貞操逆転世界で体液がエリクサーになってしまった男の話   作:あろみんと

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第3話「砕けた安息」

 

 

 

 ガナザの拳が店長の腹にめり込む。

 

「かはっ……!!」

 

 店長の目が見開かれ、口から血が飛び散った。

 

「いい加減、邪魔くせぇんだよ……!」

 

 ガナザは冷酷な笑みを浮かべながら、店長の腹部を蹴り飛ばした。

 

 店長の体が宙を舞い、壁に叩きつけられてそのまま部屋の外へ転がり出る。

 

「がっ、あ……」

 

 床にうつ伏せに倒れ込んだ店長の口元から、さらに鮮血が滴り落ちる。

 

「店長!」

 

 フィルネスの全身が硬直する。目の前で倒れている店長の姿が、恐怖心を極限まで引き上げる。

 

 全身が震える。心臓が早鐘のように打ち鳴り、息がうまくできない。頭が真っ白になり、涙が滲む。

 店長はピクリとも動いていない、あんな一撃受けて平気なのか、絶対にそんなはずない。だって体が数メートル吹き飛ばされる程の一撃だ。確実に骨は折っている、最悪内蔵破裂も――

 

「おい、まだ泣くなよ? これからもっと楽しませてもらうんだからよぉ」

 

 ガナザの手が再びフィルネスの肩に伸びる。

 

 フィルネスは反射的に身を縮こませた。そんな時、廊下から一斉に駆け上がってくる足音が聞こえた。

 

「ここよ!」

 

 荒い息を吐きながら現れたのは、フィルネスを抱えて逃げたローブの女。そしてその背後に二人の仲間が続いている。

 

 どちらもローブの女と同じく若く、10代後半ほどの少女二人。全員が武器を構え、緊迫した表情で室内を睨みつけている。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 連れてきた仲間のうち、剣を持っているほうが、血を吐いている店長の姿を見て顔を蒼白にした。

 

「こ、これ結構な大怪我だよ! はやく治療してあげないと!」

 

 彼女が拳を握りしめる。店長を介抱している間に残りの2名の視線が部屋の中のフィルネスの方へと移る。

 

 破けた服。露わになった肩。青ざめた顔。涙目で震えているフィルネス。

 

「……な」

 

 ローブの女の目が見開かれ、絶句する。

 

「なんてことを!」

 

 その瞳に怒りの炎が燃え上がる。

 部屋の空気が一瞬で凍りつく。

 

 フィルネスは息を呑んだまま、体を強張らせていた。 店長が蹴り飛ばされ、血を吐いて倒れた光景が脳裏に焼き付いて離れない。まだ心臓がバクバクと激しく脈打っている。

 

 それでも――

 

 部屋の温度が急激に変わるような、冷たい視線がフィルネスの上から降り注いできた。

 

「……男の子にこんなことをするなんて」

 

 ローブの女の声は震えていた。怒りと悲しみと、そして激しい嫌悪感がない交ぜになった声。

 

 フィルネスは顔を伏せたまま、ギュッと拳を握りしめる。自分の上着は破け、肌が露わになっている。冷たい空気がむき出しの肩に触れるたび、全身が震えた。

 

 目の端に涙が滲む。悔しさと恐怖で、心が潰れそうだった。

 

「おい、何だぁ? チビどもが揃いも揃って。姉貴に立てつくってのか?」

 

 ガナザの取り巻きがニヤリと笑う。女は未だにフィルネスの上着を掴んだまま、揺らしている。

 

「ふん。どいつもこいつも、ヒョロガリばっかじゃねえか。借金返せねえガキどもが、俺たちに敵うと思ってんのか?」

 

 ガナザが冷酷な目を細める。彼女の手にはまだ、大剣が握られている。その重量感が部屋全体に圧し掛かるように感じた。

 

「……やめてよ」

 

 ローブの女の声が低く響く。

 

 その目には明確な殺意が宿っていた。

 

「あなた達、男の子に手を出すなんて……絶対に許さない……!」

 

 彼女の後ろにいる二人の少女たちも、武器を構える。 一人は長剣を握りしめ、もう一人は小ぶりなメイスを両手で構えている。

 

「ふん。子供の遊びには付き合ってらんねぇな」

 

 ガナザは大剣を肩から降ろし、床に突き立てた。 ドン、と重々しい音が響き、床が僅かに揺れる。

 

「まぁいいや。全員まとめてぶっ潰してやるよ……!」

 

 その言葉と同時に、取り巻きの女が前に出る。

 

「おっと、その前に!」

 

 彼女は勢いよくフィルネスの首元を掴み上げた。

 

「こいつはどうする? せっかくだし、人質にでもして遊んでやろうか?」

 

 フィルネスは息が止まりそうになる。  胸元に食い込む女の指先が痛い。視界がグラグラと揺れる。

 

「……ふざけるな!!」

 

 ローブの女が叫んだ。その瞬間、彼女の仲間の一人が素早く踏み込んだ。

 

 剣が閃く。

 

 取り巻きの女は寸前で腕を引いてかわした。

 

 次の瞬間――

 

 ガナザが大剣を振り上げる。その一撃は床を砕き、木材の破片が飛び散る。

 

 フィルネスは反射的に身を縮める。

 

 狭い部屋の中では、ガナザの大剣の一撃が巨大な壁のように感じられた。 その度に部屋の壁が砕け、床に亀裂が走る。

 

 ローブの女と仲間たちは攻撃をかわしつつも、フィルネスの方に近づこうとする。

 

「うっ、狭くて動けないっ……!」

 

 助けに来てくれた仲間の少女が、長剣を匠に振り回し牽制する。

 

 しかしガナザが動くたびに壁や床が穴だらけになり、部屋全体が崩壊寸前のように見えた。

 

 フィルネスは床に倒れたまま、震える体を抱きしめた。店長への心配や、ガナザにやられた屈辱、要因はたくさんあるが、そこにこの建物がボロボロになっていくことへの悲しみもあった。

 

 やっと見つけた安定の場なのにどうしてこうも、と自己嫌悪に陥る。

 

 またもガナザの大剣が振り下ろされる。

 

 重々しい轟音と共に床が砕け、木材の破片が四方に飛び散る。狭い部屋の中、ガナザの大剣はそれだけ脅威だった。剣の軌跡が空気を切り裂き、床に深い溝を刻む。

 

「化け物……!」

 

 長剣を持った少女――ルーチェは、汗を滲ませながら後退する。ガナザの大剣の一撃をギリギリで避けるが、その衝撃波が体に伝わってくる。壁際に追い詰められた彼女の顔が焦りに染まる。

 

「おいおい、そんなへなちょこな剣捌きで俺に勝てると思ってんのか?」

 

 ガナザがニヤリと笑い、再び大剣を振り上げる。

 

「くっ!」

 

 ルーチェは剣を構え直し、一閃を繰り出す。しかし、その一撃はガナザの大剣に弾き返される。衝撃で手首が痺れ、剣を持つ手が震える。

 

「ぐあっ!」

 

 今度は取り巻きの女が動いた。小ぶりな短剣を二本構え、ルーチェの背後から襲いかかる。

 

「ルーチェ、後ろ!」

 

 もう一人の少女――ユエナが叫ぶが、間に合わない。短剣の刃先がルーチェの背中に迫る。

 

「っ!」

 

 ルーチェは咄嗟に剣を背後に振り返し、刃を受け止める。しかし、短剣の一撃は重く、押し返される。

 

「へぇ、思ったよりやるじゃねぇか」

 

 取り巻きの女が舌なめずりをしながら押し込んでくる。その筋肉質な腕には明らかに尋常ではない力が込められている。

 

「でも、お前みたいなヒョロガリがあたしに勝てると思うなよ!」

「うぐ、負けるか……!」

 

 ルーチェは歯を食いしばり、全力で押し返す。しかし、相手の腕力には到底敵わない。短剣の刃が徐々にルーチェの剣を押し下げていく。

 

 一方、ユエナは部屋の端で焦っていた。

 

「ルーチェ、大丈夫!? でもこっちも!」

 

 ユエナの目の前には、ルーチェの相手を取り巻きに任せたガナザが立ちはだかっている。彼女の大剣は再び振り上げられ、ユエナに向けて振り下ろされる。

 

「逃がさねぇぜ!」

 

 ユエナは間一髪で床に転がり、回避する。大剣が床を抉り、木屑が舞い上がる。

 

「おっと、足元気をつけろよ? この狭い部屋じゃ、お前らの方が不利だぜ?」

 

 ガナザが嘲笑いながら、ユエナを見下ろす。

 

 ユエナは小さなメイスを構え、ガナザとの間合いを取ろうとするが、ガナザのリーチが圧倒的に長い。踏み込もうにも、すぐに大剣で牽制される。

 

「おいおい、逃げるなよ。遊んでやるからさぁ!」

 

 ガナザが踏み込む度に床板が軋む。その巨体が揺れる度に、部屋全体が地震のように揺れた。

 

 ローブの女は後方でフィルネスの元に駆け寄っていた。フィルネスは未だに震えながら、壁際で蹲っている。

 

「大丈夫!? しっかりして!」

 

 ローブの女がフィルネスの肩に手をかける。しかし、フィルネスの瞳は虚ろで、焦点が合っていない。殴られて意識が朦朧としてるというのもあるが、苛烈な戦場を目の当たりにして現実にいる気がしていなかった。

 

「店長が、店長が……!」

 

 フィルネスの震える声が掠れている。彼の視線の先には、血だらけで倒れている店長の姿があった。

 

 ローブの女は奥歯を噛み締め、周囲を見回す。

 

「狭い、ここじゃ魔法も満足に使えない。どうすれば」

 

 独り言が聞こえてくる。状況は良くないようだった。

 

 狭い空間の中、戦闘は激しさを増していく。

 

 ガナザの大剣が再び唸りを上げる。無差別な攻撃だった。振り下ろされた一撃は床を抉り、木材の破片が飛び散る。破片の一つがルーチェの頬を掠め、細い切り傷ができた。

 

「くっ!」

 

 取り巻きの女は一度離れ様子をうかがっている。ルーチェは剣を構え直し、呼吸を整える。だが、手首が震えている。目の前のガナザの力は圧倒的で、まともに一撃を受ければただでは済まない。

 

「なぁに? まだ立ってんのか? その貧弱な腕で俺に敵うと思ってんのか?」

 

 ガナザの目が冷笑で歪む。次の瞬間、彼女の大剣が横薙ぎに振るわれた。

 

「避けて!」

 

 ユエナが叫ぶ。

 

 ルーチェは咄嗟に後退するが、間に合わない。剣の先端がルーチェの肩を掠め、布が裂ける。鮮血が床に滴り落ちた。

 

「うあっ……!」

 

 痛みに顔を歪めるルーチェ。しかし、その刹那、取り巻きの女がルーチェの背後から飛び掛かる。

 

「甘いんだよ!」

 

 短剣の刃が迫る。ルーチェは振り返る間もなく、その場にしゃがみ込んで回避する。短剣は空を切り、代わりに壁に突き刺さった。

 

「ちっ、すばしっこいガキだな!」

 

 取り巻きの女は舌打ちをしながら短剣を引き抜く。その間にも、ガナザの大剣はさらに床を抉り、破片が飛び散る。

 

「この人たち、なんでこんなに強いの?」

 

 ユエナが震える声で呟く。

 

「借金取りなんかやってるにしては……!」

 

 ローブの女はフィルネスの肩に手を添えながら、その光景を睨みつける。

 

「こんな化け物レベルの力を持ってるのに、ただの借金取り……?」

 

 フィルネスは震えたまま、視線を彷徨わせている。頭の中でぐるぐると回るのは、血を吐いて倒れている店長の姿。

 

(店長を、助けないと)

 

 フィルネスの胸が締め付けられる。頭がクラクラして、意識が遠のきそうになる。

 

「おいおい、まだ終わってねぇぞ!」

 

 ガナザの声が響く。彼女は再び大剣を振り上げ、ユエナに向かって振り下ろす。

 

「もうっ!」

 

 ユエナは咄嗟にメイスを構え、防御態勢を取る。しかし、大剣の一撃は重く、ユエナの体ごと床に叩きつけられた。

 

「ぐぅっ……!」

 

 床が軋み、ユエナの背中に激痛が走る。視界が歪み、呼吸が乱れる。

 

「ユエナ!」

 

 ルーチェが叫ぶが、取り巻きの女が再び短剣を構え、ルーチェの前に立ち塞がった。

 

「どこ見てんだよ。お前はこっちの相手だろ?」

 

 ルーチェは歯を食いしばりながら、再び剣を構える。だが、その刹那――

 

 ――ピィーーーッ!!

 

 甲高い警笛の音が建物の外から響き渡った。

 

 全員の動きが一瞬止まる。

 

「……なんだ?」

 

 ガナザの眉間に皺が寄る。

 

「衛兵の……警笛?」

 

 ローブの女がハッと顔を上げる。

 

「ふふっ、あんたたち……逃げなくていいの? 衛兵が来るわよ?」

 

 ローブの女が挑発的に微笑む。ガナザと取り巻きの女の表情が一気に険しくなる。

 

「チッ……! 面倒くせぇ……!」

 

 ガナザは舌打ちをし、大剣を肩に担ぎ直した。

 

「逃げるぞ!」

 

 取り巻きの女も短剣を収め、ガナザの後を追って廊下へと走り去る。

 

 その背中を睨みつけるように、ローブの女は深く息を吐いた。

 

「……ねえ、大丈夫? しっかりして……!」

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