P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結)   作:コンバット越前

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鬼畜王一夏の番外編はこれにて終了でございます。

D.D.D(だん・弾・DAN)




織斑一夏は……

弾は昨夜の夕飯について思いを馳せていた。この一触即発の修羅場空間で何を悠長な……と言いたい所だが、結局のとこ人間が最後に逃避するのは、幸せだった身近の記憶であるという。弾はあたかも走馬灯のように昨夜の家族団らんの時間を思い出していた。

 

昨日の酢豚美味かったなぁ……。

 

弾は涙ながらに思い出す。母が作った酢豚の味を。実家が食堂を営んでいるだけあって、日々の食事が下手な店よりも優れていることが弾のちょっとした自慢であった。

 

ちなみに五反田家での酢豚はシンプルイズベスト。パイナップルなぞ入ってない。素材の味だけで勝負している。弾は我が家自慢の酢豚の味を懐かしむように思い出していた。頭が酢豚一色になっていく。

 

酢豚……すぶた……鈴。

 

酢豚のことを考えていた弾の頭に、お呼びでもないのにある少女が浮かんできた。その名は凰鈴音。酢豚といえば鈴。鈴といえば酢豚。すなわち酢豚=鈴。

そんな方式が成り立つ酢豚少女。

 

とまあ急に脳内に割り込んできた酢豚娘が弾の中で声を発した。『馴れ合うことだけが友情じゃない!』と。ああ、そういえばアイツはキン肉アタルの大ファンだったっけ。

弾は頭の中でうるさく喚き続ける少女の声に苦笑しながら、更に昔のことを思い出していた。

 

鈴と出会って間もない頃、まだあまり仲が良くなかった頃のこと。鈴と酢豚について意見を交わしたことがあった。それは『酢豚にパイナップルは必要か?』ということ。

 

料理を営む家同士ということで、譲れない思いは確かにあった。だが歯をむき出しに『パイナップル入り酢豚』の可能性を説く鈴に、自分は呆れるように言ったはずだ。「つまらんことにムキになるな」と。

 

弾にとっては、たいして親しくもない女子と喧嘩腰になる必要は無い、そう思って言った言葉だった。だがそれに対しての鈴のセリフがあのキン肉アタルの名言であった。馴れ合う先に未来は無い。なあなあで済ますことは逃げだと。本音でぶつかるべきなのだと。おそらく当時の鈴はそう言いたかったのだろう。

 

『しっかりしろ!』

 

そんな酢豚娘の声が聞こえた気がして、弾はその身に強い意志の力が宿っていくのを感じた。死んだ魚のようだった目に光が灯り、弾は覚醒する。もはや恐怖なぞない、とばかりに一夏を睨みつけた。

 

そうだ、このまま何もせず震えているだけでいいのか?弾は己に問いかける。

今回の一件の非は間違いなく自分にある。なのに被害者気分で震えたまま起きるであろう惨劇を黙って見てるつもりなのか。このまま一夏の周りの人間関係を歪ませることになっていいのか。何より流れに身を任せて、結果出来上がるであろうカップルを薄笑いで祝福するつもりなのか。それでいいのか?

 

いいはずがない。

弾は己の拳を握り締める。

 

友人の鈴、妹の蘭には悪いが、弾自身は一夏がどんな女性を選ぼうと応援するつもりであった。例え自分の大切な女の子が泣くことになろうとも、そこは一夏の味方になると弾は決心していた。一夏が大切に想う人を見つけたなら、誰よりも祝福してやるのが親友の役目であると思っていたからだ。

 

でも、この状況は違う。今の一夏は酔っ払って我を忘れている状態だ。そこに普段の一夏の意志は感じられない。面白半分に想いを告げようとしている。そんな風にして結ばれたカップルは果たして幸せなのか?それはあの相手の少女にとっても最大の侮辱となるのではないだろうか?

 

『嘘から始まる恋もある』誰かが言った言葉を思い出す。それも一つの形かもしれない。だが弾にとって一夏は普段の一夏でいて欲しかった。朴念仁で鈍感でも、優しいいつもの一夏のままで、誰かに想いを告げて欲しいのだ。

 

弾は一瞬目を閉じると、目に力を込めて再度一夏を睨み付けた。

一夏は本音を見下ろしたまま動こうとしない。後姿で今は何を考えているのかは分からない。だがいずれは間違いを起こすだろう。それだけは阻止しなくては。

 

弾は気合を入れると、大きく息を吸った。もはやパンツの心配など不要。彼は今こそ『超(スーパー)弾』になったのだから。

 

「アチョー!」

 

限界に達しようとしていた修羅場空間に、覚醒した漢の叫び声が響いた。

 

 

 

 

歩いていたシャルロット、身を任せて目を瞑っていた本音がその叫び声に驚いたように目を見張った。彼女達の時間が止まる。唯一、一夏だけがこちらを振り返ることなく、足元をふらふらさせている。それが少し気がかりだったが、弾は構わず両足に力を込めた。

 

一夏、やっぱこんなのは間違っている!

弾は一瞬腰を落とすと、猛然とダッシュする。目指すは一夏、そのイカれた幻想を砕く為に。

 

「ホワタッ!」

妙な掛け声を上げ漢は跳んだ。高く舞い上がり跳び蹴りの体勢に入る。着陸地点は一夏の脳天、それで全て終わらせよう。これ以上、誰かが傷つく前に。

 

最中、シャルロットと本音の唖然とする表情が目に入った。しかし弾はそれに構わず親友を討つべく『鬼』となった。馴れ合うことだけが友情ではない、友が間違いを犯したのなら、拳を交えてでも止める。それこそが真の友情なのだ。

 

……そうですよね、キン肉アタル先生……。

 

一夏は振り向かない。その無防備な脳天めがけ弾の鋭い蹴りが向かう。

 

恨んでくれていいぜ、一夏!

鷹のように鋭い弾の空からの一撃、それが今一夏に叩き込まれようと……。

 

「あれ?」

 

スカッ。

と気が抜けるような擬音を発するかのように、弾のとび蹴りは空を切った。一夏が前方に倒れこむようにかわしたのだ。

 

そりゃないよ、弾はスカされた体勢で思う。今までのカッコイイ前振りは何だったんだ?

 

そしてそのままバランスを崩した弾は、一夏を飛び越えて壁に着陸、というか激突する。ご丁寧にそこには何故か掃除用具一式が積まれており、それは物凄い音を立てて崩れ落ちた。

 

「お、おりむー?」

急に自分へと倒れこんできた一夏に本音が目を白黒させる。

 

「一夏?」

一夏のただごとではない様子にシャルロットが駆け寄る。

 

「あいててて……。あれ?アイツ……」

見れば本音の豊かな胸に顔を埋めるように一夏は気を失っていた。おそらくアルコール耐性が限界を超えたのだろう。弾はガックリとうな垂れた。ホントそりゃないよ。

 

本音もシャルロットも傍から見た、先程の恐るべき修羅場空間なぞ知らないかのように、今は一夏の心配をしている。そして天性のジゴロ王は地に静かに下ろされると、本音には膝枕をされ、シャルロットが心配そうにその髪を撫でている。

 

フザケンナ。弾は血の涙を流して思う。マジでこれが人間のやられることかよ!

ちょっとそこ代われよ、いや代わってくださいよ!こん畜生!

 

 

「こらぁ!ジャリ共!なんつーでかい音立てやがる!」

そこに警備員の格好をしたムサイ男が肩を怒らせて登場した。男の名は西田、最近めでたくこの学園の常在勤務が決定した50間近のオッサンである。

 

「ん?坊主?どうしたんだ一体!」

「いえ、それが……」

「なんだか急に倒れちゃって」

 

横たわる一夏を覗き込んで問う西田に、シャルロットと本音が心配げに返した。弾もブツブツ言いながらも、彼の元に向かう。

 

「ん?このニオイまさか……。おいそこの赤坊主!」

「は?赤坊主?」

 

某バスケ漫画の主人公のように例えられた弾は仰天した。でもその例えはどうだろう。自分はむしろ長髪だっていうのに。

 

「オメェも飲んでやがるな。坊主のダチか?ったく何考えてんだ」

 

ヤバイばれちった。二人の少女からも注目され、弾の鼓動が色んな意味で速くなる。どう言い訳しようか。

 

「しょうがねぇな。嬢ちゃん達!悪りぃーけど運ぶの手伝ってくれや」

「あの、動かしちゃっておりむー大丈夫なんですか?」

「見た感じ急性アルコール中毒の心配はなさそうだ。それに救急車呼んで病院に運ぶわけにもいかねぇだろ。『唯一の男性操縦者、未成年飲酒で緊急搬送!』なんてばれたらシャレにならねーぞ」

「あ。そ、そうですね。でも一夏飲酒って……何考えてんの、もう!」

 

スイマセン。居心地の悪くなった弾が縮こまる。消えてしまいたい気分でございます。

 

「そうは言ってもやっぱ心配だしな。医務室に連れて行こう。俺が担いでいくから、嬢ちゃん達は周りをガードしてくれ。近づいてくる子がいたら、上手く追い払ってな」

「はい。分かりました」

「おりむー……大丈夫かな?」

「んじゃ行くぞ。おい赤坊主!あんまし羽目外すんじゃねーぞ」

 

そうして彼らは学園に入っていった。弾はその背を見送りながら、『一夏は愛されてるなぁ』と感慨深げに思った。同時にやるせない思いも抱いてしまう。具体的には『羨ましいんだよコンチクショー!』という醜い嫉妬を。

 

まぁ、でも何も起こらなくて良かった。平和主義者である弾はそう結論付けると、家路へと歩き出した。アルコールの恐怖が身に沁みた一日だった。でも皆無事で良かった良かった。

 

しかし、ふと恐ろしい予感がまたも弾を襲った。鬼女と化した鈴に責められている光景だ。キャメルクラッチをされ必死に命乞いをする自分の姿がリアルに想像され、弾は頭を振った。

そんなことあるわけない、修羅場は無事過ぎ去ったのだ。弾は自分に言い聞かせるように乾いた笑いを立てると、気分転換にコンビニへでも寄ってこうと、足を速めた。

 

 

 

 

 

 

「う……」

一夏は不快感と共に目を覚ました。吐き気と身体のだるさが酷い。この現状を思い出そうにも、頭の中は霧がかかったようにモヤモヤしている。そもそもここは何処だろうか。

 

「あ。起きた」

その声に顔を向けると、小柄な幼馴染がほっとしたように見つめていた。一夏はゆっくりと身体を起こす。

 

「鈴。……ここは?」

「学園の医務室。ハイお水、飲める?」

「ああサンキュ。……学園?」

「そうよ。シャルロット達が運んできたの。覚えてないの?」

「いや覚えてない。お前も一緒に?」

「ううん。あたしはアンタが運ばれていくのを偶然見て。それで」

「そうか」

「後で皆にお礼言っときなさいよ。シャルロットも、布仏さんも交代でずっと看ていてくれたんだから」

「あ、うん」

 

本音の名前が出てきたことに少し驚いたが、一夏は頷いた。鈴は一瞬微笑んだが、すぐに冷たい目で一夏を見る。

 

「……で、一夏?これはどういうこと?」

「どうって、何がだよ?」

「弾から(強制的に)話は聞いたわ……」

 

鈴の言い方に何故か一夏の背筋が冷えた。

 

一夏の状態を見た後の鈴の行動は素早かった。『一夏がこうなった理由は弾にあるのでは?』と女性特有の恐るべき直感で導き出し、彼に連絡を取った。家に帰らず近くにコンビニで立ち読みをしていた弾は、哀れ彼女に捕獲され、駐車場での制裁の後すべてをゲロったのである。

 

その五反田弾はこの同時刻、店の酒を大量に消費したのが当然の如く家族にばれて大目玉を喰っていた。とはいえ消費したのは主に悪堕ちした後の一夏であったが。しかし弾はこれを己への罰として、一夏の名前は口に出すことなく、ただ祖父からのサソリ固めを甘んじて受けていた。

 

 

一夏はゴクリとつばを飲み込む。ここに至るまでの過程は本当に覚えていない。だが始まりはしっかりと覚えている。親友と酒を飲んだことを。

 

「一夏?」

「いや。ま、待ってくれ鈴!これは……」

 

「あ……」

答えに瀕した一夏に、天からの助けとばかりに本音が部屋に入ってきた。立ち止まって一夏を見つめる。一夏も引きつった笑みを返した。

 

「あ、どうも。ごめん、なんか世話かけたみたいだね、ありがとう」

「え?……うん」

「ホントごめんね。俺、その、頭がどうかしていて。何も覚えてないんだ」

「やっぱり、そうだったんだ……」

 

一夏は『おや?』と思った。浮かない表情、いつもの彼女らしさがない。

 

「体調はもう大丈夫なの?」

「うん。まぁまだ少し気分が悪いけど」

「そっか」

「のほほんさん?」

「のほほんさん、かぁ……」

「へ?」

「……おりむー。本当に何も覚えていないの?」

 

縋るような表情で問いただす本音に、一夏は不安が募っていく。自分はもしかして何かとんでもないことをしでかしたのでは?

 

「ご、ごめん。本当に何も……」

「そっかー」

 

本音は殊更明るく言うと、ニッコリ笑う。

 

「おりむー、悪いけど目を瞑ってくれないかな?」

「え?なんで?」

「いいから」

 

一夏は驚きながらも言われるまま目を閉じる。本音が小さく息を吐いた。

 

 

「ごめんね」

そして、そんな謝罪の後に。

『ぱん』

乾いた音を立てて、一夏の頬が叩かれた。

 

一夏は頬を押さえて、唖然と本音を見る。痛みは特に感じなかった。ただ驚いていた。

 

「これはおりむーへの罰だよ」

「え?のほほんさん……?」

「明日かんちゃんにもちゃんと謝ってね。おりむーにはその義務があるんだから」

「よ、よく分からないけど、分かったよ」

 

一夏がしどろもどろになりながら答える。

 

「もう!本当に、おりむーのばーか」

本音はいつも通りの柔和な笑みを浮かべて言うと、一夏に背を向けた。

 

 

「ばか。……ばか一夏」

 

その声はあまりに小さく一夏には聞こえなかった。ただ彼女の隣に居た鈴には聞き取ることが出来た。小さくても、悲しみを帯びたような胸に響く声。鈴が本音を見つめる。本音はしかしそれ以上何も言うことなく足早に部屋を出て行った。

 

 

 

「何だったんだ?のほほんさん、どうしたんだろ?」

「ねぇ一夏」

「ん?なんだ鈴」

「悪いけど目を瞑ってくんない?つーか瞑れ」

「ハァ?」

「それとしっかり歯を食いしばっておきなさいよ。舌でも噛まれるとやっかいだから」

「ちょ、ええっ!待て、待ってくれ!何で!」

 

一夏の問いに答えることなく、鈴は力をその身に溜めていくように、規則正しい深呼吸を繰り返す。そしてゆっくり拳を引いて正拳突きの体勢に入った。一夏の額に汗が吹き出る。

 

「鈴!落ち着け!せめて理由を……!」

「黙れ!女の敵!」

 

『めきぃ!』

恐ろしい音を立てて、一夏がぶっ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

『命短し恋せよ乙女』昔の人は良く言ったものです。

『恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』蹴られるのはいつの世も、女心を理解しない男であります。

 

 

 

 

そういう訳でIS学園では今日も波乱が起きているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





この作品はギャグものです。シリアスやダークなドロドロ展開なぞ存在しません(保険)

果てして我らがワンサマが自分から想いを告げる日は来るのでしょうか?そしてその相手とは?期待したいのですが、はっきり言ってそれを知ることなく自然消滅してしまいそうな予感がビンビンです。

時間は誰にでも平等に過ぎて行き……純粋に作品を楽しんでいた少年達も、世間の荒波に揉まれ、穿った見方をする大人へと成長していく。当時は考えもしなかった設定や、ストーリーの粗探しをするようになって……。



ねえビュウ。おとなになるってかなしいことなの……。

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