弐式炎雷と共に! ≪一時休載≫   作:ペリカン96号

1 / 38
拙い文章で読みずらい、理解しずらい点多々あると思いますが、お楽しみいただければと思います。
感想、評価、是非お待ちしております!


第1章 転移編
第1話 終焉


西暦2138年――。

 

数多あるDMMO‐RPGのなかで、かつて一世を風靡したゲーム。

 

―ユグドラシル―。

 

「プレイヤーの自由度が圧倒的に高い」と言われたゲームである。

 

最終的には、日本のゲームと言えばユグドラシルと言われるほどにまでであった。

 

その多種多様な種族や職業と、自由な世界観に魅せられたプレイヤー達により、長きに亘って愛されたそのゲームで、最盛期には少人数ながら最上位ギルドにも数えられていた、異形種のみで構成されたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。

 

最盛期にはギルドランク9位にまで位置したこともあった。

 

かつてのメンバーはやむを得ない事情などで一人、また一人と去っていった。

 

残ったのはギルドマスターであるモモンガのみとなった。

 

そのモモンガも、その多くの日々をナザリック地下大墳墓の莫大な維持費を稼ぐ為だけにログインしている有様だったそんな中、届いたサービス終了の公式発表―――

 

来る時が来たか、と思うと同時に最期の時を皆で迎えたい―――そう考えかつての仲間達にメッセージを送り今日の日に備えた。

 

しかし、やはり社会人として日々を過ごし、いまやリアルの生活の比重が圧倒的となってしまったメンバーの集まりは芳しくなかった。そして来てくれた仲間達も少しの話をもってして、すぐにログアウトしてしまった。

 

仕方ない。

 

分かっていたつもりだったがやりきれなかった。

 

そう、頭ではわかっていても心は付いてきてくれなかった。

 

何故…何故なんだ!

 

数々の冒険を共に過ごし、何度も相談と喧嘩をしながら少しずつナザリックを作り上げていったじゃないか!皆で苦楽を共に過ごしたあの時間への愛着はなくなってしまったのか!!

 

そう思ってやるせなくなって行き場をなくした怒りを机に叩きつけたそんな時だ。

 

「お久しぶり…なにかありましたか?モモンガさん」

 

「…ッ弐式炎雷さん⁉来てくれたんですね!」

 

モモンガの目の前に現れた人物は、ザ・忍者として名高いギルドメンバーであった。

 

「ええ。最後ですし、お別れとお礼をと思いまして…」

 

「ありがとうございます。サービス終了日とはいえ、わざわざ来ていただいて…」

 

弐式炎雷は、その言葉を聞いて、一瞬身体が固まる。

 

その様子をモモンガは瞬時に察し、疑問を投げかける。

 

「どうかしましたか?…弐式さん」

 

「いえ…その、実はモモンガさんにお伝えしないといけないことがありまして…。私、癌なんです…」

 

弐式炎雷の言葉に、モモンガは絶句する。

 

「末期がん…てやつで…もう長くなくて…」

 

「い、一体いつから…」

 

モモンガは何とか声を絞り出しす。

 

「…2年以上前からです…。その時にはすでにステージⅡで、色々とできる限りのことはしたんですが、労働過多にお金の問題もありましてね…。人工臓器も買えず…。今はもう、末期で最後の自宅療養です…」

 

「2年前!?…それって、弐式さんがログインしなくなったタイミングじゃ…。それに末期って…それじゃあ、もう本当に…ッ!?」

 

「はい…。医者に宣告された余命は、明日です…。正直、今もこうして喋っているのがやっとでして…。このまま…ヘッドギアを被ったまま死ぬつもりです…」

 

モモンガは、頭が真っ白になり、固まってしまう。

 

もしこのゲームに表情の多様性があったのであれば、それは形容しがたい表情をしていたに違いない。

 

「…すみません、今までお伝え出来なくて…。余命とユグドラシルのサービス終了が重なっていたので、これは何かの天啓かなと、馳せ参じた次第です…」

 

「…弐式さん…。ッ!ありがとうございます…。本当に…今まで…ッ!」

 

「お礼を言わなければならないのは…私の方ですよ…。モモンガさん。こうしてナザリックが今日まで存在しているのは、モモンガさんのおかげなんですから…」

 

「そんなことは…私はただ…ギルドマスターとして…いえ、ただただ依存していただけというか…」

 

「…たとえそうだとしても、モモンガさんのお力です…。もし癌にさえなっていなければ、モモンガさんと一緒に…2人だけでも遊ぶことができたのに…すみません…」

 

「ッ!何言ってるんですか!!…その気持ちだけで…その気持ちだけで十分です!……弐式さん!!!」

 

モモンガは、ガタッと椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がる。

 

「私に、何か私にできることはありませんか!!」

 

「…そんな、気持ちだけで、本当に、大丈夫ですよ」

 

弐式は、ゆっくりと、それでいて消え入りそうな声で呟く。

 

「なんでもいってください!私には、このユグドラシルでしかあなたを見送れないんですから!!」

 

モモンガの悲痛にも似た叫びは、弐式の心の内を露にさせる。

 

「では…一つだけ、ずっとやりたかったことがありまして…」

 

「な、なんですかっ!?」

 

「…悲劇の忍者…そのロールプレイをさせて頂いてもいいですか?」

 

「ロールプレイ…ですか…?」

 

モモンガは頭にハテナマークを抱きながら疑問を投げかける。

 

「はい…。どうせ、死ぬなら…かっこよく死にたいなと…ゲームの中だけでも…」

 

「もちろん、もちろんいいですよ!!…私も最後はロールプレイを楽しもうと思っていたので…ッ!」

 

モモンガは必死と言った様子で弐式に問いかける。

 

それが弐式にはたまらなく嬉しかった。

 

「ッ!優しいですね…モモンガさんは…」

 

「弐式さんはかけがえのない友達です!…癌の痛みはわかりませんが、相当な負荷だと聞いたことがあります…。そんな状態で来ていただいたのですから!何でもしますよ!!…それに…」

 

モモンガは些少の言葉のつまりを見せて口を開く。

 

「…一人で最後を迎えるのは…寂しいですから…」

 

弐式炎雷は、ぐっと何かをこらえる様にしてゆっくりと息を吐く。

 

自分はリアルで実際に命を終える…。しかし、モモンガさんも殆ど同じ気持ちなのだと、そう感じられたからだ。

 

ユグドラシルのサービス終了は、モモンガさんにとっての死…そのものなのだと…。

 

「ありがとう…ございます…」

 

弐式炎雷は、涙声に似た声を発する。

 

「とんでもないですよ…。それで、どんな風にロールプレイしますか?」

 

「そうですね…。では………」

 

弐式炎雷の最後の願い…その内容が、ゆっくりとそして丁寧にモモンガに告げられた。

 

 

時刻はすでに23時を回っていた。

 

弐式炎雷の最後の願いを聞いた後、モモンガは弐式炎雷と共に、ギルドの象徴である『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を手に玉座の間へとつながる廊下を歩く。

 

弐式炎雷の足取りは、モモンガから見ても重いものであった。

 

時折立ち止まりながら、弐式炎雷を心配して声を掛ける。

 

「大丈夫ですか?弐式さん…」

 

「ええ、なんとか…」

 

弐式炎雷は、笑顔のアイコンを表示させるが、その声に覇気はなかった。

 

それがモモンガの心を酷く締め付ける。

 

そして、玉座の間へといたる最後の階段を下る際、弐式炎雷がぐらッとふらつき、転げ落ちる。

 

「ッ!弐式さん!!」

 

モモンガは、小走りで階段を降り、弐式炎雷の元へと駆け寄る。

 

呻き声を上げながら、なんとか立ち上がろうとしていた。

 

「弐式さん!やっぱり無茶ですよ…。円卓に戻りましょう…」

 

「い、いえ…ごほっ…だ、大丈夫…ですから…ごほっ!」

 

弐式炎雷は、ゲーム内であるにも関わらず、非常に良くない咳を催している。

 

「…はっ…はー…それに…最後を迎えるのであれば…やはり、玉座の間がいいですから…」

 

「弐式さん…」

 

弐式炎雷は、ふらつく足を何とか抑え込み、ゆっくりと立ち上がる。そして、右端に控えるNPCの存在に気付く。

 

「ナーベラル…」

 

非常に小さい声であったが、モモンガはそれを聞き逃すことはなかった。

 

「…弐式さんが作ったNPC、戦闘メイド…でしたね…」

 

「ええ…最高傑作ですよ…ああ、こうして見ると、本当に美しい…」

 

「…ッ!」

 

モモンガは、感嘆にも似た声を上げる弐式に、涙腺が緩むのを感じた。

 

いくら自身が作ったとは言え、データでしかないNPCにそこまでの感情を抱いているのはただ一つ…。

 

自身の死期が迫り、当時の記憶をなぞるようにして思いだしているのだろう。

 

まるで…走馬灯のように…。

 

「弐式さん…ナーベラルも連れて行きましょう…」

 

「ふっ…俺の死に様を…見せるってことですか?」

 

弐式はモモンガに向けていた視線を、ゆっくりとナーベラルへと向ける。

 

艶めかしい長い黒髪を後ろで一つに縛るそれは、美しいポニーテイルを象っている。

 

その美しい髪形に負けない、美形などという言葉では言い表せないほどの整った顔…。

 

弐式は、そんなナーベラルを暫く見つめ、小さく笑う。

 

「そうですね…どうせ最後なんだ…みんな、連れて行きましょう…」

 

「…ええ……『付き従え』」

 

最後という言葉に、モモンガは一瞬身を硬くしたが、命令コマンドを発動させる。

 

モモンガと弐式の後ろをついて歩くようにして、老人の執事の男と、ナーベラルを含める6人のプレアデスがゆっくりと歩み始める。

 

玉座の間の扉に着くまで、暫くの沈黙が続いた。

 

玉座の間を隔てる大きな門の前に立つと、扉が大きい金属音を立ててゆっくりを開かれる。

 

最初に目に入るのは、巨大なシャンデリアやギルドメンバー41人それぞれの紋章が入った旗であった。

 

そして長く広い通路の先には、荘厳で不気味な雰囲気を醸し出す玉座の間が見て取れる。

 

何度か立ち止まる弐式炎雷の歩調に合わせながら、モモンガはゆっくりと玉座の間へと進む。

 

そして、一人の女性を目に写す。

 

「アルベド…」

 

モモンガはその女性の名を口にした後、思い出したかのようにプレアデス達に待機を命じる。

 

弐式炎雷が玉座へと至る階段を無事に上がれるように見守った後、ゆっくりと玉座に腰かける。

 

もしリアルであれば、玉座に腰かけるように弐式に提案したであろうが、ゲームの特性上、座ったところで楽になるわけではないため、特に提案はしなかった。

 

「…大丈夫ですか?弐式さん…」

 

「ええ、さっきよりは大分…発作も収まっています」

 

「そうですか…よかった…」

 

モモンガの言葉を半ば聞き流しながら、弐式はアルベドへとその視線を移す。

 

「確か…タブラさんが作ったNPCですよね…」

 

「はい。…どんな設定だったか…」

 

モモンガはコンソールからアルベドの設定を開く。

 

「なっが…」

 

モモンガの言葉を受け、弐式は覗き込むようにして目線を移す。

 

「まあ、設定魔でしたからね…あの人…」

 

「そういえばそうでした…って、なにこれ…ビッチって…」

 

「…ギャップ萌えでもありましたね…タブラさんは…」

 

弐式は少し呆れたような口調で口を開き、モモンガも同じ気持ちであるかのように頭を垂れる。

 

「しかし、いくらなんでもこれは…」

 

「…書き換えますか?それがあればできますよ」

 

弐式の提案に、モモンガは些少の迷いを見せたが、それを受け入れる形でギルド武器であるスタッフをコンソールに向ける。

 

キーボードが現れると、最後の一文である『ちなみにビッチである』を削除する。

 

「…何か入れた方がいいですかね?」

 

「んー…モモンガを愛している、とかどうですか?」

 

「いや、それはちょっと恥ずかしいというか…」

 

弐式の言葉に、モモンガは些少の狼狽えを見せたが、何かを思いついたようにカタカタと打ち込む。

 

打ち込み終わるのを見て、弐式がふっと笑いを漏らす。

 

「『ギルメンを愛している』ですか…ネーミングセンスが終わってるモモンガさんにしては中々いいじゃないですか」

 

「ちょ、最後の最後にディスらないでくださいよ…ふっ…」

 

「「はっはっはっはっは!」」

 

特に何かが面白かったわけではなかったが、2人は大きく笑い声をあげるに至った。

 

その笑い声には、どこか悲壮感が滲んでいたが、そんなものはお構いなしと言った様子で笑い続ける。

 

そして津波のように様々な思い出話に花を咲かせる。

 

…暫く笑い続けた後、些少の沈黙を見せ、弐式はゆっくりとアルベドの肩に手をのせる。

 

もし感触などがあれば、妖艶な美人の体温と柔らかさを感じ取れるであろうが、このゲームにそんな昨日はない。

 

まるで石像に触れているかのような感覚であった。

 

「アルベド…今までモモンガさんを支えてくれて、ありがとう…」

 

「…弐式さん」

 

弐式の行動を見て、モモンガは察してしまう。

 

最後の時が、弐式の体力の限界が近いことを…。

 

スタッフを握りこむ手に力が入る。

 

時刻は23時57分…。

 

ユグドラシルが消滅し、さらには大切な友人が旅立つ。

 

それを見送る覚悟ができていないのだ…。

 

弐式は、そんなモモンガには視線を向けず、ゆっくりと階段を降りる。

 

そして、執事の格好をした老人へと歩みを進める。

 

「セバス…ナーベラルを…プレアデスを導いてくれてありがとう…感謝している」

 

そして、同じようにプレアデス一人ひとりに声を掛けていく。

 

その過程を見ていたモモンガは非常に驚いた。

 

自身ですら名前を忘れていたセバスやプレアデスの名を、弐式は一切迷うそぶりなく口にしていたからである。

 

…それだけで、弐式がこのナザリックを、ユグドラシルを捨てたわけではなかったことが容易に読み取れた。

 

…少しでも、なんで捨てたのだ、という感情を抱いていた過去の自分を恥じる。

 

最後の一人、ナーベラルの前に立った弐式は、暫し瞳を見つめるようにして立ち尽くす。

 

そして、ゆっくりと肩に手をかける。

 

「ナーベラル…すまなかった…。私は、ずっと君を待たせてしまった…。加えて、ナザリックを守ることもできず…さらには病に敗れ、無様に死にゆく私を、どうか、許してほしい…」

 

「…ッ!弐式さん…ッ!」

 

弐式の身体の一部が、砂となって掻き消える。

 

始まった…。

 

弐式が望んだ、最後の願い。その始まりの合図であった。

 

ログアウト時に発動する、課金アイテム、ガチャの外れアイテムの一つ。

 

特定のエフェクトをもってしてログアウトができるというモノであった。

 

弐式が選んだのは、砂のエフェクト…。

 

時間を指定し、その1分前から徐々に身体が消え始めるというモノであった。

 

砂と化していく自身の身体を認知し、弐式はゆっくりとモモンガに向き直る。

 

時刻は23:59を少し回っている。

 

「モモンガさん…どうやら私は…ここまでのようです…」

 

「ッ!…弐式…炎雷さん…ッ!!」

 

モモンガはバッと玉座から立ち上がる。

 

「…モモンガさん…、私は、癌との戦いのため、ユグドラシルを…このナザリックを去った…。何も言わずに、何も告げずに、全てを遠ざけてきた…。ナザリックを…NPCを、あなたを巻き込みたくはなかった…。でも、今ではこう思います…。あなたにもっと早くに伝えられていれば、未来は変わったかもしれないと…」

 

「……ッ!」

 

弐式炎雷は、足を引きずるようにして、ゆっくりと玉座へと足を運び、モモンガに向けて手を伸ばす。

 

「だから…せめて最後に…本当のことを…ほんの少しだけ…」

 

「弐式さん!!」

 

モモンガは玉座から飛びだすようにして弐式の手を掴み、肩を掴んで支える。

 

弐式炎雷の身体から力が抜ける。

 

だらんと垂れた頭を、何とか上げて口を開く。

 

「もっと、あなたと一緒に居たかった…。もっと、ナザリックに居たかった…。もっと、NPCと居たかった…。もっと、ナーベラルと一緒に……」

 

「ッ!わかっています!わかっています!!弐式さん!!」

 

モモンガは、涙を流しながら大声を上げる。

 

アバター上では涙など流れないが、リアルの身体ではすでに溢れるようにして涙を流していた。

 

「…ありがとう…ございます…。…モモンガさん…私は、あなたと出会えて…しあわせ…で…し……た………。」

 

「弐式さん!!弐式さんッ!!!」

 

弐式の身体は、もはや上半身を残すのみとなっている。

 

「アインズ・ウール・ゴウンに……栄光……あれ………」

 

…まるで粉塵のようにして、弐式炎雷の身体が掻き消える。

 

目の前で砂と化した友人を見て、モモンガは大きく動揺する。

 

これで……もう会うことはない…。

 

後数秒でユグドラシルは崩壊し、少ししてリアルで弐式炎雷の命は尽きる…。

 

モモンガに、もはや動く力も気力も残されてはいなかった。

 

…明日は仕事を休もう…。

 

いくら嫌味を言われようが、知ったことではない。

 

仕事など、できようはずもない。

 

大切なものを2つ同時に失ったのだから…。

 

数秒後に来る強制ログアウトを待つようにして、モモンガはゆっくりと視界を暗転させる。

 

………。

 

しかし、中々ログアウトはしない…。

 

それを奇妙に思った矢先、横からバタンッと何かが倒れるような物音が聞こえる。

 

「ナ、ナーベラルッ!!」

 

涙混じりの、それでいて綺麗な声が聞こえてくる。

 

モモンガは思わず振り向く。

 

そして、目を見開く。

 

弐式炎雷が作ったNPCであるナーベラルが、両膝を床に着き、両手で口元を覆いながら、大粒の涙を流している。

 

その目から、徐々に生気が失われていく。

 

そんなナーベラルを心配するかのように、ソリュシャンが跪いて肩に手を置いている。

 

モモンガは、何が起こっているのかわからなかった。

 

NPCが、動いている…?

 

そんな疑問が頭をよぎった瞬間、玉座の方から震えるような声が響く。

 

「に、弐式炎雷様…ッ!モ、モモンガ様…こ、これは一体…何が…何が起こっているのでしょうか……!?」

 

アルベドも、ナーベラルと同様に、酷く困惑し、涙を流しながら口を開いていた。

 

 

時は少し遡り…。

 

ナーベラルは歓喜に満ちていた。

 

第十階層の玉座の間を守るため、執事長のセバスや姉妹であるプレアデスと共に待機していたところ、自身の創造主である弐式炎雷様がその姿をお見せになってくださったのだ。

 

お隠れになられて50年弱…。

 

もうお会いできないと思っていただけに、歓喜は狂気にも似た感情へと変化する。

 

しかし、すぐに異変に気付く。

 

何やら弐式炎雷様の様子がおかしかった。

 

…ダメージを負っておられるのだろうか?

 

もしや、敵が侵入してきているのか…。

 

そう思い、警戒を最大にまで上げたタイミングで、弐式炎雷様がふらつき、階段から転げ落ちてしまった。

 

思わず、「ひぃ…」と悲鳴を上げそうになるが、何とかこらえる。

 

弐式炎雷様は呻き声を上げるようにしてうずくまっている。

 

本来の弐式炎雷様であれば、あのようなことは絶対にありえない。

 

何か不測の事態が、尋常ではないダメージを負っておられるに違いない。

 

…今すぐにでも駆け寄り、お助けしたい…。

 

しかし、身体は動かない。動いてよいと指示がないからである。

 

ぐっとこらえ、弐式炎雷様の様子を見守る。

 

そしてすぐに、至高の41人のまとめ役であらせられるモモンガ様が、弐式炎雷様へと駆け寄る。

 

『弐式さん!やっぱり無茶ですよ…。円卓に戻りましょう…』

 

『い、いえ…ごほっ…だ、大丈夫…ですから…ごほっ!』

 

やはりそうだ…。見せたことのないような、よくない咳をしている。

 

弐式炎雷様は、何か重篤なダメージを負っているのだ。

 

モモンガ様の言う通り、円卓の間、若しくはスイートルームへと戻り、安静にして頂きたい。

 

そしてどうか、このナーベラルを御傍に控えさせていただきたい…。

 

必ずやあなた様が回復されるまでお守りし、あなた様を傷つけた輩が現れた際には確実に守り抜いて見せます。

 

心の中でそう呟き、覚悟と執念の炎を燃やしていたが、その後のモモンガ様と弐式炎雷様のお言葉に、思わず思考が停止する。

 

『…はっ…はー…それに…最後を迎えるのであれば…やはり、玉座の間がいいですから…』

 

『弐式さん…』

 

…最後…?最後とはどういうことなのか…。

 

ま、まさか、弐式炎雷様が死んで…しまわれる…。

 

視界が一瞬、ぐらッと歪むのを感じる。

 

いや、そんなはずはない。

 

神をも超える至高の御方が、弐式炎雷様が死ぬなどありえない。

 

今すぐにでもルプスレギナに命じて、回復させればきっと…。

 

そうして何とか心を取り戻し、平常を取り戻したところで、再び歓喜が訪れる

 

『ナーベラル…』

 

全身に快感が走る。

 

弐式炎雷様に名を呼ばれ、目線を送られ、身体に電気が走ったかのような歓喜が舞い降りる。

 

(はい、ナーベラルです。弐式炎雷様!!)

 

そう答えたかったが、口は一向に開かない。代わりに軽く頭を下げて応える。

 

『…弐式さんが作ったNPC、戦闘メイド…でしたね…』

 

『ええ…最高傑作ですよ…ああ、こうして見ると、本当に美しい…』

 

更なる電流が全身を駆け巡る。

 

最高傑作…美しい…。今弐式炎雷様はそうおっしゃってくださった…。

 

下腹部が熱を帯びるのを感じる。非常に心地のよい熱であった。

 

美しい…。それはつまり、弐式炎雷様のご寵愛を受けるに値するかもしれないということであった。

 

これほど嬉しい言葉はない。

 

腰砕けになるのを何とか堪えながら、弐式炎雷様を見つめる。

 

…少し、違和感を抱いた。

 

弐式炎雷様の表情が暗いのだ。

 

もしや、私が劣情を抱いてしまったことに気付いたのであろうか。

 

失態だ。

 

被造物としてあるまじき行為であったと悟る。

 

頭を垂れ、許しを請いたかったが、やはり身体は動かない。

 

『弐式さん…ナーベラルも連れて行きましょう…』

 

『ふっ…俺の死に様を…見せるってことですか?』

 

またも感情が突き動かされる。

 

死に様…。やはり弐式炎雷様は死んでしまわれるのか…。

 

一体何が弐式炎雷様をここまで追い詰めたのか。

 

その見えない敵に、分からない敵にナーベラルは今までにない怒りを抱く。

 

始末しなくてはならない。

 

例えこの命を犠牲にしようとも、弐式炎雷様を死に至らしめるそれを排除しなければならない。

 

ああ、どうか連れていってください、命じてください…。

 

『ナーベラル、頼む』…と。

 

そう命じて頂ければ、このナーベラル、いかようにも働いて見せます。

 

そして、死に様など、弐式炎雷様に死など訪れないよう、確実に対応して見せます。

 

しかし、ナーベラルの考えとは裏腹に、なぜかお二方が向かわれるのは会話の通り、玉座の間であった。

 

てっきり敵が侵攻してきていると思ったため、ここより上の階層へ行かされるとばかり思っていたが、ご命令は『付き従え』であった。

 

疑問が残る。

 

しかし、御方々のご命令に間違いはない。

 

ナーベラルは、弐式炎雷の覚束ない足取りに、呼吸が乱れそうになるほどの不安と心配を抱きながら、後をついて歩みを進めた。

 

…そしてそれが、更なる絶望を目にすることになるなど、想像もしていなかった。

 

 

ナーベラルは酷く困惑していた。

 

弐式炎雷様が、玉座の前でモモンガ様と談笑なされているかと思うと、徐にアルベド様の肩へとその手をのせたのだ。

 

凄まじい何かが、心を支配する。

 

触れて頂きたい。…なぜアルベド様なのか…。

 

アルベド様の方が美しいのは認めるところである。

 

しかしなれど、やはり私にこそそれをして頂きたかった。

 

だが、予想していた物とは違った言葉が弐式炎雷様の口から齎される。

 

『アルベド…今までモモンガさんを支えてくれて、ありがとう…』

 

ああ…。何と慈悲深いお方なのだろうか…。

 

アルベド様が歓喜に震えておられるのが見て取れる。

 

『御身に仕えるのは、守護者として当然の責務です』

 

そう訴えたいという気持ちが、全身に現れている。

 

しかし、アルベド様は動かない。

 

流石は守護者統括としての責務を全うされているお方だ。

 

あれだけの素晴らしいお言葉を頂いても、その矜持をお忘れにならない。

 

続けてセバス様、そして他のプレアデス達へと労いの言葉をおかけになられている。

 

羨ましい…。私にもぜひお声がけ頂きたい。褒めて頂きたい…。

 

そして、その願いが通じたのか、弐式炎雷様は私の目の前に立ってくださった。

 

とても近い距離であった。

 

30㎝程度しか離れていない。

 

思わず身体が石になったかのように固まってしまう。

 

だが、姿勢を崩すことは許されない。

 

弐式炎雷様に作られたものとして、戦闘メイドプレアデスの一員として恥ずかしくない態度でお応えしなければならない。

 

そう気合を入れた直後、思わぬ声を掛けて頂くことになった。

 

『ナーベラル…すまなかった…』

 

え…?

 

なぜお謝りになるのでしょう?

 

弐式炎雷様が謝ることなど、何もないではございませんか…。

 

『私は、ずっと君を待たせてしまった…』

 

ああ…。

 

なんとお優しい方なのでしょう…。

 

あなた様はこうして戻ってきてくださった。

 

それだけで、私は満足でございます。

 

それなのに、そのようなお言葉をおかけになって頂けるなんて…。

 

涙腺が緩むのを感じたが、なんとか堪えて弐式炎雷様を見据える。

 

…だが、その後に続く言葉によって、大きく目を見開いた。

 

『…加えて、ナザリックを守ることもできず…さらには病に敗れ、無様に死にゆく私を、どうか、許してほしい…』

 

え…?…え…え…?

 

死ぬ…、え?…一体…何を…。

 

ナーベラルは、小さく、本当に小さく口から『ひゅっ』という声を漏らしてしまう。

 

病とは…。病とはなんでしょう…。ナザリックにいる僕でも、モモンガ様でも癒すことのできない病なのですか…?

 

そんな…そんなはずは…。このナザリックに、至高の御方々に不可能などない…。

 

故に、弐式炎雷様が病に敗れるなどあるはずがない…。あっていいはずがない…。

 

そして、それを悉く否定するように、弐式炎雷様の肩がふっと砂に変化する。

 

(あ、あぁ……あ…っ!)

 

感情が爆発する。思考が働かない。心が激しく揺れ動く。

 

一体何が起こっているのか…。

 

何も理解ができなかった。

 

どんどんと弐式炎雷様の身体が砂と化していく。

 

こんなのは、知らない…。見たことがない…。

 

HPが尽きて死亡するのではない…。これではまるで…本当に…。

 

しょ…消滅するかのように…存在ごと消えてなくなってしまわれるかのようではないか…。

 

うそだ…うそだ!うそだ!!うそだ!!!

 

これはきっと何か悪い夢だ!!!!…そうとしか考えられない。

 

しかし、頭ではそう考えていても、心がそれを否定する。

 

弐式炎雷様の身体が消えていくのと同時に、至高のオーラも少しずつ消えていく。

 

現実だ…。

 

足ががくがくと震える。呼吸が荒くなる。胸が締め付けられる。

 

本来命じられたこと以外はしてはいけないが、もはや限界であった。

 

(弐式炎雷様!!!!)

 

そう叫ぼうとしたとき…。

 

…弐式炎雷様のお身体は、全て砂と化して…消滅してしまわれた……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。