「――――というわけで、転校生とのコミュニケーション大会を始める」
「「「「いぇーーーい!」」」」
「……?」
高橋の宣言、デミちゃんたちの声援、転校生の疑問。
そして集結したのは生物準備室。
開催場所は、大きなホワイトボードの前のソファ。
その中で、すーっと手が上がる。
「あの、いきなり始まったんですけど……?」
と動揺するオレンジ色の髪の毛の持ち主。
それは、生首だった。
自らの膝の上に、切り離された頭を乗せるデュラハンの
高橋先生は、そんな彼女の方を向いて説明をする。
「ああ、町には言ってなかったな」
そう言って指さすのは、ソファの真ん中に座るラフィールだ。
ひかりと雪を左右にして、顔色一つ動かさずに佇んでいる。
ただ少し窮屈そうだった。
「まず、そこにいるのは転校生のラフィールさんだ」
「あ、はじめまして……」
町は自分の頭を持ち上げて、ラフィールの方へ向け、お辞儀をするように手で顔を下に向けた。
それを見るラフィール。
彼女は、目を開ききっていた。
「…………???」
驚きこそ顔に出さなかったが、明らかに混乱しまくっている表情。
「あ、あの」
そんな顔を見てか、取り繕うように町は言葉を素早く紡ぐ。
「私デュラハンで……珍しい、ですよね」
「デーニュ アネ サ……?」
ラフィールは困惑の声色で言った。
「……え? 今なんて……」
今度は町が驚く番だった。
高橋先生は身を乗り出して、町に向かって説明を始める。
「ああ町、その子は日本語が話せないんだ。海外からの……いろいろ事情がある子みたいでな」
「あ、そうだったんですか」
自分の顔を高橋先生の方に向けて、町は頷いた。
「まあ、歓迎の意味も込めて、この子の正体を突き止めようという大会だ。ちなみに、大会のネーミングはひかりだ」
「はいはーい! 発案者は私でーす!」
ぴょーん、ひかりはソファから跳び上がるように立ち上がる。
となりのラフィールの肩が驚きにビクッと揺れた。
「それでどうするんだ? ひかり。俺の用意したこともあるが……どうする、先にやるか?」
「じゃあ先にやらせていただきます!」
ふんっ、とひかりは胸を張る。
そして、ばーんと雪に向かって手を向けた。
「それでは助手の雪くんっ、みなに紙をくばったまえ!」
「はっ、はいっ! 小鳥遊教授っ!」
そうして立ち上がる雪の手には、数人分の紙の束。
「……無理しなくていいんだぞ」
そんなことを言う高橋先生の言葉に、雪は思わず顔を伏せた。
くつくつと肩がこらえるように揺れる。
「いやっ、ふっ(笑)、やりまふっ」
雪は、笑い上戸であった。
それから全員に、それぞれ紙を渡していく。
「俺とラフィールにもか。で、何をやるんだ?」
「それじゃーまずはみなさん! ご自分の名前を書いちゃってください!」
「あ、なるほど」
そう言うのは、デュラハンの町。
しかし、薫はいまいちピンとこなかったようで。
「ん? どゆこと?」
「まあまあカオルン! まずは描いてみて!」
「お、おう……」
全員が、カリカリと紙にそれぞれ書いていく。
そしてしばらくして、ひかりの声が響いた。
「はいじゃぁみなさんよいですか! ラフィールちゃんに見せる用意はできてますか!」
「いや、名前書くだけでそんなテンションいらんだろ」
薫が不愛想に言うと、ひかりはむっと頬を膨らませた。
「いるよっ、だって転校生に名前を覚えてもらうチャンスじゃん!」
「ていうか、書いても名前読めないんじゃ……?」
そう言って、紙を不安そうに眺めるのは雪の声。
「あ、そうだった」
「気づいてなかったんかい……」
呆けるように言うひかりに、目を細めて見る薫。
「まあ、日本語を覚えてもらう言い機会にはなるだろうな」
そんな高橋は、すでに書いた紙をラフィールに見せようと準備万端だった。
「それじゃあ、せんせーから発表してもらいましょう! ほらラフィールちゃん、こっちみてー!」
名前を呼ばれて、ラフィールはひかりの方に目をやる。
この顔には少し不安そうな陰りがあった。先ほどからずっと何をしているのか理解ができず、そろそろ不安な様子。
「それじゃせんせ! 名前見せてあげて!」
「ああ。ほら」
高橋先生は紙を表にして、ラフィールへと向ける。
「これで高橋鉄男って読むんだ。知ってるだろうが」
すると、ラフィールは前のめりになって興味深げに覗き込む。
「ソア ダルル アース?」
「俺の名前だ。ほら、こっちが高橋、こっちが鉄男だ」
すると、ラフィールは指で『高橋』と『鉄男』の部分を順繰りに指して、
「タカハシ、テツオ?」
と口にする。
「そうだ。高橋鉄男。俺の名前だ」
「ダル ダビア アネ、タカハシ・テツオ?」
「そう。高橋鉄男」
「ファスル」
こくり、とラフィールはうなずく。
「よし! それじゃ次は私! ラフィールちゃん見てみてー!」
と、今度はひかりが自分の名前を書いた紙をラフィールに見せた。
「ほら、こっちが、
「ソア……タ、カ、ナ、シ?」
「そう! たかなし! それで、こっちがひかり! 私の名前!」
「ヒカリ……タカナシ、ヒカリ?」
「そう! 小鳥遊ひかり! これあげる!」
勢いよく、ひかりは自分の名前を書いた紙をラフィールに向ける。
「ダ……スュール ソゥ ファリ?」
「うん! だ、すゅーる そう ふぁり!」
ひかりはラフィールの言葉を真似して口にする。
正直、意味は一つも分かっていない。
しかし、ラフィールの目は驚きに見開かれた。
「ロサ……ネグロ」
そう言ってひかりの手から紙を手にしたラフィール。
その顔は、さっきより少し、嬉しそうな表情をしていた。
「よし、じゃあ次はアタシな」
そう言って手を上げたのは薫。
ぴっと片手で紙をつまみ、ラフィールに向けて紙を見せる。
「アタシ、
「ヒガ……コール?」
「……ん?」
ぴくり、と薫の表情筋がひきつった。
「いや、ひが、かおる。コールじゃない。木炭かアタシは」
「燃えそうな肌色してるけどね」
「うるさいっ!」
「ぶふっ!」
ボケたひかり、突っ込む薫、そして笑う雪。
それからまた、薫はラフィールに向き直った。
「か、お、る、だ。コールじゃない、かおる!」
「カ、オ……ル?」
「そう、かおる。言ってみな。かおる!」
「カ、カオ……コール!」
「いやだからちがうってぇっ!」
むおーっ、と唸って顔を抱える比嘉薫。
「んぶふっ」
とまた雪の笑い声が漏れた。
「じゃあ今日からカオルンはコールンちゃんね」
「やめろよ!!」
「ッッ、あはっ!、二人とももうやめてっ」
「悪いのぁひかりだぁろぉーっ!」
真っ赤にした顔でひかりに取っ組みかかる薫。
始まってしまった三人のわちゃわちゃ大乱闘を、高橋鉄男は細い目で見た。
「また始まった……」
「あの、じゃあラフィールちゃん、これ私ね……」
混乱をよそに、町が自分の名前をラフィールに向ける。
「まち、きょう。みんなから町って呼ばれてるの。よろしくね」
「……マシ、キヨコ?」
「えっ」
ぴくり、と町の表情が凍り付いた。
後ろでドタバタしている三人の動きも、ぴたりと止まった。
「えっと……まち、きょうこ、です」
「マ……マティ……マ、イ? んー……?」
「…………」
町の顔が、みるみる赤くなっていく。
あわあわと取り繕うように口を動かし、なんとかしようとしているが、しかし肝心の声が出てこない。
「えっ、えっ、と、えっと……」
おろおろと、手に動かされる自分の頭。
その後ろから、ひかりが慌てて声をかけた。
「だっ、大丈夫だよマッチー! 大丈夫! 名前呼ばれなくても大丈夫だから!」
「そっ、そうだぞ町! 別の言語話者相手だ、仕方がない!」
「そっ、そうだよ町ちゃん!」
「気にするなっ! アタシなんてコールなんだから原型ないから!」
一斉に泣きそうになった町を慰めにかかる一同。
全員で、一斉に町の体をぎゅっと抱きしめる。
「……???」
さらに転校生のはてなマークは、深まるばかりであった。
「あ、ラフィールさん、ちなみに私は日下部雪です……発音できるかな」
「クサカベ、ユキ?」
「よかったぁ……」
出遅れた雪女は、ほうっと胸をなでおろした。
「まあ、ともかくこれで全員の自己紹介が終わったわけか」
ふう、と高橋は息をつく。
すると、ひかりが気が付いたように声を発した。
「そうだ、じゃあ、ラフィールちゃんの名前はなんていうの? これ、紙あげるから書いてよ!」
「ファ サコク ファル ダビアゥ?」
「うん! ふぁ、さこく ふぁる だびあう!」
「アイ、ベート ショット……」
うなずいて紙を手にして、カリカリと自分の名前を書いて行くラフィール。
それを、みんながずずいっと覗き込んだ。
「……長くない?」
と高橋。
「……長いね」
うなずくひかり。
そこには、六単語もの、見慣れない文字が書かれていた。
アルファベットのようでそうじゃないような、曲線の多い不思議な文字。
「ゴシュ、ソア ファル ダビア」
とそれを指さして、ラフィールは口にした。
「……これ、なんてよむの?」
ひかりは首を傾げて聞く。
すると、ラフィールは一息に、それを読み上げた。
「ファル ダビア アネ……アブリアル・ネイ・ドゥブレスク・ベール・パリュン・ラフィール」
「「「「「……はい??」」」」」
全員の声が重なった。
ラフィールは、再び口にする。
「アブリアル・ネイ・ドゥブレスク・ベール・パリュン・ラフィール」
「「「「「…………」」」」」」
それから、一息あって。
全員の思考と、言葉が重なった。
「「「「「なっっっっっが」」」」」
転校生の名前は、あまりにも長すぎた。