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ナザリック地下大墳墓、スイートルームの一角。
そこには、安否も行方も不明であるはずのウルの姿があった。
まるで何事もなかったかのように、傷一つなく椅子に座っている。
そんなウルは、目の前に鎮座する赤のストライプスーツを着た悪魔に向けて口を開く。
「…でさ、お前の部下を殺すわけにもいかないだろ?どうする気だ??」
「ご心配はございません…。こちらを、使用したいと考えております」
ウルの言葉に、悪魔であるデミウルゴスが懐から一つのアイテムを取り出す。
3体の悪魔が一つの壺のようなものから上半身を出す形を有したマジックアイテムであった。
「…これは…、三魔将の魔壺か…」
「はい、かつて、ウルベルト様より頂いたアイテムにございます…。ここで使うべきと判断いたしました」
デミウルゴスは、些少の迷いを見せる。
それは、ウルにも見て取れるものであった。
恐らくは、大事にしているものであろう。
ウルは些少の申し訳なさを胸に秘める。
故に、一つの提案をする。
「…なら、これを使うのはどうだ?同じように三魔将を召喚できるが、これは更に強化された、邪・三魔将を召喚できるアイテムだ…。三魔将それぞれ、プラス10レベルにまで強化されたものを召喚できる…」
「ッ!そのようなアイテムが!…しかし、それはウル様の御手持ちのアイテム…それを使うわけには…」
「…なら、これはお前にやるよ。日頃の感謝を込めてな…。それに、ウルベルトからもらったアイテムと俺からもらったアイテム…どっちをその身の傍に置いておきたいか…よく考えてみろ」
「ッ!なんと…なんというお慈悲…ッ!」
デミウルゴスは理解した…。
自身がこのアイテムを使うに至った経緯、そしてその迷いを…。
デミウルゴスは焦っていた…。
シャルティアの洗脳事件、コキュートスのリザードマンとの友好関係構築時の難航事件、ゲヘナ時のシャルティアの言動によるウル様の赫怒…。
加えてこのミスをカバーしたのが、アインズ様、延いてはウル様の手腕によるもの…。
これ以上のミスは許されないと考えていた。
もしまたもミスを重ねれば、アインズ様はナザリックを見捨て、ウル様の元へと言ってしまわれるかもしれない…。
故にデミウルゴスは決断した…。
最も尊敬し、忠誠を誓う自身の創造主が自分に下賜してくださったアイテムの使用を…。
だが見抜かれた。
自身の決断も、そして迷いも…。
その上で、目の前のお方は、慈悲を与えてくださった。
ウルベルト様のアイテムをとってもおけと…。
目から涙が溢れそうになるのを、必死にこらえる。
そして、震える両手でそれを受け取る。
「…このデミウルゴス、更なる忠義を尽くすことをここに誓います!!」
「お、おう…。よろしくな…」
ウルは目の前で膝を突いて頭を垂れるデミウルゴスを見ながら、小さく呟いた。
「…では、改めて、私の推察をお話いたします」
ラナーが口を開くと、テーブルを囲むようにして蒼の薔薇とカルカ、ケラルト、グスターボが沈黙で肯定を示す。
従者であるネイアと、ラナーの護衛であるクライムは、少し離れた位置で立って控える。
本来であれば、ラナーはここにはいないはずであった。
しかし、ラキュースがラナーの頭脳を頼るという意図をもって呼んだため、この場に居合わせている。
そしてそれは、良い選択であったと感じることになる。
「まず初めに、1か月後の聖王国への襲撃には、吸血鬼シャルティアは加わりません」
ラナーの言葉に、カルカ達は大きく目を見開く。
「…それは、確実なのでしょうか?」
グスターボが前のめりと言った様子で口を開く。
「そうか…お前たちは知らないのか…あの英雄的な戦いを…ッ!」
「…吸血鬼シャルティアは、先日…時期的には聖王国に三魔皇が攻め入った頃に、エ・ランテル付近で討伐されたと報告があったわ…。漆黒のモモンによって…」
イビルアイの緩衝の下、ラキュースが概要を伝える。
「ッ!漆黒のモモン殿が!?」
「…なるほど…。滅ぼされたから聖王国には攻めてこない…。確かに確実ですね…」
ケラルトと、カルカが些少の嬉々を表情に表す。
「ということは、三魔皇さえ倒してしまえば、災厄の大魔皇の配下たる幹部は全てうち滅ぼしたことになる、ということですかな?」
「いや、まだいる…」
「メイド悪魔だ…」
「メイド悪魔??メイドの姿をした悪魔ということですか?」
グスターボの言葉に、イビルアイが反論し、ティアとティナが補足する。そして再度ケラルトが質問を返す。
「聖王国には現れなかったか?」
「…はい、悪魔は三魔皇の3体のみでした」
「なるほど…であれば、戦力を温存していた…と考えられます…」
ガガーランの言葉に、カルカは少し考えて見せ、口を開く。
一連の会話を聞き、ラナーが顎に手を置いて考える。
「次に攻めてくるときには、メイドの悪魔も連れてくるでしょう…。向こうも聖王国が漆黒のモモン様や魔導王陛下に救援を要請することは予想しているはずです…」
ラナーは少し目を細めて口を開く。
「…そのメイド悪魔…どのくらい強いのですか?」
「何度で言えば150前後だ…。私1人で1体は倒せる…。残りの蒼の薔薇メンバーで1体…計2体が限度だな…」
「…150…ですか…。全部で何体確認できているのですか?」
「…5体だ」
ケラルトとカルカの疑問に、イビルアイは淡々と答えて見せる。
しかし、カルカ達からすれば、淡々と話されては困る様な内容であった。
「つまり、三魔皇に加えて、そのメイド悪魔5体を相手取らねばならない…ということですか?」
「そういうことになるわね…仮に三魔皇をウル様とモモンさん2人で抑え込めたとしても、メイド悪魔は別動隊が叩く必要がある…。2体は私たちで何とかなるとしても、後3体…」
「…1体であれば、私とケラルト、聖騎士団長のレメディオスで対応致します」
「…まあ、あんたらの力なら、1体はなんとか行けそうだな…。だが、後2体だ…」
グスターボ、ラキュース、カルカ、ガガーランがそれぞれに言葉を発する。
「…ウル様のところにいる、ルカ様という御仁であれば、1人で1体のメイド悪魔を倒せるかもしれません」
「ッ!おいおい、そりゃイビルアイと同じくらい強いってことか?」
「ッ!そうですね!もう一人、クルミさんとという方もいますが、彼女ももしかしたら1体を抑え込めるかもしれません!」
「なら、机上の空論ではあるが、とりあえずは勝算がある、とみていいですかね…?」
ラナーの言葉に、ガガーランは驚きを、カルカは気付いたように、グスターボは整理するようにして口を開いた。
「そしてもう一つ、1か月後の三魔皇の襲撃は、首都であるホバンスである可能性が高いです」
「ッ!どうしてそう思われるのでしょう?」
ラナーの発言に、カルカは今日一番の驚きを見せる。
「…今回の三魔皇の目的は恐らく2つ…。1つはウル様の抹殺、もう一つは聖王国の滅亡、殲滅です…。三魔皇の立場から見れば、ウル様の抹殺はできたが、聖王国の殲滅はなっていません…。加えて、亜人たちはその殆どが統率を失っていると考えられます。ウル様という最大の障壁がなく、かつ亜人という戦力を失った彼らがとるであろう行動と言えば…」
「…首都を落とし、中核機能を麻痺させたうえでの侵略行為か…」
「…なるほど、理にかなっているわね…。それに奴らは空を飛べる…。わざわざ砦を破壊するまでもない…。ウル様がいないと判断しているのならば、一気に首都に攻め込むうえでの障害もない…ということね…」
「くっ…!何と卑劣なッ!!」
ラナーの推察に対し、イビルアイ、ラキュース、そしてケラルトが苦悶の表情を浮かべながらも肯定して見せる。
そして、続けてラナーが重い口を開けるようにして、ゆっくりと口を開く。
「更に、最も危惧すべきことがあります…」
皆は、ラナーの言葉と表情、様相に唾を飲み込みながら、その言を待った。
「それは…魔導国への支援を依頼した際、見返りとして、ウル様の身柄を要求される可能性が高い…ということです…ッ!」
…続けて発せられた言葉は、カルカ達聖王国勢からすると、到底受け入れられない者であり、魔導国への到着まで、それを覆せるだけの材料を必死に考えることとなった。
蒼の薔薇とラナーとの会談を終え、カルカ達一行は一夜を明かした後、すぐに魔導国の領地であるエ・ランテルに向かった。
魔導国と王国の国境、その境界を境に、綺麗に整備された街道へと変わる。
馬車の揺れはほとんど感じられず、腰にも良い。
これだけでも魔導国の強大な国力と統治力が垣間見えた。
暫くしてエ・ランテルに到着すると、一行は更に驚くこととなった。
城壁の入り口、その両脇に控えるようにして、優に30mはあるであろう魔導王の巨像が見えたのだ…。
カルカは思わずあんぐりと口を開けて見せる。
「こ、これは……」
それは驚きの声であった。
しかし、同じ馬車内にいるケラルトの印象は違っていた。
「…なんと醜悪な…ッ!」
「…ケラルト!」
目を細め、邪悪なものを沸々と滲みだしているケラルトに、カルカは少し口調を荒げる。
しかし、ケラルトがそれで引くことはなかった。
「カルカ様…。お忘れですか?魔導王は、ウル様を死の淵に追いやった張本人なのですよ?」
「それは…そうですが…。しかし、我々は支援を請う側です…。表面上だけでも敬意を示さなくては…」
「…わかっております」
ケラルトは、未だどこか納得していない様子を見せた。
そもそも、ウルとの一騎打ちがあろうがなかろうが、ケラルトは魔導国をよくは思っていなかった。
アンデッドが支配する国である。
アンデッドとは、生来、生者を憎む存在であるゆえに、人間国家との国交など考えられなかった。
しかも、聖王国は亜人やアンデッドに対し、王国以上の嫌悪感を抱いている。
法国程ではないが、魔導国の力を知りえていたとしても、友好関係に待ったをかけるものが多いほどにはその思いは強い。
それはカルカも同じ思いではあるが、ケラルトやそれこそレメディオスなどの想いに比べれば可愛いものであった。
さて、魔導国へ入国を果たし、エ・ランテルに着いてすぐに、城へと案内される。
城の入り口では、この世の者とは思えないほどの美女が出迎えてくれた。
いか程の価値か見当もつかない白いドレス。
微笑みは慈悲を湛え、天使と見間違うような女性であった。
しかし、頭には大きな白い角が二つ、腰には漆黒の翼を有していた。
アルベドと名乗った魔導国の宰相に、カルカ達も名を告げる。
そして、カルカ達が目的を話そうとしたのだが、アルベドは全てを知っているかのように口を開き、すでに魔導王との謁見の場を設けてあるとのことであった。
まずは謁見の願いからだと踏んでいたカルカ達からすれば、その対応は驚きのものであった。
そのままアルベドの案内の下、玉座の間へと通される。
室内には、煌びやかな玉座が鎮座していた。
そして玉座の後ろには、これまた煌びやかな国旗が掲げられていた。
「それでは、陛下が参ります」
「皆、頭を下げなさい」
カルカから指示が飛ぶ。皆が膝を突いて平伏する。
しかし、カルカ自身は膝を曲げることはしない。
公式には、聖王国と魔導国は対等な立場。
故にカルカは、頭を少し伏せるだけに留めている。
一瞬、不穏な視線が向けられたように感じるが、それはすぐに消え、何も問題ではないと言った様子でアルベドが口を開く。
「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のご入室です」
かちゃり、といった扉が開くような音、それから足音がカツン、カツンと硬質な何かが床を叩くような音が続く。
やがて玉座に腰かけるような気配があった。
「許可が出ました。頭を上げなさい」
ゆっくりと数秒まち、頭を静かに上げる。
そして、真正面の存在に、カルカは些少の恐怖を覚える。
「(これが…魔導王アインズ・ウール・ゴウン)」
頭蓋骨剥き出しの顔。両方の眼は赤い光が灯っている。
まさにアンデッドに相応しい見た目であった。
しかし、底知れぬ英知と強大な力を肌に感じる。
…ここが正念場であった。
ラナーの考えでは、漆黒のモモンを借り受けるのは非常に困難であるとのことだった。
理由は、エ・ランテルの治安維持のためであった。
魔導王の統治は極めて平和的且つ人道的なものであるが、やはりアンデッドの支配下で暮らす人々の不安は計り知れない。
そのため、その不安を払拭するとともに、様々なケアを行っているのがモモンなのである。
故に、モモンをエ・ランテルから引っ張り出すには、それ相応の対価、自国の治安悪化を考慮しても余りあるほどの対価を、聖王国は示さなければならない。
これは別に、魔導国に限った話ではない。
もし立場が逆であったなら、カルカもウルを聖王国から出すという選択は取らないであろう。
それが分かっているだけに、カルカは悩みぬいている。
同じくラナーのある考えが頭をよぎる。
それは何としても阻止しなくてはならない。
…その代替を用意できてはいないが、それを良しとする気持ちは1ミリも持ち合わせていなかった。
そんな風にして暫く魔導王を見つめながら考えていたカルカであったが、魔導王の「さて、」という声で、我に返る。
そして、その声をきっかけとして、魔導国と聖王国間における初めての会談が幕を開けた。
謁見後、魔導王からの勧められた宿屋に戻ったカルカ達は、失意のままに大きなテーブルを囲む。
用意された宿屋は、迎賓館のような、重役が滞在するような設備と広さを誇っており、カルカ達は思わず息を呑んだ。
しかし、その待遇の良さを両手離しで喜べるほど、カルカ達の心情は明るくなかった。
ケラルトがゆっくりと、重い口を開く。
「カルカ様…どういたしましょう…」
「…ラナー王女の言ったとおりだったわね…。ですが、ウル様をお渡しするわけには…」
カルカの言葉は、語尾に進むにつれて小さいものになっていく。
魔導王から要求されたものは、予想通り、大戦後のウルの魔導国入りであった。
無事かどうかもわからない中で、それでも魔導王がウルを求めたのは、やはり強さであった。
魔導王曰く、ウルは人間どころか生あるものの中で最も強い力を有していると確信している、とのことであった。
もしウルを差し出すというのであれば、エ・ランテルの一時的な治安の悪化も厭わないとのこと。
それはつまり、確実に漆黒のモモンの貸し出しを意味していた。
聖王国のためを思えば、呑むべき事項である。
いくらウルが聖王国の希望であろうと、ウル一人で聖王国全体を救えるのなら、聖王女として苦渋であっても、呑む判断をするべきである。
しかし、聖王女としてではなく、一人の女性カルカとしてはとても受け入れられる話ではなかった。
恩義という意味でも、愛情という意味でも…。
カルカはこれまで、数々の恩義をウルから賜ってきた。
もしウルがいなければ、聖王国はすでに滅んでいた可能性すらある。
カリンシャの悪魔騒動から始まり、亜人悪魔連合の侵攻、そして今回の亜人の大侵攻と三魔皇の襲来……。
どれをとっても、ウルの存在なしには解決しなかった国難であった。
そんなウルを、聖王国とカルカを救ってくれたウルを、魔導国に売り渡すような真似は、死んでも出来なかったのだ。
…しかし、漆黒のモモンを借り受けられなければ、聖王国が滅ぶ可能性が高いのもまた事実。
その二律背反の中で、カルカは大きく頭を抱えていた。
「…カルカ様、こればかりは、時間をかけて代替案を出すしか…」
「そうですね…。しかし、それに匹敵するものが、聖王国にありますか?」
グスターボの言葉に、同意を示すカルカであったが、それと同時に、自国を卑下するような言い回しをして見せる。
皆、押し黙ってしまう。
国を想っていないわけではない。
皆一様に、聖王国を誇りに思っている。
しかし、ウルに匹敵する価値となると、話は別である。
そんなものは……ない。
カルカは、その沈黙が答えであるかのようにして、大きくため息をつく。
何か、何か考えなくてはならない。
ウルを失わず、且つモモンを借り受ける策を…。
そう考えていた時、扉をノックする音が聞こえる。
「従者、ネイア・バラハです。開けて下さい」
カチャリという音と共に、聖騎士の一人が顔を覗かせる。
「失礼いたします。カルカ聖王女陛下、魔導王陛下がお見えです…。内密な話をしたいと…」
その言葉に、カルカだけでなく、部屋の中にいた者全員が酷く驚いた表情を見せたのは、言うまでもない。
突然の魔導王陛下の来訪に戸惑いを見せたカルカ達であったが、カルカとケラルト、そして魔導王が席について話を始める。
「それでは、魔導王陛下。単刀直入にお聞きすることをお許しください…。内密な話とはいったいなんでしょうか?」
「気にする必要はない。カルカ聖王女陛下。先の会談で、私はウル殿を魔導国に迎え入れるという提案をさせて頂いた」
「…はい」
「それを、貴殿らが受け入れられないというのはわかっている。…それで一つ代案を持ってきた…。これを受け入れるのであれば、モモンは派遣できないが、それに匹敵する人物を聖王国に貸し出そう」
魔導王の提案に、カルカとケラルトは大きく目を見開いた。
「それは、一体なんでしょうか?」
「…メイドだ…メイドが欲しい」
「メイドとは、ヤルダバオトがつれていたという、悪魔のメイドのことですか?」
カルカの疑問に、魔導王が短く返答する。その返答内容を、ケラルトが補って見せた。
「そうだ…。あの悪魔メイドたちは、ヤルダバオトの洗脳化にあると見た。これはモモンからの情報であるから、その信ぴょう性は高い。そして、次の聖王国侵攻の際には、奴はメイド悪魔を連れてくるだろう…。何せ次は、恐らく首都ホバンスに攻撃を仕掛けようとする可能性が極めて高いからな…」
魔導王の言葉に、ケラルトは強大な恐怖を感じた。
後半の内容が、あのラナーの考えと一致していたからである。
蒼の薔薇のリーダー、ラキュースによれば、ラナーはとんでもない頭脳を持つ天才という話であった。
それは先日の面会で確固たるものとなったが、目の前にいる魔導王もそれに匹敵、若しくは上回る頭脳を有している。
加えて、ウルと同格の強さ…。
強さでも、頭脳でも、魔導王を上回ることができない…。
それはつまり、生半可な提案も牽制も意味をなさないことを意味していた。
「メイド悪魔たちの洗脳を解くには、一度殺すしかない…。その上で私の力で蘇生し、我が麾下に加える。それが一つ目の要求だ…」
「メイド悪魔については、そのようにしていただいて構いません…。それで、要求の一つということは、まだおありと言うことでしょうか?」
「その通りだ、カルカ聖王女陛下。もう一つの要求は、ウル殿への魔導国勧誘を許可頂きたい」
魔導王の言葉に、カルカは大きく目を見開き、唇を震わせる。
そして、その震えを何とか抑え込んで口を開く。
「それはつまり…ウル様に交渉する、ということですか?」
「そうだ。ウル殿を一方的に魔導国に迎えるのは…。少し考えれば失礼だと思ってな…。様々な待遇を提案したうえで、交渉する」
「…ウル様に、断る権利はあると考えてよろしいですか?」
カルカは、些少の不満を滲ませながら口を開いた。
「もちろんだ。だが、断るという考えにすらならない素晴らしい提案を考えている。聖王国では、決して手にすることのできない莫大な財や生活、そして名誉、その他諸々な…」
カルカは、大きく表情を歪ませる。
先の会談での内容より、よっぽどましであった。
何せ、『ウルへの交渉』が要求であり、それは『ウルが断る』をもってして、実質的にその要求がなかったことになるからだ。
しかし、ウルに対する提案というのが引っかかる。
魔導王は頭が回る。
その魔導王が、『断るという考えにすらならない』という程のものを提示するというのだ。
ウルが、絶対に聖王国に残るという保証はなかった。
カルカは暫し、震える身体で思考を張り巡らせる。
しかし、元より選択肢などなかった。
逆にここで渋れば、この提案はなかったことになるかもしれない。
そうなれば、もはや交渉の余地はない。
『聖王国』か『ウル』か、その二択を迫られることになる。
カルカはゆっくりと口を開いた。
「…承知いたしました…。そのご提案、お受けいたします」
横にいるケラルトも、仕方がないと言った様子で魔導王を見つめている。
「それで、魔導王陛下…。モモン殿に匹敵するという人物とはいったいどなたでしょうか?」
ケラルトは、自分たちにとって最も重要な事柄を質問する。
ケラルトのもつ情報の中で、モモンを除いてウルに匹敵する人物は思い当たらなかった。
となれば、恐らくは魔導王の配下の者達であろう。
ウルの話では、少なくとも同じくらいの強者が6人はいるとのことであった。
「ああ、君たちの目の前にいるーーー私だ」
静寂が場を支配する。
そして、カルカがゆっくりと口を開く。
「ま、魔導王陛下自ら聖王国に来ていただく…と…?」
「そうだ」
カルカは少し考え、最後口を開く。
「…魔導王陛下がそれでよいと仰るのであれば…。しかし、聖王国としては、魔導王陛下の御命の保証は出来かねます」
「問題はない。たとえ私が死んだとしても、聖王国への追及はしないと約束しよう…。ウル殿との一騎打ちをした際に、聖王国に責任を求めなかった時のようにな…」
信用に値する。カルカはそう思った。
事実、いくらあの時、ウルが聖王国での名誉も称号も、全てを捨てて挑んだとはいえ、その後の聖王国に対する追及をしないという魔導王の判断は、慈悲深いものであった。
前例がある以上、その言葉を信じることができた。
「承知いたしました…。それでは、ご出立はいつに?」
「…その前に、貴殿らに聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
カルカの質問を跳ね除けるようにして魔導王が口を開く。
ケラルトは、疑問を抱きながら言葉を発した。
「貴殿らは、ウル殿のことをどこまで知っている?」
「と、申しますと?」
「…本名、出身国、地位…基本的なことだ。ウル殿に魔導国を提案する以上、聖王国側もそれを理解していた方がいいと思ってな…」
「ウル様の…本名…ですか?」
カルカは、言葉を震わしながら答えた。
それは、全く知らないということを意味する者であった。
「なるほど…。どうやら何も知らないと見える…本名くらいは知っていると思っていたんだが…」
「魔導王陛下は、ご存じということでしょうか?」
「本名と出身国、そしてその時の地位…その程度ではあるが、知っている。魔導国の諜報部隊が調べ上げたものだ」
魔導王の言葉に、ケラルトも驚愕の表情を見せる。
「お教え…頂けますか?」
「ふむ…。まず彼の本名だが、名はウルベノム。ウルベノム・アレイン・オードルという」
「ウルベノム…アレイン…オードル様…」
カルカは、最愛の男性の本名を、魂に刻むように口ずさむ。
「ミドルネームを有する…ということは、その…貴族であった、ということですか?」
ケラルトも、一言一句間違えなく頭に叩き込むが、同時に疑問を抱き投げかける。
「いや…もっと上だ…」
「「ッ!!!」」
魔導王の言葉に、カルカとケラルトは大きく身体を震え動かす。
後ろに控えるグスターボ以下、聖騎士や神官、従者のネイアですら、驚きを呻き声のように漏らしている。
貴族の上…。それはつまり…。
「ヒャッカリョウラン聖教国、第一王子、ウルベノム・アレイン・オードル…。それが彼の、聖王国に行く前の肩書と名だ…」