P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) 作:コンバット越前
今日未明、唯一の男性操縦者としてIS学園に入学したIさん(仮名)が大怪我を負い、病院に搬送されました。
詳しい原因はまだ分かっていませんが、どうやら痴情のもつれだということです。
『墓場』と聞いて連想するものは?
先祖の供養といった意味合いのほかには、暗闇、お化け、霊といった恐怖を煽るものを連想するだろう。墓場という言葉は本能的に恐怖をイメージさせるのである。
墓場は恐ろしい、恐ろしいものである。
しかしこと一部の男性諸君に至っては『墓場』という言葉に、霊だのお化けだの、そんなものより遥かにもっと恐ろしい意味合いを感じ取ってしまうのではないだろうか?
例えるなら、終電間近の駅のホーム。人目も憚らずイチャつくカップルを眺めながら、家でとっくにイビキをかいて眠っているであろうパートナーを思う。自分の人生とは何だったのか、何処で選択を間違えてしまったのか、こんなはずじゃなかった。……いつしか『墓場』とはそんなことを思い知らさせてくれる単語となるのだ。
それは即ち『人生の墓場』……つまりは結婚である。
「セシリアー。昼ごはんどうする?酢豚でも食べに行く?」
「貴女はどうして外食時にまで酢豚を食べようとするんですの?」
今日も今日とて、なんやかんや一緒にいることの多い英中デコボココンビは、町に繰り出し乙女の楽しみであるショッピングなどを嗜んでいた。とはいえ、今回はセシリアが部屋で干物化していた鈴を半ば無理やり連れ出したのであるが。お嬢様とはショッピングをせずにはいられない生き物なのだ。
そして店を何件か回ったところで、腹を空かせた鈴が昼食の相談を持ちかけた次第である。
「学園で酢豚、外でも酢豚。貴女の辞書には酢豚しかないのですか?」
「自分で作る酢豚もいいけど、店で食べる酢豚もまた新しい発見があって良いのよ」
「貴女の酢豚趣向なぞ分かりたくもありませんわ。お断りです」
「じゃあ餃子食べにいこっか。この前美味しいのを出す店見つけたの」
「なんで脂っこいものばかりを薦めるんですの?一先ずお買い物の休憩をかねて、近くのカフェで休むのはどうでしょうか?荷物もかさばって少々疲れましたわ」
「あたしは特に疲れてない。アンタみたいにアホみたいに買ってないし。つーかアンタ何でも買いすぎ」
「欲しいものがあった時はその場で手に入れる。後回しにして後悔するのは三流のすることですわ」
「チッ……死ねばいいのに」
鈴は聞こえないようボソッと呪詛の言葉を呟く。もし聞こえようものなら、結構めんどいことになるからだ、このお嬢様は。
鈴は戦利品が入った袋を誇らしげに掲げるセシリアを冷ややかに見つめた。
しかし金持ちというのは、どうして選ぶことをしないのだろうか?鈴には不思議でならなかった。買い物、特にファッション関係は、選ぶ楽しさも醍醐味の一つであるというのに。
なのにこのお嬢様ときたら、少しでも気に入ったものがあると、その場で値段に糸目をつけず購入するのである。世の人間は財布と相談しながら数千円、時に数百円の攻防をしながら購入しているというのに。全くふざけんなよこん畜生!
鈴は思い出す。
先程訪れた店で中学生くらいの子が友達に「この靴の為にお年玉とお小遣いを溜めてたんだー」と誇らしげに話す微笑ましい光景の横で、この金持ちお嬢がその子と同じデザインの靴を指差しながら「この靴を色違いで全部下さい」と店員にほざいたのを。
勿論セシリアに悪気はないのは分かるし、彼女が殊更悪意を持って金持ち自慢をするような人間でないのは、暫く友人やってきてよく理解している。要はセシリアというのは天然で、尚且つごく自然に金持ちなのだ。お財布と相談するという概念自体持ち合わせちゃいないのだ。
それでも、分かってても、その時の女の子達の表情が……。
決して安くない同タイプの靴を色違いで数足購入し、更に別料金で運送の手配までする友人。その隣で何ともやりきれない顔を浮かべる少女たちを横目に、鈴は物凄く居たたまれない思いになったものだった。
「なんかあたしらの国が爆買いで非難されてるみたいだけど、こういう無自覚な金持ち連中こそ、真に許すべからずではないだろうか……」
「ん?鈴さん何か言いましたか?」
「いや別に。じゃあアンタのお望みどおり、近くのカフェでも入ろっか」
「あの、お荷物少し持って頂けません?私こういう荷物を持つこと自体慣れてなくて」
「甘ったれんなよこん畜生」
セシリアを置いてすたすた歩いていく鈴。
「お待ちになって~」と情けない声を出して追いかけてくるお嬢様を見て、鈴はいい気味だと思った。
「およ?」
「どうかしましたか?」
オープンカフェにて、とりあえず何か飲み物を注文しようとしたところで、鈴が携帯を眺めたまま固まった。
「ちょい失礼」
鈴は携帯を持って席を離れていく。勝手に先に注文するわけにもいかず、セシリアは手持ち無沙汰で鈴の帰りを待った。
「ラン、ランララランランラン」
それから十五分近く経った後、イライラ腕組みしながら待っているセシリアの下に、ようやく鈴が鼻歌混じりに帰ってきた。能天気な様子にセシリアの目が剣呑になる。
「もう、どうしたんですの。相方を置いて訳も言わずに席を離れるなんて!マナーがなっていませんわ」
「ごめん。珍しい友達から電話があってさ」
「IS学園の方?」
「違う違う。中学ン時の。懐かしいなぁ、話したの二年ぶりくらいかなー」
「そうなんですの」
「あたしたちと同じで、近くで買い物してるんだってさ。凄い偶然だ」
「そうですか。ところで注文どうします?何を頼むんですの?」
「んー。なんでもいいや。あたしの分も適当に頼んで」
鈴は心あらずといった風で答えると、携帯を操作し続ける。
同席する自分を無視するような鈴の行動にセシリアの眉が上がる。
「鈴さん!」
「うっさいなぁ、なによー」
自分を無視するなと文句を言おうとしたセシリアだったが、グッと言葉を堪えた。今回は自分が無理を言って、鈴を買い物に付き合わせたのだから、大目に見てやるべきかもしれない。
何より祖国を離れ、旧友らと会えない寂しさは自分も同じではないのか。
いまだ携帯から目を離さない鈴に、セシリアは小さくため息を吐くと、そのまま彼女に向き直った。
「鈴さん。お買い物は一応済みましたし、お友達の所に行ってくれてもいいですわよ」
「え?いいの!……って流石にそりゃ失礼でしょ。今日はアンタと買い物に来たわけだし」
「私は大丈夫ですわ。それに私達はいつでもご一緒できますけど、その方とは違うんでしょう?せっかくの機会を無下にしてはいけませんわ」
「うーん。でもなぁ……」
「いいから行ってくださいな。今日はお付き合い感謝いたしますわ」
「ごめんねセシリア。今回のは貸しにしといて。じゃ」
申し訳なさそうにしながらも、足早に去っていく鈴。その姿は久しぶりの友達に会える喜びに溢れているようで、その背を見送るセシリアの顔にも思わず苦笑が出た。
その後店員に一人分となった紅茶を注文すると、背もたれに身体を預け、セシリアは空を仰ぎ見た。これからどうしようか。
「セシリア?」
その声にセシリアは驚きつつも反射的に姿勢を正した。その方の前ではだらしない姿なぞ見せられるはずがない、そう彼女が常日頃から心がけている、彼本人の声が聞こえたから。
「一夏さん!」
驚いた声を上げる彼女の目の前には、思いもよらぬ相手、織斑一夏が立っていた。
「そっか。鈴と一緒だったのか」
「はい。今はご友人のところへ向かわれましたが」
「俺も今日は朝から中学の友達と遊びに来ていてさ。今丁度別れたトコだったんだ」
「まぁ。そうなんですの」
「にしても凄い偶然だな。街中で会うだけでも珍しいのに、鈴は昔の友達と会うために去って行き、俺は逆に昔の友達と別れてセシリアと会うなんて」
「ええ。まったく」
二人の間に笑い声が起こる。
セシリアは一夏と話しながらこの幸運に感謝した。彼を独り占めできる機会など、そうそう有りはしないのだから。鈴が去っていったのも結果的に由としよう、いやナイスプレー、ナイススブタだったと言っておこう。
「また随分と買い込んだなぁ」
セシリアの脇の荷物を見て一夏が苦笑する。
「異国で一人生活するのは何かと入用でして。気軽にお買い物にも行けませんし」
「そっか。考えてみれば大変だよな」
「でも私が自分で選んだ道ですから」
「偉いな。俺なんて学園の入学にしても成り行きだからなぁ。流されてばっかだ」
「そんなことありませんわ」
「セシリアは凄いよ。頑張ってる」
「そ、そんな私なんて……」
「もっと誇っていいと思うぞ。イギリスから遠いこの日本で、一人頑張ってるんだからさ。尊敬するよ」
「一夏さん……」
セシリアは感極まったような声を出して、想い人を見つめる。
一夏は天下のイケメンスマイルで優しく微笑み返すと、運ばれて来たカフェオレに口をつけた。そして香りを楽しむかのように目を閉じる。そんな何気ない仕草にも、セシリアにとっては胸キュンさせられるのだ。
尤もIS学園が誇る恋に焦がれる六重奏の皆様に至っては、息をするように一夏のことを求めているので、何気ない仕草、行動なんかでも『ピンピロピロリ~ン』とサクラ大戦の如く好感度が上昇する仕様である。
更にはその筆頭のセシリアお嬢様に至っては、もう「あんさんは何やねん」と大阪人ばりにツッコミが入るほどの盲目的な惚れっぷりなので、例え一夏がだらしなく昼寝していても「かわいい!」と目尻を下げ、例え醜悪な大食い酢豚競争であったとしても、一夏が大喰らいすれば「なんて男らしいんですの!」となるレベルなのだ。つまり何をしても好感度上昇は間違い無しのビギナーモードである。
それは『さすおに』ならぬ『さすいち』
全て一夏が惚れられるように世界が収束する!
最近では六重奏どころか、何重奏になるか分からない程なので、もはや彼が持つ固有スキルと言ってもいいだろう。我らが一夏さんの魅了の力は留まることを知らないのである。
「セシリア?おーいセシリアー」
「……ハッ」
「何だよ急に呆けたりして」
「い、いえ何でもありません」
セシリアは胸元に手をやってドキドキ感を落ち着かせた。久しぶりの二人きりなので、どうしても胸が高鳴ってしまう。
落ち着け、クールになれ。そう心の中で自らに言い聞かせるセシリアを、一夏は怪訝そうに見つめた。
「あ~、その、買い物はまだ途中なのか?」
「え?……あ、えっと」
「さっきの話に戻るけど、鈴はもう戻ってこないんだろ?」
「はい。おそらくは」
「ふーん」
頬杖をつきながら、気の無い返事をする一夏。
そんな彼を横目にセシリアは自らを奮い立たせるように拳を握り締めた。この絶好の機会、逃してなるものか!という思いを持って眦を強くし、一夏を見上げる。
「い、一夏さん!あの、お時間があるなら、私と……!」
「良かったら俺が代わりに付き合おうか」
「へっ」
思わず間の抜けた声を出すセシリア。
一夏は再度呆けるセシリアを前に、水を一口飲んで口元を潤わすと、笑って続ける。
「買い物。女の子の流行は分からないから役に立たないかもだけど、荷物持ちくらいには」
「よ、よろしいんですの?」
「ああ。まだ二時半を回ったところで時間もあるし。邪魔じゃないなら」
「ありがとうございます一夏さん。嬉しいです、本当に……」
「大げさだなぁ。じゃあもう少し休んだら出かけようか」
「はい!」
嬉しそうに頷くセシリアを見て、一夏も微笑む。
セシリアは幸せをかみ締めながらも、一方で冷静に今後のことを考えた。それは酢豚を筆頭とするお邪魔虫たちの存在。
脳内セッシーが瞬時に他ライバルたちの今日の予定を演算する。
箒→部活。IS学園に居る。
シャルロット→ラウラと勉強会。IS学園に居る。
ラウラ→シャルロットと一緒。IS学園に居る。
更識姉妹→生徒会の仕事。IS学園に居る。
鈴→酢豚。
結論『セッシー大勝利!』
そう。考えるまでもなくこの状況は誰にも邪魔されることの無い、正に千載一遇のチャンスなのであった。いつもいつもIS学園では彼を誘おうとする度に、あたかも『神の見えざる手』の如く他の女性から邪魔が入る日々!
くやしさにハンカチをかみ締めた回数も数え切れず。シャルロットや箒が一夏と抜け駆けするのを見ながら、泣き寝入りするしかない屈辱の日々!
だがそんなのも今日で終わり。これからは輝かしい日々が始まるのだ!酢豚と共に廊下の片隅から、病んだ目で一夏を見送る日々などお終いなのだ!
「……来ましたわ。ついに、遂にこのセシリア・オルコットの時代が来ましたわー!」
「セ、セシリア?」
「おーほっほっほ!」とお嬢様キャラのテンプレのような笑い声で勝ち鬨を上げるセシリア。
ドンビキする一夏をよそに、雌伏の時を経たセシリアの逆襲が始まろうとしていた。
速報をお伝えしました。
詳しい状況が分かり次第、随時お伝えいたします。