弐式炎雷と共に! ≪一時休載≫   作:ペリカン96号

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拙い文章で読みずらい、理解しずらい点多々あると思いますが、お楽しみいただければと思います。
感想、評価、是非お待ちしております!


第9話 ケラルト・カストディオ

祝典後、宮殿にて一泊したニシキは、ケラルトから紹介されたホバンスの最高級宿屋へと移動した。

 

首都ホバンスの民たちも、これ見よがしにニシキを称え、街を歩けば常に賞賛を浴びる程であった。

 

しかし、ニシキは一つ違和感を感じていた。

 

それに気付いたのは宮殿を出て暫くしてからで、それが確信に変わったのは宿屋に入ってからであった。

 

その違和感の元凶、それが何処の役の者かを探るため、夜の更けた頃合いを見計らい、外出する。

 

やはり見立て通り、その違和感は宿屋に留まることなく着いてくる。

 

「(…尾行か、しかし、忍者である俺に尾行とは…)」

 

ユグドラシルにおいて、ニシキは隠密と攻撃に特化したガチビルドを組んでいた。

 

ハーフゴーレムから人間へと変化したことで、種族レベルは失っているものの、レベル80のそれは伊達ではない。

 

隠密ビルドガチ勢ということは、同じく隠密看破もお手の物であった。

 

「(多少の隠密スキルや魔法は使っているようだが、俺からしたら丸見えも同然だ…)」

 

ニシキは大通りを抜け、入り組んだ路地に入り込む。

 

そして角を抜けた瞬間、尾行してくる人物の後ろに回り込み、クナイを首元に近づける。

 

「私に何用かな?首を切り裂かれたくなければ、答えることだ…」

 

先ほどまで前を歩いていた男が音もなく瞬時に後ろに回り込み、剰え刃物を首に突きつけてきたとあっては、その人物が驚き、怯えるのも無理はない。

 

尾行していた人物は、声にならない呻きを上げ、眼球だけをニシキの方へと向ける。

 

「ま、まってくれ…わたしは…ッ!」

 

ニシキはその人物の動向を注視しながら、耳を傾けた。

 

 

 

完全に夜が更け、首都ホバンスの宮殿も眠りに就こうかという時間…。

 

聖王女であるカルカ・ベサーレスの私室に、一人の来客があった。

 

こんな夜更けに尋ねてくる人物は2人に絞られる。

 

そして、その予想は当たる。

 

「カルカ様、ケラルトです」

 

「こんな夜更けにどうしたの?」

 

カルカは、扉越しに話しかけてくるケラルトに答えながら、侍女にジェスチャーをして入室を許可する。

 

「こんな時間に申し訳ございません。どうしてもお耳に入れておきたいお話が…」

 

「その様子を見るに、あまり良い話ではありませんね」

 

カルカは、ケラルトが苦虫を噛んだような表情を浮かべているのを察し、侍女に退出を促す。

 

侍女が退出したのを見て、ケラルトは震える唇をゆっくりと剥がす。

 

「実は…ニシキ様の情報収集を含め、動向を監視しようと、彼の止まる宿屋に私の手の者を配置していたのですが…それがばれてしまい…」

 

カルカは大きく目を見開く。

 

「なんてこと…。ケラルト、なんでそんな大事なことを相談もなく…ッ!」

 

「…ニシキ殿のことを少しでも知りえればと思いまして…。隠密や諜報に長けたものを数人配置していたのですが…謝罪の言葉もありません」

 

「それすらも、ニシキ殿は看破したということですね…」

 

カルカは、入室してきた際のケラルトと同じように苦虫を噛んだような表情を浮かべる。

 

「それで、ニシキ殿の反応は?」

 

「…目にも止まらぬ速さで首元に刃物を突き付けられたそうなのですが…話は聞いてくれて、一先ずは信じて頂けたようです…」

 

「それは、危害を加えるつもりはなかったことと、あなたからの手の者だという話ですか?」

 

「はい…」

 

カルカは、大きくため息を吐いて見せる。

 

ケラルトがここまで盛大なミスをしでかしたのはいつぶりであろうか。

 

このような諜報の手は、今までもケラルトの手によって何度も行われてきた。

 

それは政敵である保守派の南部貴族だけでなく、身内の王族や北部貴族に対してもである。

 

しかし、そもそもニシキ殿が特殊すぎるのだ。

 

彼に同じ手が通用しなかったというのは、至極当たり前ではあった。

 

しかし、それは人間の性ともいうべきものである。

 

今迄はうまくいっていたから、今回も大丈夫だろう。

 

ケラルトも、恐らくはその口である。

 

いくらニシキ殿でも、今までバレたことがないから大丈夫だろうと…。

 

それがこの結果を生んでしまった。

 

「一先ず、明日朝一でニシキ殿に謝罪に行きなさい。そして、なぜ監視をつけていたのかも、あなたの口から正直にお伝えした方がいいわ。もし必要であれば、私も謝罪致します」

 

「そ、そんな!カルカ様自ら…ッ!」

 

ケラルトは、カルカの言葉に酷く驚きを見せたが、カルカは冷静な表情を崩さずに口を開く。

 

「私の謝罪一つでニシキ殿が水に流してくれるのであれば、安いものです。彼の存在が聖王国にどれほどの安寧と力を齎しているのか、あなたならわかるでしょう?」

 

「はい…」

 

ケラルトは、何も言い返すことができず、ただ項垂れて見せている。

 

「大丈夫よ、ケラルト。ニシキ殿はお優しいお方です。そして理知的でもあります。あなたの手の者が生きて帰ってきたことが、その証左です」

 

「そうですね…。承知いたしました」

 

ケラルトは一抹の不安を抱きながらも、一つ深く頭を下げ、カルカの私室を後にした。

 

 

 

ニシキの泊まる、首都ホバンスの最高級宿屋は、その名に恥じぬ豪勢さを有していた。

 

ベッドやテーブル、椅子が高級なのはもちろん、一般的な宿屋では、木の板が開閉するだけの窓も、ガラス張りであった。

 

故に、朝日が昇ると、まぶしいほどの陽光が差し込んでくる。

 

そんな居心地の良いニシキの宿泊先に、高貴な客人が来訪していた。

 

なぜ高貴な方が来るのかと、普段のニシキであれば疑問に思ったであろうが、こと現在はその感情はない。

 

理由はわかりきっていたのである。

 

「そんなにお気にされずに…。お気持ちはわかりますから」

 

その高貴な女性に、ニシキは些少の戸惑いを見せながら対応する。

 

「いえ、ニシキ様を不快にさせたのは事実です」

 

申し訳なさそうな表情を見せるその女性は、茶色い髪を後ろで一つに束ねている。

 

所謂ポニーテイルという髪型を有しているのは、ケラルトであった。

 

その髪型を見て、ニシキはとある別の女性を思い出すが、すぐに思考を現実に戻す。

 

「こうして謝罪に来てくださった、それだけで十分ですよ。それに、私のような流れ者を調べるというのは、当たり前の行為かと、私は思います」

 

「そういっていただけると、救われる思いです」

 

「ただ…知らぬ仲ではないので、直接お声がけ頂ければとは思いましたが…」

 

「申し訳ありません…」

 

ニシキにとっては、些少のショックもあった。

 

理由もわかるし、その行動も理解できる。

 

ただ、何度か顔を合わせ、会話を交わし、交流をもった人物に探りを入れられるというのはあまりよい気持ちはしない。

 

「もし何か知りたいことがあれば、お聞きください。答えられる範囲でお応えしますから」

 

「ありがとうございます」

 

ケラルトは、俯いていた顔を上げ、何の腹黒さもない爽やかな笑顔をニシキに向けた。

 

その頬は、些少の赤みを帯びていた。

 

 

ケラルトは、ニシキへの謝罪の完了をカルカに報告した後、覚束ない足取りで、自宅へと戻った。

 

大貴族の娘であるケラルトは、自宅の召使いに驚きをもって迎えられる。

 

時刻はまだ正午を少し過ぎた頃。

 

休日でもない日に、帰宅することなどなかったため、それもそのはずであろう。

 

体調不良を疑った召使たちであったが、ケラルトから『心配ないわ』と言われたことで、即座に身を引く。

 

ケラルトは両親に顔を出すことなく、自室のベッドにバフンッと身を預ける。

 

そして、苦痛とも喘ぎともとれるような声を上げながら、枕に顔を埋める。

 

枕が、その美しい瞳から流れた一粒の水を受け止める。

 

この涙の因果は、ミスを犯した不甲斐なさからでも、ニシキに頭を下げた屈辱からでもない。

 

「あんなに…すごいだなんて…」

 

ケラルトは、先にニシキに願い出て受けたものを感じながら、身体をキュッと縮こまらせる。

 

「まだ…身体が震えてる…」

 

ケラルトは、自身の両手をもってして身体を抱きしめる。

 

ケラルトがニシキにお願いしたこと。

 

それは、ニシキの力の一端を垣間見たいというモノであった。

 

特に他意はない。ないはずだった。

 

ニシキの力を正確に把握することは、今後の王政府にとっても、引いては自身にとっても有益であると考えたのである。

 

もちろん、自分がかつてニシキに感じた感情を確認したいという好奇心もあったが、圧倒的に前者としての目的が主であった。

 

ニシキは、その願いを二つ返事で叶えてくれた。

 

「あんなの…反則よ…」

 

全身が異様な熱を帯びているのがわかる。

 

脳が、身体が、心が、精神が、自身の全てが警鐘を鳴らしている。

 

『危険である』と。

 

だが、なぜだかそこに不快感はなかった。

 

信じられないほどに、なかったのである。

 

「うぅ…知りたくなかった…こんな私…」

 

ケラルトは、徐に下腹部へと手を添わし、降ろしていく。

 

その手が下着に触れ、その下着をまさぐる。

 

そして、普段とは違う感触を指が感知する。

 

それを脳が認知すると、ケラルトは顔を赤く染め、羞恥に満ちた表情を浮かべた。

 

「…下着、替えないと…ッ///」

 

 

ケラルトからの謝罪を受けてから早1か月。

 

ニシキは久方ぶりに王国に足を踏み入れていた。

 

ケラルトが首都ホバンスの宿屋に顔を出した際、王国に向かうことを告げると、あまり良い顔はしなかったが、承諾を得られたためである。

 

ニシキの目的は、各大都市の冒険者ギルドであった。

 

そこで、モモンガを主とした仲間探しを始めようと考えていた。

 

王国の冒険者ギルドの網は、周辺の人間国家の中では最大である。

 

彼がアンデッドであることを考慮すると、人間国家に限らずに探すべきなのだろうが、ニシキ自身が人間であるため、多種族が中心の国家には顔を出しづらい。

 

それどころか、人間種の強者として警戒される可能性が高い。

 

そのため、まずは人間種が中心の国家から攻めていくことにしたのである。

 

それに、モモンガも人間として転移している可能性もあると踏んでいた。

 

ソースはもちろん、自分である。

 

さて、そんなこんなで、王国の首都であるリ・エスティーゼに足を踏み入れたニシキだが、やはりニシキの噂は王国にも広まっていたようだ。

 

街を歩けば、聖王国と比較にはならないものの、ヒソヒソと噂されるかのようにして注目を浴びている。

 

冒険者ギルドに顔を出せば、周りの冒険者も驚きを見せ、受付ですら認知していた。

 

国家が違っても、やはりアダマンタイト級の、それも4ヵ月という短期間且つ一人でその地位に上り詰めただけに、それは話題に欠くことはなかった。

 

しかし、悪いことばかりではない。

 

むしろ、仲間探しがしやすいという点はメリットであった。

 

受付嬢から邪険に扱われるどころか、依頼をするわけでもないのに親切丁寧に話を聞いてくれる。

 

それどころか、ギルド長まで出て来て対応してくれる始末。

 

まあ、移籍の話を持ち掛けられるのは困ってしまうが…。

 

しかしなれど、やはりというべきか、予想していた通り、アインズ・ウール・ゴウンやモモンガなどと言った名前には聞き覚えがないようだ。

 

些少の落ち込みをもってして、王都内を散策していると、衝撃的な出会いをすることになる。

 

 

 

事の発端は、鉄の重たそうな扉から投げ出された大きな布袋であった。

 

日が傾き始め、視界が悪くなってきてはいたが、中に詰まっている者が、ぐにゃりと形を変えるのが、分かる。

 

先の扉は開いているものの、ゴミでも捨てるようにその布袋を放った人物は中に戻ってそれ以降なんのアクションも起こさない。

 

普通こんなデカいもの、道の真ん中に捨てるか…?とも思ったが、思考が一瞬で停止することになる。

 

布袋に近づき、離れようとした際、袋から伸びた細い腕に、ズボンのすそを掴まれたのだ。

 

目を見開いて袋を見る。そして、捉えてしまう。

 

「え…?」

 

袋から姿をみせている半裸の女性をーー。

 

袋の口が、大きく開き、女性の上半身が外に出ていた。

 

青い瞳は力なくどんよりと濁りきっている。

 

ぼさぼさに伸びた肩に届くくらいの髪は、栄養失調のためかボロボロになっていた。

 

顔は殴打によってボールのように膨らんでいる。

 

枯れ木のような皮膚には爪くらいの大きさで、淡紅色をした斑点が無数にできていた。

 

ガリガリに痩せ切った身体に、生気などほんの少しも残ってはいなかった。

 

だが、まだ辛うじて生きている。

 

「だ、大丈夫ですか。い、一体何が…」

 

ニシキは、今までにない震えた声で女性に話しかける。

 

震えた声は、次第に心の底から煮えたぎるようにして湧き上がる、怒りに変わる。

 

何があったかなど、分かりきっている。

 

女性の身体を見れば、彼女に降りかかったあらゆる暴力が何であるのかが分かる。

 

ニシキが女性に手を伸ばそうとした瞬間、鉄の扉が開かれる。

 

だが、それに一瞥もくれない。

 

「なんだお前は、消えな…」

 

「…彼女は…なんだ?」

 

男の声に、ゆっくりと、低く唸るようにしてニシキは声を発した。

 

ニシキから溢れ出る圧倒的な雰囲気に、男は身じろぐ。

 

「しょ、娼婦だよ…い、いらなくなった…。あ、あんたには関係ないだろ…」

 

「関係ない…なら、私がここで彼女を連れ去っても、問題はない、ということですね」

 

その顔に、表情はない。

 

「そ、それは法律上、俺たちのもんだ!連れ去ったら、犯罪になるぞっ!」

 

「なるほど、確かに一理ありますね。ですが…誰も認知しない事柄を、一体だれが犯罪だと証明するのですか?」

 

ニシキは全開の殺気を男にぶつける。

 

ケラルトに願われて発した殺気を遥かに超えるそれは、男の意思を砕くには十分であった。

 

「ひぃ…い、いや、なんでも、や、やめ…ブシャ」

 

男の頭が吹き飛ぶ。

 

正確には、首から上が鋭利に切り裂かれていた。

 

噴水のように血飛沫を上げ、残った身体がぐらぐらと揺れ動きながら体勢を崩す。

 

その間に、ニシキは女性を抱きかかえるようにして座り込み、腕に抱く。

 

そして、男の下半身が地面へと接するのと同時に、ニシキと女性は一瞬で姿をかき消した。

 

 

ニシキは、宿屋にある清潔なベッドに彼女を寝かせると、空中に浮かんだ異空間、アイテムボックスに手を伸ばし、一つのアイテムを取り出す。

 

『最上級治癒薬(マキシマム・ヒーリング・ポーション)』

 

上から数えて2番目に効果の高い回復アイテムであり、信仰系第6位階魔法、『大治療(ヒール)』と同じ効果を有する者であった。

 

それはかつてパベルに使用したポーションを遥かに超えるものである。

 

現地の人々が見たら、奇跡を齎すポーションという印象を抱いていたことだろう。

 

体力を大きく回復させ、ほとんどの病気を治すポーションなのだから。

 

ボロ雑巾のようになっていた女性の身体は、まるで嘘のように本来の身体の輝きを取り戻していた。

 

それを認知したニシキは、続けて『清掃(クリーン)』の魔法を女性に施す。

 

『修復(リペア)』の魔法を行使することも検討したが、そもそもが服とはいいがたいボロ布であったため断念する。

 

ニシキは、女性がゆったりと寝息を立てているのを確認したのち、小さく呟くようにして、特殊召喚を発動させる。

 

特殊召喚には、ユグドラシル金貨を用いる。

 

この世界で手に入らない分、いままで消費せずにいたが、今はそんなことを考えている余裕も、出し惜しみするような精神状態でもなかった。

 

その特殊召喚によって呼び出された存在は、覆面をした忍者のような姿をしていた。

 

数は2体で、それぞれ装備や特徴が些少の違いはあるが、誰がどう見ても忍者と答えるような風貌である。

 

片方は隠密発見応力に長けたハンゾウ。

 

片方は素手戦闘や特殊技術が得意なフウマであった。

 

両者ともレベル85を超える忍者で、今のニシキからすると、自分よりも高レベルの存在であった。

 

「「御身の前に…」」

 

召喚されたハンゾウとフウマは、ニシキに片膝を着いて頭を足れる。

 

「…彼女を死んでも守れ」

 

「「はっ!」」

 

低く呟くようにして出された命令に、ハンゾウとフウマは淀みなく同意の意を示す。

 

命令を下した後、ニシキは一室からその姿を消した。

 

 

ニシキは、女性ものの服などを一通り買い揃えた後、彼女に丁寧な手つきで着せる。

 

寝ている女性の服を替えるなどという行為をしたことは、もちろん今までしたことはなかったが、それに邪な感情を抱くことなく、粛々と行う。

 

そうして一度部屋を出て、宿屋の食堂でお粥を頼む。

 

10分程で粥を受け取り、一室へと戻る。

 

先ほど服を着せるために戻った時と同じようにノックをする。

 

同じように返事はなかったが、中で人が動く気配を感じ取り、目を覚ましていることに気付き、静かに押し開いた。

 

ベッドの上には、一人の少女が寝起きなのか非常にぼんやりとした表情で、半身を起こした状態でいた。

 

まさに見違えるように回復していた。

 

ぼさぼさで薄汚れていた金髪は、今では綺麗な艶やかさを見せている。

 

こけて落ちくぼんでいた顔は、肉付きを取り戻している。

 

カサカサに割れていた唇も、健康的なピンク色に戻っていた。

 

愛嬌のある可愛らしい女性であった。

 

およそ10代後半であろうか…。だが、地獄のような日々を味わったからか、顔には年齢以上の重みが感じられる。

 

用意した白いネグリジェに身を包んでいる。

 

「肉体は完全に癒えたと思いますが…。いかがですか?」

 

先ほどまで、ひたすらに怒りと沈黙を抱いていたニシキであったが、その一端すら感じさせない優しい声で呟く。

 

返事はない。その目は、ニシキを捉えようともしていない。

 

だが、ニシキは気にせず言葉を続ける。

 

「お腹がすいていませんか?お粥を持ってきました」

 

匂いに反応し、女性の顔がわずかに動く。

 

「どうぞ、食べてください」

 

ニシキは、彼女の前にお盆を差し出す。

 

彼女はゆっくりと手を動かし、スプーンを持ち、お粥を掬い上げ、口元に運び、嚥下する。

 

女性の目が少しだけ動く。本当にわずかだが、動く。

 

もう片方の手がブルブルと震えながら動き、ニシキから器を受け取る。

 

ニシキは手を添えたまま、彼女が置きたいであろう場所に器を動かす。

 

そして、彼女は服が汚れるのもお構いなしに勢いよくお粥を流し込む。

 

そうして、彼女は食べ終えると、ふぅとため息を漏らす。

 

そしてその瞼が閉じられる。

 

満腹感、清潔で肌触りの良い服、清潔さを取り戻した身体などの相乗作用が彼女の精神を緩め、睡魔に襲われだしたのだ。

 

だが、目が閉じられた瞬間、彼女は大きく目を見開き、怯えるように身を縮めた。

 

…その様子が、ニシキの心にまたも怒りの炎をともす。

 

そして、ニシキは安心させるようにして、優しく話しかける。

 

「身体が睡眠を欲しているのです。無理はせず、今はゆっくりとお眠りになってください。ここにいれば、何も怖いことはありません。この私が、命に代えて保証します。目を覚ましても、このベットの上にいますから…」

 

初めて女性の目が動き、ニシキを捉える。

 

青い瞳には、さほど光はなく、力もない。

 

口が僅かに動き、閉ざされる。それを何度かくりかえる。

 

ニシキは急かすことなく、じっと彼女を優しいまなざしを以て見つめる。

 

「あ、あり…う…ござい…ます…」

 

やがて唇を割って、小さく声が出てくる。

 

自分の置かれている状況ではなく、最初に感謝の言葉が口に出る。

 

それが、彼女の性格を表していて、ニシキは再度心が抉られる感覚を覚える。

 

「お気になされずに…。私が拾い上げたからには、あなたの身の安全は確実に保証いたします」

 

少しばかり女性の目が見開かれた。それから、口が震えた。

 

青い瞳が潤み、ボロボロと涙が零れる。

 

それから火が付いたように女性は泣き出す。

 

やがて、泣き声に呪詛が混じりだす。

 

己の運命を呪い、その運命を与えた存在を憎悪し、助けがこれまで訪れなかったことを恨む。

 

しだいに、その恨みはニシキにも向けられる。

 

なんでももっと早く助けてくれなかったのか…。

 

なんで…なんで…。とニシキに罵詈雑言を浴びせる。

 

彼女は頭を掻きむしり、ブチブチという音と共に、髪が抜け落ちる。

 

ほっそりとした指に、金の糸が絡まる。

 

ニシキは、彼女の狂乱を黙って見守る。

 

彼女の恨み言は全くの的外れであったが、それでニシキが怒りを宿すことはなかった。

 

ニシキは、身を乗り出して彼女の身体を抱きしめる。

 

一瞬だけ彼女の身体が硬直すると、今まで彼女の身体を貪ってきた男たちとは違う抱き方に、凍り付いた身体が僅かに緩んだ。

 

「もう大丈夫…大丈夫だから…。大丈夫…」

 

その言葉を呪文のように何度も唱える。

 

彼女は、一瞬だけしゃくりあげ、それからウルの言葉を噛みしめるようにして、彼女はニシキの胸に顔を埋めて泣き声を上げた。

 

その泣き声は…先ほどとは少し違うものに感じた。

 

時間が経過し、ニシキの胸元が彼女の涙で完全に濡れた頃、ようやく彼女の泣き声が止んだ。

 

彼女はゆっくりとウルから離れ、真っ赤になった顔を隠すように俯く。

 

「ごめ…なさい…」

 

「気にしないでください。あなたのような美しい女性に胸を貸したというのは、男にとって誇らしいことですから」

 

ニシキは、自身の袖を引き寄せると、彼女の顎に手をやり、涙を拭ってみせた。

 

「あ……」

 

微笑みかけると、彼女からゆっくりと離れる。

 

今はまだ、そっとしておくべきだと感じた。

 

そうして一歩踏み出したところで、ニシキはあることに気付いた。

 

聞いてもいいのかどうか迷ったが、口を開く。

 

「もしよろしければ、お名前をお聞かせいただいてもよろしいですか?」

 

「あ、わた……は、ツ、ツア……ツアレ…です」

 

「ツアレさんですか…よい名ですね。あ、そうでした。私が名前を言っていませんでした…。私はニシキと申します。ここ、聖王国のカリンシャで冒険者をしている者です」

 

「ニシキ…様……」

 

ツアレは、小さく、それでいて少し嬉しそうに呟いた。

 

そんなツアレを見て、ニシキは小さく微笑んで見せた。

 

「さあ、今日はゆっくりと休んでください。あなたのこれからは…後ほど話し合いましょう」

 

「は…い…」

 

ツアレが横たわるのを見届け、ニシキは部屋を後にした。

 

…そして部屋を後にしたニシキの顔が、徐々に怒りを含んだものに変わっていくのを、ツアレは知る由もなかった。

 

 

 

ニシキは、宿屋から出ると、トボトボとした様相で、しかし何かを考え込むような表情で街を歩く。

 

いつもとは違う雰囲気を感じ取ったカリンシャの住民たちは、ニシキに気付くも、皆声を掛けることはなかった。

 

「(拾い上げたからには…覚悟を決めるか…)」

 

ツアレとの出会いは、ニシキにとって衝撃的で、且つある決断を有することになる。

 

「まずは家だな…。だが、どのくらいの家がいいかな…いっそ、屋敷でも買うか?」

 

正直、現地の通貨で言えば、有り余っているくらいである。

 

領地を爵位付きで買えるくらいには潤沢であった。

 

それもこれも、全ては聖王女カルカからの褒美であったが、一人で生きて暮らしていくには十分すぎるくらいであった。

 

それこそ、これから一生働かなくても貴族並みの生活ができるくらいにはある。

 

「いや…その前にあの娼館を潰すか…」

 

ニシキは、あの娼館が正常なものではないとすでに理解していた。

 

しかし、それはニシキの価値観であり、この世界からすれば当たり前のことかもしれないのだ。

 

「…あの男も、法律上は俺たちのものって言ってたしな…。明るみになれば、犯罪者は俺か…」

 

そうして呟きながら、ニシキはある男を思い出す。

 

それは山羊の頭を持つ、ワールドディザスター。

 

仲間の、いや、且つての仲間の一人であった。

 

「悪を倒すための悪…まさにこのことか…」

 

その男は、名をウルベルト。アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの一人である。

 

ニシキは、日が落ちかけている空を見上げながら、一つため息をつく。

 

「まあ、もう後戻りはできないか…」

 

ニシキは決意を胸に、急ぎ行動を開始した。

 

 

 

 

 

 




※ツアレは原作よりも早く救出されたため、妊娠していません。

※現在の弐式炎雷のレベル

・Lv80

※新しく得た忍術

・写輪眼Lv1 ・形態忍術Lv1 ・時空間忍術Lv1 ・火遁忍術Lv2
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