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カルカからの早馬がカリンシャの街、ニシキの元へと届いたのは、カルカ達が首都ホバンスを離れてから約2日が経ってのことだった。
突然の伝令の来訪に、戸惑いを見せていたが、リムン陥落と『魔神』と思しき強大な力を持つモンスターの情報を受けたニシキの行動は早かった。
ツアレ守護のために特殊召喚したハンゾウとフウマをそのままに、リムンに向かう準備をする。
その折を見て、苦悩する者がいた。
ツアレである。
「ニシキ様…ッ!」
ツアレの心情を察するのは、容易であろう。
自分が愛している男が、死地へと出向こうというのだから…。
ニシキはツアレの顔を見るが、その顔は涙を有していた。
「心配するな…ツアレ。必ず戻る」
「ッ…!」
ニシキの性格はよく知っている。
その力は弱者を助けるために振るわれ、その心は弱者を守るために動く。
ツアレも、そんなニシキの心と力で救われた一人なのだ。
「必ず…戻ってきてください…。ニシキ様がいなくなったら…私は…ッ!」
ツアレは、俯き、更に涙をポロポロと流す。
ニシキはそんなツアレの頬に手を添える。
「必ず戻る…。約束だ…。ツアレ…」
ツアレは、そんなニシキを強く抱きしめる。
少し戸惑って見せたニシキであったが、ゆっくりとツアレの背中に手を回して抱きしめたのち、ゆっくりと剥がす。
未だ名残惜しそうに、そして不安そうなツアレであったが、それでも何かを決心した様子で微笑む。
「いってらっしゃいませ…。ニシキ様…」
「ああ、いってくる…。ハンゾウ、フウマ…ツアレを頼む」
「はっ!」
そうして、ニシキはいつぞやと同じように、一瞬にして姿を掻き消けした。
時は数日遡り…。
とある一室に、伏せるようにして、しかしその目は非常に真剣な眼差しを有する大きな竜がいた。
「…これは、100年の揺り返しなのか…」
少し頭を上げ、ゆっくりと瞬きをする。
「魔神をも超える強大な力を感じる…」
そして、部屋の一室にある白銀に輝く鎧を視界に捉え、意識を向ける。
「…まずは直接様子をみるとしようか…。可能なら、そのまま滅ぼそう…」
先ほどとは違う、これまたとある一室。6人の人間と思われる存在が、テーブルを囲んでいた。
「…すぐに対処すべき事案と考える…」
「魔神をも超える存在か…此度の揺り返しは、邪神であったというのか…」
「議論している暇はない…すぐにでも、神人たる彼を筆頭にした討伐隊を組むべきだ」
「討伐よりは、支配下に置き、後に処理する方が良かろう」
「魔神の強さが分からぬ以上は、それが最善かもしれんな…」
「すぐに出撃の準備を命じろ…」
首都ホバンスから出撃したカルカ達含めた聖王国軍は、2日を有してリムンへと到着を果たした。
リムンの街は、闇のような瘴気が漂っており、港湾都市として栄えていた面影はまるでなかった。
聖騎士や神官によって構成されている精鋭部隊を筆頭に、ローブル聖王国の旗を掲げながら、城門を突破する。
街に入ると、報告された情報通り、街中には見たこともないモンスターが溢れかえっていた。
侵入者たちを感知したモンスターたちは、我先にと聖騎士達に襲い掛かる。
全く歯が立たないということもなく、突破した城門を中心として、様々な隊がリムンの街へと攻め込む。
精鋭部隊を率いるレメディオスは、他の兵士が開いた道を馬で疾走する。
レメディオスたち精鋭に与えられた任務は、リムンの街の中心である広場に座している『魔神』の討伐であった。
そんなレメディオス達を広場へと送るため、他部隊の兵たちがモンスターを抑え込む。
そんな兵士たちの奮戦に、レメディオスは心の中で感謝を告げながら、同じ任を背負っている部下に声を掛ける。
「奴がいる場所まであとどのくらいだ!!」
「この大通りを左に抜けると、『魔神』のいる広場に出ます!!」
その言葉に答えたのは、グスターボと同じ聖騎士団副団長を担う、イサンドロ・サンチェスであった。
「よしっ!なら、そろそろ持続時間の長い防御魔法などをかけ始めろ!!」
「「「「はっ!」」」」
レメディオスの指示のもと、聖騎士や神官たちが各々に強化魔法をかけていく。
魔法がかけ終わったことを、イサンドロから聞き、レメディオスは聖剣を握る力を強める。
「では行くぞっ!!」
レメディオスは馬を駆ける。
リムンを崩壊させ、聖王国に仇を為す『魔神』を討伐するために。
角を曲がる。
すると、人の残骸が散らばり、広い範囲にわたって真紅に染まった広場のど真ん中に座している『魔神』が見えた。
全長は20mを超え、各所に黒く鋭利で強大な角を生やし、見ただけで悪しき存在であるとわかる姿をしていた。
報告通りの様相だ。
「お前が魔神かっ!!」
「…新手か…」
臓物や血の臭いが混じり合った、鼻を突くような異臭が漂う広場に足を踏み入れると、踏みつぶした肉片がぐちゃっと音を立てた。
しかし、レメディオスはそれを気にすることなく全力で突撃し、剣を振り下ろす。
全力のその一撃は、魔神に当たるが、聖剣の刃は一切通らず、ガキンッと弾かれる。
…聖王国最強と称される聖騎士レメディオスの勘が叫ぶ。
こいつは強いと…。
「退避ッ!お前たちは退避しろッ!!この魔神は強い!!」
それだけ言うと、自分も大きく間合いを開ける。
魔神は、その巨大な身体をゆっくりと動かし、レメディオスを見つめる。
両目に加え、額と思われる場所にはもう一つの目があり、それらは赤く光っていた。
「どうした…。剣が通らず怖気ついたか…」
魔神の挑発を無視するレメディオスの視界に、カルカとケラルトを先頭に、神官団の姿が目に入る。
すぐさまカルカとケラルトの前に走り、盾となるように剣を構える。
「2人共!こいつは強い!!兵を下げないと無駄に死ぬ!!」
レメディオスの怒鳴り声に、2人は即座に従って行動する。
兵たちを後方に待機させ、2人はレメディオスの背中に近づく。
レメディオスは魔神の動きに細心の注意を払いながら、2人を庇うようにして更に剣を握る腕に力を籠める。
「レメディオス、無理をしないでください」
「そうですよ、姉さま。全員でかかるべき相手なのでしょう?」
2人の小言を聞きながらも、レメディオスは魔神から一切目を離さない。
故に、魔神が口を開くのをいち早く察知できた。
「有象無象がゾロゾロと…人間とは実に愚かな生き物だ」
「…あなたは、一体何者なのですか?」
「我を知らぬか…。ならばこの愚かな行動も理解できよう…。我は、イスナ…。エスターク・イスナだ…。またの名を、地獄の帝王とも言う」
『地獄の帝王』というワードに、カルカ達は大きく目を見開く。
余りにも尊大な名であったが、肌にヒリヒリと感じる圧倒的な力が、それが誇張でも何でもないということを理解する。
「貴様はなんだ…女」
「…私はこの聖王国の聖王女カルカ・ベサーレスです」
カルカが名乗ったことで、レメディオスは大きく顔を歪める。
「カルカ様!こんな奴に名乗る必要はありません!こいつが親玉だとわかったなら、後はぶっ殺して…」
「レメディオス、ちょっと静かにして!」
「姉さま、カルカ様は相手の情報を引き出したいの。我慢してっ」
むぅ…とレディオスは不満な表情を浮かべる。
「地獄の帝王、エスターク・イスナ。あなたの目的はなんですか?」
「目的?…そんなものはない。我はただひたすらに生あるものを蹂躙する。それだけだ…。すでにこの地は我の支配下…貴様らにはどうすることもできん」
「…交渉の余地はない、ということですね?」
「貴様らが潔く首を差し出すのであれば、苦しみのない死を与えてやろう」
イスナは、くくっと不敵な笑みを浮かべて嘲笑う。
その笑いに、カルカは大きな不快感を覚える。
「そうですか…。レメディオス…。あなたはこの国を、弱き民を守る剣です」
レメディオスは、カルカの言葉を聞き、剣を構えなおす。
「聖王女の名において命じます!これ以上、民を一人たりとも傷つけてはなりませんっ!!…天使隊、前に!」
気迫を込めたカルカの声が、広場一杯に広がる。同時にカルカは召喚魔法を発動する。
後方に広がっていた神官達も、それに合わせて魔法を扱う。
第三位階魔法によって召喚された炎の剣をその手に持った天使、炎の上級天使が5体。
第二位階魔法によって召喚される守護の天使が20体。
そして、カルカによって召喚された第四位階魔法による安寧の権天使が1体だ。
それに合わせて、レメディオスが突撃を敢行。
明らかな攻撃行動をとっているにも関わらず、イスナは一切動じずにその場に留まっている。
その余裕ありげな態度に、レメディオスは更に怒りを滲ませる。
先ほどよりも更に力を込めて斬りかかる。
しかし、やはり刃は通らない。
「硬すぎる…ッ!」
弾かれた反動で、大きく後ろにのけぞる。
それに相反する形で、召喚された天使たちが一斉に攻撃を仕掛けるが、イスナはそれを甘んじて受けている。
攻撃が一切通じていないのは、火を見るより明らかであった。
カルカ達もそれに気づき、驚愕の表情を浮かべる。
「『魔法抵抗突破化・聖なる光線』」
ケラルトから魔法が飛ぶ。
しかし、イスナに衝撃する前に弾かれて消える。
「『魔法二重抵抗突破化・聖なる光線』」
カルカから二本の光線が飛ぶ。
二重と化した魔法でも、イスナには一切届かなかった。
それが更にカルカ達に苦悶の表情を浮かべることになる。
「抵抗突破を込めた魔法が効かないなんて…ッ!」
「魔法に対しての高い防御があるのかもしれません」
ケラルトもカルカと同じように表情を歪める。
安寧の権天使の攻撃も通じず、自分たちの魔法も通じないとなると、取れる手段は一つしかない。
レメディオスによる斬撃である。
本人もそのことに気付いたのか、武技を発動させながら再び突進する。
そして、自身の最大の一撃を、聖剣の持つ力を利用して放つ。
「『流水加速』!『聖撃』!!」
強大な聖なる力を有した斬撃がイスナを襲う。
先ほどと剣から伝達される感触が違うことに気付き、笑みを浮かべる。
弾かれていない、そう確信した。
聖撃は、直接イスナの頭へと直撃する。
それを見ていたカルカ達も、思わず嬉しそうな表情を見せる。
「姉さま!やりましたね!!」
「さすがはレメディオスです!」
ケラルトとカルカは、レメディオスに賞賛の言葉を送る。
カルカ達の後ろに控えている神官や、端で剣を構えている聖騎士達も感嘆の声を上げる。
それに答えようと、レメディオスも笑顔で振り返るが、悍ましい声に一気に距離を取る。
「この程度か…」
聖撃によって上がった土煙が晴れると、そこには先ほどと同じ姿勢を保っているイスナの姿があった。
…傷一つない状態で。
「バ、バカな…無傷だと…。聖剣の力を解放しての聖撃だぞ…」
レメディオスは大きく目を見開き、動揺する。
カルカ達も全くダメージを負わせられないことに唖然としながら、思わず半歩後退する。
「もう終わりか?」
イスナの言葉に、皆が肩を震わせる。
「…邪魔な羽虫どもだ…消えよ」
その対象は、恐らくイスナの周りを飛び交う天使達であろう。
イスナが大きく咆哮すると、闇の力と呼称するに相応しい力が広場に駆け巡る。
その力の波動は、天使たちを一瞬にして光の粒子へと散開させ、続いてレメディオス達に襲い掛かる。
「くっ!」「きゃあっ!」「うっ!」
悍ましく恐ろしい波動は、皆の心に恐怖と動揺を生む。
その圧倒的な力に、レメディオスはごくりと唾を飲み込む。
嫌な汗が全身から吹き出し、鎧の下の服の色が変わっていくのを感じる。
「(これは…勝てないッ!)」
そう判断したレメディオスの行動は早かった。
「ッ!2人共撤退だ!!今の我々では、こいつには勝てない!」
レメディオスの悲痛な叫びに、カルカとケラルトが反応して見せようとするが、イスナの声と行動が先行した。
「ようやく理解したようだな…だが、もう遅い」
イスナは一瞬でレメディオス達との距離を詰め、その強大な手を振り下ろした。
バゴンッという地面を割るほどの衝撃がカルカ達を襲う。
「「「ぐわあああああああッッッ!!!」」」
後ろに控える神官たちも巻き込み、組んでいた隊列は一瞬にして崩壊する。
たった一撃、たった一撃で聖王国の精鋭と言われる部隊は瓦解してしまった。
イスナの手によって踏みつぶされたもの、衝撃で吹き飛ばされたもの、割れた地面に転がるもの、巻き上がった岩や石に衝撃したもの…様々であったが、その一撃で多くの戦死者や負傷者を出したことは明白であった。
「く、くそッ!」
イスナの攻撃で吹き飛ばされたものの、致命傷を避けたレメディオスは、周囲を見渡すように視界を回す。
イスナの一撃によって砂ぼこりが立ち込めるが、徐々に視界が晴れる。
最初に見つけたのは、地面にうずくまるケラルトの姿であった。
「ケラルトッ!!」
レメディオスはすぐさまケラルトの元へと駆け寄る。
近づいたことで、ケラルトの様相がわかる。
目を見開く。
ケラルトの左足には大きな岩が乗っかっていた。
苦痛の表情を浮かべるケラルトを見た後、再度左足に注意を向ける。
この質量の岩に押しつぶされたとあっては、左足は完全につぶれているだろう。
「ね…姉さま…」
息も絶え絶えと言った様子で、ケラルトは涙を浮かべた目をレメディオスに向ける。
「ケラルトッ!待っていろ、今…」「きゃあああああっっ!!!」
ケラルトの足を潰している岩を破壊しようと試みるレメディオスであったが、女性の大きな悲鳴が耳に入り、動きを止める。
悲鳴が聞こえた方へ視線を向けると、イスナの巨大な身体を認識する。
そして…。
そのイスナの前に、先ほどの衝撃で吹き飛ばされたのか、カルカ一人が無防備な状態で尻もちをついていた。
それを見たレメディオスは、一度ケラルトから離れ、カルカのもとへ駆けようと一歩踏み出す。
と同時に、イスナの大きな腕が、カルカへと降りかかる。
「や、やめろおおおおおおおおおっっ!!!!」
声を張り上げ駆ける。
跋扈の如く駆ける。
しかし、そんな叫びも駆けもむなしく、カルカはイスナの手の中に納まってしまった。
イスナの一撃が来ると認知した時には、すでにカルカの身体は宙を舞っていた。
「ああッ!!」
何度か地面に衝撃し、ゴロゴロとその身体を転がす。
地面に叩きつけられた衝撃で、うまく身体が言うことを聞かなかった。
「くっ…」
それでも何とか両手に力を入れ、四つん這いの姿勢になる。
全身が軋むような痛みを感じながら、カルカは顔を上げる。
固まってしまう。
目の前には、自身をこのような状態にさせた元凶がいたからだ。
強大で、恐ろしく、赤く光る三つの目を有する顔は、しっかりとカルカをその視界に捉えていた。
「い、いや…ッ」
カルカは、尻もちをつき、手を後ろに回して狼狽える。
イスナはカルカから視線を外すことなく、ゆっくりと腕を振り上げる。
それが何を意味しているのかを知ったカルカは、美しい瞳に涙を浮かべ、大きく口を開く。
「きゃあああああっっ!!!」
カルカは、聖王女という立場など忘れ、無力な少女の如き悲鳴を巻き散らす。
イスナの前では、第四位階の信仰系魔法を扱うカルカですらも虫けら同然であった。
「や、やめろおおおおおおおおおっっ!!!!」
後ろからレメディオスの声が聞こえてくる。
些少の安心を抱き、それが表情に現れるが、それはすぐに終わりを告げる。
「うぐっ!」
カルカは両足をイスナの強大な手に掴まれ、苦悶とも恐怖ともいえる呻き声を上げる。
そしてその力はゆっくりと、徐々に力を増し、カルカの両足を締め上げる。
「ひぐうううぅぅぅっっ!!」
兜を被った彼女の顔は、気が狂わんばかりの苦痛に歪み、並びの良い歯を強く噛みしめていた。
「(痛い痛い痛い痛いッッ!!!)」
カルカは大きな涙を浮かばながら、目と歯を食いしばる。
そこでようやく間合いを詰めたレメディオスがイスナの前に立つ。
カルカの苦悶に満ちた様子を見て、レメディオスは怒りを通り越した表情を浮かべながらイスナと対峙する。
そして、発せられた言葉に耳を疑った。
「…いい武器だ」
「…は?」
レメディオスは、何を言っているのかよく理解できなかったが、考える時間は与えられなかった。
「一目見たときから丁度良い武器になると思っていたのだ」
イスナは腕を上げ、垂れ下がったカルカの身体を視線の高さまで持ち上げる。
カルカはイスナの顔を見て、更に恐怖の表情を滲ませる。
そして、まるで剣の素振りでもするかのように腕をぶんと振った。
ゴキリという音が聞こえる。
同時に、カルカの押し殺した悲鳴が上がる。
イスナの巨大な身体と、強大な力、そしてカルカ自身の自重に耐えかね、膝の関節がありえない方向に曲がったのだ。
そこでようやくレメディオスは理解する。
聖王女カルカ・ベサーレスを武器にすると言っているのだと。
「な、何を…ッ!」
カルカは身を捩らせて必死に暴れている。
しかし、イスナの拘束からは逃れることができなかった。
「煩わしいな…。今のお前は我が武器…。武器は武器らしく大人しくしていろ」
身をわずかに屈めたイスナは、カルカを掴んだ腕をぐっと持ち上げた。
「や、やめろ!」
イスナが何をするかを察し、レメディオスは悲痛な叫び声を上げた。
しかし、イスナは一切こちらを見ず、手を振り下ろした。
ぐちゃり…。
ガードが間に合わなかったカルカの顔面が、大地へと衝突した。
そして、イスナがゆっくりと手を引き上げると、抵抗する意思をなくしたようにカルカがぶらんっと垂れ下がっていた。
彼女の被っている兜は、前部分が開いている。
それは、彼女の美貌が兵士たちの士気を上げるからだ。
しかし、今はその美しかった顔には真っ赤な血が流れ、鼻も潰れたのか平坦になったかのように見えた。
衝撃によって緩んだ兜が、するりと落ちる。
解放された長い髪が、バサバサと風になびいている。
逆さ吊りのまま顔面を血まみれにして、鼻は潰れ、前歯は
失われ、焦点の合わない目で微かな呻き声を上げるだけとなった様は、至宝と称えられた美の一欠けらさえ残してはいない。
あまりにもひどい姿であった。
「きぃ…貴様ぁぁッッ!!」
レメディオスは、怒りで剣を持つ手が震える。
再びイスナはカルカを掴んだ腕を持ち上げる。
「や、やめろ…やめてくれ…」
その対象は地面ではなく、レメディオスへと標準を合わせていた。
受ければカルカを傷つける。しかし、避けてもカルカがまた地面に衝突する。
すでに意識もうろうとし、瀕死のカルカに、次の衝突を耐える力はないだろう。
レメディオスはただそこで呆然としているほかなかった。
何も打てる手がない…。
そうして苦悩に苛まれていると…。
イスナの腕を何かが走った。
それは閃光のようにも見えたが、斬撃であったと理解したのは、イスナの手が切断され、地に落ちたときであった。
「…ッ!何者だ…」
腕を失ったイスカが、些少の驚きをもってして、怪訝な表情を浮かべる。
何が起こったのかわからなかったレメディオスだが、カルカを掴んでいた腕が落ちたことは理解でき、すぐさま落ちた腕の掌を見る。
そこにカルカの姿はなく、さらにレメディオスは混乱する。
「(カルカ様は…ッ)」
しかし、その心配も杞憂に終わる。
イスナの視線の先に、屋根の上でたなびく金色の髪が見て取れたからだ。
金色の髪をたなびかせているそれは、黒を基調とした金色の防具を身に纏った人物の腕の中に抱えられていた。
レメディオスはその人物を知っていた。
聖王国の英雄と言われる、その人物を…。
「ニシキ…殿…ッ!!」
レメディオスは、小さく、その男の名を呟いた。
痛い…。
苦しい…。
辛い…。
これほどまでの苦痛を、カルカは知らなかった。
足はひしゃげて、下半身からは耐え難い痛みが伝わってくる。
もはや冷静な判断はできず、ただひたすらにこの苦痛から逃れようと暴れまわる。
しかし、それがこの地獄の帝王をイラつかせたのだろう。
急激な加速をもってして、顔面と身体の前面に理解しがたい衝撃が加わる。
「ふぎゅぅっ!…」
瞬間、身体の前側に強烈な痛みと、ぐちゃっという聞きなれない音が耳に届く。
それが何処から齎されているのかを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「(なんで…こんな…)」
カルカは、今にも途切れそうな意識の中で、自身に降りかかる災厄に深い憎しみを抱いていた。
人に慈しみを持たれるような生き方をしてきたつもりである。
弱き民に幸せを、誰も泣かない国を…。
そんな崇高な国づくりに尽力してきた。
そのためであれば、自身の類まれなる美貌と肢体すら利用した。
しかしなれど、その美貌と肢体は失われた。
鏡を見ずとも分かる。
顔は大きく潰れ、力をなくしたした先には、あるはずの前歯を捉えられない。
豊かな乳房すらも、地面との衝突で酷く痛みを感じる。
潰れかけた目から、涙があふれ出る。
「(もう嫌…だれでも、いい。…だれか、四大神様…助けて…)」
カルカは、ただひたすらに助けを請う。
再び浮遊感に襲われる。
ああ、また地面にぶつけられるのだろうか。
カルカは諦めにも似た思考の中で、ゆっくりと目を閉じる。
そして、自分の命を刈り取るであろう衝撃に身を任せる。
もう抵抗する力など残っていなかった。
…しかし、いつまでたっても衝撃が自分を襲うことはなかった。
代わりに自分の両足を拘束する力が緩まり、そのまま滑り落ちる身体は、優しく包まれる。
誰かに抱きしめられているのだけはわかる。
先ほどまでの拘束とは違う、自分を優しく包んでくれるその正体を探ろうと、カルカは閉じた目を開ける。
その瞳には、黒が飛び込んできた。
次いでその要所要所を金と白が補なうようにして存在していた。
カルカはそれを見たのち、ゆっくりと視線を上へと移す。
そこには、知った顔が映っていた。
間違いなく、この人が私を助けてくれたのだ。
これまで窮地に立たされていた分、感情が高ぶる。
それは涙となって、呻きとなって表れる。
助けてほしい…そのカルカの願いを聞き届けてくれたその人物に向け、潰れた唇と、前歯を失った口を震わせて呟く。
「ニ…シキ…殿…」
そのニシキの顔は、酷く怒りを滲ませた顔であったが、カルカと視線が合うと、まるで神のような微笑みを見せた。
「遅くなり、申し訳ありません。ですが、もう大丈夫です」
もう大丈夫…。その言葉で、カルカは解放されたかのような感情を抱く。
「ニシキ…様…」
故に、その感情は、敬称となって現れていた。
※現在の弐式炎雷のレベル
・Lv95
※新しく得た忍術 (Mは上限の意味)
・写輪眼Lv3M ・万華鏡写輪眼Lv1 ・体術Lv1 ・形態忍術Lv2M ・時空間忍術Lv3M ・火遁忍術Lv3M ・雷遁忍術Lv3M ・風遁忍術Lv3M ・水遁忍術Lv1