【完結】カルカとモモンガに救済を!   作:ペリカン96号

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拙い文章で読みずらい、理解しずらい点多々あると思いますが、お楽しみいただければと思います。
感想、評価、是非お待ちしております!


第5話 恋心

戦勝と英雄の誕生を祝う宴が行われた日から、一夜と一日が空けた今日…。

 

ウルがこの異世界に転生してから10日目を迎えた。

 

現在ウルは、カリンシャの城に招待され、その一室で待機をしている。

 

どうやら、先のカリンシャの街での悪魔討伐と、アベリオン丘陵での亜人と悪魔の撃退に対する功績を称え、聖王女から褒美を頂けるとのことであった。

 

暫く待機した後、ドアをノックする音が聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

 

ウルが入室を許可すると、2人の男が入ってきた。

 

一目で聖騎士であることが伺える。

 

加えて、その身なりと佇まいから一聖騎士とは違った風貌であることがわかる。

 

「お初にお目にかかります。私、本日ウル様のご案内を仰せつかりました。聖騎士団副団長のイサンドロ・サンチェスと申します」

 

「同じく、聖騎士団副団長のグスターボ・モンタニェスと申します」

 

「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。私はカリンシャで冒険者をさせて頂いております、ウルと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

 

イサンドロとグスターボの挨拶に返す形で答える。

 

「ウル殿。早速ですが、聖王女陛下の準備が整いましたので、ご案内をさせて頂きます」

 

「さあ、こちらへ」

 

「承知いたしました」

 

グスターボとイサンドロに案内され、部屋を出る。

 

通路を何度か右左折し、所々に装飾が施された長い階段を上がる。

 

階段に差し掛かったところで、ウルが雑談とばかりに口を開く。

 

「イサンドロ殿とグスターボ殿は、聖騎士団副団長ということは、レメディオスさんのところにいらっしゃるのですか?」

 

「ええ、その通りでございます」

 

「なるほど…」

 

ウルの質問にイサンドロが答え、ウルは少々神妙な顔つきになる。それを見て、グスターボは不安な様子を見せる。

 

「うちの団長が、何か失礼を?」

 

「ああ、いえいえ。そういうわけではないのですが…中々個性的で愉快な方だなと思いまして…」

 

ウルは乾いた笑いを浮かべながら口を開いた。

 

「ああ、それは…そうですね。申し訳ない…」

 

グスターボは平謝りをして見せる。

 

「いえ、本当に大丈夫ですから。私は特に何か実害を受けたとかではないので…」

 

「…感謝いたします」

 

イサンドロとグスターボは、今まさに全く同じ感情を抱いていた。

 

この2人は、レメディオスのパワハラに似た言動と、頭の悪さに振り回されているのである。

 

それにより、胃痛が絶えない日はなかったと言っていい。

 

恐らくは、ウルも胃痛…という程ではないにしろ、その一端を垣間見たに違いない。

 

…しかし、当の2人は、数日前から大分胃の調子が良かった。

 

それはもちろん、今目の前にいる英雄のおかげである。

 

2人は、首都ホバンスにいたことで、聖騎士団一行とは別動隊でこのカリンシャへと到着した。

 

当初はカリンシャに出現した悪魔の二次攻撃隊としての出兵であったが、ウルのおかげでその必要性はなかった。

 

加えて、聖王女一行と合流した後も、いつもであれば謂れのない叱責と無理難題を押し付けられているところであったが、それもなかった。

 

なにせ、レメディオスから齎される話は、ウルの話ばかりであったからだ。

 

戦いぶりと強さから始まり、性格や素顔など多岐に亘っていた。

 

レメディオスが嬉々として、まるで子どもが親に話をするかのような口調だったため、驚いたものである。

 

そんな風にしてぼんやりと考えていると、聖王女が待つ大広間の前の扉へと到着する。

 

イサンドロが入室の許可を取ると、ウルに入るように促す。

 

ウルはゆっくりと開かれる扉を前に、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。

 

その先には急ごしらえの玉座があり、そこまでの道のりには、左右対称に聖騎士と神官たちが列をなして並んでいる。

 

ウルは、ゆっくりと歩みを進める。

 

カルカの横には、レメディオスとケラルトの姿も見られた。

 

玉座の前にある台座へ後2m程度と言ったところで歩みを止め、カルカの前に膝を突いて頭を垂れた。

 

「面をおあげください」

 

カルカが、透き通るような声をウルに向けて発する。

 

「カルカ聖王女陛下より許可が出た。ウル殿、面をおあげください」

 

隣に控えるケラルトが、綺麗ながらも威厳のある声を発する。

 

ウルは、ゆっくりと顔を上げる。

 

カルカの顔を見ると、まるで女神のような微笑を浮かべながらウルを見つめていた。

 

そして、ほんの少しだけ頬を赤らめた。

 

一瞬目をそらされるが、またすぐに目線が交差する。

 

「ウル様。改めまして、今回のカリンシャでの悪魔の討伐、並びにアベリオン丘陵での亜人と悪魔の討伐。大変に見事な活躍でした。聖王女として、心からの感謝を申し上げます」

 

「恐れ多くも、ありがたいお言葉」

 

「ウル様の働きは、北部城塞都市カリンシャだけでなく、聖王国を救うに至るご活躍。それに伴い、褒美を与えます」

 

「はっ!ありがたき幸せにございます」

 

カルカが横にいるレメディオスに目配りをすると、小さなプレートのようなものと短剣をウルの前へと差し出す。

 

ウルは、それを両手で仰ぐように受け取る。

 

「まずは、オリハルコン級の冒険者プレートになります。ウル様は今日まで、カッパー級の冒険者であったと聞いています。ですが、それでは実力、実績に対してあまりにも不釣り合い。そのため、冒険者組合と相談の上、この私、カルカ・ベサーレスの名の下に、ウル様をオリハルコン級冒険者へと推薦し、承認を得ましたのでお渡しいたします」

 

カルカは一呼吸置くと、続けて口を開いた。

 

「さらに、今回の功績に際し、ウル様にはローブル聖王国聖王女の名の下、九色の一色、『白銀』の称号を与えます。加えて、聖王女、および聖騎士団団長、神官団団長の連名で短剣をお贈りさせて頂きます」

 

「大変にありがたき幸せにございます」

 

ウルにオリハルコン級の冒険者プレートと、九色の『白銀』、そして3者連名の短剣が与えられた後、大広間は盛大な拍手が起こった。

 

ちなみに、このうち短剣の付与を提案したのは神官団団長であるケラルトであった。

 

聖王国において、聖王女が短剣を褒美として取らせることは、騎士の中で素晴らしい功績を挙げたものに対する褒美である。

 

本来であれば、国に仕える貴族や聖騎士、騎士に対してもたらされるものであるそれを、冒険者であるウルに取らせたのには大きな意味があった。

 

それは、ウルが『聖王女陣営』であることを『南部貴族陣営』に知らしめるのが大きな目的である。

 

万を超える亜人や悪魔を討伐できるほどの実力ともなれば、聖王国内だけで見ても、ウルは引く手あまたの実力者となる。

 

そうなれば、南部の貴族が引き抜こうとするのは目に見えている。

 

それを牽制するため、聖王女に加え、聖騎士団団長、神官団団長の連名の下に短剣を与えたのである。

 

砕けた言い方をすれば、聖王女とカストディオ姉妹が有する英雄のため、手出し無用という意味である。

 

暫くして拍手が収まりを見せると、カルカは何やら意を決したように口を開いた。

 

何やら少し緊張している様子である。

 

「ウル様…ど、どうかもう一度、素顔をお見せいただけませんか?」

 

カルカの言葉に、ケラルトが「えっ」と言った様子で振り返る。

 

どうやら、元々の流れにはなかった発言らしい。

 

「素顔…ですか。…承知いたしました」

 

ウルは少し悩む素振りを見せたが、もう今更いいか、と言った様子で兜を脱ぐ。

 

それによって現れた黒い髪と瞳、そして美しい顔立ちに、カルカは息を呑み、頬を真っ赤に染上げる。

 

ケラルトも2回目だというのに少し頬を赤らめている様子であった。

 

レメディオスに関しては、関心はあるものの、頬の赤らみはなかった。

 

「やはり…とてもお美しいお顔立ちであられますね…」

 

カルカは真っ赤になった顔を、反らすようにして目線を外す。

 

「とんでもございません。ローブルの至宝とうたわれるカルカ聖王女殿下の美しさに比べれば、大したことはございません」

 

ウルにとっては、社交辞令のつもりであった。

 

しかし、当の本人であるカルカにとっては、非常に甘美な言葉であった様子で、まるでゆでだこのように更に顔を赤らめる。

 

そしてそれは、目線を下に落とし、俯くこととなった。

 

「ぁ…ありがとう、ございましゅ…」

 

カルカは顔から煙を出すがごとく、恥ずかしさを滲みだしている。

 

まともに口も回らず、言葉を噛んでしまう程であった。

 

公式の場でこれ以上の失態を晒すことはまずいと判断したケラルトは、自身も見惚れてしまっていた気持ちを振り切り、式典を締めくくるに至る。

 

「そ、それでは以上で式典を終了とさせて頂きます。ウル殿、本日はご足労頂き、感謝いたします」

 

「とんでもございません。素晴らしい、数々の褒美、心から感謝申し上げます」

 

その後、ウルは大広間から退出し、イサンドロとグスターボの見送りをもって、城を後にした。

 

 

「カルカ様…あれはどうかと思いますよ…」

 

ケラルトは、カルカに対し、少しきつめに言葉を発した。

 

ここは先ほど式典を行った大広間から扉一枚挟んだ、聖王女の執務室。

 

ここ北部要塞都市カリンシャは、聖王女一行が滞在することが多いため、宮殿と同様に執務室が設けられていた。

 

聖王女の主たる執務室は、首都ホバンスの宮殿内であるため、大した装飾や設備があるわけではないが、北部要塞都市カリンシャで執り行う執務に関しては、問題なくこなせる設備は備わっていた。

 

そんなカリンシャの執務室で、ケラルトがカルカを叱責している理由はただ一つ。

 

先ほどの式典での、ウルに対してのカルカの言動であった。

 

最後の最後に『顔を見たい』と言った際には、些少の疑念で終わったが、その後の言動がまずかった。

 

聖王女としての言動ではなく、ただの恋する乙女のモノであったからだ。

 

「だ、だって…仕方ないじゃない…。ほ、惚れた殿方の前で聖王女でいろというのが無理な話よ…」

 

カルカは今だ顔を真っ赤にして俯いて見せる。

 

恐らくは、ウルの素顔を思い出しながら、色々と想像を膨らませているのだろう。

 

「限度ってものがあるじゃないですか…」

 

惚れた殿方の前で、素が出てしまうのは致し方ないであろう。

 

カルカやレメディオスと同じように、男を知らないケラルトであったが、さすがに時と場合における節操くらいはわきまえているつもりであった。

 

「んん?別にいんじゃないか??仲良くなれば、色々と協力を頼めるではないか!」

 

…レメディオスはケラルトが何をそんなに怒っているのかよくわからず、頓珍漢な質問を繰り出す。

 

「はぁ…姉さまはちょっと黙っていてください…」

 

ケラルトは呆れたようにガックシと頭を垂らす。

 

「そ、そんなこと言って…ケ、ケラルトだって見惚れていたじゃない!!」

 

カルカは小さく頬を膨らまし、ケラルトに抗議する。

 

「なぁっ…。そ、そんなことありません!!私は、そんな…」

 

突然のカルカの反撃に、ケラルトは一瞬で頬を赤く染め、全力で否定して見せる。

 

しかし、分かりやすいほどに表情に出ており、カルカはそれを見逃さなかった。

 

やはり男性経験どころか、付き合ったことすらないというのは、痛手であった。

 

「ふふっ!ケラルトだって…好きなんでしょ?ウル様のこと…見ていればわかりますわ!」

 

「うぐぅ…。で、ですが、カルカ様ほどではありません!!わ、わたしはただ…人として素敵だなと…思っているだけで…その…ふ、深い意味はありません!!」

 

カルカとケラルトの言い合いがヒートアップしている中で、レメディオスも何かに気付いたようにはっとした表情になる。

 

「私も好きだぞ!ウルのことは!!あの強さに惚れこまないわけはないからな!!!」

 

「「レメディオス(姉さま)は黙ってて!!!」」

 

「ひっ…」

 

レメディオスは2人の話題に入ろうとするが、なぜか口裏を合わせたように怒られてしまい、今まで出したことのない呻き声を上げて、完全に委縮してしまう。

 

「と、とにかく…。公式の場では慎んでください!!私的な場では…その…まあ、ある程度は仕方がありませんが…」

 

「う…そ、そうね…。それに関しては気を付けるわ…」

 

ケラルトが話をまとめるようにして釘を刺すと、カルカもそこは納得せざるを得ないといった様子を見せる。

 

「な、なんでそんなに怒るんだ…。あたしだってウルのこといい奴だと思っているのに…」

 

レメディオスは、酷く落ち込んでいる。

 

そんなレメディオスを見て、カルカとケラルトは顔を見合わせると、クスクスと笑い始める。

 

「な、なにが可笑しいんだ!」

 

「ふふ…ごめんなさい、姉さん」

 

「でも…あなたにもわかる時が来るわ。きっとね…ふふっ…」

 

どうやら二人はそこまで怒っていないらしい。

 

少し安心したレメディオスであったが、肝心なことは理解できず、頭にハテナマークが発生したままであった。

 

 

式典を終えたウルは、足早に安宿に戻ろうとするが、宿の主人に宿泊を断られてしまう。

 

なんでも、英雄を御泊めできるような宿屋ではないから、勘弁してほしいとのことであった。

 

ウルは、最低限横になれればいいやぐらいに思っていたので、特に気にしていなかったが、ユーゴ兵士団長に他の宿屋を紹介するように頼まれていたと聞いて、あまり強く言えなかった。

 

安宿の主人に紹介されたのは、カリンシャの街で最も高い宿屋であった。

 

余り手持ちのなったウルは、正直にそれを高級宿屋の主人に伝えるが、『暫くのお代は兵士団からお支払い済みです』という話を聞いて酷く狼狽した。

 

部屋を案内され、一通り見回した後、すぐさま兵団屯所に行き、ユーゴを訪ねた。

 

幸いユーゴとはすぐに会うことができ、お礼もかねて挨拶をすることができた。

 

『さすがに宿代をお世話になることはできない』と告げると、『聖王女陛下の意向もあるので受け取って欲しい』と言われてしまう。

 

国のトップの恩情とあらば、あからさまに断ることもできず、半ば強引に受ける形となった。

 

その翌日、先の式典でウルがオリハルコン級の冒険者となり、九色の一つ、『白銀』を有したことが、カリンシャの街に知れ渡ることになる。

 

首都はもちろん、他の街にも伝令は行くが、それが伝わるのはまだ先になるだろう。

 

しかし、カリンシャに関しては即座に話が伝染し、国が正式に『白銀』を与えたことで、ウルは皆から『白銀の聖騎士』という二つ名で呼ばれることになる。

 

また、冒険者として登録する際に、本来であればチーム名を登録するところを、『一人だからチームも何もない』と言ってチーム名を決めていなかった。

 

だが今回の一件で『白銀』という名で広く知れ渡ることになったことに加え、冒険者ギルド長とその娘である受付嬢のセリンが、勝手に『白銀』と登録したことで、冒険者の中でも『白銀』としてのチーム名が浸透していくこととなった。

 

 

オリハルコン級の冒険者となったことで、ウルは高難度のクエストを受けられるようになった。

 

逆に言えば、今までの容易なクエストを受けることは難しくなってしまったが、実力に見合ったクエストを受けられるようになったことで、ウルは意気揚々としていた。

 

…まあ、たとえアダマンタイト級になろうとも、ユグドラシルにおいて2番目に強かったプレイヤーであるウルを満足させられるようなクエストは、おうおうにしてないのであるが、カッパーの頃のクエストに比べればマシなのは事実であった。

 

右往左往したが、結果としてウルの思惑通りに事が運んだので、『終わりよければすべてよし』と言った様子でウルは自身の中で罪悪感を消して、納得していた。

 

しかし、ウルの中では自身が呼び出した悪魔によって、冒険者ギルドが木っ端みじんになってしまったことに心の底から申し訳なさを覚えている。

 

そのため、『自分にできることは何でもしますよ』とセリンに告げることになる。

 

セリンや冒険者ギルド長、そして他の冒険者からすれば、その発言は謙虚で誠実な素晴らしい人柄と移り、ウルの思いとは裏腹の噂になるのは言うまでもない。

 

さて、そんなウルがオリハルコン級の冒険者となって初めて受けたクエストが、『ギガントバジリスク』の討伐であった。

 

聖王国、唯一の隣国と接する街道。

 

それは、アベリオン丘陵とローブル聖王国を分断するように建てられている砦の極北にある。

 

リ・エスティーゼ王国と繋がるその街道付近に、ギガントバジリスクが出現したらしい。

 

聖王国唯一の他国に繋がる街道に現れたギガントバジリスクを放置することは、実質的に外交を完全に遮断する行為になる。

 

これを重く受け止めた冒険者ギルド長は、オリハルコン級冒険者のウルに対し、名指しで依頼を行う。

 

ギガントバジリスクは、難度90のモンスターである。

 

常識的に考えれば、街一つを壊滅しかねない強大なモンスターでる。

 

だが、先の悪魔騒動で活躍したウルであれば、問題なく行えるとの判断を下した。

 

…しかし、結果としてそれは驚くべき結末を迎える。

 

それも、良い意味でだ。

 

当初、早くても5日程度かかると思われていたそれを、ウルは朝に出発して当日の夕方に帰還するという、驚くべき速さで討伐して見せたのだ。

 

加えて、ギガントバジリスクの首を一刀両断するという離れ業で、である。

 

当初この報告を受けたギルド長は、半信半疑で聞いていたが、後日、ギルドが依頼していた荷運びにより、ギガントバジリスクの死体がカリンシャに到着する。

 

そして、その死体を確認したギルド長は己の疑いを猛省することになる。

 

身体にはほとんど、いや皆無と言っていいほどに戦闘痕はなく、首だけが、綺麗に一刀両断されていたのだ。

 

この話題は、先の悪魔事件と同様に、カリンシャを中心に聖王国中に知れ渡ることとなった。

 

 

ローブル聖王国首都ホバンス。その宮殿。カリンシャにある執務室とは違う、本来の宮殿にある執務室にて、聖王女は職務に勤しんでいた。

 

「はぁ…」

 

カルカは、筆を止め、窓の外を眺めたかと思うと、また羊皮紙に向かって筆を走らせる。

 

…しかし、またしばらくすると筆を止め…ということを何度も繰り返していたのだ。

 

「体調がすぐれませんか?カルカ様」

 

「あ、いえ、そんなことはありません。大丈夫よ、ケラルト」

 

「…少しお休みになりますか?」

 

「い、いえ、問題ないわ」

 

そう言うとカルカは再び筆を動かした。しかし、やはりまた筆は止まり、おぼろげな目で窓を見つめる。窓の外は、活気ある首都ホバンスの城下町が一望できた。

 

ケラルトは、そんなカルカの姿をここ数日、何度も目にしていた。

 

先のカリンシャでの悪魔騒動、そしてアベリオン丘陵での亜人と悪魔の侵攻。

 

この二つが、早期に解決し、加えて死者も出なかったことで、北部聖王国の人々の活気と平穏は、目に見える形で表れていた。

 

…全てはあの英雄、オリハルコン級冒険者である白銀の聖騎士ウルのおかげである。

 

しかし、それは同時にカルカの執務に対する集中力を阻害してしまう結果となった。

 

「ふぅ…」

 

カルカはいつもよりも大分時間がかかったものの、執務をひと段落させて筆をおいた。

 

「ねぇ、ケラルト…」

 

「はい、カルカ様」

 

「今度はいつ…ウル様にお会いできるのかしら…」

 

「いつ…と申されましても…今のところ、予定はありませんね」

 

ケラルトは困惑して口を開く。

 

「や、やっぱり…首都ホバンスで生活をしていただいた方がいいのではないかしら?…ほら、英雄様をお迎えするなら…より活気のある首都の方が…」

 

「カルカ様…。それは聖王女派閥との必要以上の癒着を疑われると、この前お伝えしたはずです…」

 

カルカは、聖王国王女として、ウルに対してオリハルコン級の推薦後見人と、九色の『白銀』贈呈、加えて南部貴族への牽制を込めて、短剣を下賜したのだ。

 

これ以上の褒美、及び優遇は、あらぬ誤解といらぬ争いを生みかねない。

 

「少なくとも、ウル殿が新たな功績を挙げるか、アダマンタイト級の冒険者となるまではお待ちいただかないと…」

 

「…そうすれば、ホバンスに招待できるかしら?」

 

「招待はできるかと…。ですが、居住して頂くのは難しいでしょう」

 

「ど、どうして!?」

 

カルカはまるで意図していなかった返答に驚きを見せる。

 

そんなカルカの様子を見て、ケラルトは小さくため息をつく。

 

「ウル殿が自らホバンスに移住されるのなら、些少の騒ぎで済みますが、カルカ様自らのお声がけとなれば、その噂はすぐに広まります。それに、ホバンスかカリンシャかで言えば、カリンシャの方が亜人等の被害の可能性は高いわけでして…。それに、これ以上南部貴族と対立を生むような事は避けて頂かないと…」

 

「う、うぅ~…」

 

ケラルトのもっともな意見に、カルカは何も言い返せず、可愛く呻き声を上げて見せる。

 

そうして呻き声を上げているカルカであったが、何かを思い立ったかのように席を立つ。

 

「どちらへ?」

 

「…自室で休みます」

 

カルカは小さくため息をつくと、トボトボと自室へと向かった。

 

ケラルトは、いつものカルカとは全くの別人の姿に、頭を抱えていた。

 

「一体どうしたらいいのかしら…」

 

ケラルトは、生まれてから一番の大きなため息をついて見せた。

 

 

 

カルカは、執務室で行っていた業務をいったん中断し、侍女すら連れずに自室へと戻ってきた。

 

そして、そのままベッドへと倒れこむと、大きなため息をつく。

 

「はぁ…」

 

カルカは自身の身と心に起きている変化に、大きな戸惑いを見せている。

 

…原因はわかりきっていた。

 

「…ウル様…」

 

カルカは小さく想い人の名を口にすると、ゆっくりと目を閉じる。

 

すると、瞼の裏に、ウルの戦闘の光景が鮮明に蘇る。

 

「かっこよかったなー…」

 

目で追うのがやっとの身体捌きと剣捌きで、バッタバタと亜人と悪魔を斬り伏せる姿…。陽光が反射してきらめく、白銀の鎧と二刀の片刃の剣…。

 

そして誠実で優しく、耳触りの良い声…。

 

極めつけは…。

 

「あの美しいお顔を…いつまでも見ていたいわ…」

 

カルカのその言葉に、偽りはない。だが、式典の時もそうであったが、いざウルの整った顔を思い返すと、顔が熱くなるのを感じる。

 

「あ…♡…でも、もう、まともに見られる気がしない…♡」

 

長くも短くもない、丁度良い長さの黒髪…。吸い込まれそうなほどに綺麗な黒目…。そして美しい中性的な顔立ち…。

 

「うぅ…。でも、やっぱり会いたい…♡。色々とお話を聞いてみたい…」

 

聖王女という立場上、中々同じ目線で会話をすることができなかったことが、カルカの心を更に締め上げる。

 

自分が町娘であったら、どれだけ楽であっただろうか。

 

今だけは聖王女の名を捨て、ウルのところへ駆けだしてしまいたい…。そんな強い気持ちを抱いていた。

 

今までも何度か聖王女という立場の重圧に苦しんできたが、今回はその比ではないほど、心が酷く締め上げられているのだ。

 

「…♡。これが…恋…♡。はぁ…こんなに苦しいものだなんて…♡」

 

カルカは、ベッドの上でモゾモゾし始めると、布団を丸めて抱きしめる。

 

丸めた布団を、ウルに見立ててギュッと腕に力を入れる。

 

そして恥ずかしくなり、布団に顔を埋める。

 

…しかしやはり見立てて抱きしめる、を何度か繰り返し、また大きなため息をつく。

 

「…会えなくてさみしい気持ちはあるけれど…嫌な気持ちではないわ…♡」

 

今度は鼻から息を漏らす。

 

「あぁ…ウル様…。一体どのような女性が好みなのかしら…♡。髪の長さは今のままの方がいいかしら?…やっぱり18歳くらいの若い女性の方がいいのかしら…。で、でもあたくしだってローブルの至宝と言われているもの…。負けてないわ…、いや、まけてない…!」

 

そんな風にして自問自答を繰り返しながら、カルカはいつの間にか眠ってしまっていた。

 

…ウルと一緒に手を繋いで街を歩く、そんな甘い夢を見ながら。

 

 

ギガントバジリスクの討伐を終えたウルは、数日の休日を設けた後、首都ホバンスへと向かった。

 

首都ホバンスから北北東の位置にある、地図で言うとポッコリとデベソのようになっている半島のような場所にある山岳地帯に、リトルファイヤードラゴンを発見したらしい。

 

推定難度は120ということで、ギガントバジリスクと比較しても危険であったが、彼のドラゴンが成体になれば、更なる危険が迫るとのことで、討伐依頼が出された。

 

カリンシャから向かうには、少しばかり距離があったため、首都ホバンスの北側にある、海に面した街で一夜を過ごしてから、目的地へと向かった。

 

この街は、聖王女派閥筆頭の大貴族が統治する土地であった。

 

今回の依頼は、この大貴族からの依頼であった。

 

一日かけて山岳地帯へ到着し、1日半探し回ってようやく見つけるに至った。

 

リトルファイヤードラゴンのレベルは、ユグドラシル単位でもレベル50に満たない敵だったため、特に苦戦することなく、制圧して見せる。

 

ギガントバジリスクとの違いがあるとすれば、倒すのに一撃ではなく二撃を要したというところである。

 

さすがに手を抜きすぎたと反省するウルであったが、現地人からしたら凄まじい武功であることは言うまでもない。

 

そのため、依頼主の大貴族の街へ討伐したリトルファイヤードラゴンを運び込むことで、街中が大騒ぎになるのも無理はない。

 

「す、すげー…ドラゴンを討伐したのか…」

 

「あれが最近噂の白銀の聖騎士様か…」

 

「なんて凛々しいお姿なのでしょう…」

 

街ゆく人々は、ウルの姿を一目見ようと、街道の端に集まり、覗き込むようにして見つめている。

 

そうして街の大通りを城のある方向へと歩いていく。

 

大きな天使と思しき像がある大広場に行くと、今回の依頼主の高貴な男性が目に入る。

 

年の頃は35歳前後であろうか。

 

些少顔に皺が出始めて入るが、いかにも大貴族と言った様子の凛々しい顔立ちをしていた。

 

大貴族の男性は、ウルの討伐したリトルファイヤードラゴンを見て、酷く驚いた様子を見せた後、討伐に至るまでの経緯を聞いてきた。

 

ウルは発見から戦闘、討伐に至るまでの流れを丁寧に説明した。

 

大貴族は神妙な面持ちで話を聞き、時折質問も交えながら会話を続けた。

 

暫くそんな風にして、互いに会話をしていたが、大貴族が思い出したように、今回の報酬の件を思い出し、傍にいた執事に用意させる。

 

ウルはそれを快く受け取ると、大貴族がある願いを口にした。

 

「して、ウル殿。この街にも貴殿の名声と共に、その顔立ちについての情報も知れ渡っていてな」

 

「はぁ…私の顔立ち…ですか?」

 

ウルは大貴族の言葉に、『南方の生まれとか、黒髪黒眼ってそんなに珍しいものなんだな…』と思いながら話を聞いている。

 

…勘違いも甚だしいものである。

 

「それで、もし可能であれば、お顔の方をお見せいただけないかと思ってな」

 

「ええ、まあ、別に減るものでもないですし、構いませんよ」

 

ウルは大貴族の言葉を受け入れる形で、ゆっくりと兜を脱いでみせる。

 

…案の定、大貴族も、後ろに控えている執事も、そして周りの民衆も石になったように固まる。

 

ウルはここで初めて、中央砦城内とカリンシャの大通り、そして式典の時と周りの反応が同じであったことに気付く。

 

…だが、本質の部分にはまだ気づいていないのである。

 

「まあ、こんな感じで、髪と目の色は珍しいですが、ごく普通の顔立ちですよ」

 

ウルは少し気恥ずかしそうに口を開き、微笑んで見せる。

 

多くの民衆が、心打たれたかのように一歩後退する。

 

勿論、ウルの言葉に感銘を受けたからではない。

 

「ふ…ふ…」

 

「…?」

 

大貴族は何やら言葉に詰まっている様子であった。

 

ウルは頭に疑問を浮かべながら、大貴族の言葉を待った。

 

「ふ、普通なわけがないではないですか!!何という美しき顔立ち!!!こんな美しい男、見たことがありませんぞっ!!!!」

 

「(え…?)」

 

ウルは何を言っているのかわからず、心の中で大貴族に対して疑問を抱く。

 

そんな風に反応のないウルのことなどお構いなしに、大貴族の男はガバっと振り返り、後ろにいた可愛らしい女性の背中を押してウルの前に立たせる。

 

大貴族の男と顔立ちが似ている。

 

娘さんであろうか?

 

ウルのそんな疑問は、大貴族の怒号にも似た声に、かき消されることになる。

 

「こ、これは私の娘で、ユミナという!!歳は16だ!!自分で言うのもなんだが、顔立ちもよく、頭もいい、そして愛想もある!!!ど、どうだろうか!!娘を嫁に貰ってやってはくれぬか!!!」

 

大貴族の男に差し出されるようにして紹介された娘は、とても緊張した様子で頬を赤らめている。

 

確かに、顔立ちからして年の頃は16歳あたりであった。綺麗な銀髪を腰まで伸ばしている。身長は少し低めで150センチ程度といったところであった。

 

だが、その緊張の中にあっても、スカートの両端をつまみ、軽く会釈をして見せる。

 

いつものウルであれば、『綺麗なお嬢さんだなー』とか『おお、貴族の女性って感じの所作だ!』とか思うところもあったであろう。

 

しかし、今のウルにそんな余裕はない。

 

先ほどの大貴族の言葉、提案を頭の中で反復して理解しようとしていたからだ。

 

そうして暫くして言葉の意味を読み取ると、それは衝撃と共に言葉となって表れる。

 

…はい、皆さんもご一緒に…。せーのっ!!

 

「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!」

 

ウルはこの異世界に来て、2番目に大きな絶叫を発することになった。

 

結論から言えば、お断りをした。

 

大貴族が恥をかかぬよう、ユミナという少女が傷つかぬよう、細心の注意を払ってだ。

 

内容は、『身分の違い』と『自分にはなさねばならぬ使命がある』というものであった。

 

これにより、その場は丸く収まり、心の中でガッツポーズのウルであったが、この2つ。特に

 

『自分にはなさねばならぬ使命がある』という部分が後に尾ひれに尾ひれがついて、取り返しのつかない事態へと発展していくのは、まだまだ先のお話である。

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