悪魔のはびこる世界に正義のヒーローは必要でしょうか?   作:一夜漬 唄刃

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こっから原作の内容が徐々に入っていきます


第4話:涙の理由は分からずにして

 

 薄暗い倉庫に、みっともないすすり泣きがさえずる。

 無数に築かれた死体の山はおびただしい死臭を放ち、飛び散った血は地面を赤く染め、死屍累々の地獄絵図にその透き通るような青はあまりにも不釣り合い。髪が赤い水溜りにつかり、煌びやかな衣装が汚れようと、それは『約束を果たせなかった自分』には相応しい穢れだ。

 

「ごめん……ごめんね」

 

 ただひたすら、謝ることしかできない。

 胸の中に血塗れの彼を抱きしめて、己の悔いを全て詫びる。

 

「守るって………絶対に傷つけさせないって、約束したのに……」

 

 私はいつだってそうだ。

 大切な人に頼ってばかり、口先ばかりが大層で自分で決めたこと一つ守れやしない。弱虫、意気地なし、ダサい。いつもいつも、あと一歩が遅い、あと少しの所で根性が足りない。だからこうして、大切に育ててきた子すらも危険に晒してしまうんだ。

 

「なぁソラ姐さん」

 

 胸の中で"デンジくん"はいつも通りの声音で言った。

 

「なんで、そんなに泣いてんだ?」

 

 その言葉が、声が、再び私の胸に深く突き刺さってその痛みにむせび泣いた。

 

 

 

■+□+■+□

 

 

 

 デンジくんが来てから、早くも二年が経った。

 つまり私がこっちの世界に来てから五年もの月日が経ったということで、良くも悪くも時間というのはあっという間です。男の子は背が伸びるのが早くて、引き取った時は私と同じくらいだったのにもうとっくの昔に追い越して、今じゃ並んで歩くと私が妹に間違えられる始末だ。

 

 まあタッパばかりでかくなってもまだまだ子供なので、ちゃんと面倒は見てあげなきゃいけない。

 でも、成長した一面も確かにあるのだ。

 

 

 パトロール中、隣を歩くデンジくんがふとこう言った。

 

「ちょー今更なんだけどさぁ……ソラ姐さんって、ずっと変わんねぇよなぁ」

 

「えっ、何ですか?いきなり」

 

 私は首をかしげる。

 

 そう、日々のデビルハンターとしての仕事を彼が手伝うようになったのだ。

 パトロールの経路を手分けして増やしたり、金銭の管理なんかも教えたらそこそこ出来るようになった。勉強も欠かさず教えているので、最低限の範囲くらいはきちんと身についている。

 家事もやってくれるし、料理も出来る。

 教えれば教えるだけ覚えてくれて、文句を言わない物だからこっちとしても色々と詰め込んでしまって気付いたらこんなに沢山のことが出来るようになっていた。

 

 で、そんな折だ。

 

「いやぁ、俺って二年前と比べたら背も伸びて、顔もちっとばかしいっちょ前になっただろ?でも、ソラ姐さんはその頃からちっとも変わんねぇじゃん。女つっても、数年もありゃ背くらい伸びるし顔だって少しは変わるものじゃないすか」

 

 と、デンジくんは本当に今更という内容の質問をしてきた。

 とは言え、これに関しては私も説明するのをすっかり忘れていて、こうして聞かれるまで私自身もそのことを失念していた。

 

「……昔、"とある悪魔"と契約したんですよ。たった一度きり、それが最初で最後です。その契約によって、私は年を取らなくなりました。つまりは不老ってことですね」

 

 あまりこの辺りの事は詳細に話すとマズイのでぼかすが、デンジくんはやはり詳しく詮索するよりも私の言った事の方が気になったようだ。

 

「え、じゃあ殺されねぇ限りずっと生きてられるってこと?うっそナニソレ最高じゃん!」

 

「やはりそこに食いつきましたか……実際その通りですけど、だからって何だって話じゃないですよ?それに、今言った通りこんな見た目でも、精神年齢の方はあなたよりもずっと年上なんですから」

 

 見た目はこの日本で言う女子中学生の状態で止まっているが、年齢に換算すれば立派な大人だ。

 身分証だってちゃんと成人した大人として作っているし、こんな見た目だから来たばかりの頃は何度か警察の人に呼び止められたけど、今は岸辺さんの図らいもあって自由にやれている。

 

「分かってますよ。別に見た目を理由に態度変えたりはしないっすから……それにソラ姐さんは今のままでチョーカワイイので、出来ればずっと年取らないでいてください」

 

「前半は素直に嬉しいですけど、後半は何だか複雑ですね」

 

 デンジくん曰く、私は『美人というより可愛い系全振り美少女』らしい。

 私は自分の容姿が他人から見てどうなのか、あまり分かっていないので彼の評価もあまりピンとは来ない。ましろさんにも再三可愛いと言われてはいたし、お化粧や、可愛いものも嫌いじゃないけど、やっぱり普通の女子に比べたらずっと無頓着だろう。

 

「大丈夫っすよ。もし夢が叶って彼女が出来たら、ソラ姐さんの事は自慢の姉貴分だってちゃんと紹介するんで!」

 

「や、やめてください!恥ずかしいので!」

 

 まったくこの子は、まだまだ中身は子供なままだ。

 落ち着きがないのはそういう性分なんだろうけど、所々で発言が飛んでいるのは何故だろうか。いずれはましろさんとも会う事になるだろうけど、本当に大丈夫か心配になってきた。この子本当に美人とか、可愛い子とか大好きだし、下心も普通に隠さないから……

 

 私はもう慣れたし、人前でそういう事を言わないようには常々言いつけてはいるけど、不安な今日この頃だ。

 

 

 

 パトロールが終われば、後は買い物をして、家に帰ったらそれぞれやる事をする。

 家事は当番制で、それ以外の時間は基本的に自由。勉強やトレーニングも基本的には私がわざわざ見てなくてもちゃんとやっているので、私自らしっかり指導するのは一週間に一度としている。

 

 夕飯まで、私は自分の勉強をしたり、本を読んだり、ランニングをしたりして過ごす。

 そのルーティンは大方決まっていて、流れでこなしていると全部終わったタイミングでご飯の時間になる。今日の当番はデンジくんなので、私は盛り付けや食器を出すのを少し手伝うだけで殆どは彼が用意する。

 

「おっ、今日は生姜焼きですか。いいですねぇー」

 

「このところ熱くなってきたんで、スタミナ付けなくちゃでしょ?ソラ姐さんのお代わり分も含めて沢山作ったんで、じゃんじゃん食べてください!」

 

「おー!それでは遠慮なく!」

 

 二人で囲む食事もこの二年ですっかり板について、今じゃそれが当たり前の光景。

 ソラシド市に居た頃を思い出す賑やかさで、二人して談笑しながら食べる。そんな時間にささやかな幸せを感じながら、これまた以前よりずっと上達したデンジくんの料理に舌鼓を打つ。

 

「んっ、今日も美味しい~。もう私が教える事も無さそうで、何だか感慨深いですね……料理をする男子はモテるって聞くので、より夢に近づいたんじゃないですか?」

 

「いやいや、ソラ姐さんの腕前に比べたらまだまだっすよ。それはそうとしてモテる云々に関しては詳しく!」

 

 満たされる。

 たった二年。されど二年も一緒に住んでいれば、この子に幸せになって欲しい、健やかに生きて欲しいと愛着が湧いてくるのは当然のこと。親心とでも言うのだろうか、この世界に来てまさか父さんと母さんの気持ちが少しでも分かるようなるとは思わなかった。

 向こうは元気でやってるかな……

 

 

 ご飯を食べ終わったら、二人で交代でお風呂に入る。

 基本的にはデンジくんが先で私が後。理由は上がった後にとあることを彼にしてもらう為だ。

 

 リビングにおいたソファーに座って、岸辺さんから届いた書類に目を通しながら、後ろを陣取ったデンジくんに髪を乾かしてもらうのだ。

 

「お加減はどうすか?」

 

「ちょうどいいです。そのままでお願いします」

 

 長い髪を繊細に扱いながら、乾かしていく。

 今では習慣となったこの行為であるが、実は元はデンジくんからの提案で、彼が『付き合った時に彼女の髪を乾かしてあげたいので、ソラ姐さんで練習させてください!』と言い出したのが発端だ。

 最初の方はこれも、私がやり方を教えながらだったけど、今ではこうして私が何もしなくても問題ない。

 

 だから、この空き時間を利用して書類を読み込む。

 

「……今日はなに見てんの?」

 

「悪魔に関する依頼書ですよ。最近、少々危険な悪魔がこの辺をうろついてるみたいなので、調査しつつ可能なら倒してくれと……」

 

 こういうのは前々から折を見て月に何件か回ってくる。

 ここ一年で見るとそれ以前よりも多い気もするが、実際に言ってみるとちゃんと危険な悪魔であることも多く、私をあてがうのも理解できる話だ。

 

「ふーん、因みにどんなやつ?」

 

「えっと……名前は『ゾンビの悪魔』というみたいです。もう聞くからにって感じですね」

 

 恐怖されてしかるべきとも言うべき大物。

 資料を見る限り、契約と称して接触した人間を殺して、自身の配下であるゾンビに変えてしまうのだとか。悪趣味な能力だ。悪魔の能力で悪趣味じゃない方が珍しいけど、人を傀儡にするというのがどうにも命をもてあそんでいるようで受け付けない。

 

「そうっすね。確かに強そうだけど……ソラ姐さんなら大丈夫だろ?」

 

「油断は禁物です。今までだって危ない戦いがなかった訳じゃないんですから……」

 

 実際に、この五年で何度かはプリキュアに変身しても苦戦するほどの悪魔は居た。

 そのどれもちゃんと勝って来たし、そのどれでも"本当の意味"で本気を出して戦った事はないけれど、だからと言って大丈夫な保証なんてない。悪魔はその性質からして、概念がより広義的になればなるほど力を増す。

 

 その点で言うと、今回のゾンビの悪魔はまだマシだ。

 

「デンジくんも、いくらポチタさんが居ると言っても、決して無謀な戦いには挑まないでくださいね」

 

 視線の先には特等席のクッションの上で眠るポチタさんが居る。

 ポチタさんと組んだデンジくんは、トレーニングのおかげもあって民間のデビルハンターとして見てもかなり強くはなった。しかし、それでも公安に回されるような強力な手合いはまだまだ荷が重い。

 

「私は明日から、これに関する調査に向かいます。もしかしたら家を空けるかもしれませんが、その時はいつも通りにお願いしますね」

 

「へーへー、りょうかーい」

 

 デンジくんを引き取ってから一年目の時は、出来るだけ家は空けないようにしていたが、今はもうデンジくんも数日の留守くらいなら任せられるようになった。

 彼と暮らし始めるよりも前は、それこそ任務の為に遠方に出向いて一週間は帰ってこないなんて事もザラにあって、今現在のライフスタイルは少しずつその頃に戻りつつある。

 

 本来、強力な悪魔を倒せるような存在は各所に引っ張りだこ。『キュアスカイ』もその例に漏れず、これから少しずつ遠征の機会というのは増えていくと思う。けれど、やはり家で誰かが待っていてくれるという事実は、私に大きな力をくれる。

 

 とてもじゃないが、最初の三年(・・・・・)のような生活にはもう戻れない。

 それくらい、今の私にとってこの場所は大切なんだ。

 

 

 

 

 

 

 今回のターゲットである『ソンビの悪魔』は、街を中心に各所でそれらしき目撃情報がある。

 ゾンビに変えた人間を少なからず外に出しているからだ。悪魔の本体でなくとも、その悪魔によってゾンビに変えられてしまった人間であれば見つけるのにそう苦労はしない。この時期に上がっている不審者の目撃情報から、絞って、選び抜き、目ぼしい数件を割り出す。

 

 それも、出没する時間帯はやはり夜が多い。

 そこまで分かれば、いつも通り地道にコツコツ探していく。

 

 

 ある時は閑静な住宅街。

 またある時はコンテナの連なる埠頭。

 町はずれの倉庫。

 

 悪魔の気配があれば分かるからこそ、こんな風に体をレーダー代わりにして目ぼしい場所を歩くだけで立派な調査になる。勿論、情報収集も忘れずに行っているのでそのうち悪魔のもとに辿り着ける。セオリー通りなら、そう。しかし――

 

「………見つかりませんね」

 

 ――にしても、今回は手強い。

 いつもなら三日もかければ手掛かりの一つでも掴めるのに、今回はそこまで上手くいかない。別にこういった事も初めてではないのだが、資料を見る感じそこまで逃げ隠れが上手いタイプだとも思えない。

 

「情報では、あと三ヶ所……それで何も掴めなかったら、また振り出しです」

 

 叩く聳えるビルの屋上で、灯りの灯る夜の街を見下ろしながら地図と資料にそれぞれバツ印を付ける。

 より空に近い場所は、ものを考えるのに最適だ。誰にも見つからず、邪魔されない。こんな場所に私みたいな少女が居るなんて誰も思わないだろうし、独り言も呟きたいだけ言葉に出来る。

 

「早く見つけないと……今も誰かが悪魔の被害にあっているかもしれない」

 

 焦りは禁物。そんなことは分かっている。

 冷静になれと何度も自己に言い聞かせ、目を閉じて瞑想する。

 こういう時、余談がない時ほど私は焦って空回りがちだ。ましろさんなら、こういう状況だって過度に焦ったり取り乱したりしない。彼女の芯の強さは、チープな表現じゃ片付けられないほどのすごみがあった。

 いつだって、自分自身も、誰かのことも、信じて進む事が出来る。

 

 全く同じように出来るほど私は強くないけれど、それなりに同じことが出来るように成長してきたつもりだ。

 

「落ち着いて、私は私のやれることをすればいいんです。頭を使って分からない場合は、とにかく体を動かして状況に対し働きかけるのが理想的。そう、これでいい」

 

 きっと大丈夫。

 そう信じて私は立つと、人知れずプリキュアに変身して夜の街に飛び立つ。まだ何も結果が出たわけじゃない。道半ばで止まっている暇があるなら、まずは行動だ。

 

 

 

 

 ここが最後、そこは都心から少し外れた下町。

 築年数の古い木造の家が多く、全体的に都心部よりも錆びついた匂いのする地帯だ。これまで何も掴めなかった以上、何としてもここで手掛かりを見つけたいところ。

 

「夜の九時頃、普段ひとけのない路地で怪しい人影あり。ただしその者は微動だにせず、不気味な様子なので通報が上がっている……と」

 

 明らかに奇怪な案件だ。

 悪魔の関与が疑われるため、地元の警察も手を出さず保留されて久しく、私が目を付けた中でも本命。それにも関わらず最後に回したのは、場所的に私の自宅から最も遠く、なおかつ情報の精査も難しかったからだ。

 それなりに苦労してここまで来た。あとは私の努力次第だ。

 

「何があるか分かりませんし、警戒は怠らないようにしましょう」

 

 調査の性質上、治安の悪い場所にもかなり行くことになるので腕っぷし頼りに戦うことも一度や二度じゃない。

 今回の調査でもすでに数回、不心得の輩を返り討ちにしている。

 そんじょそこらの不審者や悪魔くらいなら生身でも決して遅れは取らないが、油断して足元を掬われれば、変身前の私なんていかようにでも殺せてしまうだろう。

 

 プリキュアじゃない私は、ナイフ一刺しで死ぬ。それをちゃんと念頭に置いて立ち回らなければならない。

 

 

 情報にあった場所についた。

 

「この辺りのはずですが……」

 

 しかしそれらしい人影はない。灯り一つない真っ暗な路地は、空気も悪く見通しも悪く、自身の足音もやけに大きく響いているみたいで、視覚的にも相当に悪い状況だ。

 一般的にこういう時は孤立している側こそ不利だ。

 四方八方、いつどこから襲われるか分からない。その緊張感に並みの使い手は前後不落に陥ってしまい、普段なら対処できるような些事にも必要以上の力を使ってしまう。

 

 だが、実力が一定のラインを超えると、こんな悪状況だからこそ、それ以外の感覚が研ぎ澄まされるようになる。今の私にとって、この暗闇は敵どころか味方と言ってもいい。

 

「………」

 

 ふと振り返る。

 そこには誰も居ない。私は小さく息をついて……

 

 背後に回し蹴りを放った。

 

 流れるように、それは究極的な反応による迎撃(・・)だ。しなった足は鞭のような柔軟さ、かつ剣のような鋭さを持ってそこに居た存在を蹴り飛ばした。

 

「やはり、ここが当たりだったようですね」

 

 吹き飛んだのがただの人間じゃないのは、蹴る前に分かっている。

 路地の壁に激突して、そこにあった荷物を盛大にぶちまけながらも、そいつはすぐさま立ち上がった。

 

「薄いですが、悪魔の気配を感じます。そして、私の蹴りをくらって何ともない様子……本当に想像通りのゾンビってことですか」

 

 見た目には屈強で、ガタイの良い成人男性。

 だがその目は虚ろで、生気はなくまるで抜け殻のよう。糸で釣られた操り人形。あえて振り返り、背後を取らせた上で様子を見たが、あのまま即座に蹴らなければ私はもうこの世に居なかった。

 

「こうなってしまえば、もう浄化も意味をなしませんね。ごめんなさい、何処の誰だか知りませんが……」

 

 おもむろに構えを取って相対する。

 

「これ以上被害が広がらないように、倒させていただきます」

 

 ゾンビになってしまった男は、殺意をむき出しにして向かってくる。

 拳が降り下ろされるのに合わせて身を躱すと、そのまま腕を掴んで打撃を加え、勢いを殺さずに投げる。ここでゾンビの方も痛みを感じていないように蹴り上げを放て来たが、すぐにガードを固めて受け止める。

 ずざざと足を摺らせて、後方に押し込まれる。

 

「膂力も人並み外れていますね。まともに受ければただではすまない」

 

 自身の足元を一瞥する。

 完璧に受け止めた腕の方もビリビリと痺れて、頭にでも受ければ即死。ボディーもまずそうだ。プリキュアに変身すれば簡単に対処できるけど、ゾンビになっているとは言え生身の人間を相手にプリキュアの力は使いたくない。

 

「胴への攻撃や、投げ技も効果は薄い。仕方がありません」

 

 全身から力を抜いてリラックス。

 つま先で地面をトントンと叩いて、軽く足を弾ませる。立ち上がったゾンビが襲いかかってくるのを目前にしながらも、怯むことは一切ない。

 

 その拳が鼻先に触れようというタイミングで瞬時に身を引き、そのままためた弓のように足を振り抜く。

 

 バキっと音がして、足がゾンビの首を狩る。

 先程以上の勢いで壁に叩き付けられ、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

「……終わりましたか」

 

 ゾンビだった男は、もうすでに何も宿らない屍となってそこから動かない。

 私は傍まで行くとその目を閉じさせ、無理のない姿勢に寝かせた。

 

「助けられなくてごめんね。せめて、安らかに眠ってください」

 

 目を閉じて、両手を組み合わせて救えなかったことを悔いる。そして、私はそこからある方向を睨みつけた。

 

「でも、見つけましたよ」

 

 打撃を加えた時に感じた僅かな、悪魔との繋がりのようなもの。

 それを辿って、いまようやく元凶である悪魔の場所を割り出す。これ以上、悪魔の好きにはさせない。その決意を胸に、私は今度こそ『プリキュア』に変身して、夜の闇空へと跳び出して悪魔の居城へと向かう。

 

「罪もない人達をこんなにして……絶対に許しません」

 

 

 

 

 

 

「ソラ姐さん。帰ってこねぇなぁ……」

 

 誰も居ない家の中で、俺は誰に聞かせる訳でもない独り言を呟く。

 ソラ姐さんが仕事で家を空けてから、もう四日になる。いつもなら三日か二日くらいでひょろっと帰ってくるので、今回は今までで一番長い。あの人が居ない間の家事などは当然、俺が全部やっていて、トレーニングや勉強だって言われた通りサボらずにやっている。

 

 一人が寂しいとかじゃないし、別に一週間でも二週間でも俺は平気なんだけど、それとは別にある疑問が浮かんだ。

 

「なぁポチタ。ソラ姐さんが負ける事ってあると思うか?」

 

 ポチタはその問いに首をかしげる。

 意味が分かっているのか分かっていないのか、でも俺はただ言葉にしたかっただけで、返答を欲していた訳じゃないからそこはどうでも良かった。

 

「俺は想像も出来ねぇ。あの人が戦う所は何度か見たことあるけど、ホントに驚くほど苦戦しねぇもん」

 

 いつも持ち前の腕っぷしと、スカイパンチを始めとした必殺技で、どんな強い悪魔も倒してきた。

 本人は苦戦することだってあると言い張るが、俺の目から見ればソラ姐さんは間違いなく最強のデビルハンターだ。他のデビルハンターは、公安の奴らも含めて強い奴は居てもソラ姐さんと比べたら全然。

 

 俺は何を考えているんだろう。

 こういうキャラじゃないだろ、俺。ソラ姐さんの性格がちと移ったかな。

 

「ん……もうこんな時間か。パトロールいかねぇと……」

 

 時計を見ると、昼前を示していた。

 俺はさっさと準備をするとポチタを連れて家を出る。

 

 

 パトロールも言うに及ばず、ソラ姐さんが居なかろうが行っている。

 これはソラ姐さんが悪魔の気配を感じられるからこそ意味のある行為のはずなのだが、彼女いわくそれだけじゃないらしい。今の俺にはよくわからない事を沢山言っていた気がする。特には覚えていない。

 

 俺は大抵の事をどうでもいいと考えるような、薄情な人間だ。

 別にそんな自分自身を問題だと思ったことはないし、シリアスなことは考えたって仕方がない。それに、ソラ姐さんも俺が笑っていた方が嬉しいらしいから、それでいいのだ。

 

「ポチタ、今日の晩飯はなにがいい?俺的には、カレーの気分なんだけどよ」

 

 そうして、今日も何も成果がないまま夕方になって家路につく。

 その道中でポチタと晩飯の相談をして、スーパーで買うもん買ったらあとは帰って作るだけ。

 

 料理を作るのも、ソラ姐さんの指導のお陰でもあってそれなりに上手くなったと思う。現に今、こうして彼女の手を借りずとも一人で何とか出来ている。あとは一人で金を稼ぐ事が出来れば、もう一人で生きていくのも難しくはない。

 無論、だからと言ってこの家を出て行く気なんてさらさらない。

 

 良いんだよなぁ、この家での生活。

 毎日三食たべれて、近くにはソラ姐さんっつう面のいい女も居る。

 流石に見た目が女子中学生同然のあの人に欲情したりとかはないが、それでも顔がカワイイのは間違いない。

 

 それに、拾ってくれた恩もある。俺だってそれくらいは返したいと思う。

 

 

 

 でも、そんな事思ってたからだろうなぁ。

 俺ぁどうにも、昔からあまり運が良くないらしい。親が借金を残したまま死んだ事からもそうとしか思えない。それを特別不運に思ったり、難しく思った事はなかったが、流石に今回ばかりはそういう訳にもいかない。

 

「ははっ、こりゃホントのマジにやべぇな……」

 

 薄暗い倉庫?の中で、俺は周囲を動く死体どもに囲まれていた。

 ソンビだ。

 B級映画とかに出てくるあの、死体が動くグロい生き物。そんなの現実に居る訳がない、唯一それを現実に出来る存在が居る。

 

「僕が望むのはデビルハンターの死!!デビルハンターは僕たち悪魔を殺すから嫌い!だから殺しちゃうんだ!」

 

 ゾンビどものずっと向こうに、でっけぇ怪物が居る。

 そいつは自分のことをゾンビの悪魔だと名乗りやがった。記憶が間違いねぇなら、ソラ姐さんの言っていたやつ。要するに普通のデビルハンターじゃ苦戦するような相手ってことだ。

 

「……たくよぉ。いつもいつも、夢見た傍から掠め取られて、叶ったと思ったら裏切りやがるんだよなぁ世の中ってのは……ガチでくそだ」

 

 ようやく、普通の生活が手に入ったと思った。

 イイ人に拾われて、学校とかってのには行けねぇし、本当の意味での普通とは少しズレてても、俺はそれで満足だった。何でこうなった?ああそうだ、俺が欲張ったからだ。

 

 

 夜にコンビニにおかし買いに行こうって思って、ソラ姐さん居ないし、いつもなら外出を控える時間でも外に出た。

 でもそれだけじゃなくて、俺はその道中で『悪魔に襲われる!助けて!』と叫ぶ野郎にあっちまって、その時はポチタも一緒に居て、ふと思っちまった。一人で悪魔を倒して、誰かを助けたら、ソラ姐さん褒めてくれるんじゃないかって……

 

 誰だって、尊敬する人には褒められたいだろう。あの人は、例え些細な事でも俺を褒めてくれた。勉強が少しうまくいった、根を上げずにトレーニングを頑張った、料理がいつもより上手くできた。たったそれだけのことで、本人はそれが当然のことだって、偉い子は褒められて当然だって言ってた。

 

 でも俺にとってはそれが初めて『人に褒められた瞬間』だったんだ。

 だから欲張っちまった。

 悪魔に襲われている人を助けたら、もっともっと良い思いが出来るんじゃないかって……

 

 

 その結果、気が付けばこんなことになっていた。

 体中ズタボロで、ポチタもケガしててもうどうにもならない。俺に助けを求めた奴の言っていた『悪魔』ってのは、俺の手に負える相手じゃなかった。

 

「ソラ姐さん、泣くだろうなぁ。うん、絶対にそうだ。あの人、こんな俺にも、ポチタにも同じように優しくしてくれたもんなぁ……」

 

 今この瞬間にも、刃物を持ったゾンビが襲いかかってくる。

 

「ごめんなぁ。ソラ姐さん、ポチタ」

 

 足を切られ、腕を切られ、体がバラバラにされていって、そのバラされたパーツがゴミ箱に詰められる。最初は痛かったけど、途中からはそれも曖昧になって、ただポチタの事だけは気掛かりで二人纏めてゴミ箱に放り込まれたと同時に、走馬灯みてぇなのが過る。

 

 俺には、ソラ姐さんに隠していた事があった。

 たまに俺は、異様にせきが止まらなくなって、そんで血ィ吐いちまうんだ。比喩とかじゃねぇマジもんの血が口から出てくんだ。俺の母親は心臓の病気で、突然血を吐いて倒れちまったらしいから、多分同じやつだ。

 

『流石にこれ、ソラ姐さんも気付いてそうだよなぁ』

 

『ワン……』

 

 ポチタと二人、ソラ姐さんが出かけている時に話していた。

 ソラ姐さんはきっと、俺の体調不良とかは薄々気付いていただろうけど、あえて深くは聞いてこなかった。勿論、すげぇ心配はされてたし、そういう日はベッドで一日中寝かせてくれて看病だってしてくれた。

 

『俺は、悪魔と戦って死ぬとばかり思ってた。別にそれ自体は、仕方ねぇと思ってた。死にたかなかったけど、こんなどうしようもねぇ人生だったしな。でも、ポチタの事だけが心残りだったんだ』

 

 最悪、俺が死ぬだけならそれでよかった。

 俺が勝手に死ぬだけなら、誰にも迷惑かからねぇし、誰も困らねぇ。

 

『ハラ空かせて死ぬかもしれねぇし、他のデビルハンターに殺されるかもしれねぇって……そんな風に考えてたんだけどよ?でも今は違う。例え俺がこれ(病気)のせいで死んだとしても、ソラ姐さんが居る』

 

 今は頼れる人が誰よりも近くに居る。

 そしてその人は、悪魔であるポチタの事もちゃんと受け入れてくれた。

 

『もし俺が死んだらさ。ポチタにゃ俺の体をあげてーんだ。それで、ソラ姐さんと一緒にふつうに生きて、ふつうの死に方をしてほしい。こっちは俺のわがままだけどさ。もしその時が来たら……』

 

 ポチタを抱え上げて、俺は言った。

 

『俺の夢を叶えてくれよ』

 

 

 夢はここで終わり。

 けど俺の意識はまだあって、目を覚ますとそこにはポチタが居た。そこで俺はハッとして、その意味に気付いた。

 

「ポチタ……俺の身体、ちゃんと奪えたか?」

 

 ポチタはワンと一度鳴くと、再びその口を開く。

 けれど、次にポチタから出たのは犬の様な鳴き声ではなく人間のような声音だった。

 

 ――私は……デンジの夢の話を聞くのが好きだった。

 これは契約だ。

 私の心臓をやる。かわりに……デンジの夢を私に見せてくれ。

 あと、ソラに一言『飯、美味かった』とだけ伝えておいてくれ――

 

 戻ってきた俺の胸には、ポチタの尻尾の紐があって、さっきのが夢の類じゃないって事を理解した。ずっと一緒に居たポチタが、死んじまった。俺の心臓になっちまった。その現実に涙が滲んで、だけど感傷に浸る暇なんてなかった。

 ゾンビ共はまだそこに居て、悪魔も居る。

 

「デビルハンターなら悪魔はぶっ殺さねぇと……ソラ姐さんも言ってたしな。ヒーローとして、正しいことをするって……」

 

 俺にとっての正義。

 それは、この場においては明確だった。

 

「俺たちの邪魔ぁすんなら、ソイツは敵。今ここで、死ね!!」

 

 凄まじい痛みと共にチェンソーが体から生えてきて、そっからは無我夢中で悪魔を、ゾンビ共を皆殺しにした。

 

 

 

 血の雨を浴びて、浴びて、それが池みてぇになって、そうなってようやく倉庫は静かになった。

 もう生きてるゾンビは居ない。いや、ゾンビだから死んでんのか?まあそこはどうもいいか。疲れた、本当に猛烈に疲れた。家に帰って、ソラ姐さんによしよしされながら飯食いてえ。叱られるだろうけど、今はとにかく帰りたかった。

 

 そう思って出口に向かって歩を進めようとした時、扉が勢いよく開いた。

 

「――ッ、これは!?」

 

 暗闇の中でも分かる。

 外から入ってくる薄明かりを背に、佇むスカイブルーのツインテールはあまりにも印象的だったから見間違えようもなかった。

 

「ソラ……姉さん?」

 

 キュアスカイに変身した状態のソラ姉さんは、目を見開いて驚愕をあらわにしていた。

 その視線の行く先は、俺と、俺の足元に広がる血の海と死屍累々の山。ああそうか、と合点がいく。今のあの人にとって俺は悪魔にしか見えないし、そしてこの死体の山を築き上あげた犯人なんて一人しか居ない。

 

「………」

 

 ソラ姐さんは、ゆっくりと倉庫に足を踏み入れた。

 

「ソラ姐さん、ちげえんだ。これは、他の悪魔のやったことで……悪魔にゾンビにされてから殺しただけで、俺は……いや、俺がやったのは違いねぇんだけど……」

 

 しどろもどろ。

 まるで言い訳をする子供みてぇで、ダサい。でも、ここで人でなしの悪魔だと勘違いされて狩られるのだけはごめんだから、命乞いでも何でもした。しかし、ソラ姐さんは返事もせずに俺のまん前まで来て、それで……

 

「デンジくん、でしょう?」

 

「っ、わかんのか?」

 

 驚き交じりにそう言うと、ソラ姐さんは俺を抱きしめた。

 いきなりの事だった。困惑のせいか、チェンソーも引っ込んで元の人間の姿に戻ってしまう。するとそれまで溢れていたはずの力が抜けて、その場にへたり込む。ソラ姐さんはそんな俺の顔を胸に抱いて、すすり泣き始めたんだ。

 

「こんなに傷付いて、ひどい目に合わされて……」

 

 きれいな衣装が血に濡れるのも気にせず、スカイブルーの髪も血の海におとして。

 

「ごめん……ごめんね」

 

 ただずっと背中をさすってくれる。

 そんなソラ姐さんは初めてで、俺は何も言えない。

 

「守るって………絶対に傷つけさせないって、約束したのに……」

 

 俺には意味が分からなかった。

 これは別にソラ姐さんが悪い訳じゃない。欲張った俺が、余計なことをした俺が悪い。なのに、ソラ姐さんは泣くんだ。悪くないのに、そうやって泣いてくれるんだ。俺が思った通り、この人は自分が悪くなくても他人が傷付いたってだけ(・・)泣くんだ。

 

「なぁソラ姐さん」

 

 俺はそれが"理解できなくて"聞いた。

 

「なんで、そんなに泣いてんだ?」

 

 でも、ソラ姐さんはいつもみたいには答えてくれなくて、それからしばらく泣き続けた。

 




ゾンビの悪魔って便利だなって思って今回は話の核になってもらいました
マキマに会った時点で本編ルート確定なのでその前に全力で外堀を埋めに行ってます
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