曰く、その「大人」は首から上が無かった。
曰く、その「大人」はコートを纏っていた。
曰く、その「大人」はステッキを持っていた。
曰く、その「大人」は写真を持っていた。
曰く、その「大人」はこう名乗った。
「わたくしはゲマトリア、名をゴルコンダと申します。こちらはデカルコマニーです、わたくしの身体を代行してくれています。」ソウイウコッタ!
ゲマトリア。そう彼は......いや、彼らは名乗った。ゲマトリア、私はその名前を聞いたことがある。いつか、彼女...コユキちゃんとの会議で要注意人物として教えてもらったことがあるからだ。曰く、彼らは「神秘の探求者、求道者」らしい。要約すると、悪い「大人」だ。関わるべきではない。
「......一体何の用でしょうか?もし用が無ければ私はこれで。」
私は全力で警戒をしながら席を立ち、その場を後にしようとした。その時、彼から衝撃の一言が飛んできた。
「黒崎コユキさん...いえ、彼は元気ですか?」
「──!?」
何故知っている?私は彼女の存在を誰かに教えた事は無い。それに、何故急にこちらに接触して来たのか?少し考えた私は、端末で先生に現在地の情報をモモトークに送信し、警戒を緩めずに再び席に着いた。
「では、お話を聞きましょうか。」
「ご理解が早く、助かります。では、早速本題に......と行きたいところですが、少し雑談をしましょう。」
彼は、話を続けた。
「テクストという物はご存じですか?」
「......テクスト?」
私の疑問に彼は特に反応も示さず返した。
「例えをお話しましょう。わたくしの所属しているゲマトリアには、マエストロという者がいます。彼は、自身の『テクスト』を外形として顕現させました。そのお陰か、マエストロには頭が二つある.....理由は簡単です。彼は芸術でありたかった。だから芸術の作品に自身の思考や頭脳を割り込ませた事によって、混ざり合い、そして反発しあった結果、あのような姿になった。これは貴方たち『生徒』にも反映されるものです。
つまり、自身がどう見せたいかで周りの感じ方や、見える『テクスチャ』が変わってくるのです。」
そう言った彼は、私に質問をして来た。
「では、質問をしましょう。生塩ノアさん、貴方は周りからどう見られたいですか?」
その質問に私は答える事が出来なかった。いや、答える術を身に着けていなかったに近いのかもしれない。
「......分かりません。」
すると、彼は言葉を続けた。
「やはり、そうでしょうね。この質問は、貴方たちには少しばかり難しいでしょう。ですが、今起きている事態はその『テクスト』と深く関わりがあるのです。」
すると、カフェの扉が勢いよく開き、中に入ってきた人がいた。先生だ。どうやら私の連絡を聞きつけ、ダッシュで向かってきたらしく、呼吸を乱していた。辺りを見渡し、私を見つけると、安心したかのようにこちらに近づいてきた。
"ノア!無事だったんだね!"
すると、彼は落ち着いた声色で言った。
「お久しぶりです、先生。人も揃いましたね。」
どうやら、私が先生に助けを求めるのは端からバレていたようだった。すると、先生は訳が分からないといった様子で彼に質問をする。
"待って、いまいち状況を理解出来ていなんだけど...どうしてあなたがいるの?"
状況の把握が追い付いていない先生を尻目に、彼は話を続けた。
「先生、どうぞお掛けになってください。一先ず、今回のわたくしたちは貴方の『味方』と呼んでも良いでしょう。では本題と参りましょう。彼、黒崎コユキさんの現状についてお話をいたします。」
"──!!分かるのかい?"
すると、彼は今回の事件の本題を話し始めた。
「まず、先生は把握していないと思いますが、現在黒崎コユキさんの肉体の主導権は別の方のものにあります。どうやら、わたくしたちとは全く違う世界から迷い込んだようです。そして、今肉体の主導権を握っている彼はどういう経緯かは分かりませんが、このキヴォトスの為に動いている。そして、彼自身が黒崎コユキさんとして動いていくうちに、テクストに上書きされ、現在のようにおかしくなってしまった...否、元のコユキさんのようになってしまったと言ったところでしょう。そのお陰か、本来の自分の目的も忘れてしまい、黒崎コユキさんを真似する『何か』になってしまったのでしょう。」
「まあそういうこった!」
私は多少は頭がいいと思ってはいた。しかし、この会話のレベルは...難しいの限度を超えている気がする。これが「大人」の会話なのか?私は疑問に思う。すると、先生が口を開いた。
"......つまり、今のコユキは元のコユキではない誰かが肉体の主導権を握っている状態。そして、その誰かはコユキとしての自分と本来の自分との区別がつかなくなり、現在に至ると。"
「その解釈で大丈夫でしょう。」
"大体把握出来た......かな。いや出来ないわ、じゃあ今までのコユキ自体偽物だったってこと!?"
少し驚いた様子で、先生が反応する。無理もない、今初めて明かさ事実だからだ。だが、疑問はある。どうして外部の人間である彼が私しか知らない情報を持っているのか?そんな疑問が思い浮かんだ。
「はい、少なくとも、エデン条約時にはもう彼になっていましたね。」
"そうだったんだ...。でも、中身は誰であれ、生徒であることには変わりはない。助けたいと思う気持ちは変わらないよ。"
「ええ、その答えを待っていました。」
先生の理解が早くて助かった。それに先生が分かりやすく要約してくれたおかげで、私も少し理解できた気がする。すると、先生はまた質問をした。
"じゃあ、本来の彼女を取り戻す方法は?"
すると、彼は冷徹に、そして無感情に答えた。
「彼を堕とすのです。」
「......え?」
私は困惑した。堕とす?何を?一体どうやって?
「やり方は何でもよいのです。彼が大事にしている者を56したりなど、彼に深い絶望を与えるのです。そうして堕として行けば、本来の自分の使命を自ら自覚させ、元通りにする事が出来るでしょう。」
「どう......して?」
どうしてそんな事をしなければならないのか?彼女に本来の自分を取り戻させる為には彼女を絶望の断崖へ突き落せと?そんな...そんな事──。
"そんな事出来る訳ないでしょ!"
先生の怒号が飛び交う。
"本来の彼女を取り戻す為に、彼女とその周りを傷つけないといけないのは間違っている!"
「せん...せい?」
私は何時の間にか涙を流していた。すると彼は、その答えを待っていたと言わんばかりの大声で、言葉を発した。
「ならば!唯一の変数であり、事象の改ざんをもしてしまう貴方が彼を『崇高』へと導いて見せるのです!」
「そういうこった!!」
"......どうやら私たちは相容れないようだね。"
そして私の手を引き、先生は席を立った。
"あなたの意見には賛同できない。私は私のやり方で彼女を助けて見せる。"
その答えに、彼は落ち着いた声色で返答を返した。
「......分かりました。もしわたくしたちの力をお借りしたい場合は、14時20分にこの店にいらしてください。わたくしは毎日おりますので。」
その言葉を聞き終わった先生は、そのまま私の手を引いて店を出て行くのだった。そして、店から出る前に彼から私へ質問が飛んできた。
「生塩ノアさん、貴方は何時から『彼』を『彼女』と呼ぶようになったのですか?」