【完結】カルカとモモンガに救済を!   作:ペリカン96号

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拙い文章で読みずらい、理解しずらい点多々あると思いますが、お楽しみいただければと思います。
感想、評価、是非お待ちしております!


第13話 赫怒

予想だにしなかった蒼の薔薇との話し合いを終えたウルは、『セバスに聞いといてよかったー』くらいの軽い気持ちで王都を歩いていた。

 

当初の予定とは少しずれたが、冒険者ギルドを出た後、娼館がある裏通りを歩く。

 

イビルアイから忠告された通り、計画なき襲撃をする気はなかったが、一度場所の確認と周辺の地理を見る必要性があると感じていた。

 

…しかし、結果から言えば、ウルはこの異世界に来てから初めての…最も怒りを抱く出来事と遭遇することになる。

 

事の発端は、鉄の重たそうな扉から投げ出された大きな布袋であった。

 

日が傾き始め、視界が悪くなってきてはいたが、中に詰まっている物が、ぐにゃりと形を変えるのが、分かる。

 

先の扉は開いているものの、ゴミでも捨てるようにその布袋を放った人物は中に戻ってそれ以降なんのアクションも起こさない。

 

ポイ捨てするにも限度ってものがあるだろ…と思ったウルであったが、その思いは一瞬で停止することになる。

 

布袋に近づき、離れようとした際、袋から伸びた細い腕に、ズボンのすそを掴まれたのだ。

 

目を見開いて袋を見る。そして、捉えてしまう。

 

「は…?」

 

袋から姿をみせている半裸の女性をーー。

 

袋の口が、大きく開き、女性の上半身が外に出ていた。

 

青い瞳は力なくどんよりと濁りきっている。

 

ぼさぼさに伸びた肩に届くくらいの髪は、栄養失調のためかボロボロになっていた。

 

顔は殴打によってボールのように膨らんでいた。

 

枯れ木のような皮膚には爪くらいの大きさで、淡紅色をした斑点が無数にできていた。

 

ガリガリに痩せ切った身体に、生気などほんの少しも残ってはいなかった。

 

だが、まだ辛うじて生きている。

 

「生きて…いるのか?なにが…何があった…」

 

ウルは、今までにない震えた声で女性に話しかける。

 

…恐れての震えではない。

 

心の底から煮えたぎるようにして湧き上がる、怒り…憤怒の震えであった。

 

何があったかなど、分かりきっている。

 

彼女が放り出されたその扉は、自身が嗅ぎまわっている娼館なのだから…。

 

ウルが女性に手を伸ばそうとした瞬間、鉄の扉が開かれる。

 

だが、それに一瞥もくれない。

 

「おい、消えな…」

 

「…これは…なんだ?」

 

男の声に、ゆっくりと、低く唸るようにしてウルは声を発した。

 

ウルから溢れ出る圧倒的な雰囲気に、男は身じろぐ。

 

「しょ、娼婦だよ…い、いらなくなった…。あ、あんたには関係ない…ブチュッ!」

 

男の上半身が吹き飛ぶ。

 

噴水のように血飛沫を上げ、残った下半身がぐらぐらと揺れ動きながら体勢を崩す。

 

その間に、ウルは女性を抱きかかえるようにして座り込み、腕に抱く。

 

その顔に、表情はない。

 

そして、男の下半身が地面へと接するのと同時に、ウルと女性は一瞬で姿をかき消した。

 

 

カリンシャにある、ウルの屋敷『白銀の館』。

 

勿論、ウルが名付けたものではなく、カリンシャの住民が名付けた屋敷名である。

 

さて、その屋敷の大広間で、いつものように掃除をしていたルカは、屋敷の正面扉が開かれるのを見て、ゆっくりと口を開く。

 

「おかえりーーー」

 

しかし、その出迎えの言葉は、最後まで紡ぐことはなかった。

 

それは、ウルが抱える女性を捉えてのモノであった。

 

そして、デミウルゴス並みの頭脳が、それが一体なんであるのかを察してしまう。

 

「ウル…その女性は…」

 

ウルは一切答えない。

 

ルカを一切視界に入れず、ゆっくりと歩みを進める。

 

そして、ルカの横を通り過ぎるのと同時に、ようやく、小さく、流れるようにして言葉を発した。

 

「…お湯とタオル…お粥を用意してくれ…」

 

「…ええ」

 

ウルの呟きに、これからの行動の全てを察したルカは、クルミを呼びつけ、互いにそれぞれ指定されたものを準備し始めた。

 

 

ウルは、屋敷の一室にある清潔なベッドに彼女を寝かせると、掌を向ける。

 

「『調査(インヴェスティゲィト)』」

 

魔法によって、彼女の肉体情報を認知する。

 

梅毒に、二種類の性病。肋骨の数本及び指にヒビ。右腕及び左足の腱の切断。前歯の上下は抜かれ、多数の内臓不全。裂肛。薬物中毒。打ち身や裂傷多数…。

 

ここで、ウルは魔法の発動を停止させる。

 

まだまだ認知できる情報はあったが、これ以上はウルのなかで何かが弾け飛んでいしまうと感じたからだ。

 

ウルはギリッと歯ぎしりをして見せる。

 

それと同時に、クレマンティーヌが入室してくる。

 

お湯とタオルを持ってきてくれた様子であった。

 

しかし、クレマンティーヌはなにも言わない。

 

雰囲気で理解していた。

 

ウルが怒り狂っていることを。

 

出会った時のことを思い出し、足が震える。

 

だが、その怒りを否定することはできなかった。

 

出来ようはずもなかった。

 

理由を、ルカから聞いていたから。

 

クレマンティーヌはゆっくりと歩みを進め、テーブルへとお湯の入った桶とタオル、清潔な着替えを置いたその時…。奇跡を目にした。

 

「『大治療(ヒール)』」

 

その奇跡とは、ウルが発動した魔法であった。

 

信仰系第6位階魔法である。

 

あらゆる傷を癒し、あらゆる病を回復させる魔法。

 

噂でしか聞いたことのない魔法であった。

 

驚きで、目を見開く。だが、その驚きを口にすることはできなかった。

 

できるような雰囲気ではなかった。

 

ボロ雑巾のようになっていた女性の身体は、まるで嘘のように本来の身体の輝きを取り戻していた。

 

クレマンティーヌがそれを認識するのと同時に、ウルが振り向く。

 

クレマンティーヌは思わず息を呑む。

 

今迄…初めて会った時ですら見たことのないような怒りが、無表情ながらウルの顔に現れていたからである。

 

だが、それとは裏腹に、ウルの声は、非常に冷静なものに聞こえた。

 

「悪いが、身体を綺麗に拭いてやってくれ…」

 

「う、うん…。わかった…」

 

ウルは少しふらつきながら、ゆっくりと部屋の扉の前まで移動し、歩みを止める。

 

「…お粥を取ってくる…」

 

ウルはそう言って、その部屋を後にした。

 

 

 

クレマンティーヌとウルが、女性のいる一室の前ですれ違うことはなかった。

 

クレマンティーヌが身体を拭き終えるタイミングと、ウルが出来上がったお粥をもってくる時間がずれたためである。

 

ウルはお粥が乗っているお盆を手に、一室の扉をノックする。

 

返事はなかったが、中で人が動く気配を感じ取り、静かに押し開いた。

 

ベッドの上には、一人の少女が寝起きなのか非常にぼんやりとした表情で、半身を起こした状態でいた。

 

まさに見違えるように回復していた。

 

ぼさぼさで薄汚れていた金髪は、今では綺麗な艶やかさを見せている。

 

こけて落ちくぼんでいた顔は、肉付きを取り戻している。

 

カサカサに割れていた唇も、健康的なピンク色に戻っていた。

 

愛嬌のある可愛らしい女性であった。

 

およそ10代後半であろうか…。だが、地獄のような日々を味わったからか、顔には年齢以上の重みが感じられる。

 

用意されていた白いネグリジェに身を包んでいる。

 

「肉体は完全に癒えたと思いますが…。いかがですか?」

 

先ほどまで、怒りそのものと言えるほどに狂気を宿していたウルであったが、その一端すら感じさせない優しい声で呟く。

 

返事はない。その目は、ウルを捉えようともしていない。

 

だが、ウルは気にせず言葉を続ける。

 

「お腹がすいていませんか?お粥を持ってきました」

 

匂いに反応し、女性の顔がわずかに動く。

 

「どうぞ、お召し上がりになってください」

 

ウルは、彼女の前にお盆を差し出す。

 

彼女はゆっくりと手を動かし、スプーンを持ち、お粥を掬い上げ、口元に運び、嚥下する。

 

女性の目が少しだけ動く。本当にわずかだが、動く。

 

もう片方の手がブルブルと震えながら動き、ウルから器を受け取る。

 

ウルは手を添えたまま、彼女が置きたいであろう場所に器を動かす。

 

そして、彼女は服が汚れるのもお構いなしに勢いよくお粥を流し込む。

 

そうして、彼女は食べ終えると、ふぅとため息を漏らす。

 

そしてその瞼が閉じられる。

 

満腹感、清潔で肌触りの良い服、清潔さを取り戻した身体などの相乗作用が彼女の精神を緩め、睡魔に襲われだしたのだ。

 

だが、目が閉じられた瞬間、彼女は大きく目を見開き、怯えるように身を縮めた。

 

…その様子が、ウルの心にまたも怒りの炎をともす。

 

そして、ウルは安心させるようにして、優しく話しかける。

 

「身体が睡眠を欲しているのです。無理はせず、ゆっくりとお休みください…。ここにいれば、何も怖いことはありません。この私が、命に代えて保証します。目を覚ましても、このベットの上にいますから…」

 

初めて女性の目が動き、ウルを捉える。

 

青い瞳には、さほど光はなく、力もない。

 

口が僅かに動き、閉ざされる。それを何度かくりかえる。

 

ウルは急かすことなく、じっと彼女を優しいまなざしを以て見つめる。

 

「あ、あり…う…ござい…ます…」

 

やがて唇を割って、小さく声が出てくる。

 

自分の置かれている状況ではなく、最初に感謝の言葉が口に出る。

 

それが、彼女の性格を表していて、ウルは再度心が抉られる感覚を覚える。

 

「お気になさらずに…。私が拾い上げたからには、あなたの身の安全は確実に保証いたします」

 

少しばかり女性の目が見開かれた。それから、口が震えた。

 

青い瞳が潤み、ボロボロと涙が零れる。

 

それから火が付いたように女性は泣き出す。

 

やがて、泣き声に呪詛が混じりだす。

 

己の運命を呪い、その運命を与えた存在を憎悪し、助けがこれまで訪れなかったことを恨む。

 

しだいに、その恨みはウルにも向けられる。

 

なんでももっと早く助けてくれなかったのか…。

 

なんで…なんで…。とウルに罵詈雑言を浴びせる。

 

彼女は頭を掻きむしり、ブチブチとという音と共に、髪が抜け落ちる。

 

ほっそりとした指に、金の糸が絡まる。

 

ウルは、彼女の狂乱を黙って見守る。

 

彼女の恨み言は全くの的外れであったが、それでウルが怒りを宿すことはなかった。

 

ウルは、身を乗り出して彼女の身体を抱きしめる。

 

一瞬だけ彼女の身体が硬直すると、今まで彼女の身体を貪ってきた男たちとは違う抱き方に、凍り付いた身体が僅かに緩んだ。

 

「もう大丈夫…大丈夫だから…。大丈夫…」

 

その言葉を呪文のように何度も唱える。

 

彼女は、一瞬だけしゃくりあげ、それからウルの言葉を噛みしめるようにして、彼女はウルの胸に顔を埋めて泣き声を上げた。

 

その泣き声は…先ほどとは少し違うものに感じた。

 

時間が経過し、ウルの胸元が彼女の涙で完全に濡れた頃、ようやく彼女の泣き声が止んだ。

 

彼女はゆっくりとウルから離れ、真っ赤になった顔を隠すように俯く。

 

「ごめ…なさい…」

 

「気にしないでください。あなたのような美しい女性に胸を貸したというのは、男にとって誇らしいことですから」

 

ウルは、自身の袖を引き寄せると、彼女の顎に手をやり、涙を拭って見せた。

 

「あ……」

 

ウルは微笑みかけると、彼女からゆっくりと離れる。

 

今はまだ、そっとしておくべきだと感じた。

 

そうして一歩踏み出したところで、ウルはあることに気付いた。

 

聞いてもいいのかどうか迷ったが、口を開く。

 

「もしよろしければ、お名前をお聞かせいただいてもよろしいですか?」

 

「あ、わた……は、ツ、ツア……ツアレ…です」

 

「ツアレさんですか…よい名ですね。あ、そうでした。私が名前を言っていませんでした…。私はウルと申します。ここ、聖王国のカリンシャで冒険者をしている者です」

 

「ウル…様……」

 

ツアレは、小さく、それでいて少し嬉しそうに呟いた。

 

そんなツアレを見て、ウルは小さく微笑んで見せた。

 

「さあ、今日はゆっくりと休んでください。あなたのこれからは…後ほど話し合いましょう」

 

「は…い…」

 

ツアレが横たわるのを見届け、ウルは部屋を後にした。

 

…そして部屋を後にし、廊下へと身を移動させたウルの顔が、徐々に怒りを含んだものに変わっていくのを、ツアレは知る由もなかった。

 

 

デミウルゴスは、セバスとソリュシャンが王都で拠点としている屋敷の一室で、今までにない緊張と恐怖、不安を抱きながら直立していた。

 

辺りを見回すと、アインズ様とアルベド、各階層守護者、そしてプレアデスの姿も見られた。

 

皆一様に、デミウルゴスと同じように緊張と恐怖を滲ませているのが窺える。

 

あのアインズ様ですら、一切の言葉を発することなく何かを待っているようである。

 

理由は分かっている。

 

ウル様が今迄になく怒り狂っているのだ。

 

当初、理由を聞かされずにアインズ様からこの情報が齎された際には、自身のミスを疑った。

 

ウル様を怒らせる何かをしたのではないか、若しくは他の守護者や僕が何かをしでかしたのではないかと。

 

シャルティアの一件と、リザードマンとの友好的な関係構築にひと悶着があったことで、デミウルゴスは後がないと感じていたのだ。

 

これ以上のミスは許されない…。そう思っていた矢先、ウルの怒りである。

 

動揺など通り越し、生きた心地すらなかった。

 

大まかな流れと経緯は、アインズ様から聞いていた。

 

故に、怒りの矛先が自分たちでないということははっきりしていたので、些少の安心感を得ていた。

 

理由を聞き、特にデミウルゴスとアルベドは、ウルの怒りを理解するに至っていた。

 

恐らく、アインズ様もそれは同じであろう。

 

そのように考えていると、皆が集まる一室に、ウルが入ってきた。

 

いつものような陽気で明るい雰囲気はない。

 

怒りと憎しみに支配されたような雰囲気を纏っている。

 

それを認識し、デミウルゴスは思わず足が震える。

 

他の者も緊張と恐怖がピークに達していることが窺える。

 

ウルが、この部屋にいるものを一瞥し終えると、ゆっくりと口を開いた。

 

「話は聞いてるな…」

 

ウルの言葉に、アインズ以外が頭を下げる。

 

「協力してほしい…」

 

「…もちろんです…。ウルさんの怒りを生みだした八本指は、アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて誅殺します」

 

ウルの言葉に、アインズが静かに、同じように怒りを込めて口を開いた。

 

「デミウルゴス…」

 

「はっ!」

 

「お前の計画を早めることになる…すまない…」

 

「滅相もございません!!ウル様…先ほどお伝えした内容が全てになりますが…」

 

「それでいい…。修正点はない…。だが、無関係なもの、罪なき者を殺すことは許さない」

 

「はっ!承知いたしました!!」

 

ウルの低く唸るような言葉に、デミウルゴスは最大の敬意をもって答える。

 

「…俺の動きは…デミウルゴスとアインズさんに伝えてある…。共有してもらえ…」

 

ウルはそう言い残し、立ち去ろうとするが、ある者の言葉で足を止めた。

 

「ウル様…一つだけ、お聞きしてよろしいでありんすか?」

 

「…なんだ?」

 

ウルはシャルティアの質問に、短く疑問を投げかける。

 

「ウル様が、そこまでお怒りになる必要があるんでしょうか?」

 

シャルティアの質問に、これまでに流したことのない冷や汗を生み出したのは、アインズとアルベド、デミウルゴスであった。

 

ウルの身体がぴくッと震える。

 

「お、おまえ…」

 

アインズが思わず支配者ロールを忘れて止めに入るが、すでに時遅しであった。

 

「んな…ことも…」

 

ウルから不穏なオーラが漏れ出す。

 

「そんなこともっっ!!!!わかんねーのかっっっ!!!!!!!」

 

ウルの怒号が、屋敷中に響き、揺らす。

 

まるで地震が起こったかような様相と恐怖に、プレアデスの面々は腰砕け、床に座り込む。

 

守護者たちですら、恐怖で身体の震えが止まらない。

 

マーレとアウラに至っては、涙を滲ませている。

 

「も、もも、申し訳ございません!!!」

 

シャルティアは、光の速さで土下座をして見せる。

 

その身体は見たこともない様子で震えていた。

 

「なあ…想像してみろよ…。お前らの創造主がっ!!至高の41人が!!!同じような仕打ちを受けていたらっ!!!!てめーらはどう思うんだ!!!!ああっ!!!!!」

 

その場にいるアインズ以外が、ウルの言葉を理解し、想像する。

 

許せるはずもない。殺してもまだ足らない。

 

身体の震えが、ウルへの恐怖からその想像したイメージへの怒りへと変換される。

 

「ウルさん…どうか落ち着いてください…私からも謝ります。申し訳ありません」

 

「あ、浅はかな質問であったこと…お、お許しください…」

 

アインズの動揺しきった謝罪と、シャルティアの怯える子どものような声に、ウルはようやく冷静さを取り戻す。

 

「いや、俺の方こそ悪かった。冷静じゃなかった…許してほしい…。申し訳ない…」

 

ウルが深々と頭を下げて見せる。

 

その姿に、皆が驚き、目を見開く。

 

「ウル様が謝る必要はございません!!すべてはシャルティアの浅はかで愚かな質問によるものです!!!」

 

アルベドが、悲痛の叫びと言った感じで声を張り上げる。

 

「…無理に協力してくれなくていい…。元はと言えば俺が勝手に怒って俺が勝手に潰したいってだけの話だ…。アインズさん、降りてくれてかまわない…」

 

アインズは赤い目を光らせて、がばっと立ち上がる。

 

「そんなことできませんよ!!ウルさんは私にとってかけがえのない友人だ!!そんなウルさんを苦しませ、挙句怒らせた八本指を野放しにはできない!!これはウルさんだけの問題じゃない…。アインズ・ウール・ゴウンの怒りだ!!…私も、ウルさんと同じくらい…怒り狂っているのですから…!」

 

この怒りは、単にウルが怒っているからそれに乗っかって、というモノではない。

 

今や冒険者として、現地の友ともいえるチーム、漆黒…いや名を変え、黒の剣として活動する、とある男性(女性)との関係性に起因する。

 

ウルが助け出したツアレという女性は、アインズがモモンとして活動していた際に知り合った、ニニャという冒険者の姉であったのだ。

 

それを知った段階で、アインズの怒りもウルと同等程度にまで膨れ上がっていた。

 

故に、この一件をただ指を咥えてみているわけにはいかなかったのだ。

 

「…ありがとう…。それからシャルティア…」

 

「は、はい…」

 

シャルティアは、未だ土下座の姿勢から一切身じろぎしていない。

 

「…すまなかった…」

 

「ウ、ウル様が謝られる…あっ…」

 

ウルは、シャルティアを優しく抱きしめた。

 

その姿に、全てのものが驚いた。

 

「許せ…代わりに、俺もお前の全てを許す…」

 

「ウル…様…///」

 

シャルティアは、本来では感じることのないウルの体温を感じるような感覚を覚え、静かに溜まっていた涙を床に落とした。

 

 

 

「失態だな…シャルティア…」

 

アインズは、ウルが立ち去った後、暫く続いた沈黙を破って口を開いた。

 

「大変申し訳ありませんでした。アインズ様…このシャルティア、いかなる罰も…」

 

「よい、ウルさんがお前の全てを許した。それに異議を唱える必要性はない…ないが…。そうだな…」

 

アインズは何かを考え込むようにして、顎に手を当てた。

 

「…先の発言が、ナザリック最大の危機であったことは理解しているか?」

 

「…はい。もしウル様が怒りを御鎮めになられていなければ、ナザリックは崩壊の危機にありました…」

 

シャルティアは、猛省も猛省と言った様子で苦悶の表情を滲ませる。

 

「そうだ…。ウルさんを敵に回せば、ナザリックに未来はない…たとえ立て直せたとしても…その後の維持に多大なる影響を与える…。復活出来ない僕も出てくるだろう…」

 

アインズは低く呟きながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「今一度心に留めておけ!!ウルさんは、ナザリックにおいて、至高の41人と同等の存在である!!お前たちがどう思うかは知らんが、これだけは譲ることはできない!!!今後も十分に頭と心に留めておけ!!」

 

「「「「「はっ!!」」」」」

 

そう言い残し、アインズは転移で一室を後にした。

 

皆が折っていた膝を戻すと、デミウルゴスがゆっくりと未だ怒りを滲ませながら言葉を発した。

 

「シャルティア…今回はアインズ様とウル様がお許しになられたから、私からこれ以上言及するつもりはありませんが…。もし次同じようなミスをしたときは、たとえお二方が許しても、私が許しませんよ」

 

「デミウルゴスに同じです…シャルティア、これは守護者統括としての言と捉えなさい」

 

「承知したでありんす…」

 

デミウルゴスとアルベドの言葉に、シャルティアは反論することなく俯く。

 

「それならば、これ以上言うことはありません…。さて、ではこれからのことをお話ししましょう…。今回の八本指の誅殺についてです。これは、以前にもお話した災厄の大魔皇についても進めるものとし………」

 

そうしてデミウルゴスは淡々と、今回の作戦について説明を始めた。

 

 

屋敷から立ち去ったウルは、大きなため息をつき、深く反省の色を見せていた。

 

怒りに身を任せ、冷静さを欠いていた。

 

王都の路地に入り、すぐさまアインズにメッセージで再度謝罪をした。

 

アインズが大切にしているNPCに怒りの矛先を向けてしまったのだ。

 

だが、思いとは裏腹に、アインズからも謝罪の言葉があった。

 

シャルティアの心無い発言の謝罪であった。

 

しかし、それに関しては致し方ないことであると、冷静になった今ならそう思えていた。

 

それをアインズに伝えると、であればウルの怒りも致し方ないものであるとフォローされた。

 

人間である以上、人間に加担するのは当たり前であり、加えてアンデットである自分のように精神抑制がない。

 

アインズはそれを考慮し、ウルを気遣ってくれた。

 

ウルは感謝の意を示し、伝言を切り、再び歩みを進めた。

 

 

 

そのまま路地を進み、少し大通りに出ると、何やら人だかりができていた。

 

耳を澄ませると、怒号のようなものが聞こえた。

 

ウルは詳細を確認するため、人込みを縫うようにして先に進む。

 

目の前で、小さな子供が大人数人にリンチにされていた。

 

「おい、やりすぎだ」

 

「ああ?なんだてめーは?」

 

ウルは睨みつけながら近寄ってくる大男の顔面に目にも留まらぬ速さで拳を叩きこむ。

 

男は数メートル吹き飛ばされ、地面に落下する。

 

それを見ていた他の仲間らしき男たちは、動揺しながらもウルの顔と胸元を確認する。

 

「お、おい!こいつ、聖王国の…」

 

「アダマンタイト級冒険者…白銀のウルだ!」

 

既に戦意喪失といった様子で、完全に怯え切っていた。

 

そんな男たちに、ウルは止めとばかりに剣の柄に手を添える。

 

「まだ、やるか?」

 

「ひ、ひぃ…。すみませんでしたー!!」

 

男たちは情けない声を上げながら、走り去っていった。

 

ウルは一呼吸置き、リンチされていた子どもへと振り向く。

 

と同時に、青年らしき男の声が聞こえた。

 

「大丈夫か!しっかりしろ!!ポーションだ…飲めるか?」

 

ウルはそれを横目で見て、ふっと小さく笑う。

 

この街もまだ、捨てたもんじゃないな…などと心の中で思いながら、歩き出した。

 

 

さて、そんなウルが違和感を覚えたのはその直後であった。

 

誰かにつけられているような感覚である。

 

誰が、何時からつけているのかは明白であったが、用があるのか問いただす意味も込め、少し入った先の路地で足を止める。

 

案の定、後をつけていた男も同じように路地に入ってくる。

 

「あの、お待ちください!!」

 

「ん?何かご用ですか?」

 

その男をじっと見る。

 

先ほどリンチにあっていた子どもに、ポーションを渡していた青年であった。

 

「…まずはお名前を聞いても?」

 

「私はクライムというもので、この国の兵士の一人です。本来であれば、私の仕事を代わりにやっていただき、ありがとうございました」

 

「とんでもないです。当たり前のことをしたまでですか…あ、そうだ。私の方がまだ名乗っていませんでしたね…。私は…」

 

「聖王国のアダマンタイト級冒険者、白銀のウル様ですよね。お噂は兼ねがね…」

 

クライムはそう言うと、軽く頭を下げて見せる。

 

「ええ、ご存じでしたか…。それで、お引き留めになった理由をきいてもよろしいですか?」

 

「あの、もしよろしければ…私に稽古をつけてはいただけませんか?」

 

「稽古…ですか?それは一体どういう意味でしょうか?」

 

「私はより強くなるために、日々研鑽を積んでいるのですが…。あなた素晴らしい功績をお聞きしていたのと同時に、先ほどの素晴らしい動きを見て、是非にと思いまして…」

 

ウルは、少しばかり悩んで見せる。

 

この世界に転移してからずっと疑問に思っていたことがあった。

 

それは、『この世界においても、レベルアップという概念があるのか』である。

 

ウルはすでにカンストであるレベル100であるため、自身で死に蘇生してレベルを下げる以外に確認のしようがない。

 

作成したNPCでやるという手もあるが、屋敷から離れさせるつもりはなかったため、それもできなかった。

 

加えて、クレマンティーヌだけでなく、ツアレを抱えている以上、その思いはさらに増していた。

 

故に、この青年で実験してみるというのもありかなと考えていた。

 

「なるほど…ちなみに、なぜ強くなりたいのですか?」

 

「そ、それは…」

 

クライムは、ウルの言葉を聞き、少し俯いて見せる。

 

そして、先の質問に答える形で、一人の女性を思い浮かべる。

 

自身を地獄のどん底から救ってくれた、金髪の美しい女性であった。

 

「男…ですから…」

 

「…なるほど」

 

ウルは、顔を少し赤らめて答えるクライムに、些少の笑顔を見せる。

 

「そうですね…。ではまずは両手を見せて頂いてもよろしいですか…?」

 

「は、はい…」

 

クライムは両の手を差し出し、ウルは添えるようにしてその手を見つめる。

 

「なるほど…戦士の良い手です…鍛錬を積んでいるのがよくわかります」

 

「いえ、私など、戦士の端くれ程度でしかありません」

 

「謙遜する必要はありません…。次は剣を見せて頂けますか?」

 

「はい!」

 

クライムは抜刀し、柄をウルへと向けて差し出す。

 

受け取ったウルは、刀身をじっくりと眺める。

 

「…これは…予備ですね…」

 

「どうしてそれが…」

 

「いくつかの凹みに、些少の刃こぼれが見て取れたものですから…」

 

「これは、お恥ずかしいところをお見せ致しました」

 

クライムは陳謝を口にしながら、剣を受けとし、鞘に納める。

 

「大体わかりました…。あなたは中々に好感が持てる方のようだ…」

 

「ありがとうございます!」

 

「その上で、申し上げるのですが…。あなたには戦士としての才能がありません…」

 

「……はい、承知しております」

 

クライムは少し眉間に皺をよせながらも、ウルの言葉を真摯に受け止める。

 

言われるのは初めてではない。懇意にしている冒険者のメンバーにも同じことを言われている。

 

「…しかし、戦士とは別に、あなたには一つだけ才能がある…。それも、最も重要な才能が…」

 

「わ、私に才能…ですか…。そ、それはどのような…」

 

クライムは、非常に驚いた様子を見せる。

 

無理もなかった。

 

今迄散々努力を重ねてもなお、自身の理想とする強さには遠く及んでいないからである。

 

加えて、周りからは戦士はおろか、魔法の才能もないと言われる始末…。

 

半ば諦めかけていただけに、クライムの中での衝撃は大きかった。

 

「それは、『努力する才能』です」

 

「努力する…才能…ですか…」

 

クライムは思わず口を紡ぐ。

 

「なるほど、ただし理解されていない様子ですね…。努力する才能は非常に稀有なものです。どのような才ある者でも、努力なしに成長はありえない…。そして努力を重ねられるのは、才能のあるもののみ…。わかりますか?」

 

「はい、なんとなくは…」

 

「そして、あなたは努力をする才能をおもちです。…はっきり言いましょう、あなたは、正しい方法で、正しい方向に向かって、必要な時間を費やし、必要な量の努力を重ねることで、あなたは英雄にすら足を踏み入れる強さを手にするでしょう……。そう、その域に達するまでに必要な、努力をする才能をお持ちなのですから…」

 

「私が…英雄の域に…それは…本当に…」

 

クライムは顔が綻ぶのが分かった。

 

目の前にいる男は英雄である。

 

聖王国で数々の武功を上げ、過去最短でアダマンタイト級にまで上り詰めた大英雄。

 

その男から、『英雄になれる』と言われたのだ。

 

嬉しくないわけはない。

 

「…正直、あなたとここで出会えてよかったです。…その才能もさることながら、あなたの人格…。あなたと共に過ごしている人々は、幸せですね。」

 

「そ、そんなことはありません。ですが、そう言って頂けると大変うれしく思います」

 

クライムはバッと頭を下げる。

 

「しかし、先ほども言いましたが、『正しい方法で、正しい方向に向かって、必要な時間を費やし、必要な量の努力を重ねる』ことが大事なのです…。どうやら今までの努力は、そのどれかがかけていたのかもしれませんね」

 

「なるほど…。では、一体どのような訓練を積めば…」

 

「詳しいことは、あなたが今迄積み上げてきた研鑽を教えて頂けなければ詳しくはお伝え出来ませんが…。そうですね…。死ぬ覚悟は持っていただく必要があります」

 

クライムは再度、衝撃で目を見開く。

 

「レベルアッ…成長とは、自身と同格か、格上との戦闘、その中でしか得られない者が大きい。いくら素振りをしようが技術を学ぼうが、それを実践で活かさねば意味がない…。質問なのですが、あなたは今まで死と隣り合わせの戦闘を、同格以上の相手との戦闘を何度経験しましたか?」

 

「…お恥ずかしながら、数えられる程度です…」

 

「なるほど…わかりました。一番最初に行うべき稽古が決まりました」

 

「えっ…」

 

ウルは背中を向けて少し歩くと、再度クライムに向き直った。

 

「もう一度、確認のためにお伝えします…。死ぬかもしれませんが、よろしいですか?…あなたに大切なものがあれば、大丈夫だとは思いますが…覚悟はありますか?」

 

「覚悟はあります!お願いします!!」

 

クライムは一瞬考える素振りを見せたが、決意に満ちた目で答える。

 

「わかりました…では、ここで最初の稽古はここで行いましょう」

 

「ここで…ですか…」

 

「ええ、武器を構えてください」

 

ウルは、そう伝え、腰から一本の刀を引き抜く。

 

その洗練されたまでの動きに、クライムは思わず見惚れてしまうが、即座に頭を振り、同じように剣を構える。

 

「…では行きます…。意識をしっかりとお持ちになってください…」

 

クライムは言われた通り、剣を握る手に力を籠め、意識を集中させる。

 

…瞬間、世界が変わった。

 

いや、変わってなどいない。

 

しかし、変わったと錯覚するような圧倒的な殺気と力の奔流が自分に向けられているのだ。

 

それで錯覚してしまったのだ。

 

剣を握っていた腕が…いや、身体全体が震えだす。

 

「…切っ先が緩んでいますよ…。あなたの大切なものとは…この程度ですか?」

 

力の奔流が更に増す。

 

感じたことのない、強大な力であった。

 

歯を食いしばって耐えるが、目尻には恐怖で涙が浮かぶ。

 

その涙を気力吹き飛ばし、再度踏ん張って見せる。

 

「…いいでしょう…。では、死んでください!!」

 

ウルは構えた剣を、クライムの顔めがけて突く。

 

死ぬ。

 

そう思った。

 

その瞬間、大切なものを…主人の顔が脳裏に浮かんだ。

 

瞬間、クライムはわずかに顔を左に反らす。

 

そのスピードは、圧倒的な力を誇っており、周囲に衝撃波を生むほどであった。

 

…しかしそれは、クライムの顔を突き刺すことなく、虚空を貫いた。

 

今迄にない足の震えに、限界とばかりにへたり込む。

 

一瞬で解放されたような感覚を覚え、ぜーぜーと大きく呼吸する。

 

そんなクライムの様子を見て、ウルは小さく笑って見せた。

 

「よく耐えましたね…。死の恐怖を克服した感想はいかがですか?」

 

クライムはゆっくりと見上げる。

 

先ほどまでの圧倒的な殺気と力はなく、とても温厚で落ち着いた雰囲気のウルがそこにはいた。

 

「あなたは…一体何者なのですか?」

 

自身がいままで知りえてきた強者など、足元にも及ばないであろう圧倒的な力…。

 

立ち向かうことすら許されないほどの力…。

 

それを身をもって感じてしまった。

 

もし、彼が、ウルが世界最強と言われても、酷く納得してしまう程の力を感じたのだ。

 

「少し腕に自信のある、冒険者にすぎませんよ」

 

ウルはそんなクライムの気持ちを否定するようにして、小さく笑いながら答えた。

 

 

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