悪魔のはびこる世界に正義のヒーローは必要でしょうか?   作:一夜漬 唄刃

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ソラ&デンジくんの回


第8話:コーヒーの香り

 

 体中の痛みを自覚するのは、いつも自宅について変身を解いた時だ。

 

「ぐっ!?痛っうぅ」

 

 脇腹、肩、両腕、左脚などなど……

 戦闘中は極限まで集中していることもあって、常時アドレナリンがどばどばなんじゃないのかってくらいには痛みが頭の中から抜け落ちる。それでも痛覚自体はあるので、ダメージとして認識し、怯んだりはするのだがそれは一瞬のこと。

 

 だが、変身を解いてひとたびスイッチがオフになると、途端に堰を切って押し寄せる。

 

「折れてませんよね?結構派手に吹っ飛ばされましたからねぇ……」

 

 強烈な暴風によって吹き飛ばされ、何度も堅い岩や地面に叩き付けられたのだ。

 打撲は全身に及び、特に酷使した腕や脚は感覚すら曖昧になっている。幾らプリキュアになることで超人的なパワーとタフネスが手に入るとは言っても、悪魔や魔人のように血を飲むだけで即座にダメージが回復するわけじゃない。

 

 身体が欠損すれば"基本"元には戻らないし、傷の治りだって常人よりは遥かに早いがあくまでそれだけ。

 

「もう寝ましょう。今日は無理です。ヒーローにも休息は必要なんです」

 

 本日の家事当番のことなんてすっかり頭から追い出して、私は這う這うの体でベッドまで辿り着き寝転んだ。

 本当はお風呂にだって入りたいし、ちゃんと傷の処置をすべきだろう。でも、全身痛んでガタガタの人形のようになった体は、もはや救急箱を取りに行く事も出来そうにない。そもそも疲労が蓄積した肉体は、床についたことで急速に睡魔を呼び寄せた。

 

「すみません。デンジ…くん……せめて、ご飯……くらい、は…………」

 

 ――用意したかった。

 言葉にすらし切れず、私は眠りについた。

 

 

 

 

 意識の浮上は、瞼の上から不愉快な光の刺激をあびたことで訪れる。

 瞬き数回、あくびを一回、そこから瞳を開いて上体を起こし、長い睡眠で凝り固まった身体を伸ばして解す。

 

「うっ、んぅ~……はぁ、久しぶりに良く寝ましたね」

 

 時刻は朝の七時。

 ちょっと遅めの起床だ。いつもならすぐにでも日課のランニングへ行くところだけど、その前に色々とやる事がある。まずはシャワーを浴びて身を清め、昨日着替えずに寝てしまって(しわ)になった服をどうにかし、そのあと朝食の準備。

 

 ――を、しようと思って急ぎ足で寝室を出たのだけど……

 

「あっ、おはようソラ姐さん。今日は遅かったな」

 

「デンジくん!?」

 

 そこには、すでにテーブルの上に並べられたシンプルながらもしっかりした朝食の数々。

 

「もう朝飯できてっから、先に風呂入って来ちまえよ」

 

「……ちょっと失礼」

 

 ひとこと断って、私は彼のおでこに手を当てる。

 

「んだよ?」

 

「ふむふむ、熱はなさそう」

 

 怪訝な顔をしたデンジくんに、私は関心したように何度も頷く。

 たった数年程度で親の面をするのはどうかと思うが、それでも感動は抑えきれない。育てることは、いつだって成長の嬉しさを伴う。当人にとっては何てことない事でも、私にとってはかけがえのないの進歩なのだ。

 

「いえ、ちょっと感動を………デンジくんが私よりも早く起きて、朝餉(あさげ)の準備をしてくれているなんて……これも、好きな女の子が出来た影響ですかね」

 

 こういう時、忘れないようにしていること。

 私は彼の頭を撫でる。

 

「ありがとうございます、デンジくん。そして……偉いですよ!」

 

 私が思った以上に、彼の自立は早いかもしれない。

 あと何度、こうして褒めてあげられるのだろう。そういえば、昔よりも頻度は少なくなったと思う。それだけ彼が立派になったという事で、嬉しい反面さみしさもある。

 精神的にも身体的にも、未熟な点は当然のように減っていくのだから、今のうちに可愛がっておこう。

 

 

 

 シャワーを浴びて、テーブルにつくとすっかり腕が上がったデンジ作の朝食を嗜む。

 

「おいしいです。流石ですね……あの、昨日の夕食も……当番だったのに、用意できなくてごめんなさい」

 

「う~ん、いいよ別に。ソラ姐さんにゃ普段から色々とやってもらってるし……それに、いつもあんだけ真面目キッチリなあんたが、あんな風に着替えもせず寝ちまうことなんて滅多にないだろ?」

 

「うぅ~、恥ずかしい限りです。これじゃあ色々と示しが尽きません」

 

 だらしない姿を見せてしまったのはやはり恥ずかしい。

 別に私は完璧超人でもなんでもないし、ミスをすること、意図せず見当違いなことを言ったりしてしまう事だってある。それでもそこは育て親のメンツと体裁にかけて、なるべく見せないようにやっているのだ。それはある意味、虚勢や見栄とも言えるだろう。

 こうして、子と親の距離は縮まっていくのだなぁ、と実感する。

 

「んなこと気にしなくていいと思うけどなぁ……」

 

「大人というのは歳の分だけ面子と自尊心があるものなんです。いずれあなたも分かるようになりますよ」

 

 人にとって基本的に時間とは何よりも重い価値を持つ。

 お金を稼ぐにも時間が必要、好きなことをやるにも時間が必要、子を産み育てるのも、何から何まで……その『時間』という限られたリソースを、どこに割り振るかの取捨選択の繰り返しが"人生"なのだ。

 見栄や虚勢などの絵具で塗ったくったアイデンティティが"我"であるなら、その分表層の絵具も乾いて固まって厚くなろう。こうして凝り固まった頭になっていく。やだやだ。自覚したくない話です。

 

「とにかく、昨夜と今朝はありがとうございます。お陰で助かりました」

 

 意図せず遭遇してしまった強敵とは言え、流石に今日はゆっくりしよう。

 以前にソラシド市で戦っていた時と違って、この世界には私以外にも敵と戦える人が沢山居る。力を抜いて腰を据えて、昨日戦闘で潰れてしまった休みの分まで身体を休め、しっかり傷を完治させて万全にするのだ。

 

「私は今日はもうゆっくり休もうと思いますけど、デンジくんはどうします?」

 

「ん~?だったら俺も」

 

 となると、久しぶりに二人で服とかを買いに行くのもいいかな。

 最近はガールフレンドにご執心なこともあって、すっかり純度百パーで甘やかす時間が無かった。普段は厳しく(本人基準)、休息時は甘くが私のスタイルなので、これはいい機会だ。

 

「でしたら、折角なので昼間辺りに少し出かけませんか?ご執心のレゼさんから、もっとカッコよく見てもらう為にも、服とか新調しちゃいましょう!」

 

「え、いいの?よっしゃー!良い事した甲斐あったぜ」

 

 胸を張って言うと、デンジくんは目を輝かせて喜んでくれる。

 そこからは、昼までお洗濯やらの家事に、悪魔関係の書類の纏め作業に、その他諸々と休日流の"やる事"をこなしていればあっという間に時間が過ぎていく。昨日の戦いが嘘のように窓の外の景色は晴れていて、ランチも食べ終え家を出る頃にはすっかりお出掛け気分に胸は躍っていた。

 

 リップの感触を唇に、シャツにパンツスタイルのラフな格好で町中を歩けば心も自然と休日気分で開放的。

 梅雨の季節にしては晴れた天気で、気温はちょっと高めだからナイスなチョイス。

 

 洋服店に至っても、夏入り前とあってオールシーズンの物から夏物まで幅広く展開されている。

 

「デンジくんは体付きがガッシリしているので、シンプルなのでも結構似合いますよね。無地のTシャツだけで様になるってある意味羨ましいです」

 

「何着ても似合うって点で言やぁ、ソラ姐さんだってそうじゃないすか。確かに背はちっさいっすけど、やっぱ顔がカワイイんでむしろ今の感じがいいっつうか」

 

 何の気なしにそう言うデンジくんに私は微笑する。

 戦いにおいては、やはり背が高く足もスラッと長い方が有利だ。体格があるという事は、その分筋肉量が多く、打撃の威力も増す訳だし、走るにしたって一歩毎が大きいから早くなりやすい。

 勿論、小さいことによる利点もあるし、"私基準"の話をすれば努力でどうにか出来ない訳でもないので全面的に不利だとは思っていないが、それでも前後の差は事実としてある。

 

 同じように、スタイルが良いと似合う服も変わってくる。

 私はどちらかと言うと、子供っぽいデザインの方が似合ってしまう。

 十五歳の平均身長で止まっているのもあるし、そもそも顔立ちがそこから成長していないのだから当たり前だ。

 

 容姿に関してはましろさんからも、デンジくんからも散々カワイイと言われているので、まあそうなんだろうという程度には認識しているつもり。

 

 

 ……と、私の事はいいのだ。

 ダメダメ、本来の目的を見失ってしまう所でした。

 

「もう……今日はあなたの服を買いに来たんですから、私の事を褒めても仕方がないですよ?さあ、次は向こうのを見て……何着か試着してみましょう」

 

 デンジくんの手を引いて、売り場へと歩き出す。

 身長差やあれこれを鑑みれば、兄妹かよくても同級生にしか見えない私たち。しかし、これでも育て親と子の関係であり、そこにある絆はもはや疑うべくもない。この子はちょっと不思議な力を持っていて、性格も独特だけど、本質はどこにでも居る男の子なのだ。

 

 かわいい子が好きで、自分を好きでいてくれる人も好き。

 今もまた人生初めての恋の只中で、そんな彼を私は目一杯応援してあげたい。

 

 その為にこうして、服を選んだり、時にはデートの相談を受けたりと、今は当たり前にそんな事をしているけれど、昔の私からすれば夢にも思わなかった穏やかな時間で……そんな幸せが不意に手から離れそうになって、それを落ちる寸前で掴み取る。

 この数年は、妙に必死だった自分。

 穏やかになった自分。

 大人っぽく考えることができるようになった自分。

 

 故郷に帰ったら、私はどうなってしまうのだろう。

 そんな事を考えながら、噛みしめる幸せはやはり、甘くもほろ苦いお菓子のようだった。

 

 

 

 紙袋の揺れる音が湿った空気を揺らす。

 選ぶのにそう時間が掛かった訳でもなく、空の色も未だ黄昏には遠い。このまま帰っても午前の続きにしかならないと、どうせならと散歩ついでにひとけも少なく閑散とした様子の街中を歩いていた。

 千代田区の周辺は都心部でありながら、少し歩けばこうして住宅地やマンションがビル街に点々と散見される。

 緑もあって牧歌的な空気感は、繰り返される人の営みそのもの。

 

 その一部となって、のんびりしているとこの身すら戦いと無縁に思えてくる。

 

「これってあれか……デートだなデート!」

 

「バカなこと言わないでください」

 

「イッテェ!?」

 

 その傍でバカなことを言う子に軽い拳を一発。

 

「ちょっと冗談言っただけじゃん……」

 

「その冗談が時に身を滅ぼすのですよ。好きなガールフレンドが居るというのに、他の女の子を相手にデートとか何だとかと言うのは誠実さに欠ける行為です」

 

「相変わらず真面目だなぁ」

 

「普通ですよ、ふ・つ・う」

 

 もっとも、このデンジくんをして身持ち固く心を清らか紳士的になんて夢にも思っちゃいない。

 あくまで最低限のラインとして言い聞かせているのだ。

 

「うへぇ……ただでさえ微妙に腹減ってるのに、説教されたらもっと空きっ腹になっちまうよ」

 

「どういう理屈ですか……でもまあ、確かにもう午後の三時。おやつの時間ですね。何処かに手頃なお店でもあればいいのですが……」

 

 適当な喫茶店か飲食店でデザートか軽食でもと思えど、絶妙にメインストリートから外れているのでそう都合よくは見つからない。

 そうして周囲を見回す私にデンジくんが言った。

 

「うーん……あっ。だったら、"あそこ"とかいいんじゃねぇの?」

 

「え?どこです?」

 

 デンジくんが指さした方向を見るも、そこには細めの路地通りがあるだけで店があるようには見えない。

 

「ほら、そこの狭い通りの向こう。カフェあんだろ」

 

「……確かに、よく見ればそれっぽいのが見えなくもない……」

 

 目を凝らすと、彼の言った通りそれらしい店構えが見える。

 薄暗い裏通りを抜けて、向こうのストリートに面する形だ。しかしまあここからだと見えづらく、普通に見逃すことの方が多いだろう。

 

「よくこの距離で見つけましたね。私でも気づきませんでしたよ?」

 

「んー、なんか勘が働いたんだよなぁ。そこにある!って感じで……」

 

 なんだそれは、って感じで微笑する。

 何はともあれ目的達成だ。本日のおやつはあの喫茶店で頂くとしよう。薄暗い抜け道のような様相の裏通りを抜けると、そこにあったのはカフェ『二道』という店。場所的に人通りが多い訳ではなく、窓から覗いてみると混み合っている感じはしない。

 平穏、牧歌的、静かで閑散としている。

 繁盛していないのを喜ぶのもどうかと思うが、こういう穴場の静かな店が私は好きだ。

 

 デンジくんを一瞥してから、店の扉を開ける。

 

「――いらっしゃい。適当なところに座っちゃってください」

 

 迎えてくれたのは、ちょび髭を生やした細身の男性(マスター)

 見たところ他に従業員も居らず、客も居ない。昼時を過ぎているのもあるが、テーブルと席の数もそこまで多くないので、元からそういう客入りの店なのだろう。でも内装はかなり綺麗だし、飾り過ぎずイメージ通りに『住宅街のカフェ』といった空気感は、落ち着いた雰囲気をより深めている。

 

 デンジくんと並んで窓を背にしたテーブル席につく。

 

「どれにします?」

 

「こーゆー店だとコーヒーでキメるのが大人の嗜みだって聞いたぜ?」

 

「いや、あなたコーヒー飲めないでしょう……デンジくんはホットココアでいいとして、私は普通にコーヒーにしときましょうかね。軽食は……マスター、おすすめとかあります?」

 

「この時間帯だとそうだねぇ。ハニートーストとかどう?」

 

「いいですね。じゃあそれを二つで」

 

 初めて立ち寄る店では、注文は大体私がデンジくんの分も頼むことになっている。

 先程も見てもらった通り、デンジくんは本当にその辺が適当で、飲めもしないコーヒーを提案したりと、何かとパッションで物事を決めようとするから手綱をキッチリ握っておく必要があるのだ。

 

「今ならイケると思うんだけどなぁ」

 

「人の淹れたものをドブ味呼ばわりする子にはまだ早いです」

 

 一年前。

 私が作業中にコーヒーを飲んでいるのを見て何を思ったのか、デンジくんも一度飲んでみたいというから、彼の分も淹れたことがあった。勿論、美味しいと言ってもらえるなんて欠片も期待してなかったです。

 苦みへの慣れは大人への第一歩みたいな所があるし、最初に嗜むコーヒーなんて苦いだけでとても美味しいとは言えない事は知っていたから、多少の酷評は許容範囲だった。

 

 しかし………流石にドブ味は失礼でしょう。

 鉄拳制裁とは行かずとも、二度と私の前でコーヒーは飲ませないと思う程度には心象が悪かったのは言うまでもない。

 

 

 駄弁り気味に喋っていると、ハニートーストと二人分の飲み物が到着する。

 デンジくんはホットココアを美味しそうに飲んでいて、私もコーヒーを口に含む。

 

 ――ふむ……悪くないですね。

 コーヒーの良し悪しが分かる程味覚は達者じゃないが、口に広がる苦みは程よく飲みやすい。缶コーヒーやインスタントとはちょっと違うのかな。プラシーボか否か、実に興味深い。その味わいを残したままハニートーストを食す。

 

 美味しい。

 べらぼうに美味って訳じゃないが、十分に店で出す味をしている。何より店内の雰囲気が私好みだ。読書でもしながら時間を潰すも良し、今日みたいに親しい人とのひと時を過ごすのも良いだろう。

 

 

 最終的な滞在は小一時間ほど。

 「ごちそうさまです」と「また来ます」の言葉を残して店を出ると、青空に薄く黄昏の色が浮かび始めていた。

 

「ちょうどいい時間ですね……では、帰って夕食の準備をしましょうか」

 

「おー」

 

 二人並んでストリートをくだっていく。

 久しぶりのデンジくんとの時間は、穏やかな温もりを保ったまま過ぎていくのでした。

 




レゼ編気合はいりすぎて終わりません助けて
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