蝮蛇の異能 作:猫吸い抜刀斎
「う〜ん……こうして見ると、ヒーローになれなかったっていうより、なる前に姿を消してるような?」
「確かに。それまでは何回も名前が出てるのに、この辺りからぱったり見なくなるよな」
「戦死したという説が主流だが、渡米したんじゃないかという説もあるな」
「トベイ……当時の情勢で出来るんかなぁ」
「厳しいし珍しいだろうとは思うけど、そういう説が生まれるくらい、誰かに負ける事が信じられなかったんじゃないかな」
「……ロマンってやつ?」
「ど、どうだろう……?」
「はぁ……今日だけで三人」
溜息を吐いた彦斎の足下には、未だ血を流す、新しい死体が一つ。
今日だけで三回目の襲撃という事もあり、ウンザリとした様子の彦斎は、しかし疲労の色はなく、刀を鞘に納め、そのまま食事へと移った。
期間にして一週間、彦斎は毎日最低二回の襲撃を受けている。
異能持ちによる襲撃自体は、稀ではあるものの今までにもあった。
だが、こうまで執拗に、何より組織立った襲撃は初めての事であり、楽観しがちな彦斎も、これまで襲いかかって来た者のような「名の通った人斬りを殺して自分の名を売ってやろう」という短絡ではなく、大きな思惑を感じざるを得なかった。
「(……「オール・フォー・ワン様の命、ね」)」
それは、今彦斎の足下に転がっている者が、首を撥ねられる直前に語っていた戯言。
如何にその日暮らしが板に付き、現在の情勢に興味のない彦斎であっても、オール・フォー・ワンの名くらいは知っている。
「聞いた事はあるんだけど……」
知っているだけだが。
今彦斎が立っている地も、この日本で最も安定し、且つ最も危険地帯である、オール・フォー・ワンのお膝元。
かの魔王に狙われている身でそんな所に立っていれば、襲撃を受けて当然と言えるのだが、彦斎はこの地を離れるつもりはなかった。
この地に固執している訳ではない。
骨を埋めるつもりも、そもそも住み着くつもりすらなく、離れない理由なども特にない。
しかし、離れようとはしない。
彦斎自身、不思議な感覚を抱いていた。
襲撃には辟易しており、離れたくない理由は幾ら探せどもなく、離れたい理由の方は、口の中身を一度咀嚼する度に三つは浮かんで来るというのに、離れる気はしないのだ。
心当たりと言えば一つだけ。
初めて刀を握り、人に刃を向け、そして斬った時から、己の内にずっと存在する感覚。
斬る度に心が別の何かと綯い交ぜになるような、強烈な違和感。
狙った獲物を斬ったとしても、彦斎は心の何処かで「これは斬るべきものではない」と呟いていた。
ともすれば、己が無意識にこの地に留まる選択をし続けているのは、何処かで「斬るべきもの」の存在を感じ取っているからでは、と。
そんな妄想、或いは直感が、彦斎を悩ませていた。
「私が、斬るべきもの……」
鯉口を切れば、露出した刀身が、雲間から降る微かな月光を受けて、ぼんやりと光る。
今まで彦斎を裏切る事なく、思ったように振れば、思った通りに斬った刀だが、それでも刀は刀。
肉も骨も命も断つが、迷いを断ってはくれない。
「……ここにあるの?」
刃は、何も映さない。
白い笠、白い羽織、白い袴に、黒橡の髪。
死装束のような格好をした彦斎は、後ろで括った髪をたなびかせ、市井の噂話をすり抜けて、裏路地を歩いて行く。
「おい、聞いたかよ、ヒラクチの噂」
「アレだろ?ヒラクチの野郎がいよいよ人様のための人斬りをやめて、自分から異能持ちを襲うようになったっていう……」
「怖い話だよホント。結局はアイツも、他の異能持ちと同じ犯罪者だったって事かね」
「それがさ、襲ってるのはただの異能持ちじゃないらしいよ?」
「ヒラクチがオール・フォー・ワンの手先を斬って回ってる?それはまた、どうして?」
「そんなの知る訳ないじゃないですか!でも、ちょっと前から狙いをつけてるみたいなんですよ」
「あの人斬り……まさか、オール・フォー・ワンを追っているのか……?」
彦斎を狙った襲撃が始まってから、二ヶ月。
オール・フォー・ワンが居を構える魔王城の真下、城下町であるそこは、緩やかに、しかし劇的に、魔王による支配が弱まりつつあった。
何者による影響かは、一目瞭然。
「随分と狙いが良いんだね。河上彦斎」
「……そう?狩りは初めてだったけど、上手く行ったみたいで良かったわ」
正面から名を呼ばれ、笠を持ち上げた彦斎の目に映るのは、漆黒の背広に身を包んだ、温和な表情の偉丈夫。
だが、表情とは裏腹に、そこに
オール・フォー・ワン。
己が手で世を揺るがし、そして己が手の中で平定させようとしている、理外に坐す魔王。
既に日本という国を支配したと言って過言でない、今この世界で最強であろう男。
「僕の情報を得られる程度には近く、僕がその穴をすぐに埋めてやれない程度には遠い。そんな部下達を狙って斬り、この周辺での僕の支配を弱めた……いやはや、素晴らしい手腕だよ。政治が向いているんじゃないか?」
聞く者がきけば、心の裡に溶け込むように感じるのであろう、深い貫禄を感じさせる低音。
魔王が人間の手網を握るための手段の一つであるそれは、斬ると決めた相手に対してはどこまでも無感動な彦斎には、今一つ効果がなく。
「買い被りね。私はお前を斬るために、お前に与する者を見付けた傍から斬っていただけ。仮にお前の言っている通りなら、それは私の狙いじゃない。きっとそういう
彦斎は淡々と、否定と用件の説明を済ませ、刀を腰に構えた。
「悪いが、君にいつまでも時間を掛けていられないんだ。
「奇遇ね。私もよ」
お互いに目障りな者同士、いつまでも世間話に耽る気はなく、穏やかな声音の会話に反して、蛇と蛇の睨み合いによって、空気は張り詰めて行く。
ちき、と鯉口を切る音。
ざり、と革靴が砂を踏み締める音。
両者の臨戦態勢が完了した。
「準備は良いかな、
「……悪いけど、その呼び名は嫌いなの」
「そうなのかい?気を遣ったつもりなんだけどね」
オール・フォー・ワンの両手から、黒い稲妻を伴って、骨のような、角のような、硬質の疣が伸びる。
それは彼にとって最も親しんだ異能、或いは、使い慣れた武器であり、彼の苛立ちと無容赦の発露。
「
「魔王だろうと神だろうと、そこに
二匹の蛇の睨み合いは、喰らい合いへと変わった。
・河上彦斎
推定斬るべきものなので正面から本気で潰そうとしているが、それはそれとして相手が類稀な強者なのもわかっているので、部下の方から削って有利を作ろうと画策した。
買い被りだの運命だのと言ってはいるものの、その方が早く誘き出せそうという判断のもと、しっかり嫌がりそうな所を斬る意識はしている。
オール・フォー・ワンはキレた。
・噂話
オール・フォー・ワンを誘き寄せるため、白昼堂々という程ではないが、目撃者がいる場所で彼の部下を斬っていた彦斎の努力の実り。
彼らの噂話が後押しした事で、有数の実力者の敵対というシチュエーションを強烈に印象付け、魔王との対面にまで漕ぎ着けた。
オール・フォー・ワンはキレた。
・襲撃者
実力を測る意味で差し向けた者以外は、ほとんどが報酬目当ての雑兵であり、削れても問題ない戦力。
しかし彦斎側からも狙い始めた事で犠牲者数が跳ね上がり、流石に数が数だったので、オール・フォー・ワンはキレた。
・オール・フォー・ワン
前々からピンポイントに複数異能持ちを斬られていたので、シンプルにリソースを削られている分、かなりイラついていた。
それがいよいよ替えを用意するのが面倒な部下まで狙われ始めたため、シンプルにキレた。
いよいよ色まで付いちゃったので腹括ってキリの良い所まで書きます
あと流石に次回は戦闘シーンあります