これ店長の趣味っていうか、制服っていうか、着させられてるっていうか――」

「お前……さっきよくも逃げやがったな。今度は逃がさねぇぞ!」

 

 ガナザが手を伸ばしてくる。

 

「ひぃっ!」

 

 フィルネスは咄嗟に飛び退いた。

 

「待てコラァ!」

 

 ガナザが大剣を振り回しながら追いかけてくる。

 

「助けてー!!」

 

 フィルネスは厨房の隙間を縫うようにして走り出した。階段を駆け上がる。足音を消す余裕などない。

 

 背後ではガナザの重い足音が響いている。階段を踏み抜かんばかりの勢いで追いかけてくる。

 

「待ちやがれぇ!!」

 

 振り返ることなく、フィルネスは自室の扉を開けて飛び込んだ。

 

 バタン!

 

 すぐさま扉を閉め、全力で押さえ込む。

 

(くそっ、入ってくるな……!)

 

 だが、その願いも虚しく、ガナザの大剣が扉に突き立てられる。

 

「開けろコラァ! 俺を馬鹿にしやがって!」

 

 ガンガンと扉が揺れる。今にも蹴破られそうだ。その時、部屋の奥――ベッドの隣の影に気付く。

 

 そこには、一人の女がしゃがみ込んでいた。

 

(あいつは……!)

 

 店長の傍にいた、ガナザの仲間だ。

 

 彼女はフィルネスの隠していた箱を漁っている。中には大量の小瓶が入っていた。

 

「へぇ、こりゃ高そうなもん持ってんじゃねぇか……! こんなにあったら借金もチャラになるんじゃねぇ?」

 

 女はニヤリと笑い、瓶を一本取り出して光に透かして見せる。

 

 フィルネスの顔が青ざめた。

 

(やばい……! あの中身がバレたら……!)

 

「おい、お前! それに触るな!!」

 

 フィルネスは思わず声を張り上げ、女に向かって飛び掛かろうとした。

 フィルネスは女に向かって突進する。しかし――

 

「甘いんだよ、チビが!」

 

 女は片手でフィルネスの腕を掴むと、そのまま軽々と床に叩きつけた。

 

「ぐっ……!」

 

 息が詰まる。体が重力に押しつぶされるような感覚に襲われる。

 

「お前みたいなヒョロガキが、あたしに勝てるわけねぇだろ?」

 

 女はフィルネスの背中に膝を乗せて押さえつける。動けない。全身が痛みに包まれる。

 

「でもまぁ、この小瓶さえあれば借金はチャラになるし、うちのボスも喜ぶだろうなぁ!」

 

 女は嬉々として箱の中の小瓶を次々に取り出していく。

 

(くそっ……! こんな奴に……!)

 

 フィルネスは歯を食いしばる。

 

「返せ! それだけは!!」

 

 必死に体を捻って抵抗する。しかし、女の力は強い。手首を掴まれ、動きを封じられる。

 

「返せ? これがお前のもんなのか? だったらもっと必死に守ってみろよ!」

 

 女は嘲笑いながら小瓶を一本手に取った。その瞬間、フィルネスの目に狂気が宿る。

 

(あの中身がバレたら……!)

 

「なら――いっそ、全部壊してやる!!」

 

 フィルネスは抑えつけられたまま、必死にもがき、足で箱を蹴り上げた。

 

 小瓶が次々に床に落ち、割れる。中身が飛び散り、部屋中に甘い香りが立ち込める。

 

「お、お前……!!」

 

 女の顔が青ざめる。フィルネスは息を切らしながら、してやったりと笑みを浮かべた。

 

「ざまぁみろ……! もう、お前の目的は達成できないぞ!」

「このクソガキがぁぁぁ!!」

 

 女の拳がフィルネスの顔面に叩き込まれた。

 

「ぐっ……!」

 

 視界が歪む。痛みが頭を駆け巡る。

 

 その時――

 

 バンッ!と、扉が蹴破られる音が響き渡る。

 

「おいおい、随分暴れてくれたなあ、クソガキ……」

 

 フィルネスは床に倒れ込んだまま、ぼやけた視界でガナザの姿を見上げた。

 額からは血が滲み、頬も腫れ上がっている。殴られた衝撃で頭がクラクラする。

 

 ガナザは大剣を肩に担いだまま、フィルネスの顔を覗き込むようにしゃがみ込んだ。

 

「へぇ……お前、意外と整った顔してんじゃねぇか?」

 

 指でフィルネスの顎を持ち上げる。その指先は粗暴で冷たい。フィルネスはぞわりと背筋が凍るのを感じた。

 

「くっ……!」

 

 顔を背けようとするが、ガナザの力は強い。無理やり顎を掴まれたまま、彼女の視線が自分の顔をまじまじと舐め回してくる。

 

「細っこいけど、いい体してるじゃねぇか。ほら、もっと見せてみろよ?」

 

 ガナザの手がフィルネスの服の襟元に伸びる。

 

 フィルネスは心の中で叫んだが、声が出ない。恐怖で喉が引きつり、呼吸が浅くなる。

 

「なあ姉貴、そいつ……ヤっちまってもいいんじゃね?」

 

 振り返ると、取り巻きの女が下卑た笑みを浮かべて立っていた。

 

「ここまで好き勝手やられたんだ。黙ってらんねぇよ。見た目は可愛いし、いっそこいつを本当に借金のカタにしちまえば?」

 

 その言葉に、フィルネスの心臓が凍りつく。

 

(そんな……!)

 

 ガナザはニヤリと口元を歪めた。

 

「そうだな……借金返せねぇんだったら、体で払ってもらうってのも悪くねぇか?」

 

 その手がフィルネスの服にかかる。

 

(やめろ……やめてくれ……!)

 

 フィルネスの頭の中で、全身が叫んでいた。求めているのはこういうシチュじゃない、と。もっとロマンチックで、初めては好きな女の子と済ませたいんだ、と。

 

 (こんな筋肉ダルマに……! 絶対に嫌だ……!)

 

 フィルネスの頭の中に浮かぶのは、自分の理想の初めての相手。ふわっとした優しい笑顔の女の子、恥じらいながらも触れてくれる繊細な手。

 

(そうだ……俺は、好きな子と……! こんな奴に初めてを奪われるなんて、冗談じゃない!!)

 

「やめろ……やめろぉ!!」

 

 フィルネスは最後の力を振り絞って、全身を震わせるようにもがいた。

 

「うるせぇ!」

 

 ガナザはニヤリと笑いながら、フィルネスの上着の襟元を掴み――ビリィッ!

 

 布が破ける音が部屋に響く。

 

(くそっ……!)

 

 露わになった肩に冷たい空気が触れる。フィルネスは羞恥心と恐怖で目をぎゅっと閉じた。

 

「おいおい、もっと暴れろよ? そっちの方が興奮するぜ?」

 

 ガナザの手が再びフィルネスの胸元に伸びる。

 

「や、やめなさい……!」

 

 掠れた声が響いた。

 

「……ん?」

 

 ガナザが振り返る。

 

 そこには、フラフラの足取りで立っている店長の姿があった。

 

 顔には青あざができ、腕には血が滲んでいる。

 

「その子に……触るなっ!」

 

 店長は力なくガナザの肩を掴むが、その手には全く力が入っていない。

 

「おいおい、まだ立ってたのかよ?」

 

 ガナザは呆れたようにため息を吐き、店長を見下ろす。

 

「いい加減、大人しくしてろよ。借金女郎が……」

 

 その言葉と同時に、ガナザの拳が振り上げられた。

 

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