貞操逆転世界で体液がエリクサーになってしまった男の話   作:あろみんと

4 / 4
第4話「自分なりの治癒術」

 

 

 

 ガナザたちが去った後、部屋には一瞬だけ静寂が訪れた。

 

 それは、嵐の後の不気味な静けさのようだった。フィルネスはぼんやりとした視線のまま、瓦礫の散らばる床を見つめていた。

 

 破れた上着の隙間から冷たい空気が肌に触れる。あまりの屈辱で、体が震えていることさえ気づけない。

 

「大丈夫?」

 

 ローブの女が駆け寄り、優しく肩に手を置いた。

 

 その手は温かく、安心感を与えるものだった。だが、フィルネスの心はまだ現実に追いついていない。

 

「て、店長が」

 

 掠れた声で呟く。ローブの女はフィルネスの乱れた服に気づき、自分のローブを脱いでそっと被せた。

 

「もう、大丈夫だから。少し落ち着いて……」

 

 しかし、フィルネスはその言葉を聞いていなかった。ローブが肩にかかる感触などどうでもよかった。

 

 頭の中を支配しているのは、店長の姿だけだ。

 

(助けなきゃ……あのままじゃ、死んじゃう)

 

 フィルネスは震える手でローブを掴むと、立ち上がろうとした。足元がふらつき、視界が歪む。

 

 ――けれど。

 

 彼の目はただ一つの光景だけを捉えていた。

 

 血まみれで倒れている店長の姿。

 

 フィルネスは立ち上がり、ふらふらとした足取りで店長のもとへ向かおうとする。

 

「待って! 無理しないで!」

 

 ローブの女が慌ててフィルネスの腕を掴む。

 

「離してくれ!」

 

 フィルネスは振り払おうとするが、力が入らない。ローブの女の手は優しくも強く、フィルネスを抱きしめるように支える。

 

「そんな状態で行っても、あなたが倒れるだけよ!」

「そんなの関係ない! 助けなきゃ!」

 

 フィルネスがこんなにも躍起になっていることには理由があった。店長には恩があるから……もちろんそれもあるが、それ以上が存在する。

 

 ――フィルネスには、彼女を救う手立てがあったのだ。

 

「……わかった。じゃあ、一緒に行こう。絶対に助けるから」

 

 ローブの女はフィルネスの肩を抱き寄せながら、優しく囁いた。

 その声には確かな決意が込められていた。

 

 フィルネスはローブの女に支えられながら、ふらつきながらも店長の元へ向かう。

 瓦礫の散らばる床を踏みしめ、血の匂いが鼻腔を突き刺す。

 

「ねぇ、もしかして……治癒魔法が使えるの?」

 

 ローブの女がフィルネスに問いかける。その声には希望の色が滲んでいた。

 

 フィルネスは一瞬だけ彼女の方を見やるが、すぐに視線を店長へと戻す。

 

「使えない」

 

 その言葉は短く、感情のこもっていないものだった。

 

「……じゃあ、何のために?」

 

 ローブの女が眉をひそめる。

 

 だが、フィルネスはその問いかけを無視するように前へ進んだ。

 足元がふらつき、倒れそうになるたびにローブの女が支えてくれる。

 

 店長の元にたどり着いた時、ユエナが必死の形相で治癒魔法をかけている最中だった。

 彼女の両手が淡い緑色の光に包まれ、店長の傷口に当てられている。

 

「お願い、治って!」

 

 ユエナは力を込める。だが――

 

「だめです。傷が深すぎます……」

 

 彼女の声が震える。治癒魔法の光が弱まり、消えかけている。

 店長の顔色は青白く、唇は血の気を失っている。

 

「まだ、もっと、力を込めないと……!」

 

 ユエナは再び光を放とうとするが、その手が震えていて集中できない。

 

 その光景を見たフィルネスは、奥歯を噛み締めた。そして、荒い息をつきながらユエナの肩を掴む。

 

「部屋に運んで」

「えっ……?」

「この人を、俺の部屋に運んで」

 

 フィルネスの目には決意の光が宿っていた。その目を見たユエナは戸惑いつつも、頷く。

 

「わ、わかりました。でも、そんな怪我をして」

「俺のことはいいから早く」

 

 フィルネスの声は震えていたが、その言葉には確かな力が込められていた。ユエナはルーチェに目配せをし、二人で店長の体を優しく抱え上げる。

 

 その間、フィルネスはその場に立ち尽くし、深呼吸を繰り返していた。

 冷たい汗が背中を伝い、心臓がドクンドクンと激しく鼓動を打つ。

 

(大丈夫、間に合う、絶対に)

 

 そして、店長が部屋に運ばれたのを確認すると、フィルネスは一歩一歩、確かな足取りで部屋の中へと向かって歩き出した。

 

 その背中を、ローブの女は何か言いたげな顔で見送っていた。

 

 ルーチェが戸口に立ったまま、フィルネスを見つめる。

 

「……あの、私たちも何か手伝え――」

 

「出てって」

 

 短く言い放ったその言葉に、ルーチェとユエナが目を見開く。

 

「えっ? でも、その人が――」

 

「いいから!」

 

 フィルネスの声は震えていた。

 

 痛みで顔が歪んでいるのを隠すように、顔を伏せる。その肩はまだ小刻みに震えている。

 

「……お願いだから、出てってくれ」

 

 何かを堪えるように唇を噛み締めながら、フィルネスは言葉を絞り出す。その声には焦燥と、ほんの僅かな羞恥が滲んでいた。

 

「絶対に、店長を助けるから。頼むから、見ないでくれ……」

 

 ルーチェは困惑しながらも、フィルネスの表情にただならぬ決意を感じ取り、ユエナに目配せする。

 

「……わかった。何かあったらすぐに呼んでね」

 

 ルーチェが部屋を出る。

 

 静寂が部屋を包んだ。

 

 フィルネスは重く息を吐き出し、辺りを見渡す。誰もいない。

 店長の身体は荒い息を吐きながらも、今にも命が尽きそうなほど血の気を失っている。

 

 フィルネスは震える手で服の裾を握り締める。

 

「……やるしか、ない」

 

 冷たい汗が額を伝い、全身の痛みが強く意識にのしかかる。

 

 これは別に恥ずかしいことじゃない。人助けだ。決してそこに煩悩は存在しない。羞恥心はあるが至って健全な行為だ。

 

 何度も何度も言い聞かせて、ズボンに手を掛ける。フィルネスの治療行為が始まった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ディストピア世界の悪徳企業CEO(自認)(作者:ねうしとら)(オリジナルSF/戦記)

世界を巻き込む大災害が発生し、ほぼすべての人類が死滅した世界にて。人類最後の楽園である超巨大都市国家『エデン』は、その名とは裏腹に階級制度が完全に定着したディストピアな社会であった。▼未知の物質によって汚染された外界、限られた資源。超能力に目覚めるごく一部の人類と外界に蔓延るモンスターたち。▼そんな人類詰みかけディストピア世界で有数の大企業のトップとなった主…


総合評価:10496/評価:8.63/連載:12話/更新日時:2026年05月15日(金) 21:34 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>