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夜空には幾千万もの星が輝きを見せており、空気が非常に澄んでいることが分かる。
その夜空の下には、大きなコロッセオに似た建物が見える。
…ここはギルド、アインズ・ウール・ゴウンの拠点であるナザリック地下大墳墓。その第六階層にある闘技場であった。
つまるところは地下であり、頭上に広がる星空は偽物である。
そんな闘技場には、4人の人間種と、数体の異形種達…加えてエルフの姿がいるのが見て取れる。
1人の人間の男が、地面に伏しているが、死んではいない様子であった。
同じく1人の人間…ではなくハーフエルフであろうか?紫色の髪をツインテールのように縛って見せているその女性は、…骨の姿をした異形種に指をさし、大声を上げる。
「今すぐヘッケランを元に戻しなさい!でなければ、ここに世界最高峰の戦士が突入してくるわ!」
「また、はったりか??」
骨の姿をした異形種は、一見スケルトンのようだが、その内から湧き出る圧倒的な力が、ただのスケルトンでないことを物語っていた。
「嘘じゃない!!私たちには漆黒のモモンがついてる!!」
他の3人と比べると、随分と幼い少女が大声を張り上げる。
年の頃は14,15歳程度であろうか?
しかし中々の修羅場を潜り抜けてきたのか、貫禄のある顔つきをしていた。
「あー…モモンか…あれは実のところ…いや、それは交渉材料になりえない…諦めろ…」
「くっ!!!」
イミーナは骸骨の言葉に、苦悶の表情を浮かべる。
「でしたら…白銀のウルをここに喚ぶ…と言ったどうでしょうか?」
ロバーデイクが次の手と言わんばかりに口を開いた。
その言葉に、骸骨は少し驚きを見せる。
「白銀のウルだと?…そうだな…。もしこの場に喚べるというのであれば、それは交渉の材料になりうるな…。奴とは一度会ってみたいと思っていたのだ…」
ロバーデイク達の表情に、些少の希望が浮かぶ。
「…喚べるというのなら、やってみせろ…。もしはったりであったら、これ以上ない苦痛を与えて殺すとしよう…」
骸骨は、不敵に笑って見せる。
「…ロバーデイク、頼るしかないわ…ごめんねアルシェ、お金には代えられない!」
「仕方ない…今使うべき…」
「ええ…。受け取っておいてよかったです…」
ロバーデイクは、懐から一つの魔水晶を取り出し、天高くかざす。
「ウルさん…どうか、どうか我らをお救いください!!」
ロバーデイクが言い切った瞬間、魔水晶は弾けるような光を放って見せた。
光が収まると、そこには白銀の鎧を身に着けた聖騎士が立っていた。
現れた輝かしい白銀に、アルシェは大きく目を見開いた。
イミーナとロバーデイクは2度目であるが、以前は私服に似た服装であったため、白銀の鎧を見るのは初めてであった。
故に、アルシェと同じように驚いてみせる。
先ほどまで、絶望感しかなかった3人、いや4人であったが、白銀の姿を捉えたことで、一抹の希望が心に生まれ始めた。
ウルは、目の前に現れた骸骨を見て、まるで今状況を理解したように口を開いた。
瞬時に判断する洞察力というのを見せつけてやろうという算段であった。
「なるほど…。予想した通り危険な…」「おえええぇぇぇっ!!」
しかしそれは後方で響いた吐瀉物を吐く音によって遮られる。
「「(え、えぇ…)」」
ウルと骸骨は図らずも同じ感想を心で漏らすことになった。
「ちょ、ちょっとアルシェ!!」
「魔法が切れたのですか!?」
「皆ッ!!!その人の魔力もヤバイ!!ヤバイ!!ヤバイ!!!あの化け物に匹敵…いや、同格ッ!!!ぇ…おぇ…!!」
イミーナとロバーデイクが、アルシェへと駆け寄る。
「『獅子心(ライオンズハート)』」
ロバーデイクがかけた魔法によって、アルシェはようやく冷静さを取り戻す。
「あ、あれが白銀のウルなの…。ほ、本当に人間!?ありえない…だ、第9位階まで行使できる!!」
アルシェの言葉に、イミーナとロバーデイクは目を見開く。
「そう…でも、今はありがたいわ…」
「そうですね…。それはつまり、彼であればあの化け物に対抗できるというわけですから…」
2人の言葉を背中で聞いていたウルは、ふと横に目をやる。
ヘッケランが地面に伏しながらもこちらを見ていたからだ。
まるで転移したかのようなスピードでヘッケランの元に駆け寄り、状態異常を解除する魔法をかける。
アルシェ達は、再度驚きを見せる。
「ご無事ですか?ヘッケランさん」
「ウ、ウルさん…助かりました…。本当に…」
「申し訳ありません…。やはりもっと強く止めておくべきでした…。さ、仲間の元へ…」
ウルがそうヘッケランに声を掛けると、ヘッケランは仲間がいる場所まで後退する。
ヘッケランが仲間の元にたどり着くのを待っていたかのように、骸骨がゆっくりと口を開く。
「まさか…本当に喚んでみせるとはな…あの魔水晶をこいつらに与えたのはお前か?…白銀のウル…」
「…これは驚いた…。まさか、こんな場所にまで俺の名が轟いていたとは…。で、あんたは一体何者だ?」
「我が名はアインズ・ウール・ゴウン…この墳墓の主人だ!」
「なるほど…どうやら、とんでもない墳墓のようだな…」
ウルは小さく微笑して見せる。
「で、アインズ・ウール・ゴウン殿。あなたの目的はなんだ?」
「アインズで構わない…。目的も何も、私はただ、自身の家に侵入した害虫を駆除しようとしているだけだ…。白銀のウルよ」
「そうか、アインズ殿…。なら俺のこともウルで構わない…。その上で、1つ提案があるんだが?」
「…承知した、ウル殿。では、その提案とやらを聞かせてもらおう」
ウルはアインズの言葉を聞くと、ゆっくりと後ろを振り向く。
フォーサイトの4人は、真剣な眼差しでウルを見つめている。
「後ろの4人…見逃すわけにはいかないか?」
「…害虫を見逃せと?」
「何か被害を被ったのかな?」
ウルの言葉に、アインズは少し考えるような素振りを見せる。
「断る…と言ったらどうする?」
「…あんたとここでやり合わなきゃならない…。あんたは強い…だからこそわかるとは思うが…互いにただじゃ済まんぞ?」
「そうだな…。ウル殿と本気で事を構えれば…負けるのは私かもしれんな…」
アインズの言葉に驚きを見せたのは、フォーサイトのメンバーであった。
自分たちが手も足も出ない、ましてやアルシェがゲロを吐く(それはウルに対してもだが)相手が負けるかもしれないというのだ。
「…すごい…あの化け物が警戒している…」
「それだけ強いってことよね…」
「ええ、我々の想像など遥かに超えるのでしょう…」
「信じられないが…間違いなさそうだな…」
フォーサイトは、緊張した面持ちを崩さずに、呟くようにして会話をする。
「ウル殿…。貴殿がその4人を管理下に置くというのであれば…逃がすのもやぶさかではない…」
アインズの言葉に、フォーサイトは解放にも似た感覚を覚える。
「だが…メリットがない…」
「メリット…?」
「そうだ…。貴殿は勝手に喚びつけられたという点で、仕方がないが…後ろの4人は明確に、我が墳墓を荒しに来たのだ…逃がすというのであれば、それ相応のメリットがなければ受け入れられない…」
「…何が望みだ?」
ウルは低く唸るようにして質問する。
「白銀のウルよ…我が麾下に入れ!!!」
アインズの言葉に、フォーサイトは驚愕の表情を浮かべる。
「そ、そんなの受け入れられるわけないじゃない!」
「こんな化け物の巣窟に、ウルさんを置いていけるか!」
イミーナとアルシェが必死に抗議するが、アインズにその声が届かない。
「どうだね?貴殿であれば、最高の待遇で迎えることを約束しよう…」
ウルは思った。
こいつ本気で言ってやがると…。
「断らせてもらおう…。別のものにしてもらえるとありがたいんだが…?」
「ふむ…そうか…。であれば仕方ない…」
アインズは、意外にもあっさりと手を引いて見せ、一つの魔法を発動させる。
その魔法は、蒼い馬に乗った禍々しい騎士を生み出す。
フォーサイトは、目の前にするだけで息すらできない、圧倒的な恐怖に苛まれた。
「なんなのですか…あれは…!?」
「じょ、冗談じゃない…!!」
ロバーデイクとヘッケランが足を震わせながら呟く。
イミーナも同じように足を震わせる。
アルシェに至っては、恐怖と絶望でペタンと座り込んでしまった。
「これは、『蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)』というアンデッドだ…。麾下に入らないというのであれば、これと戦ってもらおう」
「こいつと?そんなんでいいのか?」
「そんなの…か。こいつは周辺国家を一夜にして滅ぼせるほどの力を有しているのだがな…。正直なところ、貴殿の力を確かめたい…。どれほど強いのかをな…。このアンデッドを倒すことができれば、後ろの盗人どもは見逃しやろう…」
あんまりだ…。アルシェは、座り込みながら心で呟いた。
あんなものは、人間に勝てる相手ではない。
確かに、この白銀のウルという男は、信仰系第9位階を扱える、人間とは思えない超高位の魔法詠唱者である。
加えて、噂によれば、ヘッケランと同様に双剣を扱うと聞いている。
しかも、そっちが本職であると…。
第9位階の魔法を扱え、それでいて魔法が本職ではないというのもおかしな話であるが、それにしてもこのアンデッドは尋常ではない。
そもそも、規格外すぎてどれほど強いのかもわからない。
ウルは、小さくため息をついたかと思うと、今度は小さく笑って見せていた。
無理もない。
こんな化け物を相手に戦えというのだから…。
しかし、アルシェの考えは大きく間違っていた。
「なめられたもんだなー…」
「…何だと?…ッ!」
ウルは呟いたかと思うと、一本の刀剣を抜刀して見せる。
ただ抜刀しただけなのに、暴風のようなものが吹き荒れる。
思わず目を閉じる。そしてゆっくりと開く。
見開く。
なんと、あの絶望の化身ともいえるアンデッド、ペイルライダーの乗る蒼い馬が、横に一刀両断されていたのだ。
「来いよ…格の違いってもんを教えてやるっ!」
一刀両断された馬は、雄たけびを上げながら塵となって消滅する。
乗っていた騎士も、しどろもどろと言った様子で体勢を立て直していた。
「き、貴様は…一体…ッ!!」
…あのアインズが動揺している。
もちろん、私も、他の皆もであった。
驚きで何も言葉が出なかったのだ。
ウルはゆっくりと騎士に向かってもう片方の手で指をさす。
「約束は…守ってもらうぜ…そこのアンデッドを倒したら…後ろの4人は見逃がしてもらう…」
「ッ!ゆけっ!ペイルライダー!!あの男を討ち滅ぼせ!!」
「ッッ!!!!」
アインズの指示を受け、騎士が疾走する。
それに合わせ、ウルも疾走。
衝撃。
それは闘技場内全体に駆け巡り、圧倒的な力の奔流を生みだした。
ウルは迫りくるペイルライダーの剣を華麗に何度もはじき返しながら、様子を窺うようにして立ち回っていた。
ペイルライダーのレベルは70程度。
フォーサイトなど、現地の人間からしてみれば大変な脅威であるのは間違いないが、ウルからすれば、王都でスタボロに切り刻んだ巨腕の悪魔と同じ程度のモンスター、アンデッドである。
正直、スキルも魔法を使用せず、単純な武器の性能で倒しきれる。
ウルが今抜刀して見せている剣は、神器級の武器である『至高天刀』というモノである。
基本性として、悪魔系、アンデッド系に対してダメージ量が1.3倍に増加するというモノがある。
加えて100時間に一度、至高天の熾天使を30分だけ召喚、具現化できるという能力を持つ。
デメリットとしては、先の時間制限があるのに加えて、具現化中は刀が消え、且つ武器を装備しているという判定になるため、他の武器を装備できないという点だ。
つまり、刀一本か盾ひとつ…どちらかしか装備できない。
しかし、そのデメリットを考えても、強大な力を有する刀である。
至高天の熾天使は、あのアインズが全力で戦わなければ勝てないという程に強い。
つまりは、至高天の熾天使を具現化するだけで、アインズを完全に引きつけ、無力化できるというのだから破格の性能である。
しかし、それ以上に強力なのは、『熾天使の聖騎士』という力をその身に宿すことができる点である。
この力は、聖騎士としての最高地点ともいえる力で、聖騎士のクラスを極めたものにのみ扱える。
条件が非常にとがっているのだが、その分その力は強大で、ガチビルドのプレイヤーの実力を大きく上回る力を秘めている。
それこそ、この力があったからこそ、ウルはワールドチャンピオン序列2位にまで押しあがることができた。
それくらい強力なのである。
だが、驚くべきはこれがこの武具の最高出力ではないことである。
この刀には、さらに隠された大いなる力が秘められているというデータがある。
実のところ、その条件はウルにもわからず、それを引き出せてはいない。
それでも、武器単体としての性能は高く、ペイルライダーをけん制するのに不足ない能力を有している。
戦いの様子を見ている者であればわかることであるが、ペイルライダーは上下含め、右往左往しながらウルに攻撃を仕掛けているが、ウルはその場から一歩も動かずにさばききっている。
そもそも、ウルの基本的な戦闘スタイルは、速飛行という魔法と瞬身というスキルを用いた超高速戦闘である。
それを用いずともペイルライダーの攻撃を全て受け流し、圧倒しているのだから実力の差は歴然である。
フォーライトからすれば、目にも留まらぬ速さでウルに攻撃を仕掛けるペイルライダー、しかし、それを上回る速度で受け流して、時折ペイルライダーに傷を負わせているウル、という印象を受けている。
驚きなんてものでは到底言い表せない。
「ま、まじかよ…」
「すごすぎる…」
「これが…白銀のウルの実力なのですか…」
「…信じられない…」
ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイク、アルシェの感想は尤もである。
何せ、あのアインズですら口をあんぐりと開けて驚いているのだから…。
「(あの人…強すぎだろ…!俺が万全の対策でPVPをしたとして…体力を半分削れればいい方だな…)」
隠れてみている守護者たちも、もちろん釘付けである。
そんな風にして剣戟を続けていたウルであったが、突然、刀を薙ぎ払い、ペイルライダーを引きはがす。
「よくわかった…いい運動になったよ」
「なんだと…?」
アインズは一瞬で切り替えて、この墳墓の主人ムーブをかます。
吹き飛ばされたペイルライダーであったが、すぐに体制を立て直してウルへと迫る。
刹那、ウルの姿が掻き消える。
ペイルライダーは掻き消えたウルを探すが、見当たらない。
そして、自身の後方に気配を感じ、後ろを振り返る。
ウルは剣を鞘に半分ほど納めていた。
「終わりだ…『居合・納刀』…」
ウルの刀が、キンッと音を立てて納刀される。
と同時に、ペイルライダーが縦に真っ二つに割れる。
ぐおおお…と呻き声をあげながら、ペイルライダーが掻き消える。
フォーサイトが絶句している。
…斬った瞬間が見えなかったからだ。
それどころか、ウルの姿を捉えたときにはすでに刀が半分納められていた状態だった。
つまりは、ウルが瞬身のスキルを発動し、ペイルライダーを斬り、刀を半分にまで納めた段階でようやく、姿を捉えられた…ということである。
アインズを以てしても、ペイルライダーが斬られる寸前にようやく姿を捉えられた程度であった。
いや、もしかしたら斬られた後かもしれない。
遠目で観戦している守護者やNPCたちですら、恐らく多くは斬られた後、納刀し始めた頃に気付いたものが多いであろう。
ウルがアインズへと視線を移す。
と同時に、アインズは高らかに笑って見せた。
「すばらしい!素晴らしいぞ!!白銀のウルよ!!想像以上の強さだ!!」
「…これで、あんたと俺が戦ったらまずいというのが分かっていただけたかな?」
「もちろんだ…。我ら二人が本気で争えば……」
「「…2人とも死ぬ…」」
ウルとアインズは、意図せず…意図して言葉を合わせた。
…もちろん嘘である。
ウルとアインズが本気でPVPをすれば、相性の問題もあり、アインズの完敗である。
だが、フォーサイトのメンバーからすれば、そんなことは分かるはずもなく、驚愕である。
今目の前で見た、ウルの圧倒的な強さと戦闘。
それとアインズが同等であると言っているようなものだからである。
…しかも、魔法詠唱者としてのアインズが、である。
「約束だ…こいつらは見逃してもらうぞ…」
「もちろん、約束は守ろう。だが、分かっているな?そいつらはこの墳墓のことを知りすぎた…。ウル殿がその4人の監視をする、というのが条件だ…。この墳墓について口外しないようにな…」
「…とのことだ…。この条件、呑めるか?」
「「「「もちろんです!お約束します!!」」」」
今度は、先のウルとアインズと違い、意図せずフォーサイトのメンバーは答える。
「んじゃ、とっとと地上に送ってくれ…」
「…ご案内しよう」
アインズは、ウルとフォーサイトを誘導するようにして事前に用意した地表直通の転移門へと案内する。
そして、転移門の前に移動したところで、再度アインズがウルに声を掛ける。
「ウル殿、貴殿であれば、いつでもこの墳墓に歓迎だ…。気が変わったら来てくれ…」
「そんな日が…来ないといいな…」
そう言い残し、ウルは少し不安そうなフォーサイトのメンバーと共に、転移門を潜った。
ナザリックの地表部に出ると、ウルは一つの大きなため息を吐く。
「とりあえずは…助かりましたね…」
ウルがそう呟くと、フォーサイトの面々は深々と頭を下げて見せた。
「我々の命をお救い下さり、感謝いたします!」
「ありがとうございます!!」
ヘッケランとロバーデイクが比較的大きな声で口を開く。
「あなたが来てくれなかったら、今頃どうなっていたか…」
「本当に、感謝している…ます…」
イミーナとアルシェも2人に習ってお礼を述べる。
「魔水晶、渡しておいてよかったですよ…。それに、そんなに気にしなくて結構ですよ…。それよりも、あなた達の自由を勝ち取れなかった…申し訳ない」
「命があるだけでありがたいわ…」
「…死ぬかと思った」
イミーナとアルシェが返答する中、ヘッケランが苦渋の表情を浮かべる。
「…あなたに迷惑をかけてしまった…。いや、今後も迷惑をかけることになります…」
「あなたの足かせになってしまいました…」
ヘッケランとロバーデイクは、俯きながら答える。
「仕方ありません…。それが条件ですから…。とりあえず暫くは、聖王国のカリンシャという街にある私の屋敷で過ごしていただきましょう」
「…申し訳ない…」
ヘッケランは再度頭を下げて見せる。
「いえいえ…新しい仲間ができたと思いばいいのです…」
「わ、私たちはすごくありがたいけど…」
イミーナは酷く困惑しているが、それを振り払うようにしてウルが語り掛けた。
「では…早速行きましょう…。転移しますので、私につかまってもらえますか?」
「…転移の魔法も使えるの?…ですか?」
アルシェがつなない敬語を使って見せる。
「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ、アルシェさん…。ええ、転移よりさらに上の上位転移で、転移登録さえしていれば、遥か遠くまで移動できます」
ウルの言葉に、皆驚きを見せながら、言われた通りウルの鎧に触れる。
しかし、アルシェだけは何かを迷うようにして動かない。
そして、決断したように口を開いた。
「命を助けて持った身で、厚かましいのは承知の上で、お願いしたいことがあります…。あなたの屋敷に、私の妹2人も連れていくことはできませんか!?」
「妹…確か、両親が借金まみれで浪費癖があるとか…」
ウルは先日聞いた話の内容を思い出すようにして、ヘッケラン達に目くばせをする。
「はい…あの、ウルさん!俺からもお願いします!」
「アルシェの妹を救い出してほしいの!!」
「難しいのは承知の上で、お願いできませんか?」
ヘッケラン、イミーナ、ロバーデイクが再度頭を下げる。
「…わかりました」
ウルの言葉に、アルシェの顔に輝きが宿る。
「あり、ありがとう…ございます…」
「いえ…それで、アルシェさんの妹さんは帝国にいるのですか?」
「はい…なので私が夜中に連れ出そうと思います…」
アルシェの言葉に、ウルは少し考える素振りを見せた。
「いえ、なら皇帝に話をつけましょう…。こう見えて、皇帝とは面識があるので、多分大丈夫でしょう」
「…え?あの鮮血帝と…!」
「ウルさん…あんた一体…」
「ッ!?もしかして、あの日帝都にいたのは…!?」
「皇帝に…会ってたってこと?」
ウルの発言に、皆が口々に驚きの言葉を口にする。
「まあ、そうゆうことです。さ、とりあえず屋敷に移動しましょう…。皆さんのお部屋の用意もしなければなりませんし…。それに皆さん大分お疲れでしょう…。少し休んでから、アルシェさんの妹さんの件も含めて相談しましょう」
「はいっ!」
アルシェはようやく迷いがなくなったという様子で、他のフォーサイトと同じようにウルに触れ、その場から忽然と姿を消した。
カリンシャの屋敷に転移したウルは、フィーサイトを屋敷に住むものに簡単に紹介し、そのままルカに預けて自室に戻った。
ベッドに背中からダイブし、慣れた手つきでアインズさんに伝言を飛ばす。
フォーサイトを見逃してくれた礼を言うつもりであったが、アインズから『あんなに強かったでしたっけ?』とか『守護者が大興奮でしたよ!?』などと少し話がそれてしまう。
伝えるべきことは伝え、早々に伝言をきる。
そして、大きなあくびをしたかと思うと、いつの間にか眠ってしまった。
「…ル……」
「…ん…」
「ウル、起きて」
「んー…ルカか?」
覗き込むようなルカの姿を見て、ウルは自分が寝ていたのだと気づく。
「…アルシェさんがお話したいって」
「あー、そうだったな…」
ルカの後ろに、少し緊張した様子で立っているアルシェを見つける。
「…そしたら行きますか…」
「…休んでいたのに、申し訳な…ありません」
「いいですよ…あと、普通に喋ってくれてかまいませんから」
「…でも……。わかった、感謝する」
アルシェは可愛らしく微笑んで見せる。
「準備はできてますか?」
「私は大丈夫…」
「んじゃ…帝都まで…というか鮮血帝の執務室まで飛びます」
ウルの言葉に、アルシェの身が強張る。
「せ、鮮血帝の執務室…ですか…?」
「あー、驚くよねー…。帝国に転移先を作って欲しいって話になった時、『ここで構わない、むしろここにしてくれ』って言われた時は私も驚きましたよ…。でも、私と一緒なら大丈夫ですから」
ウルはそう言ってアルシェに向けて左手を差し出す。
アルシェは暫く固まって見せていたが、またも小さく笑ってウルの手を取った。
さて、交渉自体は気持ち悪いくらいに綺麗に進んだ。
と言っても、妹2人を連れ出した後、アルシェと妹2人が元貴族のフルト家との絶縁を、鮮血帝直々に王命するだけであったためだ。
その代償に貴族位を戻してあげるらしいのだが、色々と理由をつけて、1年足らずで再び没落させるらしい。
鮮血帝の名は伊達ではない。
とはいえ、ウルの願いだから皇帝が早々に通した…。というのが実情ではある…。
そんな風にして早々に決着がついたが、一つの小さな驚きと、一つの大きな驚きと恐怖があった。
小さな驚きは、四騎士全員がタイミングよく揃っていて、簡単な挨拶をしたことと、そのままレイナースがついてくるというモノであった。
これはさして問題ではない。
なんなら、タイミングが良いのでレイナースもそのまま連れて行こうと考えていたくらいである。
それよりも、大きな驚きの方がすごかった。
長く白いひげを生やした爺に靴を舐められる勢いで平伏され、剰え抱き着かれたことであった。
驚きと恐怖、気持ち悪さに思わず顔面を飛ばしてしまったウルであったが、なんでも帝国筆頭宮廷魔導士というお偉いさんだったらしい。
それはフールーダ・パラダインであった。
極めつけは、アルシェの元師匠であるときいて驚いたものだ。
皇帝の制止も聞かず、『光の神よー!!!』などと鼻血を垂れ流しながら暴れまわっているのを、四騎士の3人に押さえ込まれる。
その隙に、ウルとアルシェは、レイナースを連れて、早々に帝城を後にした。
…もしかしたら、ウルにとって、この世界に来て初めての恐怖であったかもしれない。
帝城から逃げるようにして去ったウル達は、帝都の酒場で簡単な打ち合わせをする。
「クーデリカとウレイリカって言うのか…可愛い名前だなー」
「はい…大切な妹…」
妹2人のことを思い出しているのか、アルシェの表情はやわらかい。
「では、ウル様、アルシェさん…。作戦ですが、基本的に私とウル様は外で待機…でよろしいですかね?」
「はい…。大勢で行って気付かれても困りますから…」
「で、連れ出した後は、私の転移魔法で屋敷に…って感じですね…」
ウルの言葉に、2人は小さくうなずいて見せる。
その後、3人とも残っていた飲み物を一気に飲み干し、目的の場所へと向かった。
フルト家の屋敷に着くころには、すでに夜は更けていた。
といっても、夜になるのを調整するように移動していたので、当たり前である。
アルシェがフルト家に入り、ウルとレイナースは近くの目立たない路地で待つ。
30分を超えても出てこない時は、ウルが様子を見に潜入するところであったが、ものの10分ほどでアルシェの妹らしき2人の少女が姿を現す。
年の頃は、6歳前後と言った様子であった。
アルシェが心底心配するのもわかる気がした。
「待たせた…いつでもいける」
「お兄さんがウル?かっこいいお顔!」
「お姉さんがレイナース?綺麗なお顔!」
クーデリカとウレイリカは、年相応の反応を見せる。
レイナースはすでにメロメロで、満面の笑みを浮かべている。
ウルはそんな2人の目線に合わせ、それぞれ頭に手をのせて撫でる。
「君たちが、クーデリカとウレイリカだね」
「私はクーデリカ!」
「私はウレイリカ!」
名前を呼ばれてうれしいのか、2人は小さくない声で返事をする。
その声に警戒して、アルシェが2人に声を掛けようとするが、ウルが制止したことで動きを止める。
「二人は、今からお姉ちゃんと一緒に新しいお家に行くんだ。…パパとママは一緒じゃないけど、大丈夫かな?」
ウルは優しい声で語り掛けるが、内心はヒヤヒヤものであった。
いくら借金まみれで浪費癖があろうと、親は親である。
アルシェはすでに自立しているため、自分で考え決定できるが、この子たちは違う。
もし仮に、この2人がパパとママと離れたくないのであれば、ウルは別の行動に出るつもりであった。
アルシェに反対されるかもしれないが、提案だけでもしようと思っていた。
しかし、それは杞憂に終わる。
「お姉ちゃんと一緒なら、どこでもいい!」
「お姉ちゃんと一緒なら、大丈夫!」
妹2人は、まっすぐな目でウルを見つめる。
その目を見て、ウルは決心する。
成長し、パパとママに会いたいとなるかもしれない。
その時は、正直に話そう。
例え、恨まれることになったとして、今は連れ出すのが最善だと感じた。
何せ、一番事情を理解しているアルシェが判断したのだから。
「わかった…じゃあ、魔法で一気に移動するよ。ビックリするかもしれないけど、痛くないから安心してね」
「ク、クーデリカ頑張る!」
「ウ、ウレイリカも頑張る!」
「…いい子だ…。本当に…」
ウルは消え入るような言葉を2人に投げかけた後、レイナースとアルシェに目くばせをする。
2人共転移を体感、説明されていたため、その目線が何を意味するのかを理解し、そっとウルに触れる。
フルト家の前での、些少のにぎやかさは消え、一瞬でいつもの静寂が戻った。